561 初対面相手に友好関係を作りたいなら、まずは本性を隠せ
海堂の女性の好みは父親の遺伝なのだなと、思わせる彼女の容姿に絶句しそうになる。
メモリアの母親であるミルルさん以上に幼く、若々しい姿の海堂巡さん。
赤いランドセルを背負ったら、ワンチャン学校に紛れ込めるのではとおもわせるような若さ。
「初めまして、私、海堂の上司である田中次郎と申します。こちら名刺です/でございます」
そんな女性が住んでいる集合住宅地に筋骨隆々の男たちを引き連れ、大人数がお邪魔するには少々絵面が悪くなる。
手狭な家にどうにか入り込み、リビングと思われる場所に俺と海堂が並んで座り、向かい側に巡さんを座らせ俺は名刺ケースから名刺を取り出して渡す。
「あらあら、これはこれは、ご丁寧にどうも。えっと、MAOコーポレーションでいいのかしら?」
「はい、間違いありません」
しげしげと、外行き用の名刺を見つめる巡さん。
「営業部の課長さんなんですね」
その名刺に書かれている役職を読み上げて、巡さんには魔力適正がないことが判明した。
この名刺はリクルートの募集用紙と同じ効果があって、魔力適正があると俺の役職が正式な役職として見えるようになっている。
外行き用の名刺だと、俺はMAOコーポレーション、営業部 第一課 課長 田中次郎となるが。
ここに魔力適正が加わると、魔王軍幹部、人王 田中次郎となる。
反応を伺う限り、名刺の真の姿は写し出されていないようで、完全に魔法関係者ではないのはとりあえず確認できた。
「はい、表向きはそうなっています」
なのでここからが本番、隠し事をして誤魔化すためにここに来たのではない。
海堂とアミリさんの仲人をするためにここに来たのだ。
真実を隠して、ここから先の説明はできない。
「表向き?変わった言い回しをしますね」
「今回の要件に非常に関係してくるので、言い方としては言葉通りの意味となります」
「今回の要件、忠からは大事な話があるから上司と一緒に来るとしか聞いていないのですが」
説明できないのだが、海堂の奴、説明を俺に全部放り投げやがった。
多分、巡さんも初対面用の接し方でやっている。
海堂の表情筋がさっきから随分と仕事をしているようで、何で説明していないんだと非難したら、目線で謝ってきて、その際に頬が引きつっているのが確認できた。
「そうですか、でしたらその点から説明させていただきます」
となると本性は、多分、さっき海堂にめがけて放った跳び膝蹴りだろう。
元レディースの総長だったと言う話もあの迫力を出せるのだから嘘ではないと思われる。
俺も今は完全に本性を隠した営業スマイルを維持しているのだからお互い様と言えばお互い様なのだ。
猫を被ると聞くと聞こえが悪くなるが、最初から本性を出すことが美徳となり得るかと言えばそうとも言えない。
相手次第となってしまうが、最初は礼儀正しく、徐々に線引きを用いて距離感を計ることも猫を被らなければできない事象だ。
最初から本性を出していれば、確かに距離感を縮めることは可能かもしれないが、逆に踏み込んではいけない場所に踏み込む可能性すらある。
なのでこうやって互いの本性を隠して接することは普通にあることなのだ。
「私の所属しているMAOコーポレーションは外資系企業で、主に貿易に力を入れております」
「そうなのですか、この子頭は良くないですし外国語どころか英語もろくにしゃべれないですけどやって行けてます?」
「はい、私の部署で非常に頼もしい戦力として活躍しておりますよ」
ゆっくりと、されど確実に距離感を埋めていく。
互いに笑顔を携えて、けれど決してその笑顔を信じずに。
場の雰囲気を整えていく。
「それは安心ですね。この子、月にいくらか家の方に仕送りができるくらいには稼げているようなので、その辺は安心しているのですけど、それでなんで上司の方がうちの方に訪問なんて?こう言っては何ですが、こんなすごそうな人たちも連れてきて」
「それに関しましてこれから説明させていただきますね」
そしていい話の流れになったので、このタイミングで話を入れ込む。
「今回の訪問は彼の仕事関係ではなく、ごくプライベートの話になります」
「プライベートですか」
仕事場の上司が訪ねてくるのだから、本当だったら仕事関係の話が出てくると思いきや俺の口から出てきたのはプライベートの話で訪問したと言うのだから、巡さんは首をかしげてしまう。
仕事関係の人がプライベートにまで口を出すのはおかしなことだからな。
気持ちはわかる。
「ええ、プライベートに関する話です。ああ、勘違いなさらないでください。彼のプライベートが問題になっているのではなく、むしろ今回は良い話で訪問させていただいたのですよ」
そして上司がプライベートの話で訪問したと聞けば、最初は嫌な予感がするだろう。
もしかして、海堂が何かやらかしたのではと不安の色が表情に現れたので、そこの誤解はすぐに解いておく。
良い話で来たと言うとさらに意味が分からないと困惑の表情を深める巡さん。
海堂が事前に説明しておいてくれれば、こんなことにはならなかったのだが、アミリさんのような女性と交際していると話すことはかなり難しいよなぁ。
なので今回はアミリさんに頼まれたこともあって、一肌脱ごう。
「実は彼は、部署違いの女性上司と結婚を前提にした交際をしておりまして、異国の人と言うこともあり相手方は特殊な立場の方で、」
「まぁ!あんた!いつの間にそんな国際的ないい人ができたんだい!!」
そしてここまで来たのなら、さっさと話を進めた方が簡単だ。
笑顔を深め、海堂がアミリさんと付き合っていることを暴露する。
そこで巡さんの被っていた猫が剥がれた。
子供にも春が来ていたことがよほどうれしかったようで、大人しそうな笑みが一転、ひまわりのような笑顔が飛び出てきた。
「いや、まぁ、結構前から?」
「だったらさっさと紹介しろってんだい!!出会いは?どっちから告白したんだい!?と言うか外国人ってどこの国の人?私英語とか話せないからどうしようかね」
子供の恋愛ごとに跳びつくタイプの母親だったか、俺がいることも忘れて海堂にテーブル越しに詰め寄ろうとしている巡さん。
「まぁまぁ、落ち着いてください。大事な話はここからなんですよ」
「おっと、失礼しました」
そしてそこに俺が割り込むことで、俺がいることを思い出して猫を被りなおす。
そこにはツッコミを入れず、俺も笑顔を維持したまま話を進める。
「それで、大事な話って言うのは」
結婚を約束した外国人の女性がいる、そんな認識が生まれた段階で、俺の立場というのをおおよそ把握したのだろう。
「はい、相手側の都合により私が海堂さんたちご両親とお相手側との食事の場を設けることを承りまして、今回はそのお話です」
「なるほど、仲人ってやつですね。初めて見ました」
「なかなか特殊な立場の人なので、第三者の人物が立ち会った方がいいと思い頼まれました」
なにせ相手は外国どころか異世界人。
おまけに見た目はかなり幼いと来た。
第三者が説明に入った方が都合がいいと言うのは確かだ。
さて、ここからどう説明に入るか。
多分巡さんの頭の中では、どこか遠くの国の女性が海堂と交際していて、今回結婚することが決まったと言う報告に来たと言う図式が出来上がったはずだ。
そして俺は、相手方の代理人、ないし、両家の繋がりを作るための幹事的なポジションの人間だと認識されたと思われる。
問題はここから、どうやって異世界という概念を理解させるか。
そしてどうやって、異世界という存在を信じさせるか。
過去にプレゼンを何度もしてきたが、この手のタイプのプレゼンは初めてだ。
なかなか手に汗握る展開なのではないか?
「特殊な立場ってさっきから言ってますけど、そんなに偉い人なのですか?」
「そうですね、相手方の国で例えるなら五指とまでは言いませんが、国の地位的に言えばまず間違いなく上から数えた方が早い位置の地位にいますね」
しかも、アミリさんは国の戦力と数えられる将軍機王なのだ。
特殊中の特殊。
正しく、特別な存在なのだ。
「……あんた。私の知らない間に何をやっているんだい」
「えっと交際?」
「そんなこと知ってるよ!!私が聞きたいのは、何であんたがそんなご令嬢と交際して気づけば結婚の話まで行ってるんだい!!しかも、結婚まで話を知らせないなんて、向こう方からしたらあたしたちが挨拶に来ない礼儀知らずだと思われてるかもしれないじゃないか!!」
そんな人物に対して、巡さんの頭の中では、どこぞの城に住んでいるような令嬢でも想像したのではないか。
さぁっと血の気が引き、マズい失敗でもしでかした時の海堂の顔そっくりの表情で海堂に問いかけ、ごく当たり前の解答しか返さない海堂にブチっと何かが切れた音を響かせたと思うと、正しく早業。
グイっと引き寄せるように、海堂のネクタイを掴み早口でまくし立てるのであった。
「まぁまぁ、巡さん。彼を責めないでやってください。先ほども説明した通り先方の立場は非常に特殊で、彼としても説明したくても説明できなかったのです。向こう側としても、むしろ挨拶に伺えなかったことを心苦しく思っているほどで」
興奮し、海堂の首を絞めあげようとしている巡さんを止めに入って、むせる海堂という犠牲の名のもと沈静化を図ることに成功した。
これは遠回しの言葉を色々と言えば言うほど、海堂にダメージが飛ぶのではと思い始めた自分がいる。
「そうなのかい?」
そしてついに猫を被ることを忘れてしまった巡さんは素で俺に問い返してきた。
心配で不安を隠せていない表情は本当に海堂そっくり。
これが親子なのかと、感心しつつ、安心させるために俺は頷く。
「はい、でなければ自分が派遣されることはないかと」
「……そうか、それは良かった」
そして安堵の表情も似てるなと思うのであった。
ここまで似通っているとこの後の説明で見せる表情もなんとなくだけど想像できてくるのはどうなのだろうと思いつつも、ここまで来たら行けるとこまで行くべきだと思い。
「それで、先方の女性の話なんですけど」
「そうだね、どっちにしろそこを聞かないと話にならないね」
動揺で、表情を取り繕うのを忘れ、堂々と腕組し、胸を張る巡さんに俺はこれから爆弾を落とす。
「異世界の住人だと言って信じられますかね?」
「は?」
ふざけるわけでもからかうわけでもなく、至極真っ当に真面目な表情に言ったのにもかかわらず、いきなり声のトーンが下がった。
「ああ、なるほどなるほど、あんた、もしかして動画投稿しているような感じの人で、これはドッキリってやつなのかい?」
そしてなんとなく見当違いの方向に想像が膨らんでいるなというのは容易に想像がついた。
ここまでの話は全て作り話で、親を驚かせて、動画として盛り上げよう的な感じの流れだと思い込もうとしている巡さん。
まぁ、俺の話の切り込みの仕方がまずかったのかもしれないが。
「いえ、違います」
「違いますって、どう違うんだい?ああ、動画投稿系じゃなくてあんたテレビ局の」
「それも違います、いたって真面目。彼、海堂君が交際している女性は異世界人と呼ばれる、地球外で生まれ落ちた人です」
だからこそ、嘘を感じさせないほど真剣な表情でそう言い放ち。
「証拠をお見せします」
そして目配せをして護衛たちに隠蔽を解かせるのであった。
今日の一言
距離感って大事だよな。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




