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575 ここから始まる何かがある。

 

 会社の接待と言えばキャバクラ、なんて発想が出るのは昭和生まれだからだろうか。

 値段が高くなれば、綺麗な庭が見える料亭と言うのが会社の接待というイメージも浮かぶ。


 俺も過去何度も接待を仰せつかって上司が好きな女の子に会うためだけに無理矢理場をキャバクラでセッティングした時、経理に憐れみの視線を向けられながら経費で落とせないか交渉した記憶がある。


 他にも上げるなら、接待という名目で連れていかれた場所は大抵上司の愚痴の披露の場だ。

 仕事、家庭の公私問わずの愚痴ほど非生産的な物はない。


 しかし、これをスルーして適当に相槌を打とうものなら、次の日は不機嫌な上司が仕事を二倍にしてくると言うふざけた出来事が起きる。


 有体に言えば、接待という言葉に対して俺はあまり良い記憶は持っていない。

 もっと言えば、接待に対して嫌悪感を持っていると言ってもいい。


 しかし、嫌な記憶しかないあまりやりたくない行為だからといって不必要かと聞かれればNoと答える。


「まぁ、面白い場を用意しましたね次郎君」

「ええ、ここを予約できるくらいの権限は持ってますので」


 天井に満点の星空が浮かび、そしてその星空の下に設置されている花の照明に囲まれたガーデンレストラン。


 社内に存在する地下商店街にある飲食店の中で屈指の高級店。

 エヴィアが唯一ダンジョン機能を開放し、空間干渉権を一部優遇した店。


 プラネタリア。


 空間そのものを自然と一体化し、完璧な空調と景観を維持した環境での食事。


 誰にも邪魔されず秘密の会談の席でも使用される。


 夜空の下に用意されている円卓の席。


 俺と霧江さんが向かい合う様に座り、そして俺の右にケイリィさん、左にムイルさんという配置でこの会食は始まる。


「日本ではまず用意できない席ですね」

「魔法とかを使っても?」


 料理はコースで決めているから何か注文するようなことはない。

 食前酒で軽く、口を滑らかにするくらいで、互いに酔わない程度の飲酒量でゆっくりと話を始めるがいきなり仕事の話をするわけではない。


「可能ではありますが、コストを考えれば普通に夜の料亭を用意した方が現実的なのでやろうと言う人がいないですね」

「なるほど、まぁコスト的に考えると現実的に不可能だと言うのはわかります」


 共通の話題となる店の話に触れることで場の雰囲気を温めるわけだ。

 霧江さんの背後に控える黒服の護衛は、ジッと置物のように動かない。


 その立ち振る舞いと気配から普通の黒服ではないのはわかる。

 もっと言えば、人に見えて人ではない何者かというのもわかる。

 ただ、純粋に人でないというわけでもなさそうだ。


「ええ、ですのでこうやって異世界の技術を目の当たりにするとなるほど科学に寄り道をした分だけ我々が劣ると言う分野が生まれるのもまた確かな話なのでしょうね」

「実際に向こうの世界に触れましたが、科学がない分進化する方向はやはり普段使いしている物に偏るんでしょうね」


 鬼かあるいは天狗か。

 日本の妖怪の代表格の気配を醸し出す護衛に気を配りつつ、ゆっくりと料理を食べながら雑談に更ける。


「甥であるあなたが、こちら側の世界に触れる事になるとは思いませんでしたよ。姉はそういった世界からあなたを遠ざけているようでしたから」

「子供のころは疑問でしたよ。自分は色々なところに飛び回るくせに俺自身はどこにも連れていかない。いや、普通とは言い難い旅行には連れていかれましたけど」


 血のつながった親族であるから、割と共通の話題は多い。

 まぁ、主に俺のお袋、霧江さんからすれば姉の話題がメインだが。


「ちなみに、うちのお袋の所在って把握してます?」

「していると思いますか?この前アメリカの大使からあの人の所在を聞かれたところです。最後の手掛かりは絵葉書で南極にいたと言う情報のみですが、消印から推定するともう南極にはいないでしょうね。案外、寒いところにいたから温泉でも入りたいと言って箱根にでもいるかもしれませんね」


 その話題が出た途端、流石姉妹。

 姉の行動原理をしっかりと把握している。


 お袋が今箱根に滞在しているのは俺だけが知っている情報だ。


 FBIだろうがCIAだろうが普通に撒いて見せるのがお袋。

 多分ここで口を滑らせてもあの人ならあっさりと身を隠すだろうなと思いつつ、今度ユキエラとサチエラに会いに来ると言っているから下手な騒動は起こさないようにする。


「存外会社の前にいたりするかもしれませんね」

「あの人ならやりかねません」


 突飛な動きに苦労させられた俺と霧江さんの笑みに、含むものを感じつつ食事は進む。


「ケイリィさんは先日お会いしましたが、そのような容姿はされておりませんでしたよね?」

「ええ、外出時は目立たないように隠蔽していますので」

「では、今の姿が本来の姿と?」

「はい、そう思っていただければ」

「そうですか、最初にお会いしたエヴィアさんもそうですが、ずいぶんとお若く見えますが私よりも年上なのですよね?」

「長命種の性質上そうなりますね。こう言っては何ですがこれでもダークエルフの中では若輩者扱いなのですよ」


 そして俺と霧江さん主導の話は流れ、相席している二人にも矛先が向く。


「ハハハ、その若輩者の中でもケイリィはとりわけ優秀でしての、いずれは私の跡を継がせたいと思っております」

「後、三百年は待ってもらいますよ。今、あなたの仕事を引き継いだら死ぬ思いをするので」

「ホホホ、じゃぁ三百年ほど待つかの」

「次郎君、彼女たちの言う三百年は人間の私で言えばどれほどの年月ですかね」

「三十年くらいですね」

「文字通り桁が違うということでしたか」


 ダークエルフという特徴的な容姿を前にしても、特段感情を見せず。

 自然体で接している霧江さんであったが、流石に寿命格差を見せられると表情に変化が生まれる。


 それは羨望か、それとも嫉妬か。


「霧江さんも寿命を伸ばしたいと思う口ですか?」


 感情を読み切れない彼女表情を前に俺はついそんなことを言ってみる。


「長生きをすればするほど、あの子の世話をする年月が増えるのでそれを良しとするかしないかでその答えは変わりますね。まぁ、それがなくとも私のような神に使える巫女は代替わりが起こるまでは人より老化が遅いので長生きの部類に入りますが」


 そしてしたいしたくないの返事はなく、おそらくミマモリ様との関係次第だと返答する霧江さんの最後にとんでもないことを言い放った。


「長生きって、どれくらいですか?」

「今のペースですと、おそらくは百四十歳くらいまでは生きられますね。それ以上になりますと健康面で厳しくなりますが、前線を退くだけで生きるだけならもっと長い時間を生きられますよ」


 ダークエルフと比べれば短い生命なのかもしれないが、人と換算するとかなりの長生きになる。


「ほほう、神秘と密接につながるが故の影響というやつですかな?」

「そう言うことです。特に私は成人するよりも前に神と関係を持っていたので、その影響は強いのです」


 ケイリィさんムイルさんと順番に質問され、それに返事をする霧江さんであったが。


「もしかしてお袋も?」


 俺は頭の中で、百を超えてもピンピンしていそうな自分の母親の姿を思い浮かべていた。


「いえ、姉はそういう力は備わっていないはずです。世界中を旅している最中に神霊に出会っていなければの話ですが」

「……出会っていないと、断言できる要素がない」

「そうですね、迷い神ともあの姉なら仲良くできそうな想像ができます」

「うちのお袋なら、スマホの連絡先に普通に登録してそう」

「我が姉ながら、行動力とコミュニケーション能力だけは高いですからね」


 三十になる男を一人生んでいるとは思えないほど若々しい、自分の母親。

 その容姿は、一時から老いるのを拒んでいるかのよう。


 もし仮に霧江さんの話が本当なら、どこぞの国でその地方の神と接触している可能性が出てくる。

 ピタリと食事の手を止めてつい神妙な顔で霧江さんの言葉に頷いてしまう。


「今度問い質しておきます」

「お願いします」


 そして後の火種になりかねない話題なので念のため確認しておこうと思い、霧江さんの顔を見ながら言い放つと彼女も苦笑視気味に頷き返してくれる。


 そんな雑談を隔て、数瞬の沈黙が場を支配した後に。


「そろそろ、本題に入りますか。このままだと雑談に更けて時間を忘れてしまいそうです」


 メインの魚を食べ終え、そしてデザートが運ばれてきたタイミングで、霧江さんは本題に入ろうと切り出してきた。


「そうですね。時間はまだありますが、話せる時間は長い方がいいかもしれません」


 その言葉に是非も無しと、こちらも全員頷くことで答える。


「最初に確認ですが、パーティーの会場はこの場と言うことで間違いないでしょうか?事前にいただいた資料でこの店の名前と外観資料を拝見しましたが」

「ええ、間違いありません。序に言うなら、用意している部屋も今使用している部屋です。今はテーブル席を用意していますが当日は立食形式にする予定です。スタッフに関しましてもこちらの方で用意します」

「はい、その手はずに関してはこちらの方でも承認しております。家柄的に由緒ある者も多くおりまして、それ相応の対応が求められますが、この場でしたら問題はないかと」


 資料によるやり取りは何度も行っていて、その都度更新される情報を互いに把握しているから今回の会食もいわば事前確認に近いやり取りしかしない。


 それでも齟齬があったら問題になるから念入りに確認する。


「参加人員に関してあれから変更は?」

「こちらは有りません。そちらの方は?」

「最終選定は終了し、先日送りました名簿の通りです」

「なら、人については問題はないかと。その後の出会いに関しては個人的なやり取りになります」

「日本と魔王軍の交流の場になりますから個人だけの話では済まないでしょうが」

「それは互いに承知での事、組織同士の交流の場になるのですから互いに利を説いて場を設けている。それだけの事です」


 場の確認、参加者の確認。

 そして。


「司会進行は私と次郎君で行うことでよろしいですか?」

「ええ、幹事役は互いの組織の上位者が行った方がよろしいかと」


 今回の婚活パーティーの司会進行が互いの組織の幹部という時点で甘い空気は消し飛ぶのではと思われるが、場に揃う人材のことを考えるなら俺たちが出張るしかない。


 細かい打ち合わせは、このまま食事をしながらするだが。


「問題点は」

「ああ」


 互いに、懸念点があるため先に潰しておかねばならない問題を解決する。


「互いの不穏分子をどう抑えるかですね」

「ええ、そっちにも?」

「限りなく白で揃えたつもりですが、抜け道はいくらでもあります。私の周囲が静かすぎるのが不気味なくらいです。内も外もです」

「こっちもですね。ドンパチやっていたのが嘘のように静かになりました」


 霧江さんは、組織内の敵でもなく味方でもない人間が紛れ込み、さらにそれを支援するだろう海外勢力も沈黙していることに懸念を示し、俺自身も貴族連中が沈黙し始めているのが不気味だと思っている。


 下手にやぶをつついて蛇を飛び出させる方が面倒だと俺も霧江さんも把握しているので、ひとまず放置という方針でこの場に挑んだが。


「警戒は当然必要ですよね?」

「ええ、米国以外も動いていると言う情報もありますので」

「やるのは婚活パーティーなんですけどね」

「そう純粋に捉えている人はきっと少ないですよ」


 警戒心だけは捨てられないでいた。



 今日の一言

 事前確認は重要である。





毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 霧江さん、妹だからなのか巫女だからなのか…両方かな?(´・ω・`) にしても、全然和やかな婚活の打ち合わせの空気じゃねぇ…寧ろ条約の調印式の草案作りみたいだw
[良い点] 流石姉妹、とんでもない行動理論なのに読み解いていやがる。 すごいよね婚活。これ単なる婚活なのに政治色びっしり。
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