574 仕事は一つずつ片づけていけば山場を越えられる。
「ついに、来週か……」
ノルド君という思わぬ戦力に俺たちは助けられた。
俺としては普通の新人程度の仕事能力があれば助かるのだけど。
カデンさんは仕事ができると言うエヴィアの話から聞く限り、血筋的には才能があったと言うことか。
家柄に胡坐をかいていたノルド君を矯正して見せた特級精霊の教導を司るトリスの手腕は見事と言わざるを得ない。
しっかりと戦力になってくれたノルド君のおかげで珍しく週末に仕事を定時に終わらせられ、久しぶりに週末を休ませられることに感慨深くなり、一人職場に残って雑務を終わらせているがそれももう少しで終わる。
といっても、その雑務もアミリさんから回してもらっている諜報部の報告を確認するだけだ。
「さてと、さっさと仕事を終えないとな。約束の時間に間に合わなくなる」
この仕事さえ終えれば、俺も久しぶりにまともな時間で夕食を取ることができる。
けれどそれは、イコール家に帰ってスエラたちと食事を取れると言うわけではない。
社外との取引に、ダンジョン設営準備に、諜報活動に、組織拡大、さらにダンジョンテスターの管理、それに加えて婚活パーティーという名の外交活動。
この後に待っているのは、最後の外交活動の仕事が待っていると言うことだ。
仕事的な言い方をするなら、接待というわけだ。
「おお、婿殿そろそろ時間だから迎えに来たぞ」
「まだ仕事してたの?何か急な案件が入ってきたとか?」
相手は気心の知れた相手だが、それでも今回の話し合いの場はかなり重要なことになるとみているので、ムイルさんとケイリィさんも一緒に連れていくことになっている。
二人とも普段使っているスーツよりもかなり高級なスーツに身を包んでいる。
かく言う俺も普段使いしているスーツよりも仕立てに気合を入れたオーダーメイドのスーツだ。
前の会社なら、オーダーメイドスーツなんて結婚式に招待されたときでも絶対に着れなかっただろうと思うし。
「いや、アミリさんの部下からの報告を受けてただけ。今ちょうど確認が終わったところだ」
そのスーツにしわが寄らないように気を配り、そっとパソコンの電源を落とす。
そして立ち上がり、呼びに来た二人に歩み寄る。
「そう、機王様のおかげで変な横槍が入らなくなって本当に感謝してるわよ」
「じゃが、地盤が盤石と言い難い我らにとってこの借りは大きい物じゃ。対価を払ったと言っても何か恩返しをせねばならんの」
激務に次ぐ激務で、より一層絆を深めた俺たち三人に年齢差や立場など関係ないと言わんばかりに仕事の話をしながら、オフィスの施錠を施す。
「そうですね。アミリさんとは今後は対等の関係を構築するつもりならその辺はしっかりと返していかねばならない」
「今回の話をうまくまとめられればその返済の目途も立つでしょ?」
「そうじゃな、地球との外交に得られる益はかなりの物。その得られる益で魔王軍はかなり潤う。それを踏まえて、上手く機王様には恩を返さねばな」
二人を引き連れて、まだまだ人の残る社内を進む俺たちの会話に聞き耳を立てる人もいるが、この程度の話なら聞かれても問題はない。
まぁ、ケイリィさんとムイルさんが軽い認識阻害で俺たちの会話を外に漏らさないようにしているから聞かれる心配もないけど。
しかし、だからといっても新人将軍の一行というのは目立つし、ありとあらゆる方面から表裏問わず注目は集まる。
入社したての頃はこんな風に注目はされなかったから、違和感を感じている。
「そうだな。何かを一定のことで返すより、何か機会があったときに対応できるように地盤を固めておく方が得策だろうな。普段の生活は海堂をサポートして利子を返す程度のことで納めていくのが無難だろうな」
「下手な贔屓はせず、しっかりと評価し、成長を促す。その方針で問題はないはずね」
「そうじゃな。ここで彼を贔屓したら我らは完全に機王様の傘下になってしまう。それは避けねばならぬ」
そんなことを露とも感じない二人に俺はすごいと素直に感心しながらいまだ地盤が安定しない自分の組織運営に少し危機感を抱く。
傘下に入る部下たちは徐々に増えているが、トップが能力的に人外の領域に入っているが見た目が人間という俺の場合。
やはり種族柄いい人材と言うのは入り辛い。
それは歴史上、人間と争うことが多い魔王軍だから仕方ないこと。
「二人とも苦労を掛けるね」
「望んで挑んだこと、やりがいはあるの」
「そうね、立場も悪くないし、了承したのは私。やるならとことんまで上り詰めてやるわよ」
向かい風な組織運営を支えてくれる二人には感謝しかない。
気にするなと二人とも笑ってくれている。
「とくにケイリィは、婚活まで用意してくれる上司に恵まれているからの。他の上司なら適当な有力貴族の嫁に送り出されて終わりじゃ。男を選べるそれだけでも感謝じゃろ」
「否定できないわ。次郎君の魅力の一つと言ってもいいわ」
「なんだそれ」
その笑いに釣られて俺の口元にも笑みが浮かぶ。
「ただ問題は、色々とデスクワークが多くて体が鈍ることね。私最近訓練所に行く回数が減ったのよね」
「ワシは仕事をしながら魔力を練ることが多くなったの」
「ああ、それは俺もだな。たまに教官と戦って勘を磨いているけど」
「たまに変な濃度の魔力が流れ込むのはあなたが原因だったのね。止めてよね。いきなり濃い魔力が流れるとビックリするんだから。あと、あなたと鬼王様が戦った後はぺんぺん草も残らない荒れ地になるんだから、エヴィア様に感謝しなさいよ。普通の土地で戦ってたら、その土地一生使いものにならなくなるわ」
「人を核兵器のように言うなよ」
「兵器って言う所は変わらないでしょ」
上司と部下と言うには距離感が近すぎる会話を繰り広げながら、いずれ俺は人型決戦兵器とか言われないだろうかと一抹の不安と、教官たち含めて将軍以上の立場の存在がそれに近い存在だと言うことに気づく。
「手遅れだったか」
「何を?」
「いや、冷静に考えて教官たちが戦場に投入されるときって大抵戦いを終わらせるときにだろ?その方々と同じ立場にいる俺も人型決戦兵器の仲間入りを果たしているんだなと今更思ってな」
「今更ね」
「今更じゃな」
眼からビームとかはさすがに出せないけど、斬撃で山をかち割れる段階で手遅れ感が半端ないのは二人の言う通り今更なのだろう。
ポンと左右から肩を叩かれて、人ではない何かというカテゴリーについに俺も入ってしまったかと認識した瞬間だった。
そして会社の出入り口であるロビーに出ると、そこにまだ待ち人は来ておらず。
腕時計で時間を確認すれば約束までまだ十五分ほど時間がある。
一応念のため受付担当に確認はしておく。
「すまない。ちょっといいか」
「はい、人王様何か御用ですか?」
入社面接に来た時と変わらずそこに立つ、見目麗しいダークエルフの受付嬢。
鼻の下を伸ばすような真似はしないが、何やらこそばゆい感情を抱きつつも。
「今日会う予定の人が来るはずなんだけど、まだ来社していないか確認をな」
「はい、私共の方では受け付けておりません」
本命の情報を確認しすれ違いになっていない事に安堵する。
「ありがとう」
「いえ、その人王様一つお聞きしたいのですが」
「ん?何?」
用事はこれで済んだのでケイリィさんとムイルさんの立つ場所に戻ろうかと思ったが受付嬢から呼び止められる。
声を潜め、二人いる受付嬢同士で顔を見合わせているあたり何か言いづらいことなのだろうか。
そっと顔を寄せると、周囲を気にしながら片方の受付嬢が小声でひっそりと伝える。
「これから来社される方は縁結びの神様と縁のある方だとお伺いしたのですが本当でしょうか?」
「……」
何を言っているんだこの受付嬢はと、一瞬悩んだ。
どこをどうやったら、そんな情報が出てくるのかと思ったが。
尾ひれや背びれがついて噂というのものは広がっていくもの。
そして付属された尾ひれと背びれの予想は結構簡単につくからまぁ、問題はないけど。
こんな綺麗な受付嬢二人もすなわち。
「今回は、ケイリィ様の審査に落ちましたけど是非とも次の機会を!」
「実家からも早く孫を見せろとせっつかれてまして」
結婚願望者だったと言うことか。
ミマモリ様は土地神であるがゆえに、縁結びの神様ともつながりがないわけではないだろう。
いや、ある意味でお見合いを提案している段階で縁結びの神と解釈もできなくはない。
そしてそのミマモリ様の顔つなぎ役をしている我が叔母は縁結びの神の縁者と言うことになるのか。
「ハハハハ、また今度ね。二度目は、正直情勢が落ち着かないと目途が立たないんだよ」
「そんな」
「この会社に出向したのも出会いを求めてなのに!」
すなわち出会いが少ないのか、あるいはお眼鏡にかなう異性がいないのか。
この会社の出会いを求める人にとってこれから会う人たちは福音とも言っていいような方々。
その面々が行う婚活パーティーに賭けていた受付嬢たちは、一度目の選考に落ちていたらしい。
二度目は未定という俺の言葉にショックを受けている。
そんなにうちの会社って出会いがないのか?
こう言っちゃなんだけど、男は結構多いイメージだし、ここまで容姿端麗であるならより取り見取りのようなイメージがある。
「ハハハハハ、頑張って?」
「そんな同情するくらいなら人王様のコネクションで良い男性を紹介してくださいよ!!」
「いい男はみんな売約済みなんですよ!!スエラを娶った人王様に私たちの気持ちがわかりますか!あ、良いなって思った男性にこぶがついている時の絶望感が」
だけど、現実は非常らしく出会いと言うのはそう簡単にできるモノではないらしく。
上下関係の垣根を超えた切実な願い。
これにどうリアクションすればいいのかと苦笑気味に悩む。
話せば話すほど、暗黒面に落ちていく受付嬢たち。
会社の顔役である彼女たちがこのまま落ちこんでいくのはいかがなものかと思い。
「考えておくよ」
問題を先送りにするしか思いつかなかった。
俺の考えると言う言葉にパッと表情を明るくする受付嬢たちに罪悪感を抱きつつ、会社の外に見知った気配を感じ足早に受付嬢たちの前から逃げるように立ち去る。
「何やってたのよ」
「いや、何、俺のまだ知らない女性たちの苦労を聞いてただけだ」
「ハハハハ!婿殿先達からのアドバイスじゃ、女性の苦労に男は振り回されるのが甲斐性じゃぞ」
何と言うか、犬も歩けば棒に当たるとはよく言うが、俺が歩くとイベントにぶつかるのかね…と苦笑気味に雑談していると会社の自動ドアが開く。
騒めくロビー。
なにせ入ってきた集団が集団だ。
黒服の男たちに囲まれた巫女装束の女性。
俺の叔母であり、現在進行形で交渉中である日本の魔法的組織、日本神呪術協会の幹部が来たのだからそれを一目見ようと野次馬が集まってくるのも納得。
「ようこそ霧江さん」
「お出迎え感謝します、次郎君」
「どうです?異世界っぽい環境に囲まれた感想は」
「似たような種族を相手にする機会はあるので、新鮮という言葉は出ませんが」
その野次馬たちをものともせず、にこやかな微笑みを浮かべる霧江さん。
「中々興味深い世界のようですね」
そしてそのまま辺りを見回し、興味深いと言う一言を残した。
それがどういう意味か。
それはこの後の話し合いでわかる。
「では、その興味深いところを含めて色々と話し合いましょうか」
「はい、そうですね」
今日の一言
最初に手を伸ばさねば、仕事は終わらない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




