563 当たり前と思われるようなことも、それは自分の中の常識でしかない。
予定というのは突然変わったりするものだ。
予定通りに行く方が稀であると言う認識を持っている俺にとって、巡さんを会社に連れてくると言う事情はむしろ想定内と言ってもいい。
護衛用の車にちょこんと乗り、左右を俺と海堂で固め、筋骨隆々の男たちとともに移動開始し、行きと同じで途中からトラックの荷台に車を乗せて、そして普通よりも時間をかけて会社に戻ってくる。
「はぁ、あんた本当にすごい会社で働いていたんだね」
そして、社内に入った巡さんは様々な種族が行き交うエントランスを見て、驚愕と感嘆が入り混じった声で感想を述べた。
「そうだよ、って言うかまだ信じてなかったのかよ」
いつもの舎弟口調ではなく、親子の間で使う口調に少し違和感を感じつつも、安心している海堂に巡さんの相手を任せて、俺は念話で連絡を取る。
「ああ、そういうことで頼む。帰りの移動方法の確保と、あとは……」
この後の見学コースで入るための許可と確認、そして巡さんの帰りの準備をしておかないといけないのだ。
最悪海堂の部屋に泊まると言う選択肢もあるのだが、今はそれを避けるべきだろう。
アミリさんと結婚するとは伝えたが、既に妊娠していると言う話はまだなのだ。
加えて、海堂の部屋には双子の熾天使も居座っている。
幼い容姿の少女たちと四人で同棲していると聞いたら巡さんの反応がどうなるかなんて想像できない。
ここで一夫多妻が当たり前のこの世界の常識をさらにぶち込んで、日本の常識をブレイクしにかかるには巡さんの精神的に負担が大きすぎる。
仲人って色々と大変なんだなと、思いつつやるべきことをやる。
将軍の地位というのは色々と便利で、エヴィアに念話が繋がれば、許可が取れて、ケイリィさんに連絡を取れば手続きが進む。
事前に説明していなかったから、あとでフォローが必要だなと内心で自分の仕事リストに新しい仕事を追加しつつ。
「準備ができました。まずは安全な商業区の方の案内をします」
「よろしく!」
「母ちゃん、恥ずかしいからはしゃがないで」
海堂と巡さんを並べて見ると兄妹のように見えてしまうから不思議だ。
これで手を繋いでいたら完璧なのになと、入管許可証のカードを首からぶら下げる巡さんを見つつ表情を取り繕い、内心を悟らせないようにしながら先導する。
「……あの人、実はすごい人なのか?」
そして地下街へと案内している道中で、俺が道行く社員たちからすごく敬われていることに気づき、巡さんは慎重に海堂に小声で話しかけていた。
「先輩はすっごいんだよ。この会社の親会社的な組織でも七人しかいない地位の一人に最近なってるんだよ。実力的にもこの会社の社長にも認められているんだからな!」
「マジか、あたし、ずっとこんな感じだったけど口調とか改めた方がいいのかい?」
「いや、それはもう手遅れって感じだからなぁ」
社内は外と違って、魔力が充満しているから、しっかりとその会話も聞こえている。
「別段気にしませんよ。巡さんはお客様で自分は出迎える側です。社員の親族ということなのでそのままで構いません」
「そ、そう?」
魔力という力が体に満ちて、俺の中でも身体的に楽になったという感覚に包まれた俺の雰囲気ががらりと変わったからなのか巡さんとの距離が少し離れたような気がする。
「こちらが、わが社自慢の商業区です。自分たちは地下街と呼んでおります」
「おお!すごいなこれは」
入社したての頃の閑古鳥が鳴き続けた地下街は、今ではかなりの賑わいを見せている。
シンプルにテスターが増えたと言うこともあるが、社員の方もここを使う頻度が増えて、使用者が増えたのだ。
おかげで多種多様の種族が行き交う地下街は、ファンタジー色に染まっている。
映画やドラマで、ここまでな光景は中々見れないのではないだろうか。
百を超えるエキストラを集めて、そのすべてに特殊メイクを施せば出来るかもしれないという光景は、将来、それこそ俺がこれから治めるダンジョンを足場にできる人工島で見れるかもしれない光景。
ある意味で初心を俺にも思い出させる巡さんの姿。
「店主は基本的にあちら側の人です。人種も様々、人とかけ離れた姿の種族もいますが、ここで働く人は皆人族に友好的です」
「へぇ」
「まぁ、地球の人たちと一緒で、人の性格も千差万別。多種多様の種族がいる弊害とも言えますが、差別的な部分もありますし、風習的に受け入れがたい部分もでてきます。そこに折り合いを付ければ、みんな気のいいやつですよ」
そんな彼女を連れて始まった地下街ツアー。
女性的な店を中心に移動しようと考えたのだが……
「何でメモリアの店に?」
「いや、先輩、アミリちゃんに合わせるなら、容姿的にメモリアさんが一番丁度いいのでは?」
「……確かに」
「ここって雑貨屋さんかい?」
「そんなかんじだな。俺も結構お世話になってる店」
海堂が行きたい店があるといい、それならと思ったらついた先はメモリアが経営するトリス商会地下街支店だ。
なぜここなのだと、疑問を抱いたが、海堂の言う言葉に一理あると思った俺は素直に店の扉を押して中に入る。
巡さんは様々な商品が陳列してある店内の様相に雑貨屋だとあたりを付けて、あまり見ない品々に興味津々と言った感じだ。
「いらっしゃいませ……次郎さんですか。仕事中に来店するなんて久しぶりですね」
「お疲れさん、メモリア。いや、なに、仕事と言えば仕事だ」
「なるほど、海堂さんを連れていると言うことは、例の件ですか?」
「ああ、それ関連で間違いない」
そして俺は事情を説明するために真っ先にカウンターに向かう。
最近では俺御用達の店ということでテスターの使用率や、社員の使用率も上がっているので客入りが途絶えないと聞いていたのだが、時間帯的に手すきの時間帯だったので、メモリアはカウンターの席でのんびりとしていた。
客が俺だと気づき、首をかしげるメモリア。
だけど、後ろに海堂を連れているのに気づくと、アミリさん関連の仕事だと言うのに気づき、そのまま対応に移ってくれる。
「なになに?次郎君の知り合い?」
「知り合いって言うか……」
店内の商品に興味を持っていた巡さんであったが、俺がメモリアと親し気に話しているのに気づき、こっちに近寄ってくる。
海堂も普段から使っている店だから、その後をついてくるので、カウンターに三人が集まる。
「嫁です」
「妻です」
言っている言葉は違うが、ほぼ同じ意味で伝えると。
「へぇ!あんたも結婚してたんだ!やるじゃん!」
巡さんはぱちぱちと目を瞬かせた後に、称賛してくれる。
コノコノと肘で俺のわき腹をつつく巡さんに、少し戸惑ったメモリアは巡さんの紹介を求めた。
「次郎さん、彼女は……」
「ああ、海堂の母親の海堂巡さん、諸事情があってな、今社内を案内しているところだ」
「将軍である次郎さん直々の案内ですか、見る人が見れば、かなり重要人物と勘違いされるのでは?」
「そうならないためにエヴィアに根回しはしてある」
「なるほど」
そして今彼女がいる理由を察したメモリアは、カウンターから出てきて、俺たちの正面に立つ。
「初めまして、メモリア・トリスと言います」
「初めまして、この子の母親の海堂巡と言います」
メモリアの方が身長は高いが、そこまで差はない。
少女二人が、頭を下げ合っている。
「ちなみに彼女は吸血鬼という種族で、俺より年上の女性ですよ」
「吸血鬼って、あの吸血鬼?」
「こちらの世界の吸血鬼とは色々と異なる種族ですが、はい、証拠となるかわかりませんが牙もありますよ?」
一見すれば普通の少女に見えるメモリアがクイっと、指を口の中に入れ頬を引っ張り、犬歯を見せる。
その個所の歯が通常の人以上に発達しているのがすぐにわかる。
「と言うと、あんたも吸血鬼になってるの?ほら吸血鬼に血を吸われると吸血鬼になるって言うじゃん」
「いえ、私たち吸血鬼も人間と同じように子孫を増やしますよ。魔法とか使って血を吸うことによって体力を回復したり、体を癒したり、力を増したりと、まぁ、あなたの言うように血を使うことで相手を魅了し眷族にすることもできなくはないですが、リスクとコストが見合いませんし、そもそも私の力では次郎さんの魔力を支配することはできないので」
「へぇ、吸血鬼にも色々あるんだ」
そして、そんな彼女を妻にしていると言うことは俺ももしかして吸血鬼なのではと聞いてくる。
まぁ、俺も半分は人を辞めているから純粋な人とは言えないのは確か。
しかし、それは吸血鬼になっていると言うわけではなく、竜の血が混じっているからだ。
いわば俺はハーフの竜人という扱いになるのだろうか?
鱗とか角とか、そういう特徴的なものはないけど。
「ちなみに、先輩は奥さんが四人もいるっすよ」
「え?」
「はい、正室、側室というのは私どもにはないですが、体面的には私は側室扱いです」
そんな話のどさくさに紛れて、海堂は自分の話をしやすいように俺を売りやがった。
こっちが段取りを踏んでゆっくりと説明しようとしていたと言うのに。
こいつ、メモリアの店に連れてきたのはそういう理由もあったのか。
一瞬目を細め、責めておくと、海堂は申し訳ないと言う顔で、巡さんに見えないように手を合わせて謝ってきた。
まぁ言ってしまったのは仕方ない。
メモリアも肯定してしまったので、それに関しては言い訳のしようもない。
「本当なのかい?」
「はい、こっちの世界では一夫多妻は普通なものですよ。経済力的な責任はありますが可能ですので」
マジかこいつ的な目で確認を取ってきた巡さんに俺は頷き、説明を始める。
こういう時にもしっかりと営業スマイルは機能してくれる。
何と言うか、この会社に来てから前の会社よりもメンタルが強くなった気がする。
「……あたしはこっちの世界の常識とか今日聞いたばかりでよくわからないんだけどさ。それが普通なのかもしれないけど、あんたはいいの?女を複数囲うような男が相手で」
「ちょっと、母ちゃん!」
しかし、日本では一夫多妻は常識外の話し、受け入れがたい話を聞いた巡さんはメモリアに直球の言葉をぶつけた。
それに慌てた海堂であったが。
「それで不幸になる例は確かにありますが、次郎さんはそういう方ではないとわかっています。実際結婚はまだしていませんが、それでも彼は真剣に私を幸せにしようとしてくれていますし、先ほども言いました通り、正室と側室の間に差はありません。平等に愛してくれていると言うのは十分に感じていますよ」
そこを手で止めて、あまり表情を変えないメモリアが、優しく本当に幸せを感じていると証明するように微笑んだおかげで。
「ふぅん、あんた幸せなんだね」
納得するように巡さんは頷く。
「ええ、間違いなく」
そしてそこに間髪入れずに頷くメモリアの顔には迷いはなく自信であふれかえっていた。
「そっか、すまなかったね。変なことを聞いて」
「いいえ、日本とこちら側の世界の常識が違うのは承知していますので」
幸せですと迷いなく言われてしまえば、もう何も言い返せない巡さんは、そこから先を追及することはなかった。
唯々納得、文化圏が違えばこうなるんだと感じ入ったようだ。
そして溜息を一つこぼして。
そうかいと納得するように頷いた後。
「それで、バカ息子、母ちゃんに隠していることまだあるだろ?」
巡さんはもう一つの隠し事に関して気づくのであった。
今日の一言
常識はあくまで個人の中のルールである。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!