55 起承転結、仕事はこの繰り返し
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「あれが、サカルか」
「はい、交易の街、国家に属さない街、サカルです」
異世界に来て今日で四日目、早い移動で予定よりも一日早く草原のど真ん中にそびえ立つ城壁を捉えることができた。
正直に言えば、慣れない旅で疲れを感じる。
その主なものは精神的疲労だ。
仕方ないとは言え、森の中で見えるのは木々だけという同じ風景を繰り返し、時々魔物から逃げるか撃退するという単純作業はなかなか堪えた。
そしてそれは街道に出れば終わりだと思えばそういうわけでもなく、今度は今度で草原の中の道だけという単調な風景が続く。
それでも俺は幾分かましだろう。
もう少し若ければファンタジーとは何かと残念に思っていたかもしれないが、こちとらあの混沌な会社に勤める三十手前の男だ。
ファンタジーに文字通り幻想を抱く期間は終了している。
パートナーのメモリアの他にも会話相手には事欠かず暇は潰せている。
こんなものかと割り切って、初期段階で健康のためのウォーキングだと思うようにしてここまで歩いてきた。
少なくとも、舗装されていない道というのは想像以上に足に来るというのを体験できたぞ。
「で?いい加減お前らは立ち直ったらどうだ?」
「そうですね、運がいいことに今回のあなたたちの任務は達成されたのですから」
「言わないでください、ジーロさんメリーさん。私は神の試練とはなんなのかと自身に問いかけなければならないのです」
「何言ってるのか、仕事が終わった。それだけだろう」
そうした精神的苦難を乗り越えて、ようやく目的地に着いたという達成感で満たされている俺とは正反対に、なぜ世界はこんなにも無情なのかと嘆く巫女ご一行様を代表して、エシュリーは深々とため息を吐き俺たちに顔を向ける。
それに対して、俺は何言っているんだと呆れた表情で答えてやる。
仕事なんて要は終わればいいんだ終われば。世の中には終わらないと嘆いて残業する企業戦士たちがどれだけいると思っているんだこいつらは。
終わったか終わっていないか分からないような結末ならウジウジ言うのも許すが、しっかりと終わったのにその結果を嘆くなんて贅沢すぎる。
「たとえそれが、夜のお供になるキノコが原因だとしてもな」
「やはり納得できません!!」
巫女殿改めエシュリーは、何やら品物が入っている革袋をブンブンと振り回す。
その中には、彼女たちの任務完了の結果である魔獣の活発化の原因となる代物が入っている。
中身は女性としては納得できる代物ではないが、報告には必要なものなので手放すことはできない。
「では捨てますか?」
「捨てられないことをわかっていて聞かないでください、メリーさん」
「まぁ、それ見つけたのはメリーだしな」
そして、三日も同じ問答をしていればメモリアの対応もおざなりになる。
それほどこの会話を繰り返していて、俺もいい加減胸焼けに似たものを感じ始めている。
三日もだ。
異世界に来て初めて野営した時から、ずっとこいつらはこの調子だ。
忘れてしまいたいが、最近すぎるからよく覚えている。
初めて野営を終えて迎えた朝のことだ。
夜通し見張りをしていた俺は、日が昇ってから起きてきた一行に挨拶した。
そして、その朝のエシュリーが、すごく見覚えのある顔をしていたのが印象的だった。
その表情ときたら、どこぞのサラリーマンかと言いたくなるほどだった。
朝起きたら仕事が終わっていたなんて現象は、日本だろうが異世界だろうが起こるはずがないという知りたくもない事実を、雲間から出てきた太陽とともに教えられたよ。
あいつらにとっては、森で迷い必死に生き残ろうとすることで現実逃避していたのだろう。
その状況から脱し、エシュリーたちは今度は現実と向き合うことになった。
朝食を渡し、空元気だとわかるくらいの笑顔でどのように報告しようかという会話をしているエシェリーたちを、俺とメモリアは他人事として、熊肉の残りとパンで作ったサンドイッチを食べながら眺めていた。
そして、他人事には関わりたくないので、自然と会話は別の方向にシフトする。
「そういえば、ここら辺で魔獣が活発化することはよくあることなのか?」
「一種類の魔獣が増えることはよくあることですが、全体となると珍しいですね」
「そういうものなのか」
と言っても、話題はその話の派生系に落ち着く。
魔獣の活発化は、俺たちの旅にも影響するから他人事ではないからだ。
「原因はなんだろうな」
「憶測の範囲でならいくつか言えますが」
「あるのか?」
「はい、一つは強力な魔獣が縄張りを侵略している。ドラゴンなどの災害を撒き散らすタイプの魔獣ですね」
「ああ、よくある話だな。追い立てられてそれが結果的に群れになるやつだろ?」
「ええ、珍しい現象ですがどこにでもある話です。他の憶測も似たりよったりですね、縄張り争いにトップ争い、結果は変わりません。それと春先なら発情期の可能性もありますね」
「魔獣は猫か何かか?」
「魔と付いていますが所詮は獣ですので、どちらにしろ決定的な確証がない時点で憶測の域は出ません」
「だろうな」
どっちにしろ朝食で上がる雑談程度の会話だ。
俺たちは調査する必要も義務もない。
魔獣には気をつける必要はあるが、やるのはそこまでだ。
朝食を食べ終えれば、あとは日程を消化するだけだ。
「おや、珍しいものがありますね」
「うまいのか、そのキノコ」
「いえ、無味です」
「となると、薬の方か?」
そう思っていたが、メモリアは川辺の一角に生えていたキノコを見つけ、珍しいと言いながら立ち上がりそばに寄ると一本手に取る。
サンドイッチの最後の一口を放り込むように口にし、俺も覗き込んでそれを見るが、黒い傘にところどころ桃色の斑点が点在するキノコの姿は、お世辞でも口が裂けても、うまそうとは言えない。
だが、俺の中ではキノコイコール食用で珍味という可能性もあったから聞いてみたのだが、見た目通り食用というわけではないようだ。
ならばと、もう一つの可能性を言えば、
「はい、興奮剤になりますね」
「……」
「主な使用方法は夫婦の――」
「言わんでいい」
朝なのに夜の話題が出てきた。
さすがにそこまで言われれば、ナニに使われる代物かはおおよそ見当がつく。
止めるように頭を振ると、俺の視界にも同じようなキノコが目に入る。
「メモリア、さっきこのキノコは珍しいって言っていたよな?」
「ええ、言いましたね」
「それはどれくらいの頻度で見つかるものなんだ?」
「市場に出ていれば、出してすぐになくなるほどでしょうか?」
「なるほど、かなり珍しいようだが、よくわからん。なんせ、こうも目の前に群生されてたらな」
珍しいという言葉を否定できるほどの量を見せられては、こんな言葉も出てくるだろうよ。
まして、これがエシュリー達の悩みを解決する一手になるとは思いもしなかった。
見つけたのは偶然だが、そこからの行動は迅速にとったつもりだ。
もしやとメモリアは推測し、百メートルほどだが川を遡ると一本や二本では済まない量のキノコがそこら中に発生していた。
このキノコは、本来であればかなり珍しくこんなに群生することはない。
異常気象かはたまた天変地異の前触れか、価格の下落を誘発させられるくらいにそこら中に生えていた。
ここまで来ると何か別の意思に操作されているんじゃないかと疑うくらいのタイミングで、鹿に似た魔獣が現れ、俺たちの目の前でそのキノコを一口頬張った。
魔獣たちにとっては、川で喉を潤して、そのついでにと効能以外無毒なキノコを食べているわけだ。
その行動を目の前で見せつけられれば、結果は火を見るよりも明らか。そりゃぁいろいろと元気に動き回るよな。
そして、殺されかけたエシュリーたちからすれば、それが原因だとは叫びたくなるほど認めたくない事実だろうよ。
俺からしたら?
「ああ、なるほどな」
さすがファンタジーと納得したよ。
こんな規格外なほど珍しい代物がいきなり大量発生することもあるという事実が、ファンタジーならではと簡単に納得できたよ。
とりあえずそこからは、原因であろうキノコを証拠品として採取して街を目指したわけだ。
実際異常なことが起きているから証拠としては十分だろう。
「ま、俺たちには関係なくなるな」
「そうですね」
「仮にも一緒に旅をしていた仲でしょう! もう少しお二人は真剣に考えてください!」
「「他人事だからな(ですしね)」」
このあと別れる相手に対して何を言っているんだ?
まさかとは思うがこのままついてくるつもりなら、全力で逃げることを視野に入れないといけなくなるのだが。
「俺たちに何をやれと? このあとは別れてそのまま一生会わないかもしれないだろ」
実際、二、三ヶ月したら俺たちは文字通り世界を越えてしまうのだから、そこで巡り合う確率なんて、買った宝くじすべてが当選しているようなものだろう。
「まさか、教会までついてこいなんて言わないよな?」
「いえ、そこまでは」
「ジーロさん、彼女はそのつもりのようです。ご返答を」
ダウトとメモリアに図星を指された彼女は、うっと言葉を詰まらせるような反応を見せた。
それを見た俺は、笑顔で即答してやる。
「断固拒否だ」
「もう少し話を聞いてもよろしいのでは!?」
「営業時間外の仕事の話を聞くことほど無駄な時間はない。それが俺の持論だ」
経験則とも言う。
具体的に、会社の飲み会の時に聞く上司の仕事の話は無駄な部分が八割を占める。
おまけに、それを壊れたレコードみたいにエンドレスで聞かされれば、ビールは温くなって酔いは覚め気分は悪くなると言う最悪のコンボが披露できる。
ここ数日でエシュリーとも打ち解けていたが、それでも一線は守る。
その一線とは、これ以上の余計な仕事はお断りということだ。
イスアルの風習を学べと言われているが、社畜まっしぐらな行動は取りたくはない。
たとえ、客観的に見て可愛いと言われる少女からの頼みでも、嫌な上司への報告をあとに控えているこの状況では俺は断る。
こちとら、青臭い勘違いをする年齢は既に超えているのでな。
そして俺は、場合によってはNOと言える日本人だ。
「安心しろエシュリーさん、仕事の報告は感情を混ぜずに淡々とすれば気づけば終わっている」
「うう、ジーロさんの言葉は説得力がありますね」
「経験談だからな」
ブラック企業でなくとも、社会に出れば仕事の報告をするくらいの経験は誰しもするだろう。
どうやれば何事もなく報告を終えることができるかと考え、追加の仕事を受ける、叱りを受ける、やり直しを受けるというトライアル・アンド・エラーを繰り返して答えを導く。
その実例を、この数日間だけの旅の仲間に伝えたに過ぎない。
そして、その旅もここで終わりだ。
話しながらも足は進み、ついに街の入口までたどり着き門をくぐる。
「さて、到着したわけだが」
「そうですね。ええ、着いてしまいましたね……はぁ、この度は本当にお世話になりました。このご恩は忘れません」
「失敗したことを忘れなければ、それ以外忘れていいぞ」
俺くらいだろうなぁ、異世界の巫女の表情を笑顔で引きつらせる輩なんて。
普通なら助けはいりますかと名乗り出る場面だろうが、今回はたまたま俺の世界から見て相手が未成年で、助けに入る羽目になって、リスクが少ないという条件が重なったから同道したにすぎない。
言っただろう? 俺は場合によってはNOと言える日本人だと。
「お約束ではあるが、体に気をつけろ。それと、また後ろをついてくるなよ」
「さすがに街中ではしませんよ」
早々に別れの話を切り出す。
冗談を交えながら、今度こそ迅速に彼女と別れる。
俺とメモリアはその場に残り、エシュリーたちを見送る。
最後の冗談に対して笑って去っていく背中が人ごみに紛れ込んだのを見送り、ようやく肩の力が抜けた。
「終わった、こっちの仕事もようやく終わった。やはり余計な仕事は引き受けるものじゃないな」
「次の仕事も待っていますが、幸い一日余裕ができました。どうしますか?」
「仕事を溜めるのは主義じゃないが、少し遊びたいのが本音だな」
「わかりました、では少し観光といきましょう」
舐められないように隙を見せないようにと初期段階から強気の姿勢を見せていた。
なにせ、こっちは初めての異世界だ。ちょっとの隙が命取りになるかもしれない。
おまけに、何故か彼女たちからの視線が絶えないと来た。
技術の習得に目がないのか、それとも俺の行動が珍しいのか、この数日の間で彼女たちの視線が途切れることはなかった。
初日でメモリアとの恋愛話で興味を引いてしまったという可能性もあるかもしれないが、どちらにしろヘタな態度は見せられない環境だった。
そんな環境から肩の荷を下ろせたのだ。
少しくらいは解放感に浸っても文句はないだろう。
先導する彼女の半歩後ろを歩き、イスアルの初めての街並みを眺める。
「交易の街とは聞いていたが、やはり露店や商店が多いな」
「東西南北に出入口を置き、それぞれの方向に市場や商店街があります。北は食料や家畜、西は衣類や装飾品、東は武器や防具そして家具、私たちが通る南はそれ以外に分類される物が並んでいます」
「薬に本、壺にタライ、楽器に、あれはヤモリの日干しか? 統一性が皆無で見ていて面白いな」
「詐欺も一番多い区画なのでご注意を。宿は中央に集まっていますがこの街に拠点がありますのでそちらを使うことはありませんね。それと、わかっていると思いますが」
「ああ、怪しいのには近づかないよ」
「表の治安はそれなりに維持されていますが、裏に回ればその限りではありません。ここは日本ではないことを忘れないでください」
「了解、ちなみにスリの対応は?」
「現行犯なら腕くらいなら折ってもいいのでは?」
「過激だねぇ」
「眼力だけで対処できない時もありますので」
地球でも場所によっては見られるような簡易テントの露店通りは混雑している。
馬車も通れるように道幅は広いが、歩道と車道が線引きされているわけでもなく、左側通行などのマナーも当然ない。
すれ違い、時にはぶつかるほどの人混みは、賑わっていると言えば聞こえはいいが悪く言えば整理はされていない。
その中でわずか百メートルを進む中で三回スリに合う。
多いのか少ないかはわからないが、全て手を払い除け睨むだけで追い払えていたのは幸いだ。
「もう少し楽しめると思ったんだがな」
「それも含め今回の旅なのでは?」
「そうだろうな」
黒髪は目立つということで茶髪に染め上げた髪をガシガシと掻きながら、わずかでも楽しみにしていた部分も否定されたことを残念に思う。
風土を学べか……確かに学ぶところは多そうだ。
確かに、日本では体験できない光景と場所だ。
露店で犬耳を生やしたおっさんと人間が交渉をし、俺のように武器を持ち歩く人間が闊歩する。
そして
「……」
「気になりますか?」
首輪でつながれ男女関係なく値札を貼られる人、奴隷を見つける。
視線を一瞬投げかけるだけでそのまま通り過ぎる。
ファンタジーでは日常の光景でも、俺だけはおかしいと日本の常識が内心で訴えるが、ここでは俺の方がおかしいのだ。
正義感を募らせて助け出そうという感情は、この日本の常識と比べて起きるものだと改めて理解する。
「気にならないといえば嘘になるが、気にしていても仕方ないな」
「そうですか、このまま北に抜けますが、はぐれないように注意してください」
「ああ、どこかの貴族様に目をつけられないようにしっかりとついていくさ」
「彼らは目立ちますので、気をつければ会うことはないでしょう」
「そうなのか?」
「ええ、護衛が非常に目立ちますので」
そっと気遣うメモリアに感謝するように笑いかければ、彼女は頷き先導を続ける。
妙な集団がいたら、まずは貴族だと思ったほうがいいな。
そして、お高そうな服を着ているやつもそうだろうと記憶し、また伸びてきたスリの手を今度は強めに払いのける。
「懲りないな」
「生きるために手段を選べない人が多いんですよ。ここは」
「そんなものかね」
まずは落ち着ける場所に行きたいと思いながらメモリアの後をついていけば、やがて中央広場に出る。
石畳が敷き詰められかなり広いスペースが設けられている。
そこで一番目を引くのが
「あれは?」
「この街を作った勇者の銅像ですよ」
「あれがねぇ」
剣を地面に突き立てた男の銅像だった。
魔紋で強化されている俺の目はその細部まで見通すことができその顔立ちも普通に見える。
「日本人、だよな?」
「そうと言われていますね」
服装はこっちのものだが顔立ちは日本人だ。
そこから来る疑問であったが、間違いではなかった。
そして一箇所気になる点があった。
「なるほどね」
「見ていきますか?」
「いやいい」
会話は魔道具でごまかしているが、こっちに来るにあたって簡単な読み書きは覚えた。
そんな俺でも読める、かの勇者の足元に刻まれた文言に目を細め、気になるのかと聞いてきたメモリアの提案を断り予定通りの道につく。
「この街の名物ってなんだ?」
「あまり期待しないでください」
「せめて酒はうまいものがあってほしいものだよ」
勇者 タツヤ この地にて眠る。
話題を変えながらも印象に残ったその文言を頭に刻み、そっと頭の隅に追いやる。
そこから感じた嫌な予感は、さっさと美味いメシでも食べて忘れるとするか。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
仕事が終わればまた次の仕事が始まる。
仕事と次の仕事までの間をいかに広げられるか模索する、それが社会人だ!!
これからも本作をよろしくお願いします。




