589 脱力するにはまだ早い
まったく、本当にトラブルと言うのは厄介だ。
「あー、タバコ吸いたい」
「体に悪いですし、父親が煙草を吸いますと子供に悪影響がでますよ」
しかし、そのトラブルを越え婚活パーティーは、無事?と疑問符がつく形で収束を迎えた。
結果だけ言うなら成功とも言えなくはない結末。
最終的にはいくつかのカップルが出来上がり、その組み合わせを利用して今後とも組織同士の繋がりを密にしていきましょうと言う感じでお開きになった。
そこで終わればめでたしめでたしで済むのだが、問題はそのイベント最中に色々と暗躍してくださった方々の事後処理と言う名の取り調べが面倒極まりない。
具体的にどれだけ疲れているかと言えば、禁煙して長いのにあのニコチンの匂いを、味を求めてしまう程度には疲れがたまっている。
「わかっていますが、どうも仕事がうまくいかないと欲しくなってしまうモノなもんで」
欲求に駆られて吸うなんてことはしないが、あの味が恋しくなる程度には面倒な話なのだ。
「そっちの方も芳しくないようですね」
「ええ、いろんな意味で芳しくないですね」
捕まえた女性陣はそれぞれが全員違う勢力の雇われ諜報員。
組織のことを吐くのが早くないかと言われるかもしれないが、こっちは特級精霊と契約しているのだ。
脅しの方法を伝えるだけであっさりと口を割らせる方法くらい持っている。
しかし、吐き出してきた情報が問題なのだ。
霧江さんに吐き出せない言葉故に、これ以上は濁す形となる。
照明が所々落とされ、スタッフにより後片付けが進行するパーティー会場。
「話は変わりますが、これからの組織の付き合い方なんですが」
「そちらに関しましては、順を追ってと言う段取りになりますが、今回巡り合えた男女を中心に動く話になるかと思います」
「こっちも担当として彼女たちの地位を確保する予定なのでそれは重畳なんですが」
組み上げた檀上もすでに解体済み、俺と霧江さんはこの会場の後始末を見届けると言う名目で、別室で行われている尋問を脱出してきたのだ。
聞けば聞くほど頭が痛くなってきそうな情報の数々。
「「……はぁ」」
それは俺だけではなく、霧江さんの方でも問題があるらしく本来であれば本拠地に戻ってから尋問するはずが、本拠地の方で尋問する方が問題になるらしく、貸しを作ってでも部屋を借りる始末。
同時に溜息が出てしまうことでお察しだろう。
気苦労が多い婚活パーティーであっても、結果的にカップルができたことは目出度い。
だけど、その目出度いだけで終わらせてくれないのが組織の暗部というやつだ。
政治色強めの話は俺と霧江さんの心労を増やす。
「この後のご予定は?一応今回の件は上司には報告を入れますが、そっちの情報に関して緘口令を引くことの許可は取っています」
「対価は、そちらの不手際に目を瞑ることと言うことでしたが、安過ぎはしませんか。後で請求せずこの場で何かあった方が後々気楽なんですが」
成功した部分と失敗した部分が入り混じりすぎて、最早この結果をどう評価を付ければいいのかわからない。
成果は達した、だけど蛇足が多すぎる。
そんな印象だ。
互いに無視するにはでかすぎるミスが目立ち、落としどころとしては今回は互いに目を瞑ると言う形で落ちを付けて、交流を順調にやりましょうと言う話だ。
それに納得の色を見せないのが霧江さんだ。
互いの落ち度の度合い、それを比べたら対等のように見えるが
後だしで出てきた問題情報的に日本側の方が些か問題な情報が出てきたのだ。
具体的には言えないが、政治家と足長おじさんが関わっていると言う話だ。
嘘かまことかはわからないが、神が関わっている催しに人が混じったことが問題で、魔王軍と神呪術協会の関係問題だけではなく、協会と政府の関係にひびが入りかねない情報が出てきている。
「ここで請求するよりも貸しにしておいた方が後々得だという上層部の判断です。安く買いたたかないといけませんって」
「怖い話です。あまり無茶なことはしないことを願っています」
弱みと言う点で言えば、こっちも負けず劣らず。
一枚岩になっていないことをお互いさらけ出すとまではいかなくても、匂わせる形の情報を聞き合った。
本来であれば互いの失敗情報と言うのは相手の弱みとなり得る情報であり、もっと険悪な関係になりかねないのだけど、俺と霧江さんの場合。
苦労した仲同士と言う印象の方が先走ってしまい。
その弱みに付け込めない関係となっている。
「善処はしますが、期待はしない方向で」
「期待はしておきます。ですので、こちらも誠意ある対応でやりたいと思います」
「そう言ってもらえれば幸いです」
「はい、では私も職務がありますのでこれで」
なので今後どういう関係になるかは俺と霧江さんの匙加減という何とも責任重大な話になって来た。
「部屋は取っておきましたが、良かったのですか?俺の屋敷に招くこともできましたが」
「今は互いに関係が微妙な者同士、これ以上はなれ合いになりますのでまたの機会に。噂に聞くあなたの子供にも興味はありますので残念です。あの姉が孫自慢する日が来るとは思いませんでしたから」
できるだけ善き未来が来るように努力をしないとと決意を新たに、微妙にプライベートの顔を見せる霧江さんに向けてこっちも苦笑を一つこぼす。
一体全体お袋は霧江さんにどんな自慢をしたのだろうか。
「そういう未来が来れるように努力すると言う楽しみを糧に頑張らせていただきますよ。では、次郎君。お疲れ様でした」
「ええ、お疲れ様でした」
ごたごたと裏で色々とやらかしてしまったイベントだが、このあいさつで俺の仕事はある意味で一区切りした。
会場を立ち去る霧江さんを見送り、この後のことを考え頭をガリガリと掻いたあと、この会場の階段を上り始める。
本当だったら、俺もスパイの尋問に参加しないといけないのだけど、俺がやると気絶と気付けの繰り返しになるからとムイルさんに別の仕事を頼まれたのだ。
「遅いわよー!」
それがこの全力で自棄酒をするケイリィさんの相手だと言うことなのだ。
会場の二階はバーになっていて、さっきまで個室ブースがあったが今は元の店内に戻っていて、元のオシャレなバーと言った景観を取り戻している。
あくまであの会場は一時的な措置で、こっちが本来の姿と言うわけだ。
そのオシャレで高級感あふれるカウンターでグラスを煽る女性が一人。
「こっちは仕事中なんですが」
「私は仕事明け」
ドレス姿のケイリィさんが、睨むように俺を見て、手招きで呼び寄せる。
国によってはその仕草って去れって意味なんだけど、知るわけないかと思いつつも足はそちらに向き、隣の席に座る。
「マスター適当に強い酒で」
「かしこまりました」
「飲む気満々じゃない」
「今回のことを思うと、面倒が山積みなんですよ。飲んでなきゃやってられないんで」
そして駆けつけ一杯と強い酒を渡してくれたマスターに感謝して、半分ほど飲み干し、喉に焼け付けるようなアルコールを感じ、けれどもこの程度では酔わない自分の肉体に慣れない感覚を覚えて。
「ふーん、それって私のことも面倒な仕事ってこと?」
となりで、珍しく完全に酔っぱらっているケイリィさんがコテッと首をかしげるような仕草を見せる。
「ケイリィさんには恩があるので、面倒度外視ですよ。ちなみに、面倒な話をここですると完全に仕事モードになってしまいますけど聞きます?」
「聞かない。今の私は完全にプライベートなの」
まるで恋人のようなやり取りだなと苦笑しつつ、彼女の話を聞く姿勢を取る。
両耳を手で塞ぎ、聞こえませんと断言している彼女が耳を開くのを待つこと数秒。
「はぁ、へこむわ」
いきなり、カウンターに頭を横たえるケイリィさん。
「なんで私がうまくいかなくて他の子ばっかりうまくいくのよ」
今回の婚活パーティーでカップルが成立したのは五組。
参加者の人数的に考えればかなり少ないと思われるかもしれないが、種族の垣根を超えてのカップリングと考えるなら、驚異的な数字だと思われる。
「ケイリィさん以外の人もうまくいってないですよ。あの五組が特殊なだけですよ」
「そういうけどさぁ、相手側の男性なんて私の事、頼りがいがあるとか、何でもできそうですねとか言ってさ。一人で生きていけそうな女性としか見なくて、本心じゃ可愛げがないって思ってたに違いないわ」
その数字に影響されて、ご機嫌斜めと言うわけのケイリィさんは、婚活パーティー中に言われた言葉を気にしている様子。
その言葉に心当たりがある俺としては否定しづらい。
なにせ毎日毎日仕事で頼っているし、色々な方面で活躍しているから万能っぽくも見える。
「……可愛げあるとは思いますけど」
そんな彼女の可愛げと言う面に着目するのは初めてかもしれない。
「例えば?」
「無類の犬好き、うちのフェリの写真を待ち受けにするくらいに」
女性の可愛い部分と言うことで容姿を上げやすいが、それは地雷っぽいのでパッと思いついた犬好きの部分をあげてみる。
「他には」
「甘い物には目がない、季節もののお菓子を買うか買わないか考えている」
他にと言われて、何かあるのかと思いつくかと考えれば意外とあっさりと出てくるものだ。
最初の一口と違って、次の一口は舐めるようにお酒を楽しみつつ、ケイリィさんの可愛げの部分を考える。
「他」
「子供好き、うちの子供と遊んでるときは本当に楽しそうにしてますよね」
適当に考えるのではなく、本心から思う彼女の可愛いと思える部分を考えるのはよくよく考えると恥ずかしいことなのではと思うけど、いまさら話を切ることはできない。
酒の席の勢いだと割り切って、ここは言えるだけ言っておくか。
「他」
「苦いのが苦手、コーヒーがブラックで飲めない」
「他」
「他の女性のために自分から率先して面倒を請け負う所」
「他」
「誰かのために真剣になれるところ」
他、他と俺が言い並べるたびにおかわりを要求され、その度に思いつく限りのことを言い続ける。
「なんで、私よりもあなたの方が思いつくのよ」
「男の視点と女性の視点じゃ違いますからね」
その問答に、ようやく他以外の言葉を発したケイリィさんの機嫌は直らない。
むーっと、ふくれっ面を俺に見せてくる。
理不尽とここで思えるなら、この席には座っていなかっただろう。
なんだかんだ言って、気合を入れていた婚活パーティーがうまくいかなかったことがショックだったのだろう。
結果を受け入れるのに、時間がかかる。
そんな雰囲気を醸し出している彼女に付き合う程度の時間はひねり出して見せる。
「……もしかして、次郎君ってさ」
「ん?」
そんな親切心に対して、ケイリィさんが出した言葉は。
「私の事好きなの?」
「……」
まるで高校生のノリのような感じの確認の仕方だった。
思わず絶句してしまう。
なぜそうなるという言葉が一瞬脳裏をよぎるが、冷静に考えてみれば可愛げのある部分をポンポンと上げ連ねればそう思われても仕方ないのでは。
「ねぇ、どうなのよ」
絶句し黙ってしまった俺の気を引きたくて、そっと伸びてきたケイリィさんの細い指先は俺の服の裾を掴み、ねぇと下から覗き込み上目遣いで俺の言葉を待つ。
そんな彼女に向けて俺はどういう言葉を送ればいいか迷う。
「!?」
迷ってしまったと言う事実、そのことに気づいた俺は。
「……」
ゆっくりと目を瞑り言葉を探すのであった。
今日の一言
終わりだと思っても、まだ続くこともある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!