569 ようやく話が進むが、問題は一つだけではない
何で俺はこんなに疲れているのだろうかと一瞬脳裏によぎる。
苦笑がこぼれそうになるのを気合で耐えて、嵐が過ぎ去ったことを心の中で安堵する。
「ここから、どう持ち直すか」
そっと誰にも聞かれないようにつぶやき、だいぶずれ込んだ予定を頭の中で組みなおす。
最初は良かった。
普通に海堂の母親である巡さんにご挨拶に行き、そこで海堂の働いている環境と交際している女性の近況を教える。
そこで納得してもらえるのが一番楽だが、そこはある意味賭けであり逆に都合が悪い。
なにせ、息子のいる会社が変だと言っているのにもかかわらず、そこで納得し受け入れてしまう。
それすなわち、息子に対して興味もなければ、結婚にも興味が薄いと言うことになる。
ないとは思っていたが、避けるべき流れではあった。
けれど、あまり心配はしていなかった。
俺の口から語る物事は話を聞いて簡単に信じてもらえるような内容でもないので、普通の人間なら信じられないか疑心にかられる。
なのである意味で巡さんが来社したいと言うのは想定の範囲内であり、予定の範疇に収まっている。
〝社内見学〟まではこちらの予想の範囲内というわけで、その段取りも事前に組むことはできた。
しかし、それ以降の出来事は完全に予定外だ。
本来であれば地下街を案内した後は、安全の確保できるダンジョンを案内し、休憩を挟みつつ世界観を説明。
情勢、そして現在の海堂の立場を納得してもらい、ちょうどいい時間で食事処に案内してアミリさんと面会。
そして場を隔て双子天使のことも紹介と言う流れを作ったが、ガッチガチに緊張した海堂の行動も、教官との接触も、社長とエヴィアのやり取りも、全て予想の範囲外なわけで。
おかげで俺のスケジュールはご破算。
それは俺に得も言われぬ疲労を強いた。
仕方ないと頭の中で理解も納得もして、割り切って対処に追われているが、さっきのエヴィアと社長のやり取りは肝が冷えた。
エヴィアの実力は下手しなくとも危険だし、ここで何かをするような感情的な性格ではないと理解していてもあの迫力には肝を冷やす。
まぁ、前の会社と比べればまだねちねちと言ってこない分、一撃はでかいが継続的なものではない。
総合的に見れば些細なストレスだし、肉体的に強化されている俺は、アミリさんと双子天使が巡さんと仲違いしないように気を配ればいいのでまだまだ余裕はあると言えばある。
「何と言うか、あんたも苦労してるんだね」
「はははは、そう言ってもらえると助かります」
教官が来るまでと言う時間制限付きではあるが、どうにか元々のメンバーに戻し会話をできる場を整えられた。
そこまでの過程のおかげで、巡さんから俺は苦労人だと認識されたのは良いことなのか悪いことなのか。
同情の視線をいただいている現状、少しでも俺の話を聞いてくれると言う姿勢を巡さんが見せてくれているからいい方向に傾いたと捉えておこう。
なにせ巡さんと出会ってからここまで、色々と対処しているのだからその印象はもはや拭えない。
「本当だったら全てバカ息子が対処すべき内容なんでしょう?」
「いえ、事ここにいたってはこの会社の環境が特別なので上司である自分が説明に参加するのは当然のことかと。彼は貴重な戦力になっているのでぜひとも今後とも働いてもらいたいので」
それに、こんな苦労をしてでも海堂のことを応援したいって思えるほど、なんだかんだ言ってこの後輩が可愛いと思えるのだ。
この程度なら踏ん張ってでも、やりきる。
その根性が芽生えているだけの価値が海堂にはあるのだ。
照れくさい先輩の可愛げのある本音は少し隠し、代わりに社会人としての上司の本心を混ぜつつ巡さんの言葉に答えれば彼女は、その幼げな容姿からは想像できないくらいに母としての笑みを俺に見せた。
「そう言ってもらえると、私もこの子を育てた甲斐があるわ」
ニカッと太陽な笑みを見せた巡さん。
その笑い方は、普段見せる海堂の笑い方と瓜二つ。
血のつながりを感じるものだ。
「ええ、彼は大したものですよ」
「え、先輩が俺を素直に褒めるって、明日なんかヤバい仕事があるっすか?」
アミリさんたちとの宴の席なのに、後々教官も合流する。
その時の苦労を考えてあえて褒めたのに、その邪推。
「用意してやろうか?」
「大丈夫っす!!今の仕事で満足してます!!」
希望通りにいくつかピックアップできる仕事のうちから選んで海堂に回してやろうと思ったが、敬礼して辞退してきた。
「そうか、こっちの仕事が少し楽になると思ったんだがな。まぁ、今は仕事の話は良いか」
「私としては息子の働きぶりをもう少し詳しく聞きたいんだけどね。確か、前の会社から知り合いだったのよね?」
その間のわずかな憩いの時間に、俺と話すのではなくアミリさんたちと交流を深めてほしいのだが、そういう言葉は使うことはできない。
「ええ、彼とは前職からの付き合いですので何かと気を使う必要がない部分は助かってますね。死線を潜り抜けてきた戦友と言えばいいでしょうか」
巡さんの言葉を無下には出来ず、ここは無難に話を進めさりげなくアミリさんたちに話をパスするのが吉。
「今でも、ある意味で危険な仕事をしているのでその認識は変わってないですね」
「それも聞いたわ。私も若いころは結構ヤンチャして死ぬかもって思ったことが何度もあったから息子に対して強く言えないのよね。もう、そんな血気盛んなところは似てほしくなかったわ」
海堂の仕事ダンジョンテスターに関しても、海堂自身が説明していて、ダンジョンに関して説明をアミリさんが説明しているのである程度業務内容は把握できている。
そんなわけで、今ではお茶を飲みながら色々と話せるようにもなっている。
宴会が始まるまでの時間はまだまだある。
店に用意してもらったお茶と茶菓子で間を取りつつ、ゆったりとした時間がようやく訪れた。
「昔のこの子は父親に似て、もっとおどおどして可愛げがあったのに」
「詳しく」
「「是非聞きたいですわ」」
「母ちゃん!?」
おかげで、海堂の子供のころと言う女性陣からしたら共通で盛り上がれる話で、海堂にとっては羞恥心をくすぐられる話をして盛り上がれるだけの仲にはなっている。
羽が生えたり、角が生えたり、人にはない部分があることに関しては、巡さんがさほど気にしないのも大いに関係形成に役立っている。
アミリさんの容姿は気にする人によっては気にする。
巡さんが言うには、
『昔仲間にヤンチャな子がいてね。顔にタトゥー入れてる子もいたんだよ。その子と比べればアミリちゃんの姿は可愛いモノだよ!』
もっとすごいことをしている後輩がいるらしく、むしろ機械的な要素をファッションと受け取っている。
そう言って笑い、可愛いと容姿を褒める巡さんにアミリさんが嬉しそうに笑い返したのが印象的だ。
『そっちの二人も、ずいぶんとかわいらしいじゃないか。その羽、冬とか暖かそうだね』
そしてアミリさんだけではなく、双子天使の容姿もしっかりと褒める辺り気配りが良くできてる。
こういういいところを見つけることができるからレディースをまとめられているのだろうな。
相手方の容姿に関しては、自分の体が小さいことにコンプレックスを抱いていることもあって、内面を見ることに特化していると言うのが俺の見立てで、それはあながち外れているとは思えない。
でないと、ヤンチャの最盛期である若いころのレディースをまとめる総長になんてなれない。
人を見て、まとめる。
その才能があったからこそ、昔は関東の中でも名をはせた大御所のレディースをまとめていたと聞いた。
俺からしたらかなり都合がいい話で、正直一安心している。
おかげで、着実に仲は良くなっているように見える。
今も嬉々としてスマホをいじって、話していた写真を探している様子。
「いいわよ!ほら、これなんてわざわざ写真からデータ化して持ち歩ているの、可愛いでしょ!五歳のころの忠よ!」
「!是非ともデータが欲しい」
「「私たちは写真で!」」
「止めろ!!それってガキの頃母ちゃんにバイク乗せられてギャン泣きした時の写真じゃねぇか!!」
一度海堂の話で盛り上がれれば、俺は蚊帳の外になる。
寂しいとは思わず、むしろこうやって仲良くなっていけば嬉しい。
後は場の空気が怪しくなった時に俺が介入して、場を盛り上げればいいだけのこと。
なんだかんだ紆余曲折あり、どうなることかと冷や汗をかいたが、こうやって軌道に乗れば安心してみてられる。
「懐かしいわねぇ」
「他には何か忠の話はないか?」
「ええ、忠は普段あまり自分のことは話してくれませんの。ねぇ、シィク」
「ええ、ミィク。是非ともこの機会に色々と聞きたいですわ」
すでにハーレムに関しても、海堂たちがうまくいっているのを見て、ある程度受け入れている様子。
『しっかり子供の面倒も見るんだよ!もし途中で投げ出したらわかってるだろうね?』
経済面に関しては、海堂が持参している先月の給与明細と、貯金している通帳を見せているので安心しているからか、責任を取るのならと了承。
俺がエヴィアと社長の相手をしている裏側で、そんな会話をしていたらしい。
親子での話が済めば後は、アミリさんたちとの縁を深めるだけ。
「良いわよ!!何でも聞きなさい!!」
「止めろ!マジで!!」
嬉々として、海堂の昔話を語る巡さんを止めようとする海堂の肩を掴み座らせる。
アミリさんたちが段々と巡さんに懐いているように見える。
これが元総長のカリスマがなせる技か。
それを邪魔するのは俺としても都合が悪いので、ここは海堂に涙を呑んでもらおう。
人心掌握とは違い、海堂の人懐っこさの原点がここにあると言わんばかりに、アミリさんと双子天使の距離を縮める巡さん。
元から好意的に接しようと決めていたのも相まってか、ドンドン距離感が狭まっている。
これは本気で巡さんの保護に動き出した方がいい良いのかもしれない。
まだ海堂は日本政府にマークされている程度で済んでいるが、将来的に海外のエージェントとかが目を付けてくる可能性も十分にある。
そこでネックになるのが親族と言うことになる。
それは北宮とかもそうなのだ。
勝と南に関してはほぼほぼ親族と疎遠だから、そこまで心配する必要がない。
こうやって海堂がこっちの世界に染まっていくと、そういう問題も出てくる。
一つの仕事を終わらせたら、また新しい仕事がやってくる。
それが社会ってもので、人生終わるまで仕事は続く。
これも一つの仕事だと割り切りつつ。
外で大きな気配が移動しているのに気づく。
それは海堂の幼き話で盛り上がっている三人たちも勘づくほどの多さ。
「教官、この短時間でどんだけ人を集めたんだよ」
そしてこの後の宴会の準備は店の人たちが急ピッチで進めているけど、まだまだ準備が整うようには見えない。
となれば。
「アミリさんたちは引き続き歓談していてください。自分は、少し教官と話をしてきます」
この場で教官たちの応対をするのが、この後の俺の仕事と言うわけだ。
店に入る前に、教官たちの人数の把握と料理の手配。
そしてアミリさんのお祝いの席のコーディネートをと次々に仕事が舞い込むが、可愛い後輩の門出だ。
やれることは全部やってやろうじゃないかと、今日の苦労は前向きに受け止めるのであった。
今日の一言
話を進めるのに手間を惜しんではいけない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




