577 勝鬨の声をあげるにはまだ早い
いきなりだが俺は婚活パーティーと言うのには参加したことがない。
なにせ、前職が前職だからな。
ただひたすらに働いていてそんな暇はなかったというのは言い訳かもしれないが。
当時も彼女は欲しいとは思っていたが、時間がない暇がない休日に出かけるなら寝てたほうがマシと完全にマイナス思考に囚われていたのが原因だ。
まともな方法で異性と付き合うという思考にたどり着けなかった環境下から脱出しなかったのが敗因だろう。
一応その時でも暖かな家庭に憧れは持っていた。
おかげで結婚願望は残っていたが、それでもその結婚する相手と出会うと言う手段にたどり着けなかったのだから前の会社がどれほどブラックだったかがうかがえる。
合コン?マッチングアプリ?なにそれ美味しいの状態。
であるので、結婚を求める場である婚活パーティーを経験したことはない。
だけど。
「これが普通の婚活パーティーでないと言うのは断言できるな」
そんな経験値が少ない俺であっても、この婚活パーティーが普通ではないのは察することができる。
巨人族たちに一晩で作ってもらった特設会場。
外でのパーティーを好む、とある貴族のオープンガーデンをイメージした会場は上品にまとめられ、光る花やちょっとした東屋などがファンタジーっぽさを醸し出している。
いい出来だと大きく頷ける環境下、それなのにも関わらず会場を唯一見渡すことのできる壇上の脇に立ちこの光景を見渡した感想がこれだ。
「そうでしょうね。まるでこれから戦でも始めるかのような雰囲気です」
隣に立つのは俺と一緒に幹事を務める霧江さん。
俺も彼女も表情を引き締め、真面目な表情を作っているが内心これからどうなるかと不安でしかない。
東西戦争と言わんばかりに俺の視界の左側にケイリィさんを筆頭にした女性陣が立ち並び。
対する右側には何やら、偉そうに腕を組み胸を張る青年が男衆を引き連れている。
「霧江さん、俺はもっと穏やかな開始を想像していたのですが…」
「奇遇ですね次郎君。私ももっと和やかな始まりを想定していました」
どう見てもケイリィさんとその男が互いにけん制し合っているように見える。
開始時刻はもう間もなく、本来であればばらけてワクワクとかソワソワと言った感じで楽しみがこみ上げてくるような雰囲気があってもおかしくはないのだが、それとは正反対の雰囲気を醸し出している。
これがイスアルと魔王軍の戦争ならこの雰囲気も間違いではないのだが、これから友好関係を作ろうとしている場としては不適切な空気。
「早入りしたのがまずかったですかね」
「いえ、そんなことはないかと」
最初から前途多難。
俺とケイリィさんを含め数人の女性陣で、送迎バスで来社した霧江さんを出迎えこの会場に案内したのは良かったのだが、軽く挨拶してそこから探りを入れ合うような雰囲気になり、一部を除き少し全体的に異世界人同士ということで距離感を感じる。
まぁ、女性陣は全員人ではない。
耳が尖っていたり、頭に角が生えていたり、手が翼だったり、顔に鱗があったりする。
俺はそこら辺偏見が無いから問題ないが、人によってはダメだと思うパターンもあるだろう。
歓迎するように会場に女性陣を配置して、挨拶して友好関係を築こうと思ったのだが……
「じゃぁ、何でこんなことに?」
「実は、今回は家柄重視というよりも人格者優先で人を集めたので家の中であまり立場の強い方が多くないのです。家の中で長男の方はほんの数名、その長男の方も側室の息子だったりします。なのでお見合いするにしても家の中では血の濃い子供を優先させたりする風習があるので彼らは後回しにされます」
いきなり幸先が悪いなと思っていると、霧江さんが少し言いづらそうに言葉を紡ぐ。
開始の時間も迫っている。
本当だったらもう雑談程度は交わしていいと思うのだけど、このままいくと微妙な空気で始まってしまう。
「つまり?」
「この場に集めた男性陣は性格、器量ともに良いですが九割以上……いえ、ほぼ全員女性と交際したことがありません。この場にいるのは婿入り可能な人材を集めたのでむしろ恋愛経験の少ない誠実な男性を集めました」
「……それが原因か」
その原因が交際経験のない、恋愛低レベル集団を集めてしまった故に起きたことだった。
ちょっと待ってくれ。
色々と学歴や職歴、そして趣味などを色々と記載し、結婚歴も無しと書いてあったあのお見合い資料にそんな落とし穴があったとは。
ケイリィさんの決起集会が嫌な予感の原因ではなく、これを見落としていた事が原因か。
初めてかもしれない婚活パーティーが異世界人というハードルの高さ。
下手に女慣れしている人材を集めなかったことは誠実さをアピールするためなのはわかる。
浮気する心配がないわけじゃないけど、それでも恋愛初心者に異世界の美人をぶつけてしまったことに対する不安が出る。
「彼らはどうやって話しかければいいか悩んでいるようですね」
「そっちの組織にも女性はいると思うんですが、普通に恋仲になったりしないんですか?」
「生憎と昔気質の組織でして、女性で立場にいる人たちは私のように神という後ろ盾がいるか、巫女として純血を保っている方だけなのでお家柄的に」
「ああ、そういうことですか」
「ええ、そういうことです」
日本古来の伝統を色々な意味で引き継いでいる組織の神呪術協会。
普通に仲良くなって食事に行って仲良くなってと言う流れが組めない。
すなわち、普通の会社である職場恋愛は土台的に無理だと言うことで。
「仕事関係の話ししか、したことがないと…」
「はい、女性側としても無闇に仲を疑われるわけにはいかないので話しかけられないのです」
何と言うか……面倒だな。
普通に女性に話しかければいいのではと思ってしまう。
しかし、そうはいかないのが彼らの環境ということだ。
「テコ入れが必要ということですか」
「そうですが、出来ますか?」
相手の事情を把握して、やれと言うには流石に無茶振りだろう。
となればそれが可能な俺がやるしかない。
「やります」
前に一歩出て、マイクを構えれば自然と注目が集まる。
「本日は我々魔王軍と日本神呪術協会の懇親会にご参加いただき誠に感謝します」
開始時間を前倒しし、口上時間を確保する。
さてどうするかと、一瞬だけ考え。
「と一言だけ挨拶した後に、日本神呪術協会の男性諸君に言いたいことがある」
どうにかするにはこの堅苦しいと言う雰囲気をぶち壊す必要があると判断した。
一瞬、霧江さんの雰囲気が揺れたが、制止されることはなかった。
静観を決め込む霧江さんに感謝しつつ、俺は大きく息を吸い込み。
「俺は日本生まれの日本育ちだが、今嫁が四人いる」
そう宣言した。
女性陣は既に周知の事実であるため、いまさら何をという顔をしていたが男性陣からはどよめきが起きる。
古い家だと、普通に正妻、側室、妾と複数の女性と関係を持つこともあり得ることだけど、それでも彼らとはあまり縁のないこと。
「自慢かと思われるかもしれないが、それはぶれることのない事実だ。そして君たちはこう思うだろう。どういう意味でこんなことを話しているかと」
そしていきなり複数の女性と結婚していると言う宣言は、他人からすれば訳が分からないと言わざるを得ない。
俺が彼らの立場ならそう思うだろう。
しかし、ある意味今の彼らはケイリィさんたちを異性として見れていない。
異世界人という認識が先走っているように見え、さらに女性慣れしていないから下手ことをしたらマズいと言う認識もある。
その認識を覆さない限り、このパーティーの成功はない。
「はっきりと言おう。彼女たちは異世界という日本人の君たちからしたら異なる常識で生きてきて、人とは違う人種である。しかし、同時に恋をし、愛を育む気持ちを持つ女性達である。俺はそんな女性と出会い、恋をし、愛し、今ではダークエルフの女性と子も成した」
段々と俺が言いたいことが浸透してきた。
異世界人?種族が違う?
確かにその通りであるが、その異常と言えるような条件の中にも理解できる条件が存在する。
彼女たちは女性で、愛を知る。
姿かたちが、少し俺たちと違うだけでそれ以外は大差ないと言うことだ。
「諸君らの中では、彼女たちを異世界人だと言う前知識で構えてしまう人もいると思う。それは当然だし、俺も最初はそういう情報で構えてしまったこともある。だが、考えてくれ。目の前にいる女性たちは君たちから見て魅力的に見えないか?今日この日のために君たちと話をしたいがために自分を磨き、君たちの前に立っている彼女たちを君たちは醜いと言えるか」
そこに気づいて欲しいと思って話しているうちに、男性陣の中でハッとなっている人が何人か見られるようになった。
手応えはあった。
ケイリィさんをはじめ、ここにいる人たちはモデルになっていてもおかしくはないほど容姿が優れている。
「俺の感想だが、異世界の女性と言うだけの印象で敬遠するのはかなりもったいないと思う。姿が人と違うだけで距離を置くことなんて論外だと断言する。そうだな例えば」
説明するためにチラリと運営スタッフに目配せし、ライトを操作してほしいと念話で伝え。
「ダークエルフの女性の特徴は何と言ってもその褐色の肌だが、もう一つ特徴的なのがあるそれはとても一途な種族ということだ」
そしてケイリィさんにスポットライトが当てられる。
いきなりの事に、一瞬目を見開かせたケイリィさんだが、そこで動揺すること無くすぐに優雅に微笑んで見せる。
「俺の嫁の一人もダークエルフだ。それはとても熱ある恋をしてくれる。そのことは経験則で保証する」
女性が一途と言う情報は、非常に関心を呼び男性陣の視線がダークエルフに集まる。
そして代わりに私たちは紹介しないのかという他種族の女性たちの視線が突き刺さる。
わかってると目配せし、次の女性にスポットライトを当ててくれとスタッフに頼んで。
「次の種族だが……」
そして今回参加した種族を全部紹介することにした。
まるでファッションショーだなと心の中で思いつつ、一種族ずつ説明していくたびに男性陣たちからリアクションが増えていく。
頭の中で色々と接していた女性たちの印象を出来るだけわかりやすくいい印象を抱いてもらえるように説明するのはプレゼンを思い出させる。
「というわけで、人とは違う部分は確かにあるがそれは決してマイナス印象では無く、むしろこっちの世界には無かった特別な要素だと思ってくれればいい」
一種族に二、三分の説明で気づけば三十分ほど時間を使ってしまった。
しかし。
「さて、男性諸君の興味がどの種族に傾いたか分かったところで」
おかげで男性諸君の七割の興味を引っ張れることができた。
後は流れで持って行けば何とかなるだろう。
念話でスタッフに指示し、飲み物を配ってもらいつつ。
「それぞれのこれからの関係が良き方向に行くことを願って」
全員に飲み物が行きわたったことを確認して。
「乾杯」
「「「「「乾杯!!」」」」」」
グラスを掲げると男女の声が混じった乾杯の声が会場に響く。
そして互いに最初の一歩が同時に踏み込めたおかげで、会場の参加者たちがゆっくりと混ざり合う光景ができた。
「どうにか、流れは作れたか」
「お疲れ様です」
「いえ、本番はここからです」
今日の一言
流れに身を任せるにはまだ早い。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




