573 そして仕事に追われれば月日が流れるのは早い。
お袋とのコンタクトを取って、そしてそこから色々な業者を紹介してもらったのは良かったんだが……
そこからの時間経過がエグイと表現するくらいに早く過ぎ去った。
一週間が気づいたら終わり、時間の経過の速さを感じさせる。
刻一刻と制限時間が消費される感覚は前の会社の時の納期ギリギリが差し迫っている仕事の時を思い出させる。
「こっちの領収書とこの書類一緒に処理しておいてくれ」
「小麦と木材ね、了解!」
「あとで、金属関連の書類と領収書も回す」
「はいはい、はぁ、これだけでなかなか手痛い出費ね。メモリアさんにしっかり仕事してもらって稼がないとうちの部署は破産よ」
「ハハハハ!そうなれば将軍位もヤバいな」
睡眠不足をカフェインで誤魔化すなんていつ以来だろうかと思いつつ、テンションは高めで仕事に精を出す。
高速でキーボードを片手で叩きながら、メール処理を並行で行い。
もう片方の手では決裁書類の処理をしていく。
エヴィアと教官の提案はある意味で俺たちの仕事の打開策にはなったが、その分だけ仕事が増える。
社外での活動ができる要員というのは思いのほか少ない。
現状、俺自ら動くとかなり目立つので、自然と部下を使って交渉に当たらせるほかない。
さてここで問題。
ただでさえ人手の少ない我が陣営の、数少ない交渉役を外に出したらどうなるか。
答えは、内部での仕事が鬼のように忙しくなる…だ。
責任者である俺は、増えた仕事のおかげでこの一週間の合計睡眠時間は十時間を切った。
社畜時代でもここまで睡眠時間を削ることはなかった。
「ケイリィさん。その仕事が終わったら仮眠取ってきてください」
「そう言うあなたはどうするのよ。どう見ても私よりあなたの方が睡眠時間少ないでしょ」
「慣れてるんで、感覚的にもうしばらくは正常に働けそうなので」
それは俺だけではなく、部下たちにも負担を強いている。
良くない流れだと思いつつも、打開する方法がないのだ。
なれば、人一倍俺が働いて少しでも部下の負担を減らすほかない。
「……わかった。二時間後に起こして」
「三時間は睡眠取ってください。その後彼女たちも休ませてください」
「了解、お言葉に甘えるわ」
けれど負担が局所的に集中しているのは明白。
タフなケイリィさんであっても流石に限界が近いのか、疲労が隠せなくなっている。
俺が休むように言うと、彼女は少しほっと安堵のため息を吐いた後、仮眠室に消えていく。
「さってと、ここからが正念場だな。婚活パーティーまで時間もないし」
魔紋のおかげで体が頑丈になってくれていて本当に助かる。
集中力も段違いで上がっているし、脳の覚醒具合の差も歴然としている。
ケイリィさんが抜けた時間をどうにか、魔力で身体強化した肉体でカバーしていかねばと気合を入れる。
首を一度コキリと良い音を鳴らして、仕事にとりかかろうとしたが。
「ハァイ!元気にしてる?契約者さん」
突如として空中に勝手に召喚され、顕現するヴァルスさんによってその出鼻をくじかれる。
「たった今、魔力を吸われて元気がなくなったよ」
「あら、ごめんなさいね」
普段であればあまり気にしないような量ではあるけど、今の体調だとヴァルスさんの召喚するだけの魔力は結構きつい。
「でも、私としては早めに渡しておきたかったのよ」
「渡す?」
ヴァルスさんは何か用事があって俺のところに出現したのはわかる。
であればその用事とは何かという話になるが、ニコニコと笑いながら空間魔法を発動させより一層俺の魔力を消費させると。
「はい、預かってたノルド君よ」
ゲートの魔法から現れる一つの影。
その顔は見覚えがある。
しかし。
「お義兄様、長い時間を教育にかけて頂き申し訳ありません。ノルド・ノーディスただいま帰還いたしました」
こんな礼儀正しい悪魔は知らない。
優雅に、そして滑らかに頭を下げるノルド君。
送り出す前まであんなにギャアギャア叫んでいたのに、今ではその面影すらない。
「会心の出来よ。今までの腑抜けているノルド君はもういないわ。いわばnewノルド君ね」
「はい、私、心を入れ替え魔王軍に役立てるように誠心誠意働く所存であります」
グッとサムズアップして完成具合に自身がありますと笑顔を見せるヴァルスさん。
傍から見て、だいぶ性格が矯正されたのはわかる。
何と言うか長年マナー教室に通って、試験に合格してきた感が満載だ。
「……」
真面目に働くというのであれば、それは願ってもないことだ。
「じゃぁ、この書類のチェックを頼む」
「かしこまりました」
しかし、過去のスペックを考えるとにわかに信じがたい部分もあるのも事実。
疲労で若干脳みその働きが鈍っていることも相成って、正常に判断ができない。
とりあえず実力を試すか…ということで、簡単だけど少し面倒な書類仕事を頼むことにした。
数字の確認というある意味で重要で地味な仕事を任せた。
前の状態のノルド君であれば、適当に仕事をして済ますのだが。
「なぬ」
思わず声が漏れるほどの光景を俺は目の当たりにした。
素早く電卓をたたき、メモ帳に細かく確認したデータを書き。
効率よく、データの情報を確認していくノルド君。
「ま、真面目だ」
引きこもりたいと全力で抗っていた男の姿はどこに消えたのだと言いたいくらいに真面目に仕事をしているノルド君。
「会心の出来って言ったでしょ?」
疑いの目を向けていた俺にドヤ顔を披露するヴァルスさん。
「確かに、これなら」
「最初の方は大変だったわ。働きたくないって喚くわ、家に帰せと泣くわ、本当に手のかかる子だったわ」
「そんなノルド君を一体どうやって?」
「え?自主的に仕事の勉強をするように仕向けたわ」
「いや、だからどうやって」
あのエヴィアですら匙を投げたノルド君の更生をやってのけた手腕に俺は感心し、そしてその手段が気になり聞いてみたが、ヴァルスさんは自主的に勉強を始めたと言う。
そんなことができればエヴィアは苦労しなかったと思うのだが。
方法が全く思いつかないと首をひねると、ヴァルスさんはクスクスと笑いながらヒントと人差し指を立てる。
「契約者さんと私が初めて会った空間」
「初めて会った空間……あの何もない空間の事か?」
「ええ、そこに彼を放置してみたの」
「放置……もしかして、本当に何もない状況で?」
「そうそう、何もない着の身着のまま、何もない空間でひたすら放置。疲れることもない、眠ることもない。ただ無が占める空間に放置してみました」
「……ああ、そういうことか」
そのヒントを聞き俺はなんてエグイことをするのだと思った。
ヴァルスさんは精霊だ。
寿命という時間制限は、ほぼ無いに等しい。
おまけに時空を司る精霊であるがゆえに時間というのを自由自在に操作することができる。
その力を万全にしたら何が起きるか。
簡潔に説明すれば一億年スイッチだ。
スイッチを押すと一瞬で百万円手に入るが、実はその一瞬の間に一億年を体験しているという事実。
「放置し続ければ疲れ果て、自然と黙り、そして孤独に耐えきれなくなる」
「ええ、そのタイミングでそっと差し入れするのよ。何もない空間に差し出される一つの教科書。その教科書は暇を持て余し、発狂しかかっている彼にとっては砂漠で喉が渇き切っている遭難者が求める水がごとく。すっごい喰いつきだったわよ」
一体どれだけの時間を放置したかはわからないが、何もできない何もすることがないと言うのは苦痛以外の何ものでもない。
魔法は多少は使えるだろうけど、ノルド君の才能はそこまで高くない。
魔法の練習とかやれば気が紛れるかもしれないけど、そこまで思考が至らなかったと言うことか。
あるいは魔法を使っても気が紛れなかったか。
「どこかの誰かさんは素振りだけで気を紛らわせたけどね」
「どこのどいつだろうな」
俺は教官の技の再現をしようという目標があってどうにか気を紛らわせていた。
出来るはずというあやふやな希望に縋るのは、正気の沙汰ではないかもしれないが、しなければならないと言う状況だから続けられた。
懐かしいなと思いつつ、肩をすくめて見るとクスクスとヴァルスさんは笑う。
「そこからは簡単だったわよ。穴が開くまでその教科書をひたすら読み進めて、暗記できるようになったら、次の教科書を手渡しての繰り返し、基礎ができるまでに七百三十二年もかかったわね」
「基礎でそれだけって、ノルド君の寿命は大丈夫なのか?」
「そこは安心なさい。彼の寿命は一秒たりとも使ってないわよ」
七百年以上、虚無空間に放置され教科書を与えられ暗記する…の繰り返し。
それしかやることがないと言う強制は、ノルド君には効果的だったようで、少しでも気を紛らわせるために教科書を読みこんでいたとヴァルスさんは語る。
懸念点であった寿命の消化も、ヴァルスさんの力によって打ち消している。
本当にチート染みた力を持っているなと苦笑する。
「基礎ができたら、あとは教師役のトリスに放り投げればあら不思議、こんな感じで綺麗なノルド君の完成よ?」
「最初に心をへし折れば、こうなるよな」
強制的に精神を折りに来ているヴァルスさんのやり方は、堕落の道を究めようとしていたノルド君の精神をもってしても抗うことはできず。
着実に下地を擦り付けられ、そして着々と調教を重ねられ。
気づけば。
「ふぅ、働けると言うのは素晴らしいのですね」
立派な社畜が完成していた。
「何もしなくていいと言うのは、ある意味で凶器だな」
にこやかな表情で書類と電卓を愛おしそうに使うノルド君の姿はしっかりと教育が施されたサラリーマンでも中々見ることのないモノだろう。
何もしなくていいよと言う言葉は、戦力外通告とかで使われるけど、文字通り何もさせない状況に追い込まれれば仕事という物ですら娯楽に転じるのだろう。
死ぬことも眠ることも許されず、何もない空間で一人で過ごすと言うのはかなりきつい。
言葉としての凶器に物理的な破壊力をもたらしたヴァルスさんの強硬手段。
その威力に一瞬だけど怖気が走る。
「何かを任されると言う行為に感動を覚えれば、確かに仕事が楽しいって思える様になるか」
そして次に肩をすくめて、精力的に働くノルド君の姿に納得するのであった。
「あら、契約者さんが手段を選ばなくていいって言ったから、ご注文通りに仕上げて来たんじゃない。人格はゆがめちゃったけど、精神はゆがめてないわよ」
「真人間に、いや真悪魔になったことは喜ばしいが、過程を知ると素直に喜べないだけだ。仕事には不満はないし、感謝もしている。人手が足りない状況でこの助力は助かる」
少々俺の態度に物申したいと言う雰囲気をにじませていたヴァルスさんに、片手で謝るような仕草を見せると、彼女はフッと表情を緩めてくれる。
「ああ、そうだ。はいこれ、彼を教育していない時暇だったから仕上げておいてあげたわよ」
「これって」
「パソコンって色々とやれる事が多いのね。おかげであの子たちも盛り上がっちゃって想像以上の力作ができたわ」
そして、そっとノートパソコンを俺に渡してくる。
それは俺がヴァルスさんに渡しておいたハイエンドモデルのノートパソコン。
俺は机の脇にノートパソコンをおいて、電源の入ったその画面を見ると。
「すごい、これが」
「ええ、それがあなたのダンジョン。農業プラント搭載型の次世代ダンジョンよ」
俺がこれから管理するダンジョンの設計図が映っていた。
「これが、俺のダンジョン」
その情報に、俺は今までに感じたことのない感動を感じるのであった。
今日の一言
もうすぐ締め切りが来ると思うと、仕事のペースは速くなる
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!
 




