56 出張先での食道楽は外せない
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皆様ありがとうございます!!
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
ここまで来るのに紆余曲折しながらようやくたどり着いたサカルにある喫茶店?に入った俺は、幾日ぶりかの椅子に座る。
地面や岩に木の幹といった自然豊かな家具たちに順応してきたが、やはり椅子のほうがいいと座った瞬間に実感できた。
「何を飲みますか?」
「……わからん」
久しぶりの文化的な感覚に浸りつつメモリアから差し出されたメニューを受け取る。
だが、メニューに目を通してすぐに諦めるようにため息を吐いた。
気分は外国で入った飲食店だ。
メニュー自体は読める。
だがその名前がどの料理を指しているかが全くわからない。
コキヒってなんだ?
マルクって貨幣でなかったか?
トム巻ってなんだよ、アメリカ人っぽいので巻くのか?
ざっと流し読んだだけで何が出てくるかわからない名前のオンパレードだ。
当然、ろくな説明も見本写真という便利なものもないメニューで、名前だけで想像しろという無茶振り仕様だ。
何がうまいのかという次元ではなく、どんな味がするのかすらわからない状況だ。
こっちではこれが当たり前なのだろうが、その中でこれにすると言えるほどのチャレンジャー精神は俺にはない。
「コーヒーっぽいものはあるか?」
「味と見た目どっちが優先ですか?」
「……二択かよ、それを兼ね備えた奴はないのか?」
「ありませんね」
「……味優先で」
「わかりました、ではあとは何か軽く食べられるものを注文しておきましょう」
「頼む」
素直にメニューをメモリアに返し、日本の喫茶店での定番品を頼むがさすが異世界だ。
同じような環境でもコーヒーがないときたか。
別のものを頼むとそれとは違う何かが出てきそうだ。
一瞬の思考のあとに、最悪目をつむりながら飲めばいいと思い味優先で注文する。
「見た感じはイタリアっぽいんだがな」
「レンガでの建築技術は向こうでも見られるものですから同じような光景になるのは仕方ないかと、それでいかがですか? あなたの世界で言うファンタジーの世界に来た感想は」
「映画の中に入ったという感覚が一番近いかもしれないな」
メモリアが近くを通りかかった欧州にいそうな金髪の男に注文し、品が来るまで雑談を交わす。
今の会社に入った時も同じことを言ったかもしれないが、あっちは現代の建物でこっちはセオリー通りの風景だ。
一体感と言えばいいのか、本物と言えばいいのかと言葉で悩み、結局出てきたのはそんな在り来たりなセリフだった。
「それと気になるのは遺伝子構造だな。向こうなら髪の色にしても方向性があるが、こっちにはないようだ。髪の毛がカラフルすぎる。向こうなら金髪でも目立つのにこっちときたら際限がない」
向こうに比べたら少し質の悪い窓ガラスの外を見れば、金髪は当たり前で、緑に青に桃色に銀にオレンジといずれ七色の髪の毛を持つ人物でも現れるのではと思えるくらいの彩り鮮やかな光景を眺める。
「次郎さんの色は、こっちの世界では地味な部類ですからね」
「だろうな……だからか、あいつらが変な色を勧めてきたのは」
「ええ、あれくらいでしたらこちらでも目立ちませんから」
「納得だよ、これなら茶色にこだわる必要はなかったな」
思い出すのは、様々な染色料を勧めてきた地下街メンバーたちだ。
その中で、黄金なる金髪の上を行くカラーを勧めてきた某武器屋の主人には鉄拳を打ち込んでおいたが後悔はない。
実物を見て口ではそう言っても、さすがに青とか赤に染めるほどの挑戦心がなかったとも言える。
できたとしても金髪が限界だ。
目立たない色というコンセプトでこの茶色を選んだが、良かったと内心で思う。
「獣人も結構いるんだな」
「中立を掲げていますのでいない方が問題です。もし彼らがいなくなるという事態にでもなれば、交易に何か異常が出ているということですから」
「国際問題ということか?」
「ええ、そうなれば商人たちの顔色も変わり、塩や小麦の値段が変わるでしょうね」
そして次に気になるのは、そのカラフルな髪の毛の間から見える人ではない耳で、犬系、猫系、熊系、兎系と秋葉原で見られそうなラインナップだ。
違う点をあげるなら、あっちは作り物でこっちは天然物ということくらいだろう。
「怖いな、差別なんてできないだろうよ」
「全ての人間が次郎さんのような考えでしたら世界は平和でしょうね」
「となるとやっぱりあるのか?」
「ええ、組織ができれば派閥ができ上下関係が生まれる。どこの世界でも一緒です」
表立ってはいないが、やはりその手の話はどこにでも転がっているのだろう。
このイスアルで言えば、人が獣人を魔族との混血と言って弾圧すれば、獣人は人間を劣等種と見下し蔑む。
後はいたちごっこというわけだ。
ドラマや小説で使い古された憎しみの連鎖というやつだな。
「先ほどまで一緒だったエシュリーさんが所属する組織でも、そのような派閥があると聞いていますよ。武闘派の人間至上主義だそうで」
「在り来たりだな、なんの面白みもない。そこまで大層な生き物だったか?俺たちは。人間なんて欠点だらけだと思うんだがな」
「面白みのない行動をとる人が多いのですよ。それに欠点がない生物などいないと私は思いますが」
「違いない」
人間だけでも黒人や白人と肌の色が違うだけ、ナチスがユダヤ人を弾圧したように少し違うだけでこれと似たトラブルを起こした。
物騒だが、こっちでも同じことが起きているだけだろう。
「お待たせしました、ご注文の品です」
「ありがとうございます」
さてさて、暗い世情の話は一旦横に除けて異世界の食事を堪能しようとしよう。
「……」
「では頂きましょう」
「これがコーヒーっぽいものか? 俺にはトマトジュースにしか見えないが、しかもホットの」
「飲んでみればわかります」
「勇気がいるなぁ」
そう思って手を伸ばすが、さっそく異世界からジャブが飛んできた気がする。
店員によって並べられたカップに注がれていたのは、見慣れた褐色の液体ではなく赤色の液体だ。
その色合いはホットコーヒーではなく、普通なら冷やして飲むトマトジュースを温めたといった感じだ。
味優先と言った手前、きっと味はコーヒーに近いだろうと思い、視覚的違和感を覚えながらもカップを口元に運び一口すする。
そうやって味わうのは確かにコーヒーの味だった。
ほのかな酸味のあとに広がる苦味は確かに俺の知るコーヒーだった。
「詐欺だ」
「そういうものですよ、世界が違うのですから」
「こっちのは?」
「向こうで言うドライフルーツのようなものです」
「見た目が完全にジャーキーなんだが?」
「安心してください。その飲み物には合うはずですよ」
俺は赤いコーヒーらしき物を飲み微妙な表情を浮かべる。
それを見てメモリアはクスリと笑う。
確かに、色さえ気にしなければ飲めるものではある。
違和感はぬぐいきれてないが、極力中身を見ないようすれば問題はない。
そして苦味が口に広がるとそれ以外の味が欲しくなる。
そうして自然と机に置かれた皿に視線が行く。
見た感じジャーキーに見える。
味的にコーヒーと合うような代物とはどうあがいても見えない。
人によってはこの組み合わせも有りかもしれないが、俺は無しだと言える。
それでも口の中が苦いままというのも落ち着かない。
郷に入れば郷に従えという言葉を信じて、そっと手を伸ばし一つ摘み口に運ぶ。
そして噛むと口に広がるのは塩味ではなく、ほのかに広がる甘みだ。
食感も固くなく、むしろ柔らかい。
これは
「確かにドライフルーツだな、なんの果物だ?」
「トレントに生っている果物を乾燥させたものです」
なんだろう。
味的にはコーヒーと果物という三時のオヤツ的な組み合わせなのに、見た目がホットトマトジュースとジャーキーという異質な組み合わせになっている。
周りの客も美味しそうに食べて飲んでいて、これこそが日常の味なのだろう。
俺の口から伝わる味覚に対して、視覚から伝わる違和感はどうしたものか。
「……慣れるしかないか」
「そうしてください。全てとは言いませんが半分以上はこのような感じですので」
「それはあれか? しょっぱそうと思ったら甘かったり酸っぱかったりするのか?」
「もう一つの品を食べればわかります」
「この見るからに辛そうな代物をか?」
「ええ、それは私の飲み物と合わせて頼んだものですよ」
「どんな味がするんだ?」
「食べてからのお楽しみというのはどうでしょうか?」
「……」
メモリアの飲んでいるのは一見紅茶のようだが、それがイコール紅茶と同じ味とは限らないという現実を知らされてしまっている手前、メモリアの言葉を額面通りに受け取れなくなってしまっている。
表情変化の乏しいメモリアの洒落っ気は今の俺にとっては洒落になっていない。
見た目はビスケットに赤いジャムを載せた代物だ。
ビスケットと赤いソースというお菓子らしい組み合わせは、見た目は甘そうに見える。生地の部分であるビスケットは問題ない。
問題は上にかかっている代物だ。
この赤さはジャムみたいな光沢の透明感のあるものではなく、どちらかと言えば豆板醤に近い。
俺の視覚から味を想像すると辛いだろうと思われる。
そして生地になっているビスケットも茶色ではなく緑色だ。
これも一見抹茶でも混ざっているかと思う。
地球なら、抹茶生地のビスケットの上にラズベリージャムを乗せるという組み合わせの回答に行き着くのだが、微妙な色の違いに俺の頭が否と言っている。
「……詐欺だろ」
「ですがそれには合うかと」
「この見た目でチョコレートかよ」
再び味覚が裏切られた言葉が漏れる。
恐る恐るもう一つ取り口の中に入れてみれば、甘さ控えめのビターな感じのチョコレートに近い味が口の中に広がる。
ビスケットは少々硬いが、少し苦い味付けで食感的には俺にはちょうどいい。
そしてあの辛そうな赤いソースは溶けかかったチョコレートのような食感とほのかに甘い味を伝えてくる。
「確かに合うが、納得がいかん」
「わがままですね、味は全て喫茶店にありそうなものですよ?」
「味はともかく、見た目とのギャップがな。素直にうまいと言えん」
「そういうものですか?」
「メモリアが地球に行った時はどうなんだよ?」
喫茶店でも端の方の席で、加えて客は少ない。
せめて共感を得ようとこの味のギャップに対してメモリアは感じなかったかと問いかけると、彼女はそっとカップをソーサーに戻し、悩むように首をかしげる。
「血は美味しいと思いましたが、他はなんとも」
「万国どころか、異世界でも同じだと思ってくれてありがとよ」
「どういたしまして」
しかし共感は得られなかったようだ。メモリアは周りの人に聞こえない程度に声を抑えつつも俺に聞こえるようにはっきりと答えてくれた。
食事の話だが、何かが違うと言うしかない。
それ以上言っても埒があかないと諦めて、この赤いコーヒーらしき物を飲み進める。
そういえば勝が作ってくれた料理は、食材は異世界産ではあったが、調理法は日本にあるものだ。
だから違和感が最小限で済んだのかもしれないな。
おかげで今になってギャップに苦しめられているわけだが。
「このまま行けば次郎さんは食事の度にその表情を浮かべそうですね」
「そこまで違うのか?」
「こちらでは魔獣の肉などが一般的に食べられていますからね、野菜なども向こうと似た代物も存在しますが一緒というわけでもありません。そのために調理方法も異なるというわけです」
「そういうものかね」
赤いコーヒーを再び口にする。
言われてみれば確かにそうだ。
こういった異世界に行く物語は、大概似たような食材が存在し、似たような調理方法が存在する。
ズレというものがおおよそ無いみたいに主人公たちは物を食べていた。
だが、考えればここは異世界なのだ。
環境は似ていても一緒ということではない。
地球と同じで人間が繁栄していても、それ以外に獣人やエルフ、竜や魔獣といった地球とは違う進化論に基づいてここまでたどり着いた生物たちも並び立っている。
その考えは、動物だけではなく植物に当て嵌めてみてもおかしくはないだろう。
こっちの世界ではもしかしたら胡椒が砂糖なみに甘くてもおかしくはないのだ。
食べ物は同じだろうという先入観で凝り固まってしまっている俺の思考を、このコーヒーもどきはぶっ壊してくれたわけだ。
出張の第一の成果と認識できたのがクマとの戦闘ではなくて異世界の住人との接触でもなく、まさかコーヒーに似た何かになるとは思わなかったな。
「ちなみに、このコーヒーみたいな飲み物の名前は?」
「マルクです」
「マルク、ね」
「気に入りました?」
「目覚めにはちょうどいいと思いはしたな」
まさかの貨幣と同じの名前の品だったか。
そこでふと、このコーヒーもどき改めマルクにちなんで疑問に思った。
「調味料の名前とかはどうなっているんだ? 砂糖とか塩の名前が違ったら問題なんだが」
「こちらでも砂糖は砂糖ですが、気にしなくても大丈夫かと。魔道具のおかげで意思疎通は可能ですよ。その魔道具はニュアンスを伝え言葉の受け答えを可能にするものですから、同じものを指していれば当人同士は別の言葉でも伝わります」
「それ、まずくないか?」
俺が日本語を話していても向こうはこっちの公用語で会話が成り立つ。
俺の身バレの原因になって捕まるのでは?
「次郎さんもエシュリーさんと会話をしたでしょう。彼女たち程度なら違和感を覚えない水準の代物です。宮廷筆頭魔導師でも出てこない限りは問題ないですよ」
その心配を解くように、紅茶を飲みながらメモリアは否定する。
「次郎さんが心配するようなことが起きるのは低級の魔道具です。私が用意した代物ですから安心していいですよ?」
「参考がてら聞きたいんだが、ちなみにコイツの値段は?」
「……ニコリ」
「OKわかった壊さないように気をつける」
「そうしてくれますと私としても安心できます」
そんな高性能な魔道具が、そう簡単に渡せるほど安い物ではないだろう。
そう思い耳元についている魔道具をつまんで値段を聞くも、笑顔を見せるだけのメモリアに俺は聞かないほうがいいと判断し、注意するとだけ言ってこの話題を終わらせる。
残りのマルクもわずかだ。
ゆっくりと飲んでいたから冷めてしまってはいるが、味的には問題ない。
「それと言い忘れていましたが、ここはそれなりのお店なので値段が張ります。ですのでしばらくマルクは飲み納めになるかと」
「そういうのは飲み終える前に言ってくれ」
チクショウ、そういうオチだと思ったよ。
どうりで店内は空いていて、身なりのいい客しかいないと思ったよ。
椅子もテーブルも、ここに来るまでに入ってきた店の中では飛び抜けてというほどではないがいいのを揃えている。
空っぽになったカップの底を見ながらもったいないと思う。
「こちらでは砂糖は高級品ですので」
「向こうで言えばどれくらいなんだ?」
「マルク一杯千五百円ほどでしょうか」
「……こっちではビールがメインの飲み物になりそうだよ」
「こちらではエールですね。向こうと違い常温でぬるいですが、そちらは百五十円ほどですね」
「ぬるいビールならぬエールか、俺の快適食生活を支えるために本気で魔法覚えるかね」
「道中暇な時間はいくらでもありますので、簡単な冷凍魔法を教えましょうか?」
「ついでに火を起こす術も頼むわ」
「有意義な旅になりそうですね」
「まったくだな」
そんな店で食事をした俺の頭の中でまず浮かんだのは、領収書が切れるかという考えだった。
金がないわけではないが極力出費を抑えたいサラリーマン根性丸出しの俺の思考に苦笑しながら、しばらくコイツは飲めないものだと割り切り、代わりにサラリーマンの味方を望むが、冷蔵庫やサーバーなどの便利器具のないこの世界でキンキンに冷えた飲み物を望めるわけもなく、欠点とともに差し出されるのなら個人で解決するしかないと決意する。
本当に得難い経験が出来そうだよ。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
俺の立場からすれば飯テロする側のはずなのだが、何故かされている気がする。
今回は以上になります。
飯テロする主人公はいても異世界で飯テロされる主人公はあまり見ないなぁとこれも一種の飯テロと思って作った回です。
楽しんで頂ければ幸いです。
これからも、本作をよろしくお願いします。




