567 結果よければすべて良しとはよく言ったものだ
俺がケイリィさんに頼んで予約した店、サーデスは少し日本の影響を受けた店だ。
カウンター席を除いて、全席座敷。
靴を脱ぎ、畳の上に座るあっちの世界じゃ珍しいスタイルを選んだ店だ。
食事の内容も異世界の食材を使っているが、日本で出てくる料理に近い形だ。
「はぁ、こんな店もあるんだ」
「この地下にある店の大半はこんな感じだよ」
海堂親子とアミリさん、そして双子天使に加えて。
「ままままままま、まおうさま!?ほ、本日は、どのような、用向きで?」
まさかの組織のトップまで来店して、店長のテンパり具合がヤバい。
正直、将軍である俺が来るだけではなく、もう一人将軍であるアミリさんもいて、さらにトップである魔王まで来て、追加で多分教官と社長を探しに来るであろうエヴィアも来るはずだ。
普通の店で、総理大臣と内閣メンバーが来店するくらいの出来事が起きているのだから店長からしたら何事という状態だろう。
正直、すまん。
気軽にお邪魔するよと挨拶している社長はもう少し自分の影響力を考えてほしい。
「部下の懐妊のお祝いに来ただけさ、私のことは気にしなくて構わないよ」
それは無理な注文だろうなと、心の底で溜息を吐き。
助けてくれと視線を投げかけてくる店長に向けて歩き出す。
「社長、こちらの方で手続きをするので少々お待ちを」
「頼むよ、そろそろエヴィアが私の居場所に勘づく頃だ。早急に宴の準備をしてなし崩しに参加できるような態勢を整えてくれないと」
笑顔で余裕そうにしているが、悪魔の手はすぐそこまで迫っているのだろう。
社長の顔に余裕はない。
苦笑半分、仕事を後回しにしても仕事は減らないのになと呆れ半分でわかりましたと頷くと。
「店長、これは前金だ。今からこの店を貸切りにさせてもらう」
念のために持ってきてよかったと、異空間から金の延べ棒を取り出し、それを三つほど置く。
「こ、これは」
「酒代と食材費だな。来る人が来る人だ、あとで鬼王に連れられてくる大勢の客の分も含めての額だ。宴が終わったら追加で支払おう」
「いえ!これだけもらえれば結構です!!」
こういう時は下手に言葉で語るよりは、報酬をおいてそのまま話を進めた方が早い。
事実、金の魅力に取りつかれた店長の動きはそこからが機敏だった。
手早く金を回収したと思うと、そのまま店の奥に引っ込み、厨房に檄を飛ばす声が聞こえてきた。
「奥の広間を確保しましたので、どうぞそちらに」
そして揉み手をしながら再度現れた店長は俺たちを奥の広間に案内してきた。
「わかった。社長」
「うん、君に任せる」
「アミリさん」
「了解」
どんどんメンバーが増えて言っているような気がするが、とりあえずアミリさんと巡さんの顔合わせと、今後の話だけは絶対に成し遂げねばと気合を入れなおす。
社長がこの場にいるのはある意味で都合は良い。
多少の無茶もこの人の許可があれば、押し通すことができる。
渋々と言うか、状況が状況だからと色々と仕方ないと心の中で言い訳してエヴィアからの逃走に手を貸しているのだ。
後で俺も説教を受ける羽目にならなければいいなと、思いつつ店長の先導で店の奥に進む。
「料理の方は生憎とご用意ができておりませんので、お茶のご用意はすぐにさせます」
「急な依頼ですまないな」
「いえ、では私はこれにて」
そして案内された部屋はおそらく店の中で一番大きな部屋で、かつ一番豪華な部屋なのだろう。
装飾や間取りに気を配っているのが一目でわかる。
「そう言えば、次郎君。彼女のことは紹介してくれないのかね?さっきから気にはなっていたのだが」
「ああ、そうでしたね。流れで合流されていたので忘れていました」
そして社長と合流して、一緒にいる謎の人間の女性という不名誉な噂が立ってしまった巡さんに心の中で謝罪しつつ社長に紹介する。
「彼女は海堂巡さん。名前から察する通り、海堂の母親です」
「母?妹ではなく」
「見た目だけで実年齢が判断できないのは魔王軍でも一緒なのでは?」
「そうだけど……ふむ」
その紹介で、巡さんを見て妹と勘違いした社長。
社長だったら一目で彼女の実年齢とか察しそうだったけど、そうじゃなく、間違えたと言う事実に驚く。
「えっと、初めまして」
「ああ、失礼。この子たちのトップ。魔王であり社長。インシグネ・ルナルオスだ。海堂君のご母堂と言うことならあなたも私の身内なようなものだ。好きに呼んでくれてかまわないよ」
「はぁ、じゃぁ社長さんで」
そんな俺の驚きを脇目に、しみじみと巡さんを見る社長。
その視線に居心地の悪さを感じたのか、巡さんがおずおずと今までの勝気な雰囲気を無くして挨拶をすると、社長は申し訳なさそうにしてその視線を止めて挨拶を返す。
「海堂巡さん」
「あ、名前でいいですよ。苗字だと息子と被るので」
「うん、では巡さん。ぶしつけな質問なのだが君のご親戚、特に先祖の中で日本人じゃない血筋の方はいらっしゃるかな?具体的に言えば、二代前、あなたの祖父母か曽祖父あたりで」
そして改めて巡さんを呼びなおすと、社長は変なことを気にかけた。
「え?どうだったかな。おじいちゃんは普通の日本人だったと思うけど、おばあちゃんは……あれ?どうだったけ」
その質問に、巡さんは思い出そうとするけどとある部分で思い出せず、記憶をたどるように首を傾げ始めた。
「社長、どういうことですか?」
社長はこういうことで意味のないことはしない。
すなわちそれは社長の目には巡さんはおかしな部分があったと言うことだ。
質問の意図的に血筋の関係でおかしな点があると言うこと。
「うん、僕の見間違いじゃなければ彼女、精霊の血筋じゃないかな?恐らくだけどハーフ、いやもっと薄いか。クオーター辺りが彼女の血に混ざっているんじゃないかな?」
「本当ですか?」
「こんなことで嘘は言わないよ。私が彼女のことを幼いと感じたのは精霊としての年月が幼いと言うことだ。その血が、彼女の肉体を幼くさせ若く保たせている。うん、それにこの雰囲気はこっちの世界の精霊じゃないね」
そして社長の目に魔力が宿る。
魔眼の系統をするのなら巡さんに何らかの影響が出るだろうが、そういった雰囲気はない。
「え、うちの母ちゃんって精霊だったの?だからこんなにロリなのか」
「あ?忠、今なんて言った?」
「あ、ヤバ」
シンプルに鑑定しているだけの社長。
興味深いと何度も頷いている。
しかし、その反対に海堂は自身の母親が精霊の血筋で、その関係で幼い容姿しているのだと感心しているとそれが禁句だということに気づき顔を青ざめている。
「後で締める」
「ひぃ!?」
ドスの効いた小声で脅され、ビビる海堂。
「と言うことは、海堂にも精霊の血が?」
「あるとは思うよ、ただ私が感じ取れるほど濃くはないね。父親の遺伝が強いんだろうね。それにもともと彼女の中にある血もそこまで濃いわけじゃない」
母親にビビる息子と言う絵図を見せた海堂を指さして、精霊の血が入っているのかと聞けば、社長は苦笑しながら詳しく検査してみないとわからないと言う。
「問題は彼女たちの血筋じゃなくて、その精霊がどこから来たかという話さ。系統的に私たちの世界の精霊である可能性は高いけど、そうじゃない可能性もあるのさ」
「別の世界の精霊ってことですか?」
「私たちもこの世界にたどり着いたんだよ?他の世界とつながりがあってもおかしくはないさ」
まさかの海堂親子の所為で、新しい問題が浮上してくるとは思わなかった。
これ、この後面倒なことにならないよなと社長に視線で問いかけてみると。
「まぁ、これ以上は詳細に検査してみないとわからないね。彼女はうちの社員でもないし、強制的に調べて機王の機嫌を損ねるのも悪手だ。今はライドウたちが来るのを待ってゆっくりと語り合おうじゃないか」
社長は肩をすくめて、やる気はないと宣言してくれた。
俺の後ろで、妙に殺気立っているアミリさんのおかげかもしれないが。
「しかし、精霊の血ですか」
「気になるかい?」
「ええ、まぁ、義理の妹も鬼の血筋なので、日本にもそういう系統の血が多いのかと思いまして」
宴会の席の準備はまだまだ時間がかかる。
先に用意された席の上座に社長を座らせて、その隣に俺が座る。
アミリさんと双子天使、そして上下関係がしっかりしている海堂親子をひとまとめにしてゆっくりと会話のできる時間を確保する。
もともと海堂は口数が多い。
放っておいても会話は発生し、そしてその波に彼女たちも乗るだろう。
最初はぎこちなくとも、後々そのぎこちなさは取れていく。
なので俺は、イレギュラーである社長と、この後来るであろうエヴィア、そして教官の対応をしなければならない。
「在野にどれだけ混血がいるかはわからないけど、少なくとも純血種は数える程度だろうね。君の妹も純血に近かったけど、純血ではなかった。私たちの世界のように多種族が生活するにはこの世界は開拓が進みすぎて、そして住処が少なすぎる。日本のお抱えの組織のように保護できる環境が整っていないとまず生きられないだろうね」
店に用意されたお茶に手を伸ばし、のんびりと茶をすする社長はいるだろうが見つけるには難しいだろうとこの世界を評している。
実際俺もこの会社に入らなければいるかいないかわからないといったあやふやな認識のままで生きていただろう。
「そう言った組織とも接触する役目が君なんだ」
「承知しています」
「うん、期待しているよ」
しかし、常識という物を根本から覆されている現状、そのあやふやな部分に手を突っ込む必要がある。
日本の、いや、世界の神秘とこれから面と向かって相手取らないといけない。
婚活パーティーと名を打っているが、内容的には政治的な要素が強すぎる。
「向こうの世界も随分ときな臭くなっている。君への猶予もそこまで多くはない」
そして、日本だけではなくイスアルの方もきな臭くなっている。
ムイルさんからも定期的に情報が入っているが、その情報量も段々と少なくなっているらしい。
「攻めてくると?」
「可能性は高いね。私たちがやってきたことをそっくりそのままやろうとしている。できないとは断言できないね。実際彼らは地球に渡航する術を持っている。あの熾天使だけが特別とは思えないし、私たちのダンジョンを解析もしている」
戦争への歯止めがきかない。
のんびりとやっている暇はないなと苦笑気味に俺も茶を手に取り、上品な味わいを楽しむ。
「この二つの情報だけでも私の仕事の山が三つは増える」
「ご愁傷様です」
「手伝ってくれてもいいんだよ?」
「生憎と自分の仕事で手一杯なので」
「まぁ、君は色々と仕事をしてくれているからね。これ以上望むとエヴィア辺りに怒られるかな」
そしてそっと湯呑を元の位置に戻す。
「手遅れかと」
後ろから感じる気配に、俺は苦笑気味に答える。
「うん、私もそう思った」
そして隠す気のない気配を社長が感じ取れないわけがない。
恐らく教官辺りに教えられたのだろう。
ゴゴゴゴと空気が揺れるような雰囲気を醸し出し現れたエヴィアの表情は、その雰囲気とは反対の能面のように無。
「見つけましたよ」
「ははははは、見つかったね」
何度も何度もやっていたやり取り、即座に手を出さない程度にはエヴィアも冷静なのだなと他人事のように思いつつ茶をすするのであった。
今日の一言
流れ次第でどうにかなるが、過程も重要である。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!