588 いつからだろうかと思い返すことがある。
Another side
「はぁ、私こんな単純な女だったかしら」
婚活イベントは無事終了ってわけじゃないけど、私の知る限りどうにか許容範囲内に収まるトラブルで済んだと思う。
何人かの敗者は、男ができなかったと自棄酒の二次会に行き。
何人かの勝者は、男ができたと舞い上がり帰宅して行った。
心情的にどちらでもない私は、今日はもう仕事がないことと、明日も休日ということでこのイベント会場の二階にあるバーに足を運んで酒を飲んでいた。
普段もこういう店に来るから、静かに飲むことなんて慣れているはずなのに、今日はやたら酒のペースが速い気がする。
その理由がなんとなく察せているから始末が悪い。
さっき、自分の口からこぼした本音が何よりの証拠。
「なんで、よりによって親友の男なのよ」
今日の婚活パーティーに向けて気合を入れて準備していた女がいう台詞じゃない。
誰にも聞こえないように、小声で自問自答するように吐き出した言葉が今の私の心情を如実に表している。
「……そりゃ、良い男がいないかって探し回ってたけどさ。前に冗談で粉をかけたけどさ」
酔いが回るのを自覚するほどハイペースで飲みながら、一体私は誰に言い訳しているんだ。
「ああ、ダメ。恥ずかしい、生娘かっての」
今日の婚活パーティーの内容を思い出しながら自分の中で自覚した気持ちに、恥ずかしくなりついカウンターに突っ伏してしまった。
「……聞いてたけど、本当に難儀な種族よねダークエルフって」
この気持ちはわかっている。
今、私は、田中次郎という男に恋をしている。
いきなりかもしれないし、前からなのかもしれない。
「問題なのは、きっかけが全く想像できないのよね」
自覚したのが、本当についさっきだから、心の整理が全くできず酒に逃げている始末。
さっきからマスターが心配そうに見ているけど、生憎とこの程度の酒で泥酔するようなやわな体ではない。
心配ないと手を振り、同じ酒を再度注文する。
さっきのイベント会場と違ってこざっぱりした光景を見つつ、口の中に酒を流し込み、転がすように味わった後に飲み干すも。
「何で、好きになったのかしら」
自分が求めていた答えは一向に湧いてこない。
「悪い男じゃないのは確かなのよねぇ」
代わりに、田中次郎と言う男のことを考えるようになった。
考えているとき、ちょっと楽しいと思い始めている私は、本当にダークエルフなのだなと他人事のように自覚し、すでに手遅れだと言うのも自覚してしまった。
「……本当に、どうしようかしら」
田中次郎と言う男を認識したのは、スエラの嬉しそうに話した時の会話が初めてだろう。
年齢が年齢で、最盛期が過ぎ去り後は老化するだけの人間のダンジョンテスター。
魔力適正は中々なものだけど、成果は出ないだろうなと親友の喜ぶ顔で指摘ができなかったという何とも微妙な認識だった。
同僚としても、男としても低評価。
いや、人柄は良かったからそこまで低い評価ではなかったか?
「大丈夫、ここまでは普通のはず」
何とも自信のない自分の気持ちと向き合うのは中々難しい。
だけど、この後のことを考えると、気持ちのすり合わせは絶対にしなければならない。
「ええっとその後は」
冷たいグラスを額に当てて、必死に記憶を思い起こし、自分の気持ちを再確認と言う苦行に挑む。
あの時の私はそこまで期待はしていなかったけど、いざ仕事が始まればその予想とは裏腹に、彼の活躍は目覚ましかった。
社会経験の少ない他のダンジョンテスターとは違い、仕事の内容をしっかりと把握して対処できる対応力。
魔力適正が高いが故の成長補正。
異世界の住人だからと言って偏見の目で見ない公正さ。
気づけばエヴィア様ですら一目置く存在となっていたのだ。
「そうだった、確かあの時、彼の事認めたのだったわね」
今思えばかなり上から目線の評価だけど、当時はまだ私の方が強かったし、しばらくは強いままだろうと予想も相まって認めると言う上からの評価になったのだ。
「うわ、過去に戻れるなら今すぐ頭叩きたいわ、それでもう少し距離詰めておけって発破かけたいわ」
それが当時の私が彼を認識して僅かな時間で出来上がった評価だ。
「……ここまでは、普通よね。同僚が頼もしいって思っただけよね」
では、私が彼を同僚ではなく男として見たのはいつ頃だろうか。
「あとは、気が合ったとか、色々とお菓子を差し入れしてくれて嬉しかったとか気が利くとか、そう言えばその頃よね。スエラと三人だけど一緒にご飯に行ったりお酒飲みに行ったりとかするようになったの」
真面目に仕事をして、折を見て忙しいこっちを気にかけてお菓子とか飲み物を差し入れしてくれたり、報告書の書式とかやり方とかのマニュアル作ってくれたりとか。
「……今思うとここら辺から怪しくなって来たわね」
もしかしてスエラと恋仲になったときに、すでに私は彼に淡い気持ちを抱いていたのではという疑惑が浮上してきた。
「いや、それはないはず……はずよね?ダメだ、自信がなくなってきた」
考えれば考えるほど、思い当たる節が思い浮かんできている。
あの時は本当に純粋に彼と親友の仲を揶揄いつつも祝福していて、そこに裏はなかった……はず。
今の私の心情を考えると、本当にいつ彼を仲間ではなく一人の男として見ていたのかわからないと言うには状況証拠が揃いすぎているような気がするけど、それを指摘したら先に進めないので見なかったことにして。
「……思えばそこら辺から彼と仕事を一緒にすることが多くなったかしら?」
そしてそこからスエラと、メモリアさんとエヴィア様、ヒミクさんとどんどん側にいる女性を増やしていく次郎君。
そんなハーレム野郎と一緒に仕事をする機会が増えて行く私。
ダンジョンテスターとして最強になって、将軍様たちとどんどん交流を深めていって、気づけば私は彼をサポートする機会が増えて行った。
「決定打はスエラの妊娠よね。そこで間違いなく私と次郎君の上司と部下の関係が始まったわ」
そこで甘い関係になれば話が早かったのだが、あの時は本当に仕事が忙しすぎて恋愛感情がまったくもって湧かなかった。
次郎君のことも、仕事ができる優秀な男という印象で止まっていた。
「いや、待ちなさいケイリィ。なんで、そもそも私は次郎君の下に付くことを良しとした?」
そこでふと疑問を抱いた。
私って結構出世欲が強かったはず。
エヴィア様の下で働いていたのはあそこなら間違いなく将来的にかなり出世できると言う見込みがあったからそこを希望したはずなのだ。
なのに、エヴィア様の指示と親友の頼みだからと言ってあっさりと出世するかどうかわからない男の部署に配属されて不満を抱かなかった?
「……嘘でしょ。私、そんな前から?」
むしろやりがいがあると頑張っていた私の記憶が、もしかして気づかないうちに惚れていた男のために頑張る女になっていた?
そんなはずがない、そんなちょろい女じゃない。
そう心で言い訳していても、なんだかんだ仕事での無茶振りとか、真剣な頼みは断っていない自分がいるし、なんだかんだ言って、彼との上司部下という距離感を気に入っている自分がいた。
そして。
『ありがとう、ケイリィさん』
「ああ、ダメだ。否定できない。うわー、うわー、うわー何やってんの私」
思い返してみると、仕事を達成して、ありがとうと彼に言われて悪い気がしないと言い訳しつつ、次の仕事も頑張っている自分がいた。
人間の幹部と言うことでかなり風当たりが強いと言うのも自覚していたが、その風当たりを少しでも弱めるために色々と試行錯誤をしている自分もいた。
私ってこんなに尽くす女だっけと、今までの自分を見返していて、思わず片方の手で頭を抱える羽目に。
きっとマスターから見てころころと表情が変わる私は変に見えるでしょうけど、今だけは放っておいてほしい。
「まったく、私って鈍すぎるわよ。いや、違うわね。一撃がない分、コツコツと積み上げてきてしまったから気づかなかったのね」
次郎君との関係は、言っては何だけど劇的な印象と言うのはない。
トラブルに巻き込まれることが多いけど、それでもそれに対処できてしまう仕事ができる男。
そこから始まって、劇的に良い印象を与える機会はないけど、悪い印象になる出来事も起こさなかったから、気づけば彼の評価は私の中でかなり高いものとなっていた。
一緒にご飯いったり、何気ない雑談だったり、彼の気遣いだったり、ちょっとずつちょっとずつ、彼は私の中に入り込んできていたのだ。
「はぁ、そんなデカイ建築物が私の中にできてたのに、気づいたのがパーティー中ってどうなのよ」
その気持ちに気づかず、いや当たり前の物になってしまった気持ちを携えてパーティーに挑んでしまった結果。
『いやぁ、お綺麗ですね』
容姿を褒められても、朝最初に貰った次郎君の誉め言葉の方が嬉しいと比較してしまい。
『しっかりしてらっしゃる』
仕事ができる女性だと見られても、彼と一緒に仕事ができるために努力したのだと自慢しそうになり。
厄介な男たちに囲まれて困っている時に、目線で助けを求めた時に、了解と目線で返事をして意思疎通ができた時はホッと安心感が心を満たした。
「止めは、パーティが終わって彼氏ができなくても悲しんでいない自分がいる、か」
パーティーの閉幕の挨拶を彼がしたとき、何も成果を得ていないのにも関わらず悔しさも悲しさも虚しさもなかった。
あったのは仕事が終わったと言う達成感と、苦笑しながら親戚の女性と話す彼の助けになれたと言う満足感。
そこで気づいてしまったのだ。
満足感?と。
「おかしな話よね。ただの同僚としか見ていなかったのに、彼の仕事を助けられて良かったって思うなんて」
今日の酒は妙に酔いが回るのが早い気がする。
素直になれない自分を少しでも素直にさせるために、体がアルコールを求めている。
鈍感で、素直になれない自分はこれくらいしないとダメなのだと本能が叫んでいるような気がする。
「ああ、私もスエラの事笑えないわ」
ダークエルフは、一度恋をすると一途だと。
スエラはその恋心を素直に打ち明けたと言うのに、私は親友の恋を応援したいと言う気持ちで隠して、断られるのを怖がって、仕事で彼を支えられればそれで満足だと思い込んでいた。
「まったく、不器用な女ね」
口ではいい男はいないか、と言っておきながら、すぐそばにいい男がいるとわかり切っていた。
照れ隠しなんて可愛げのある行為じゃない。
次郎君からしたら、私は次郎君は眼中になくて、他にいい男がいないか探している女に見えて、私もそんな女だろうと勘違いしてた。
「ああ~この遅れ、どう挽回するのよ。面倒な女って絶対思われてる」
後悔は先に立たずと、この時ばかりはやってしまったと言う感覚が強い。
いかに頭を巡らせても、どうにもできないという結論が頭を駆け巡り、どうするかと悩んでいると。
「え?」
会いたいと思いつつも、今はタイミング的に会いたくないと思っている男の気配が段々と近づいてきているのがわかる。
一瞬で頭が冷静になり、酔いが一気に醒めたような気がした。
だけど、どうするかなんてすぐに決まるわけがなく。
このままいけば、数十秒後には彼は私の目の前に現れる。
「……」
一瞬、この気持ちに蓋をして何事もなくやり過ごそうかと弱気な自分が姿を現すけど。
「ええい、女は度胸よ。当たって砕けろ」
このチャンスを逃したら、多分一生この気持ちは表に出てこない。
自覚し、混乱し、酒に任せて何とも最悪なコンディションで。
「……やっぱり砕けたくないわよ」
おまけに弱気な気持ちが重なったとき、彼が姿を現し、出迎えた私は果たしていつも通りの私でいられただろうか。
Another side End
今日の一言
思い返すことは大事だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!