576 長い準備期間を隔てても、不安は残る。
霧江さんとの打ち合わせが終わって、あとは本番を待つだけになって幾日。
衣装の準備、料理の手配、会場の設営、全ての確認が終わったとケイリィさんがやってきた。
「気合、十分に入っているようですね」
「ええ、悪いけど今日は早めに帰らせてもらうわよ」
「そうしてください。俺も終わらせるだけ終わらせて今日は早めに切り上げますよ」
ついに明日は念入りに準備した婚活パーティーの日。
そのことも相まって、ケイリィさんは定時に帰宅していく。
「まるで戦に挑む武士のようじゃの」
「ムイルさん」
「こちらの方も手薄になっておるからの、婿殿にムラ君とノルド君を回してもらったおかげで随分とワシの方も仕事が楽になったわ」
「それならよかったです」
その背を見送った際に、ひょっこりとムイルさんが姿を現しケイリィさんの立ち振る舞いを評した。
武士、女性にとって婚活パーティーの会場は戦場と同異義語なのだろう。
「ムイルさん、念を押しておきますけど周囲からの妨害はないと踏んでいいんですね?」
「無いじゃろ、と断言したいところじゃが。生憎とそう断言はできんの。明日の会場を襲撃する際にあるメリットは軽く数えるだけでも両手では足りないくらいはある。しかし、そう心配する必要もなかろうて。会場がエヴィア様のダンジョン内にあり、なおかつ当日はエヴィア様も警戒態勢を敷いてくれている。加えて、機王様もバックアップに回ってくれていると聞く。会場には婿殿もいるのならば、この陣営に飛び込むのは愚か者か、蛮勇か、それを上回れる策を持っている輩しかあるまいて」
「その最後の選択者を懸念しているんですけどね」
その戦場に横槍が入らないように俺もケイリィさんもそしてムイルさんもしっかりと洗浄を施したつもりだ。
しかし、念入りにチェックしてもまだ見落としがあるのではと思ってしまう。
それが社畜の性だと言えばそれまでなのが、得も言われないような不安が胸中にあるのもまた事実。
「何か見落としていることがあると?」
「致命傷じゃなくても、何か傷になるような物があるかもしれない。完璧にこなすことは難しくとも完璧を目指すことは止めてはいけない。それが俺が社会に出た時に学んだことなので」
こういう不安は得てして直感的に危険を察知しているケースが多い。
何もなければいい、不安材料は出来るだけ潰しておいた方がいいのだ。
「難儀な性格じゃの。それでいつも婿殿は仕事を抱え込んでいるのではないかの?」
心配性、そう捉えられても仕方ない。
ムイルさんの苦笑に、俺も苦笑で返し。
もう一度警備資料に目を通し始める。
疑えばすべてが疑わしく見えてしまうほど疑心暗鬼にはなっている訳では無いが、それでも何か見落としがないかと目を皿のようにして見てしまう。
「性分と言うよりは、この会社で身に着けた直感を信じていると言う感じですね。昔なら嫌な予感は気の所為だと笑い飛ばしていましたけど、この会社に入ってからこの勘に何度も助けられましたので」
「……そう言われたらワシも手伝わざるを得ないの。その手の話は戦場を経験しているワシにも効く。婿殿、名簿の方の精査はワシの方でやっておく。パーティーは明日じゃが、やらないよりはマシじゃろ」
「感謝します。何かお礼をしますね」
「手当はいらんから、今度のんびりと曾孫と遊べる時間を確保してくれんかの」
「ええ、前向きに検討します」
その姿を見てムイルさんも、手伝ってくれると申し出てくれる。
仕事が一つ減ってくれることに感謝しつつ、休暇の申し出に関しては、このパーティーが終わればどうにでもできると信じ、ムイルさんの休みのスケジュールを組み立てる。
「ホホホ、婿殿の言葉を信じ老体に鞭を打つとしようかの」
そうして、今日はムイルさんと一緒に、少しだけ残業をした。
その後俺の嫌な予感の原因は、ケイリィさん達女性陣の決起集会という場面を目撃したことで解決し、新たな不安を作り直しそんなことは関係ないと言わんばかりに朝日は登った。
「さぁ、行きましょう。戦場へ」
「いや、婚活パーティーの会場だからな?」
朝一番、それこそ早い時間から起きているのがわかるほど気合の入ったメイクをしたケイリィさんとオフィスで出会った。
その開口一番がこれだから、本当に気合を入れているのだと苦笑気味にツッコミを入れつつ、俺もきっちりとした格好でその場に居合わせている。
「その前に皆に気合を入れさせないとね」
「気合?いや、もう過剰といえるくらいに入っていると思うのだが」
こちら側は参加者は全員女性。
朝早くだと言うのに、集合場所にはすでに何名もの参加者の女性達が集まり始めている。
「なにせ当日キャンセルがいないかどうか確認に来るくらいだぞ」
「足りないわ」
その気合の入った女性陣を見て、気合は十分だと思っている俺と違いケイリィさんは不十分だと宣う。
何がと思わず聞き返そうとしたけど、彼女の視線がそれをさせてくれない。
翡翠色のドレスに身を包んだ彼女は、カツカツとヒールの足音を響かせて俺に背を向け歩き出す。
何事もなければいいなと心配を他所に、近場の女性たちと雑談を始めるケイリィさんを見てひとまずは安堵するべきかと思っていると。
「人王」
「アミリさん」
入り口から護衛を引き連れたアミリさんが姿を現した。
「陣中見舞いに来た」
そして彼女は今回の婚活パーティーの成功を祈ってか、そっと護衛に持たせていた荷物を差し出してくる。
「甘いものはエネルギーになる。ここから先、女性陣は飲食は最低限になる。今のうちに食べておくと良い」
それはどら焼きとかワッフルとか、少し甘味の強めのお菓子の詰め合わせ。
朝からそれを食べるのはいかがなものかと思わせるようなお菓子のラインナップであった。
「お心遣いありがとう。配らせてもらうよ」
しかし、あの気合の入りようの彼女たちを見れば、普通に食べるだろうなと言う予感があるから、早出してくれている事務員の人に頼んで会場入りしている女性陣に配ってもらう。
「彼女たちの気合は十分のよう」
「俺もそう言ったんだけど、ケイリィさん曰く足りないらしい」
アミリさんがここに来たのは陣中見舞いと言ったが、結果的に協力したイベントの状況を確認したかったようだ。
多忙の中時間を縫って来てくれていることは感謝しかない。
色とりどりの衣装に身を包み、気合の色が垣間見える女性陣の姿を見て感慨深く頷くアミリさん。
その言葉に俺もそう思うのだがと同意しつつ、あれでも足りないと言葉をつけ足すと。
「不可解、万全を期しているように見える」
「そうですよね。俺もそういう風に見えるんですけど」
同性のアミリさんでも理解できない何かがあるのだろうか。
二言三言、言葉を交わすたびに移動し、様々な女性と話すケイリィさんの姿を俺とアミリさんは目で追う。
俺とアミリさんの身体能力をもってすれば、ケイリィさんの唇の動きを見て何を話しているかは察しが付く。
『準備はできている?』
『問題はありません』
「何の準備の話だ?」
「人王も知らない?」
「ええ、おかしな話ですが」
準備と聞いて真っ先に思いつくのは会場の方の準備だが、料理の手配、会場設営すべての準備は完了していると報告は受けている。
なので準備の確認を彼女たちがする必要性はない。
となると別の何かということになる。
腕時計を見て、時間を確認する。
パーティーの開始は午前十時から。
場合によっては早いと言われる時間だけど、長期戦が見込まれる今回のパーティーは二部構成になっている故にこの時間の開始になる。
午前十時から午後二時までの前半の部。
そこから一時間ほどの休憩時間という名の互いの陣営の話し合いの時間。
女性陣は場合によってはここでお色直しと言うわけだ。
彼女たちのために衣装はかなりの数を用意し、メイクアップアーティストに近い形の職業の人たちも招集した。
おかげでかなりヤバい額が吹っ飛んだが、必要経費と割り切っておく。
そのわずかな時間で、色々と情報交換をしながら新たな魅力を披露すると言うわけだ。
午後三時から午後九時までの後半の部。
前半は情報収集で、狙いを絞り。
後半からが本番だと俺も思っている。
会社の宴会でもここまで長いことはなかったが、貴族のパーティーだと稀にこういう形式を取ることもあるらしい。
今回は、あまり接触できない上に人数も多いことからここまで長時間なスケジュールで動くことになっている。
少しでも互いを知り、それでいて波長の合う人を探し当てれればいいと思っている。
「少し確認しますか」
「賛同する。少しでも不安があるなら確認しておくに越したことはない」
現在時刻は朝の五時なので、まだまだ余裕があると言って良い時間帯だ。
しかし、その時間帯ですでに七割以上の女性陣が集まっている。
ここから日付が変わるまで気合で持たせて見せるという意気込みを感じさせるほどの気合の入りよう。
そんな彼女たちがする準備とは何かと気になる。
上司の立場と言う理由ももちろんあるが、それと同じくらいスエラの親友である彼女のことを心配する気持ちもある。
アミリさんを引き連れて、待合室に入ってきた女性に話しかけるケイリィさんの元に向かう。
「それで、そっちの準備は」
「はい、もちろん万全です」
近くに行けばまた同じような話が聞こえる。
俺たちが近づいているのはわかっているはずだから隠すようなことではないはず。
しかし、だからと言ってここまで来て何も聞かないのはおかしな話だ。
「ケイリィさんちょっといいか?」
「ええ、良いわよ。何かあったかしら?」
アミリさんを引き連れての登場に何も慌てず、自然体で俺に向き直るケイリィさん。
やはり何か変なことをしているわけではないだろう。
一つの安心と引きかえに一抹の不安を胸に新たに宿し。
「さっきから準備の確認をしているようだけど、何の準備の確認をしているんだ?会場の準備と相手方の準備ならすでに確認は終っているが」
この問いを飛ばす。
知らないままでは済ませないのが上司の悲しい性ってやつだ。
知らぬ存ぜぬで通せるほど、俺の地位も低くはない。
少しでも知らぬ情報があるなら集めておかねばならない。
「ああ、その話ね。プライベートって言ってもあなたの立場じゃ、じゃぁ仕方ないって言うわけにもいかないわね」
「当然だな」
ケイリィさんもそこら辺は承知しているのか、頷き、ちょいちょいと手招きをしてきて、そっとスマホを見せる。
「これはSNS?」
「そう、今回の参加者で作ったグループよ。それで、ここに書いてあるのはそれぞれの男の好みの情報と、事前に知れたお見合い写真で誰が誰を狙っているかっていう情報をまとめたやつ」
「……なるほど」
その画面にびっしりと書かれた文字の羅列。
その内容をさっと目を通せば、参加者の男の好みが網羅され、その条件に引っかかる男がいればどういう合図で教えるかも記載されている。
「もしかして準備というのは……」
「そう、この情報に全部目を通したかという話。味方と言っても、このイベントに参加するからにはライバルでもあるんだもの。必要最低限の情報共有はしておかないと」
「必要最低限?」
決して最低限では済まない量の内容が記載されているような気がするが、彼女たちからすればこれが最低ラインなのだろう。
口元が引きつるのがわかる。
「執念を感じる」
そして一緒に着いてきたアミリさんの言葉に俺は心の中で頷くのであった。
今日の一言
ようやく始まると思うと感慨深くなる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




