566 予定外と言うのはある意味でデフォルトである
「教官、珍しいですねこんなところで会うなんて」
まったく、予定通りに事を運ぼうとしてこの会社でまともに予定通りにいったことがあっただろうか?
あるにはあると記憶しているが。
最初に立てたスケジュールは良い意味でも悪い意味でも裏切るのがデフォルトで備え付けられている印象のほうが強い。
ニヤニヤといつものヤクザ笑みで出くわした教官の片手には酒樽が下げられている。
本来であれば、荷台にでも乗せるような一品をまるでペットボトルを持っているかのような気軽さで持ち運び、歩きながら流れるように飲酒をする。
「新しい酒の調達ですか」
「おう、日本と交流が増えてきて店の方に新しい蔵の酒が入ったって聞いてよ。取り寄せるのも面倒だったから店に顔出してきたってわけよ」
「忙しいと聞いていましたが、気分転換ですか」
「おう、本当だったらお前を呼んで、いっちょ前の戦いの借りでも返そうかと思ったが、出かけてるってエヴィアの野郎が言ってたから仕方なく酒飲みに切り替えようと思ったが、どうやらこっちに来て正解だったようだな」
そしてこの鬼の面白いことに対する嗅覚は異常だ。
本当にイベントごとに対してどうやって情報を得ているのかというくらいに、出現する。
嫌いではないし、尊敬もしている鬼ではあるが、今ばかりはタイミングが悪い。
気合の入った格好の女性三名に加え、教官が見たことのない人間の女性が一人、そして海堂がそばにいることからおおよその事情を察したのだろう。
これから間違いなく楽しいことが起きると、ニヤリと笑みを浮かべその笑みを見たアミリさんの表情が無感情になっていく。
「鬼王、これから大事な話の時間だ。もし、邪魔立てすると言うのなら」
「ほう、どうするって?」
将軍同士は仲のいいグループと仲の良くないグループが存在する。
同じ立場であり、同じ主を支えるメンバーだとしても、相性という物は存在する。
鬼王と不死王は良く二人でいることが多いと有名だ。
逆に竜王と巨人王は一定の誰かと親しいと言う話は聞かない。
機王ことアミリさんも似たようなものだが、樹王ルナリアとそれなりに懇意にしていると聞く。
そして今現在面と向かって向かい合っているアミリさんとキオ教官の相性と言えば。
正直、よろしくはない。
意外や意外と思われるかもしれないが、物理的に戦うことを好むキオ教官と、ゴーレムを使い間接的に戦うことを主とするアミリさん。
戦闘傾向、いやこの場合は趣味趣向と言い換えればいいのだろうか。
教官的にはアミリさんの戦い方を一方的に嫌悪している。
アミリさん的には、何事も暴力で解決すること自体は否定しないが、自身の戦い方を否定する教官を忌避している。
どっちが悪いと聞けば、趣味趣向を押し付けている教官の方が悪いのだが、それをここでいうのは悪手。
仲良くしろと社長がいっても表向きに仕事は真面目にやっている二人に対して俺ができることは少ない。
一触即発な雰囲気を醸し出す二人。
もし仮にここで戦いが始まれば、この商店街の被害はヤバいことになる。
「はい、ストップで」
なので、正直戦いのスイッチに手をかけている教官の前に立つのは気が進まないが、ここは俺が間に入ることにする。
「教官、あとで埋め合わせで一日空けますのでここは俺の顔を立てて引いてくれませんかね?」
「あ?」
アミリさんは身重。
下手なことをして海堂との子供が流れたなんてことになったら、流石に悔やまれる。
戦う雰囲気に割って入ってきたことに機嫌が一気に斜めになるのがこの声だけでわかるが、この程度で引くなら最初から割って入らない。
「アミリさんも、万が一があったらどうするんですか。今のあなたはあなただけの体じゃないんですよ」
そして一方的に教官だけを嗜めるのではなく、珍しく感情的になっているアミリさんも嗜める。
「!」
そしてその言葉に咄嗟にお腹に手を当てる仕草を見せるアミリさん。
「あ?機王、てめぇもしかして」
その仕草を見て、流石に教官も気づく。
そしてめかし込んだ三人の姿と、見慣れない巡さんの順で見ると。
「ガハハハ!そういうことか!!次郎てめぇ!そういうことなら何で俺に相談しないんだよ!!」
何をどう完結したかわからないが、急に機嫌が回復した教官。
何だろう、悪いことは起きないと言う予感はしているが、良いことが起きそうと言う予感は全くしない。
「ガキができたって言うなら、宴だろ!!かぁ!将軍にガキができたんならめでてぇことだ!!」
そしてその予想はしっかりと当たったようだ。
しかも大きな声で、アミリさんの懐妊の知らせを商店街の中心でいうのだから、周囲も騒がしくなり、辺り一帯が騒めき始めた。
「鬼王」
「そうと決まれば、待ってろ機王!俺が盛大に祝ってやるからな!!」
多分、教官からしたら祝い事にかこつけて酒が飲みたいだけだろう。
この鬼のいいところは、酒は飲みたいが、しっかりと祝う気があると言うことだ。
この後、ケイリィさんの予約していた店に行く予定なのだが、多分だけどそれを理由に断ったら教官の機嫌は向こう一年不機嫌なままになりそうだ。
もう止まらない、それを直感的に把握できた俺は。
「教官、サーデスって店わかりますかね?」
「あ?ああ、この地下で俺の知らねぇ酒を出す店はないぜ」
ならばせめて進路だけは定めようと奮闘することにする。
「そこで、祝いの席を設ける予定なのでもし宴を開くならその店を貸切ってやってください。そうしたほうが会場を抑える手間も、酒を集める場所も確保できるかと」
「おお!そうだな、流石俺の弟子、わかってるじゃねぇか!!」
下手に止めるよりも、進む道を決めた方がまだ助かる余地がある。
今夜のヒミクのおでん、食べれないことは確定した。
いや、発想の転換だ。
どうせ酒宴でどんちゃん騒ぎで、酒も料理も足りなくなる。
だったらヒミクのおでんを持って来てもらうか。
どうせ店側は教官の無茶振りを解決することで忙しくなるに違いない。
そこをサポートする形で、ヒミクを投入しなし崩しにエヴィアやメモリア、そしてスエラと子供と参加させればいいか。
「それじゃ!俺は呼べる奴を呼んでくるから、お前は先に店に行って準備してろよ!!」
「わかりました」
教官と話をしながら頭の中で別のことを処理するなんて朝飯前。
酒を飲めるとなれば機嫌はあっという間に回復し、おそらく純粋にアミリさんを祝うメンバーを集めに行ったのだろう。
ノシノシと大きな足音を響かせて立ち去る鬼を見送り。
「助かった」
「いえ、私としても力不足で申し訳ありません」
そして労わり感謝するアミリさんの言葉に頭を振る。
本来であればもう少し静かに話せる場を用意できたはずなのだが、流石にあの鬼とのエンカウントは予想できなかった。
「巡さんも……巡さん?」
なので、多分だろうが一番衝撃を受けただろう巡さんにも謝罪しようと思ったが、何かポーっと呆けたような表情でキオ教官の後姿を見つめている巡さんの姿。
え、これ、まさか。
「田中君!」
「え、はい、何でしょう?」
なんか嫌な予感を感じつつ、詰め寄ってくる巡さんにどうにか反応する。
「あのイカした人は誰!?」
「人じゃなくて、鬼ですが、私と海堂の教官で、この会社内では鬼王と呼ばれている御仁です」
「鬼王、クゥー!!名前までカッコいいなんて最高じゃないか!!」
そして聞かれたことに答えればガッツポーズを取り始める巡さん。
え、まさか本当に?
「あ、先輩勘違いしてそうなので訂正するっすけど、うちの母ちゃんが教官に一目ぼれしたとかそういうのはないっす。普通に親父と仲はいいっす。浮気とかそういうドラマとか見ると反吐を吐くくらい嫌う母ちゃんっすからその心配はないっす。単純に教官みたいな恰好をしたゴツイヤクザみたいな人を見るのが好きなんっすよ。母ちゃんの部屋、ヤクザ者の映画とかドラマで埋まってるっすよ」
元ヤンあるあるで、堅気じゃない人の雰囲気が好きということか。
変わった趣味だが、いないことはないのだろうと割り切り、むしろ教官の迫力を前にして全く怖気づかなかったことに感心する。
とにもかくにも、この後の宴会が確定してしまった。
流石の教官も、人を集めるのには時間がかかるはず。
それまでに宴会の準備を進めておかなければ、待っているのは鬼の拳。
猶予はあまりない。
「すみませんアミリさん、なんかこのまま宴会になりそうです」
「鬼王相手では仕方ない。元より食事をするためにこの後の予定は空けてある。内容が多少変更しても問題はない」
そこで一番の被害者であるアミリさんは珍しく表情を変えて苦笑気味に笑った。
アミリさんってこんな感じに笑うのかと、申し訳なく思いつつ。
「それじゃぁ、店の方に向かいましょう」
再度、道を進むのだが。
「……社長、何をやっているんですか?」
俺は見てはいけないものを見つけてしまった。
「しー、静かに頼むよ。エヴィアに見つかってしまったらまたあの地獄に戻されてしまう」
「ここで見逃してしまったら自分がエヴィアに殺されるのですが」
「大丈夫、ライドウは見逃してくれたよ」
「あの人も、たまにサボりますからね」
こっそりと、それこそ隠蔽結界や認識阻害などを駆使し、一般人に紛れ込んでいる社長こと魔王を喫茶店の軒先で見つけてしまった。
優雅にコーヒーを傾けて、その手には小説らしき本を持っている。
ブックカバーをしているから内容はわからない。
だが、俺の記憶が正しければ、社長はまだ仕事中のはず。
こんな場所で優雅に休憩しているはずがない。
「え、社長?もしかして忠の上司さん?」
「肯定する。あの方は、この組織の長。今代の魔王。インシグネ・ルナルオス様」
俺が気づけたのは偶然。
顔まで隠蔽していないためか、魔力の希薄さから一瞬他人の空似かと思うくらい自然にそこに座っていたが、所作から社長というのはすぐにわかった。
教官が見逃したのは、多分だけど後で酒宴に呼ぶためだろう。
エヴィアのいる場所に誘いに行くのは無理だが、エヴィアがいないところなら問題はないと独自理論で物事をこなす方だ。
後ろで巡さんとアミリさんが社長のことを色々話しているが、俺の場合は見つけてしまったからには仕方ない。
大人しく元の業務に戻ってもらわねばと、エヴィアに連絡を入れようとした。
「おっと、そうはさせないよ」
しかし、社長の指の一振りで念話は妨害される。
加えて妨害しているのは俺の周囲、局所的な範囲で妨害されているのでエヴィアが気づかない範囲での妨害。
「社長、大人しく仕事してください。自分もこの後の予定が詰まっているんです」
流石に大人げない。
全力で社長と戦ったことはないけど、間違いなく格上。
それも教官以上にえげつない術も使えると言う、ラスボス仕様の社長の全力での妨害を突破する術はない。
故にジト目でこうやって非難する以外の方法はなく。
本当にこの後の予定が詰まっているので勘弁してほしい。
「うん、それは知っている。さっきライドウに念話で誘われているからね。上司として機王の懐妊は祝いたかったところだ。是非ともこの後の酒宴に参加させてもらうよ」
そしてこの魔王、ついてくる気満々だ。
「ちょっと気になることもあるしね」
さらに最後に不穏な言葉ものこしてくれちゃいますねぇ!?
今日の一言
予定はあくまで予定である。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!