580 受け入れなければ進めないのなら
ぶっちゃけて、俺の言葉で一気に会場の熱が冷めたように感じる。
うん、正直教官に言われて俺も、確かにと納得して行動をとった。
結婚というのは互いの意思を無視してやるとろくなことにはならない。
なので、異世界側の特殊性をしっかりと理解してもらわなければならない。
人間の基準で物事を考え、それを押し付けなければ問題はないけど一度押し付けてしまえばそれが罅となり、亀裂が生じてしまう。
それが広がって国際問題になってしまったら目も当てられないのだ。
忘れてはならない、ここは婚活パーティーの会場であると同時に異世界交流の場でもあるのだ。
ガチで真剣な交際しか認められない頑固おやじ査定で事を構えないといけないんだ。
「……」
どうだと俺の説明で受け入れてもらえるか、不安を感じていると。
一人の男性、それはドリアードの女性に惹かれていた男性が、そっとマスクを顔に当てる。
「自分は問題ありません」
そして姿を変え、一歩前に出た。
それは本当に異世界に歩み寄ろうとした瞬間であったように見えた。
それを皮切りにと言うわけではないが、その後続くように彼と一緒にいたメンバーがマスクを被りまた別の姿に変わる。
一人一人変わると、変化前と変化後で記憶できる女性陣がいるんだけど、まぁ、この後シャッフルするから問題はない。
誰かがやれば、自分もと流れができるのは日本人の悲しい性か。
最終的に、橘と取り巻きを除く全員がマスクをして一気に顔触れが変わった。
残りは橘だけだが、頑としてつけようとしない。
それは歩み寄る気がないと宣言しているようなもの。
その橘に近づく霧江さん。
「相模支部長」
お偉いさんの登場に橘たちも居住まいを正すが。
「帰り支度をしなさい」
言い訳を聞く間もなく、霧江さんは容赦なく橘たちを叩きだすことを選ぶ。
「先ほど田中課長の言葉を聞きましたか。彼女たちの特異性、いえ、彼女たちの個性を理解し受け入れられない人がここにとどまっても意味はありません。あなたたちがそのような態度を取るのであれば、支部長の権限において帰宅を許可します。そして今回の件は報告書を作成しあなた方の家には説明させていただきます」
毅然とした態度で立つ姿は、異世界との交流を望んだ霧江さんの友人であり、仕えるべき存在の願いを踏みにじろうとしている存在を許すまじと言わんばかりに、冷酷な瞳に炎を灯している。
「っ、そんなことをすればあなただってただでは」
「責任云々の話をしているつもりはありません、あとで沙汰があるなら受け入れましょう。ですが覚悟しなさい。あなたの発言力と、私の発言力どちらが上か理解しての発言でしょうね。そして、この場にいるあなた方以外の家の子息が自身の親に見て聞いたことを伝えればどちらが真実かわからないわけでもありませんよね」
そして淡々と大声を張り上げずとも通る霧江さんの声に、沈黙する橘たち。
家の関係上、選考から外せなかったと霧江さんに言われ、彼女が対処すると言った。
「私は先ほど説明しましたよね。ここは交流の場、未来の日本をよりよくするための場であると。自身の仕事に誇りを持つのは結構です。しかし、その誇りを他者に押し付けるのは傲慢と言うものです」
場の空気は、橘によって微妙な空気になった。
彼らは迷うのではなく、勝手にしろと参加を拒否した。
それが霧江さんを動かす結果となった。
「もう一度言います」
このパーティー会場の中にいる人たちは、その橘の行動に思う所があったのか、気分を害することもなく。
むしろ、その空気を歓迎しているようにも見える。
始めは歓迎ムードであった女性陣であっても、嫌悪感を前面に出されればそりゃ距離を取ってしまうって。
ここでの立場はあくまで対等。
家柄なんて関係ない。
「私が許可します。今すぐ、この会場から立ち去り帰宅しなさい」
「後悔するなよ」
上下関係なんて関係ないと言わんばかりに、橘は怖い目をして踵を返して取り巻きを引き連れて立ち去っていく。
「するのはどちらでしょうね」
そんな彼らに聞こえないように、されど狐のように目を細めている霧江さんの声はしっかりと俺には聞こえた。
その顔はうちのおふくろがガチギレした時の顔に似ている。
心の中で、あの橘たちがどうなるか冥福を祈る。
「皆さま、お騒がせしました。しばし私は席を外しますがごゆるりと交流をお楽しみください」
そして橘を追わず、別口の出入り口から出る際に霧江さんから任せましたとアイコンタクトを送られれば、司会として仕事を全うする。
「あー、少し横に逸れましたが、ここからが本番です。先ほどは女性陣のことをばかり注視しましたが、逆に女性陣も男性陣のことを気にかけてください。自分の種族がと思う所があるかもしれませんが、彼らは人ではあるがあちら側の人ではないということを」
空気が一旦静まっているところから再度熱をあげるのは難しい。
何か燃料でも投下すればいいのだろうなと思いつつ、そのための手札はいくつか用意しているので、その中の一つを投下する。
「さて、ここにいる皆様に一つの意識を植え付けられたということで、私の方から皆様へ一つプレゼントです」
店のスタッフに合図を送り、メモリアのコネと、経費の中で支払った額の中でも上位に食い込む一品だ。
巨大な台車に乗せられ、運び込まれてくる一品。
「ええ、日本の人たちなら聞いたことがあると思いますブランド牛。それは品種改良の先に農家が生み出した一品です。対するこちら、異世界より用意させてもらいましたのは天然で極上の一品と噂名高い、天牛と呼ばれる空を駆ける牛です」
ローストビーフにや、ビーフシチュー等、様々な部位をふんだんに料理に使った丸々一頭の牛。
そのお値段は、正直マジかと驚愕する一品するくらいに高い。
ケイリィさんに何か驚くようなものを用意してくれと頼まれ、高級品を用意してみればいいのかと探した結果ドラゴン肉に負けるとも劣らないと言うことでこれが出てきた。
先ほどまでテーブルに並んでいた料理もシェフが腕によりをかけて作った一品だが、試食した段階で、こんなうまい物は食べたことがないと言えるほどの一品だ。
「実は先ほど、シェフに頼んで先に試食させてもらいましたが、はっきりと言いましょう。これを食べただけでもこの催しに参加した甲斐はあったと断言できます。帰ってしまった彼らは大損ですよ」
先に食べたという言葉を言った途端女性陣からブーイングが起こり、帰ってしまった橘たちのことを言えば男性陣から笑いが起きる。
「グラム千円のお肉なんて目じゃない旨味をご賞味あれと、普段なら言う所ですが、食べる前に一つ問題を。実はさらにこの牛の中でもさらに美味しいと言われる部位が存在します。それはどこだと思います?ああ、女性陣は常識問題なのでご回答はお控えください」
クイズ形式の司会に男性陣は少し戸惑いながらも、何だろうと首を傾げ、色々な肉の部位をあげる。
その中で、ふと誰かが言う。
「ハツとか」
「正解です」
ハツ、それは心臓の肉のことを言う。
魔力が体内を循環する生物で、食用とされる生き物で一番おいしくなるのは魔力濃度が濃くなる心臓部なのだ。
故に、貴重な天牛の心臓部は一番おいしい箇所とされている。
「心臓部こそが一番おいしい部位のこの天牛、それ故に取れる量も限られてきます。そう、ここにいる全員が食べれる量は生憎とございません」
ニッコリと顔に笑みを浮かべながら、俺はしっかりと食べている事を、心の内に隠し。
「皆様には、このハツ以外の部位を堪能してもらいながら一つのゲームを行います。スタッフからマスクと一緒に一枚の紙を受け取ったと思います。それは謎解きの問題ですが、その紙単体では謎が解けない仕様になっています」
マスカレードパーティーの話題提供、謎解きゲーム。
お題は様々だが、最終的にハツを手に入れるために必要な合言葉に繋がっているようになっている。
「では、ヒントはどこにあるか。皆様お察しの通り、問題文は男性陣が持ち、ヒントの部分は女性陣が持っています。ゆっくりとお肉を食べながら、その旨味を楽しみつつ、是非とも極上の味を目指してみてください。お肉の量的に先着十組までとさせてもらいます」
問題とヒントが対になるようになっている。
ではそのヒントと問題を合致させるにはどうすればいいか、話しかけるしかない。
しかし、たかが肉に最初の出だしを買って出るような価値を見出せるわけがない。
と、日本勢の男性は思うかもしれないが。
異世界側の女性陣は違う。
天牛と言う存在はかなり有名な美食だ。
それこそ建国祭でも滅多にお目にかかれないほどの貴重な牛。
空を駆ける牛と聞いて、どれくらいの速度を想像した?
この牛、ジェット戦闘機の約五倍の速度で常時、空を飛び回るんだよ。
それこそマグロのように寝ている時もな。
強さ自体はドラゴンに劣る、だけど、常時音速を超える速度で飛び回り。
本当に逃げ回る時は、それ以上の速度で逃げ出す天牛を捕まえるのは至難の業。
しかし、その牛の味はかなり美味だ。
一般人では食べることも叶わないほど。
われ先にと女性陣が走り出さないか心配だったが、しっかりと自制してゆっくりとした足取りで、だけど一斉に牛のスペースに動き始める女性陣。
その動きに気圧されて、男性陣が一歩出遅れたかと思ったが、青色の髪の女性が動いた。
元々は緑の髪色で、種族柄肉を食べることを好まない女性が、シェフからローストビーフを受け取り、その皿を片手に最初に一歩踏み出してくれた男性に向かって歩き。
「良ければ、食べてみませんか?」
と皿を差し出した。
種族柄、このイベントに積極的に参加する意義は見いだせないだろうけど、相手に食べてほしいという好意で参加してくれたのを見た俺は、ちょっと嬉しくなる。
男性はその声に聞き覚えがあるのか、差し出された皿と女性の顔を交互に見るが、女性は笑顔で受け取るのを待つだけ。
そして数秒の間を開けて皿を受け取った男性は、その肉を口に運び。
「うまああああああああああああああああ!?」
その美味さに、グルメ系の漫画のようなリアクションを披露するのであった。
この勢いで食レポでも始めるかと思ったが、そんなことはなく無我夢中で、幻覚の皮を揺らしながら、皿に乗ったローストビーフを一枚また一枚と食べきると。
ハッとなり、思わず周りを見ていた。
そんなにうまいのかと疑問を呈すような男性陣に向かって、その男性はそっと言い放つ。
「うん、ちょっと大げさに言っただけだ。皆は気にせず別の料理を食べると良い」
その言葉と行動が噛み合っていないのは明白。
事実、そう言った後の男性は。
「失礼、お勧めの料理はあるかな?あとできればヒントの方も教えてほしいのだけど」
クルっと手のひら返しのように料理を勧めてくれた女性にしっかりとおかわりを所望するのであった。
その動きは他の男性にもしかして相当美味しいお肉なのではと、思わせるのには十分な要素だった。
一人また一人と、牛の特別ビュッフェのエリアに足を運ぶたびに男性陣が叫ぶ。
そしてその頻度が増えるたびに、最高級部位であるハツへの思いが募る。
どんな味がするのだろうと、橘が沈めてくれた空気は気づけば、無くなり。
自分の問題のヒントを求めて、積極的に女性と会話をし、その流れで話が盛り上がる光景が生み出されていくのであった。
今日の一言
好き嫌いの問題は確かにあるが、受け入れるかどうかは自由である。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




