582 正直に言えないことと言えることの差は立場の差
霧江さんは親戚であるが、それでも他国の組織の責任者だ。
親戚だから大丈夫、口が堅いから大丈夫とそこを基準にしても、言って良いことと悪いことの区別はしなければならない。
それは今回の婚活パーティーに紛れ込んだ貴族や、裏組織の間諜たちのこともその区別の範囲になる。
相手も参加しているか、ここは誠実に言うべきだという意見ももちろんあるし、言ったとしても霧江さんなら言うべき人と言わなくていい人の判別はしっかりし、こちらへの心象を悪くすることはない。
だけど、逆に彼女に伝えてしまったがゆえに彼女が危険にさらされるケースと言うことも考慮して話してはいけないというケースも存在する。
自分の組織、俺で言う魔王軍の内情を話すということは、俺が良くても組織的に見ればダメだというケースだ。
俺としては霧江さんは信用も信頼もできる人だという認識が強いが、組織的に見ればいまだ友好的な関係とは言い難い他組織の幹部という立場でしかない。
それを気にせず、ペラペラと魔王軍が一枚岩ではなく、利権が絡んで色々と裏で動いているという情報を話すと俺は周囲から情報を垂れ流す存在だという悪印象を受ける。
俺だけの風評被害ならともかく、そうなると魔王軍の中で霧江さんは日本神呪術協会のスパイだと認識され、最悪の場合危険認定されて暗殺とか普通にあり得るのだ。
よって、こっちの裏側のゴタゴタに巻き込めない存在と言うことだ。
互いに組織が一枚岩ではないことは語り、政治的に問題を抱えているという暗黙の情報は共有しているが、互いに細かい情報は語っていない。
これ以上踏み込むのはリスクが大きすぎると言うことだ。
よって、今は順調に推移しているパーティーだという霧江さんの印象を維持しなければならないのだ。
裏で動いている闇に関しては、この店のスタッフに紛れ込ませた部下を用いて対処するほかない。
それに気づいてか、そっとケイリィさんは俺たちから離れ、そのままパーティーの中に消えていった。
「ええ、いくつかカップルもできたみたいで、このままいけば交際も時間の問題かと」
「それは重畳です。ミマモリ様にも良い報告ができるでしょう」
出来ればそのままいてほしいと思ったが、そう言うわけにはいかない。
これは俺がやるべきこと。
ああ、胃がキリキリと痛みだすのがわかる。
ただでさえ緊張感を保っている状況だというのに、日本側だけではなくこちら側でも問題が発生するとは。
婚活パーティーだからこそ公式に色仕掛けを許可されている環境で、なかなかに男女の距離が近い。
故にハニートラップを仕掛けるのならかなり都合のいい環境ではある。
実際問題、俺と言う監視があるからこの会場内でおっぱじめるってことはないけど、付き合い始めたらどうこう口を挟むことはできない。
とりあえずケイリィさんに言われた番号の女性を意識して魔力を追いながら、何食わぬ顔で運営に集中したいところだけど。
「初めて食べましたが、異世界のお肉と言うのはとても美味しいのですね」
「その牛が特殊なやつなので特に美味しいというのもありますが、他にも美味しい食材は色々とありますよ」
場の雰囲気が整えられ、マスカレードパーティーの雰囲気も馴染んできている。
このままいけば問題ないような雰囲気を醸し出しているけど、実はその裏で色々と暗躍しているかもしれないという情報があると安心してみていることはできない。
しかし、幹事が介入し場を盛り上げるというタイミングは完全に不必要となり、俺の隣に霧江さんが常駐するようになると迂闊な行動はとれなくなる。
なので間接的にスタッフに指示を出して、R指定な行動が起きないように監視するほかない。
幾人かのスタッフの動きが変わったのを見届けて、俺は霧江さんの接待行動に移る。
「例えば、こちらの果物ですが、リンゴのように見えますが味は桃に近いんですよ」
「そうなのですか……確かに味は桃ですね。食感はリンゴよりも梨に近いですが」
いざという時が来ないことを祈りつつ、次のイベントの時間まで、穏やかな雰囲気を維持する。
今回の参加者にサキュバスはいない。
居たら大変なことになるのは目に見えているので、そこら辺は徹底していたのだ。
だからこそ、いきなり魅了されるような男たちはいないと思っていたのだが……
「……なんというか、本当に女性に対して免疫がないんですね」
「……そういう人たちを選んで来ましたがまさか私もここまで見目麗しい女性を用意してくるとは思いませんでしたので、それに随分と積極的ですね」
その魅了に関しては代表的な種族が参加していないのにもかかわらず、男性陣は女性との会話に夢中になっているように見える。
鼻の下が伸びる、とまではいかないが、色々と積極的に声をかけてくる女性陣の行動に気分を良くしているのがわかる。
中には照れて、手にしている酒ではない理由で赤面している初心な反応を見せている。
マスカレードの魔道具の効果は、擬態、別人への容姿の変換をするだけではなく、表情の変化にも対応しているのでその辺が良く見える。
「日本と向こう側の世界だと結婚観念がだいぶ違うので」
「違うとは」
「向こうの世界では結婚というのは恋愛の延長線上にあるのではなく、生存本能に属した形になります。子孫繁栄がメインで考えられて、日本よりも危険な土地、危険な生物がある環境では本能的に子孫を残すことが前提です」
恋愛観はだいぶ日本と異なる形なので女性が積極的に男性に話しかけているのは霧江さんには珍しく見えるのだろう。
「ただ、誰でもいいというわけではありません。強い男性を好むという傾向もありますし、財力のある男性がいいと言うパターンもあります。単純に人格者を好むというケースもあります。その理想を追い求めるために受け身になっている女性は基本的に結婚できないのが向こうの世界なので」
「だからあのように積極的に話しかけるのですね」
「はい、自分を知ってもらうアピールをすることも彼女たちには必須な技能と言うわけです」
昨今の時代、結婚という好意に対して消極的な思考が増えつつある日本に対して、異世界では結婚という行為は神聖視されている。
子孫繁栄をすることこそ正義と言わんばかりの熱意だ。
「なるほど、ある意味ではこちらとしても助かりますね。彼らには女性経験がありませんので話かけられ聞き手に回れるほうが会話も弾むでしょう」
「そのようですね。どちらかと言うと、女性陣の方が積極的に話しかけているように見えます」
その勢いに押されている男性陣だが、嫌がっている様子はない。
見た目は人とは少し違うけど、容姿が整っているのは確か、しかも今はマスクの効果によって、彼らにとっても馴染みやすい姿になっている。
ハッキリ言って美人に迫られた経験のない彼らにとっては、人生に三度来るモテ期の一回がここで来ていると思えても仕方ない光景だろう。
「このままで過ごすわけではないと思いますが、この後のご予定は確か楽団の演奏が入るのでしたね」
「ええ、そうなります」
その中に変なのが混じっているかもしれないというと申し訳ない気持ちになるが、スケジュールの進行はしっかりとやらねばならない。
スタッフに連絡して、楽団の方にも準備をしてもらっている
「その後は、マスカレードの魔道具の効果でもう一度姿を変えます」
「ええ、予定ではそのように聞いていますね。たしか、異世界の種族に姿が変わると」
その音楽が流れて、さらに雰囲気が変わったらもう一つのイベントを進めるわけで、その進行の確認をしつつ、俺と霧江さんは壇上に向かう。
司会進行するために、一度注目を集める必要もあるし、あそこなら会場全体を見渡すことができる。
「そうですね、異世界には様々な住人がいますのでこれからこちら側の住人と接する機会が多いのなら、慣れていた方がいいかと思いました」
「はい、貴重な経験になるかと思います。私も少し、変化してみて楽しんでみるのもありかもしれませんね」
「やって見ます?」
「機会があれば」
演奏後は普通の人の姿から、異世界の種族に変わる予定だ。
女性陣が元の姿に戻るのではなく、女性陣も別の種族に変わる。
ダークエルフがダークエルフになっても意味ないからな。
楽団の音楽で、場の緊張をほぐし、そして新たなイベントを受け入れてもらう地盤を作りつつ男性陣に異世界に慣れてもらうための機会というわけだ。
さてそろそろ時間だなと、いきなり姿を変えるのは驚かせてしまうのでもう一度壇上に上がろうとしたのだが。
ちらっと見えた光景に俺は一瞬立ち止まってしまった。
「?何かありましたか」
「い、いえ。なんでも」
その挙動に不審な物を感じた霧江さんは俺の行動に首をかしげたが、俺は何とか不自然にならないように壇上へ上る歩みを再開する。
さっき見えたのは使い魔。
もう一ついうなら、社長の使い魔だ。
コウモリ型の偵察を主とした視覚共有を得意としたタイプ。
なんであんなところに社長の使い魔が?
もしかして、抜き打ちの視察なのか。
前の飲み会の時に、エヴィアに引き渡したことを根に持ってうまく他組織と交流を重ねられているかと見に来たというのか。
ただでさえ少し怪しい人物が参加し、その対応をしないといけないと思っているのにもかかわらず、それを社長に見られているってどんな試練だ。
ここで下手なことをしたら、どんな評価を下されるのか。
ゴクリと生唾を飲むほど、一瞬だけど緊張してしまう。
大丈夫だ、落ち着くんだ田中次郎。
ここで問題なく対処し、しっかりとこの企画を完遂できれば問題はない。
慌てる必要なんてないんだ。
脳裏に社長がクツクツと笑っている姿が連想されるが、それと同時に強化された肉体の胃がキリキリと痛みだすのがわかる。
この感覚久しぶりだな。
前職の時は、割と感じていた感覚を懐かしみながら壇上に登り、マイクを手に取る。
俺が壇上に登るイコール何かまたイベントが始まると言うことだ。
マスカレードパーティー然り、天牛の肉然りと。
参加者たちには軽いスケジュールは配っているが、詳細は伏せている。
今度は何をしてくれるんだという楽しみが含まれた視線が集まる。
そんな彼らを楽しませるのが今の俺の仕事。
気張れと気合を入れて、壇上の脇に設置されていた演奏スペースに楽器を持った様々な種族のメンバーが集まる。
「ご歓談中のところ申し訳ありません。これより、このレストランと提携している楽団による演奏をご披露します。協会の方々にとっては魔法を使った演奏と言うのは見る機会がないでしょうから是非ともお楽しみを、もし機会がありましたらここで一曲パートナーと一緒に踊るのも絆を深める機会になるかと」
楽器の準備をし、演奏の準備が整うまでの間、どう言う楽団であるかを説明しつつ時間を稼ぐ。
そして指揮を担当する老紳士と言えるような風貌の兎の獣人から合図が送られば、俺は頷き。
「では、皆さま異世界の演奏をお楽しみください」
そう言ってレストランのBGMを生演奏に切り替えるのであった。
場は盛り上がりはしないが、ムーディーな雰囲気が漂う中。
魔法演奏により召喚される精霊たちがレストランの空を舞う光景を作り出すのであった。
今日の一言
全てを言うことは実質不可能だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




