572 宴の後は、仕事の時間だ
結局のところ、あの後はエヴィアと教官のお願いという名の、命令に近い形で仕事が増えてしまった。
せめてもの救いは、宴の中で巡さんとアミリさん、そして双子天使たちが仲良くなっているという光景が見れて、仲人という仕事を完遂できたことだろう。
後は流石に何とかなるだろうと、酔っぱらった巡さんを背負って宴の席を後にする海堂たちを見送ったあとは。
「うわ、ひどい顔してるわね。徹夜?」
「ついさっきまで教官と酒を飲み交していたよ」
「それにしてはお酒の匂いはしないわね」
徹夜で、教官と酒を飲み交して、色々と情報交換をしていた。
戦準備をしている教官からの情報は、相手側の情報があまり入ってこない社内にいる俺にとってはかなり貴重な情報だ。
おかげで、気づけば夜が明けて次の日となり、酒で潰れていた鬼たちよりもタフさを見せつけるように一度家に帰りシャワーを浴びてからまた出社したわけだ。
しかし、潰れていないだけであって疲労感は拭えない。
ポーションでアルコールを抜き、思考も明瞭にしているけど、やはり疲れは感じるのだ。
「アルコールはしっかりと抜いてきたよ」
「感心感心、それなら、はいこれ急ぎの仕事。昨日の遅れはしっかりと取り返してね」
「あいよ」
そんな俺に対して容赦せず、しっかりと机に書類をおいてくれるケイリィさんに俺は苦笑しつつそれを受け取り処理を始める。
「パーティーの進捗状況は?」
「問題だらけって感じなのは変わらないけど、機王様が色々と手を回してくれているおかげで、問題解決しながら進められるようにはなってるわよ。お相手さんとの調整も着々と進んでるわ。絶対にないと思うけど、何も問題が起きなければ余裕くらいは作れそうね」
「安心できないのが、今のご時世だよな。まったく、戦時体制ではないにしろ戦争が始まる予兆があるのに利権争いか」
「それが支配者の性ってやつじゃないの?持ってない利権は欲しい。それだけの話よ」
「隣の芝が青く見えるからって、手を伸ばされる方の迷惑を考えないものかね」
雑談も兼ねた状況報告。
一番重要なのはダンジョンの進捗状況だけど、それと同じくらい重要なのが婚活パーティーなのだから苦笑してしまう。
「考えて、手を伸ばしてくるんでしょ?」
「考えている分、そっちの方がたちが悪いか」
アミリさんのおかげで幾分か仕事の能率が上がったようで、ケイリィさんのストレス減少に繋がって何より。
だけどアミリさんが手伝ってくれている分、色々と浮き彫りになってくる部分も多くなってきている。
ケイリィさんに何気なく渡された書類の内容を見て。
「ムイルさんも多忙なようだな」
「多忙って言葉でひとくくりにされるのはムイルさんが可哀そうよ。絶対、あの人じゃないとこの量の情報は捌けないと思うし」
「ケイリィさんでも?」
「三日で逃げるわよ」
貴族の裏の動きが俺の想像を超えるほどエグイ動きを取ろうとしているのがわかり、思わずため息がこぼれそうになっている。
犯罪行為といえないまでも、限りなく犯罪に近いグレーゾーンの動きは可愛い方。
証拠を残さないやり方で、黒いやり方を白く見せて動こうとしている輩までいるのは流石に頭が痛くなる。
ここまでの暗躍に対する狙いが、すべて婚活パーティーに集約されているのだから笑い話にもならん。
その情報処理を担当してくれているのがムイルさんなのだから感謝しかない。
「曾孫に会えないって嘆いていたわよ」
「今度、ゆっくりと休めるように手配するよ。幸いにして戦力が一人増えそうだからな」
「へぇ、彼、戻ってくるの?」
「ヴァルスさんから、仕上がって来たって連絡は来ているよ。遅くとも来週には送り返せるってさ」
そのムイルさんの負担を下げるために、新しくなったノルド君を投入する。
戦力と口にして、本当に改善出来たのかと楽しみにしているケイリィさんに楽しみにしてくれとウインクをして見せる。
「それは楽しみね。ついでに私の方にも戦力を追加してくれないかしら?」
「良い人がいれば送り出すんだが、ない袖は振れないのが現状でな」
「いっそ勝君辺りを引っ張ってこれないかしら?彼、真面目だからいい戦力になりそうだけど」
「南と青春している真っ最中の学生の時間を俺たちみたいな社畜の時間に染めるほど俺たちは人手不足なのか?」
しかし、その戦力で改善されるのはムイルさんの方だけで、ケイリィさんの方は全くと言って良いほど改善する傾向にはない。
海堂ではなく、勝を要求してくる辺り、彼女の本気具合が察せられる。
流石にそれは無理だと、宣言している間に書類のチェックと決裁が終わり、書類を返すと。
「はい次これね」
「書類仕事だけは、偉くなっても減らないんだな」
「そんな物よ。ある意味聖剣よりも厄介な存在よ書類って」
「その心は?」
「魔王様も逃げ出す」
「なるほど、座布団は渡せないが今度美味しいお菓子でも差し入れる」
「満天堂のどら焼きがいいわね」
「確かあそこって、一個三百円近くしなかったか」
「良いあんこ使ってるのよあそこ、甘みもちょうどいいし」
おかわりの書類が返ってくる。
そしてその書類はどうやら魔王ですら撃退する力を持っているらしい。
事実、その書類を前にして魔王である社長は逃走を選んだ。
もし仮に魔王を撃退するのなら、聖剣を用意するよりも、書類を用意したほうが効果的なのではと思わせるようなケイリィさんの答えに俺は笑い。
ついうっかり差し入れをすると約束してしまった。
その要求が単価が高い、高級和菓子店のどら焼きと来る。
稼いではいる。
それこそどら焼きという菓子なら、一個二個程度で財布が悲鳴をあげるような財力ではない。
けれど庶民根性は抜けていないので、一個三百円というどら焼きは俺にとっては高級品だ。
それを容赦なく要求するケイリィさんに、もう少し容赦しろと視線で問いかけてみるも、するりとその視線を避けた彼女は、上品な甘さのあんこがいいと宣う。
「はいはい、フロア分は手配しておくよ」
「それなら、今日も気分よく頑張れるわね」
事実、彼女には色々と仕事のフォローを頼んでいるし、仕事自体も早く終わらせてくれている。
感謝の伝え所は多いだろうな。
「ダンジョンの資材調達は……やはり減速したか」
次の書類に手を伸ばすと俺のダンジョンの資材調達状況が記されている物だった。
推移状況が、前に見た報告書よりも緩やかになっている。
それはすなわち調達状況に遅れが生じ始めているということ。
「どこもかしこも戦争準備で資材調達が難しくなっているの。可能な限り、集めるようには指示出しているけど、思ったよりも予算消費が多いわね。想定内の範疇で今のところ収まってるけど、今後のことを考えると何か手を考えた方がいいかもしれないわね」
「そうだな」
物価の上昇、商人たちの動き、そして貴族たちの嫌がらせ。
様々な要素が絡み合って、俺たちの動きが鈍くなってきている。
全くままならないなと、思いつつも手段を考える。
「はぁ、さっそく教官たちのアイディアを採用せざる得ないか」
「打開策があるの?」
「ああ、社長の許可が必要だがまぁ、エヴィアが手を回してくれるから問題はないだろう」
といっても答えは既に用意されている。
「日本の方から資材を調達して、それを元手にダンジョンに必要な物資と交換するほかないな」
「それって大丈夫なの?日本政府との交渉はエヴィア様の領分よ。下手なことをして問題を起こしたら、余計なやつらのつけ入る隙になるわ」
「まぁ、普通にやったら問題だがそこはやりようがある」
コネクションというのは使いどころがあるなら使うべき。
俺は懐からスマホを取り出して、あまり使わない番号を選びコールする。
『よう、息子。そろそろ電話してくる頃だと思ってたよ』
「相変わらず、おかしい直感だな。どうやってるんだよ」
『ハハハハ!直感のやり方を聞くなんて野暮なことするんじゃないよ』
二度のコールで電話は繋がり、繋がった相手は俺の母親、田中霧香だ。
電波の届くところにいてくれてとりあえず一安心。
絵葉書が送られてくるたびにとんでもない秘境に足を踏み入れている我が母。
「それもそうだな」
今度はどこにいるかわからないと我が母親ながら行動力に関してはヤバい領域にいるので、むしろ電波という文明の利器が使えるエリアにいる可能性は低い。
分の悪い賭けだったが、こういう時はしっかりと母親らしく行動範囲にいてくれる。
『それで息子。困りごとで私に頼りたいから連絡してきたんだろ?』
「世間話するっていう情緒はないのか」
『ないね。電話してきた電話にでた。これがあれば互いに元気って言うのくらいはわかるさね』
あまりにも直球な話の切り出し方に、お袋らしさを感じる。
思わずツッコミを入れるが、快活な笑い声が電話越しで聞こえるだけで世間話をするつもりはないと断言されてしまう。
「そうかい」
『あたしに世間話をさせたいならもう二、三人孫を拵えてからにするんだよ』
「子供は授かりものだろうが、そう簡単に出来たら苦労しない」
『そうかい?あたしの勘じゃもう少ししたらできそうな予感はしてるけどね』
「……それは朗報だが、いつ誰がというのは教えてくれないんだろ?」
『さすがあたしの息子、わかってるじゃないか。あくまであたしの勘だ。それに縋って生きるなんて腑抜けたことぬかすようなら蹴り飛ばしに行くところだよ』
その流れでした会話の中に聞き捨てならない言葉が混じったが、その回答を期待することはできない。
『それで?用件はなんだい?あたしだって暇じゃないんだよ』
『霧香さん、いい湯だったよってあれ電話中だったんだ』
「……今どこにいるお袋」
お袋の暇じゃない発言の後に聞こえてきた親父の声。
いい湯ということは温泉にでも来ているのか。
問題なのは、そこが国内なのか国外なのかだけど。
『箱根だよ』
「目と鼻の先に居るのかよ!?」
『いやぁ、いい加減霧江とか国の奴らから逃げるのも面倒になってね。いっそ台風の目に飛び込んでやろうってね。灯台下暗しってやつだよ』
東京から電車で余裕で行ける距離に、お袋が滞在していることにまず驚き。
入国管理をどうやってすり抜けたと聞きたいことは山のようにあるけど、逆に国内にいるのならちょうどいい。
「近くにいるならちょうどいい。お袋、知り合いに国の息のかかっていない卸問屋とかいないか?」
理想的なことを言えば、安く色々な物資を購入できるような人とコネクションを持てるのが理想だけど、この法治国家のおひざ元でそんな都合のいい人がいるわけがないと心の中の常識が否定するけど。
『ふーん、何人紹介してほしい?』
このお袋なら、どうにかしてくれそうな気がしてならなかった。
その期待に応えるように、いるいないで答えず、何人と必要人数を聞いてきたのだ。
「とりあえず小麦といった食材関連と、木材と金属関連は最低限必要だ」
嘘やはったりではない。
世界中歩き回り、そして現地で仲良くなることに関して俺はお袋以上にコミュニケーション能力がある人はいないと自負している。
『いいよ、紹介してあげる。その後の交渉は自分でしな』
そのお袋の最大限の力が発揮された瞬間だった。
「ありがとう」
『お礼は良いよ。今度隙を見て孫に会いに行くからその時美味い物でも食わせな』
「わかった」
その短いやり取りだけで、親子の会話は終った。
そして。
「何とかなりそうだ」
「あなたの家系ってすごいって言われない?」
現状をより改善できる手立ての、きっかけくらいは手に入るのであった。
今日の一言
やるべきことはやらねばならない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




