560 他人が動揺していると自然と自分が落ち着くのはなぜだろう?
カタカタと隣から音がする。
「とりあえず落ち着け海堂」
「これが落ちついていられるっすか!?」
会社が用意してくれた車。
本当だったら、護衛用の黒塗りのセダンを使う予定だったけど、それを使ったら日本政府や他国のスパイを刺激してしまうために、急遽運送トラックを改造して、本当だったら良くないけどその中に車を一台収容。
その車の中に護衛と運転手と一緒に俺と海堂は乗車し、海堂の家に向かっている。
海堂の家は東京と神奈川の県境にある。
途中まで運送トラックで移動し、周囲に誰もいないことを確認したらそこから今乗っている一見普通に見えて、中身はジャイアントたちの練習台になり、魔改造された装甲車並みの強度と馬力を誇る護送車で海堂の実家に向かうわけだ。
今はまだ、トラックの中、追跡されている可能性を考慮して、色々とやっている最中なのだが。
「ここまで来たら覚悟を決めろっての」
「無理っす、母ちゃんの恐ろしさを先輩は知らないから落ち着いていられんっすよ」
「うちのおふくろも大概非常識だと思うがな。この前なんてギアナ高地で原住民らしき人たちと肩組んでいる絵葉書が届いたぞ」
「……それを聞くと、うちの母ちゃんってまだまともなんっすね」
「うちの母親と比べればな」
キョロキョロと辺りを見回しそして貧乏ゆすりをし、さっきから挙動不審な海堂。
アミリさんという、一見すれば幼い容姿の女性を妊娠させたと言う事実を報告するのはやはり海堂にとってはハードルが高かったのか。
それとも、ロクに連絡を寄越さなかった海堂に対して、母親としての説教が怖いのか。
果たしてどちらなのだろうか?
「そんなに怖いのか?」
「うっす、元レディースの総長やってたっす」
「ああ、あの時代はそれ系統の全盛期だからなぁ」
どうやら気性的に怖い部類に入るようだ。
「昔から、何か俺が失敗したら鉄拳制裁だったっす。出来たたんこぶの数は数知れず、俺が馬鹿なのは半分以上母ちゃんのせいっすよ。絶対失った脳細胞の八割は母ちゃんが壊したっす」
「今の時代でそれをやればちょっとヤバいけどな」
「うう、何で時代はもっと俺に優しくなかったんすか」
「早く生まれた運命を呪うしかないな」
そして幼少時代からのトラウマを刺激された海堂は、ドンドン顔が青ざめていく。
海堂のお袋さんと海堂の関係と言うのは、物理的にも精神的にも上下関係がくっきりとしているらしい。
「だが、しっかりと報告しようと思うあたり、お袋さんのこと嫌いではないんだろ?」
「そうっすね。怖いって思うことはいっぱいあるっすけど、なんだかんだ言って愛されてたって言うのはわかるっすから。不器用でもしっかりと遠足の弁当とか作ってくれたし、授業参観とか運動会とかの行事ごとにも来てくれたっす」
「そうか」
だからと言って仲が悪いかと聞かれればそうではないらしい。
トラウマはあるものの、親としてはしっかりとしているようで、海堂も母親として好いている部分もあるようだ。
照れながら、頭を掻く仕草がそれを示し。
俺の場合は、しっかりと俺の年間行事を把握し、昨日までドバイにいたと思ったら帰国して、帰ってきたと思ったら、スロバキアに飛んで行ってと忙しない両親だったから、こんな風に肝っ玉母ちゃんと言った海堂の母親を少し羨ましく思う。
「人王様」
「なんだ?」
そんな風に雑談に興じていると、今回の護衛のリーダーである男が俺に話しかけてくる。
俺の派閥に属する彼は、ムイルさんつながりで志願してくれた男だ。
一見すると西洋人のように見えるが、実際は狼の獣人だ。
魔道具を駆使して、人の姿に変え、独自の嗅覚と感覚で、周囲を警戒してくれる。
護衛という面においてスペシャリストと呼べるような人材だ。
今回社外に出ると言うことで、基本的に警戒能力に長けている人材を中心に護衛を編成した。
俺の護衛についているのは五人。
運転手と、その助手席に座るリーダーと、トラックに乗っている二人、そして後部座席に一人だ。
「前の二人からの報告で、追跡者なしと、このまま人気のないところに移動し車をコンテナから出します」
「わかった。そのまま警戒しつつ目的地に向かってくれ」
「かしこまりました」
昔の俺だったら俺の車や、電車やバスを使って移動していたのに、今では外に出るのも一苦労というわけだ。
全く、立場というのはあっという間に変わってしまうものなのだなと苦笑気味に笑いつつ。
耳につけた通信機で護衛とやり取りしているのを見つつ。
「先輩」
「なんだ?」
「俺ふと、思ったんすけど」
海堂に話しかけられたので、隣を見ると、さっきよりも顔を青ざめさせた海堂が俺に恐る恐る話しかけてきた。
「黒塗りの車から、ガタイの良い男たちが出てきて、俺の家に来たら俺、ヤバいところから借金したって思われないっすかね?」
「……」
そして言い出した言葉に何を言っているんだと、一瞬考えたが。
隊長、運転手、さらにほかの護衛と姿を変えていると言ってもガタイの方まで変えることは無理だ。
すなわち、筋骨隆々の男たちに囲まれた俺と海堂という構図。
しかも全員、動きやすく改造した黒服のスーツといういで立ち。
いかにも懐から銃を出しますよという雰囲気を醸し出している集団。
一見すればボディーガードにも見えなくはないが、ここで俺が着ている服装が問題になっている。
海堂の両親に上司として会いに行くと言うことで、今回は私服ではなくきちんとしたスーツ姿。
しかも新人社会人とかが着るような、一着セットいくら見たいな代物ではなく、完全に一からオーダーメイド品。
グレーと言った色合いで全体的に落ち着いている雰囲気を醸し出しているも。
使っている布やボタン、さらにワンポイントの刺しゅうで高級品だと言うのは一目瞭然。
式典用の化粧も施しているから、海堂曰くどこかのマフィアの幹部のように見えるらしい。
そんな俺たちに囲まれた海堂の姿はというと、実家に帰るのにスーツ姿というのもどうかと思ったが、一応スーツを着込んでいる。
けれど、俺みたいにオーダーメイド品というわけではなく、普段からクローゼットの中にしまい込んでいた今の会社に入る時に来ていた面接用のスーツだ。
悪い品ではないが、今この場においては差が大きすぎて、違和感がすごい。
確かに海堂の言う誤解を招く可能性は十分にある。
傍から見れば、マフィアに囲まれている一般人だもんな。
「……頑張れ」
「先輩が誤解を解くっすよ!?」
いきなりの挨拶でどうなるか、雲行きが怪しくなってきたタイミングで、トラックは止まり。
そしてトラックの後ろの入り口が開き、車を下ろす作業が始まる。
「目的地までの到着時間は?」
「二十分ほどの予定です」
そんな会話をしている間に結構進んでいたようで、三十分もしないうちに海堂の実家につくようだ。
「ありがとう。ということだ海堂。後二十分で腹括れ」
「い、胃薬を所望するっす」
「どうぞ」
「……ありがとうっす」
残り時間が少ないと感じてしまったら、得てして、どうにか引き延ばせないか試行錯誤する。
急激な緊張で腹痛を訴えて時間稼ぎを試みた海堂であったが、準備の良い護衛によってあっさり封殺される。
往生際が悪いとは言わないが、流石にここまで来たら覚悟を決めろと、あっという間にトラックから降ろされた車は、トラックから護衛を一人車に乗せて六人で海堂の家に向かうのであった。
「普通のマンションだな」
そして海堂の家は、バブル景気の時に建てられた集合住宅地の一室だった。
「俺んち、どういうものだと思われたんっすか」
「元レディースというから、バイクをおけるガレージ付きの一軒家、もしくは少し古いアパート」
「前者はともかくとして、後者は俺が生まれる前はそんな感じの生活だったらしいっすよ」
同じ会社で働いていたと言っても、互いの家に行く機会はほぼなかった。
加えて言えば、俺も海堂も一人暮らしでアパート住まいだった。
なので互いの実家に行く機会などなかったのだ。
「ほら早く行くっすよ。こんなところで屯っていると、ご近所さんに変な噂をされそうで怖いっす」
「もう手遅れなような気がするけどな」
「言わないでほしいっす」
目新しいものはないが、新鮮な気持ちで海堂を先頭に、集合住宅地にある来客用の駐車場に車を止めた俺たちは、周囲を護衛に囲まれて集合住宅地を進む。
当然、途中で通り過ぎる人もいるわけだが。
「あれ?」
海堂が突然首をかしげる。
「反応が薄いのが気になるか?」
「先輩、何かしたっすか?」
ここの住人たちの反応は普通だったので、海堂は首を傾げたのだ。
「そりゃ、一応はお忍びで移動しているんだ。認識阻害の魔道具くらいは持ってくるよ」
筋骨隆々の集団が歩いていたら流石に驚いて騒ぎになるだろう。
俺もその辺は加味して、騒ぎにならないように気づかいはする。
ただこの魔道具、カメラ越しになると途端に意味をなさなくなる。
遠目でも効果範囲外になるから、ベランダからこっちを見る人とかは奇妙な視線になってしまう。
所々に感じる視線に海堂は気づいていないのか、あからさまに変な反応がないのに安堵している。
とりあえずこの場を凌げているのならいいと思ったのだろう。
「助かったっす」
大げさに胸に手を当て安どのため息を吐いているのはいいが、この場に留まると結局のところ目立つことには変わりはない。
「ほれ、この魔道具だって魔力が尽きたらただの石ころに変わり果てるんだから早く行け」
「うっす!こっちっす!」
案内を再開させ、少し古めの建物の中に足を踏み入れ。
エレベーターを使うと万が一の対処ができなくなるので、黒服集団を引き連れて三階まで階段を登ると言う珍しい光景を作り出し、そして。
「ここっす」
普通のマンションの玄関口。
そこに立ち止まる黒服集団。
周囲の住民はまだ魔道具のおかげで、大勢の人が海堂の実家にやってきた程度の認識で収まっている。
そして、海堂が実家の鍵で玄関を開けると。
「母ちゃんただいまぁ!!お客さん連れて来たよ!!」
大声で玄関から声をかけるのであった。
俺たちはあくまで客人、このまま玄関付近で待っているのがいいだろう。
靴を脱ぎ、家の中に入ろうとする海堂。
外を見張る護衛以外は、部屋の中を見ていたはずだ。
だからこそ廊下の奥から、トテトテと軽い足取りでやってくる人影も見えてくる。
その人物を見て、俺たちは揃ってこう思った。
海堂の妹だろうと。
しかし、同時に気づく、海堂に妹なんていたか?…と。
「この愚息!!どの面下げて帰ってきやがった!!」
「ぐほ!?」
その疑問が解消されたのは、その小柄な体を全力で活用した跳び膝蹴りを見て。
胸に跳びつくように、しっかりと腹を狙い、穿ち、鍛えられた海堂の体をくの字に折り曲げるほどの威力。
そしてこの少女と見間違うほどの女性は海堂のことを愚息と呼んだ。
「あらやだ!私ったらお客さんがいるのに気づかなくて、この子の母、海堂巡と言います。息子がお世話になってます」
それが空耳ではないことを確かめるように、さっきの雄叫びを隠して、そう自己紹介した。
そして思う。
ああ、海堂の女性の好みは父親から遺伝したのだなと。
今日の一言
慌てていても仕方ないと客観的に見れるからこそ、落ち着くことができるのかもしれない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!