559 確認すべきことは早めに確認すべし
「……とりあえず、おめでとうと言っておくか海堂?」
とりあえず仕事を一通りこなした俺は、無理矢理にでも残業をしないように仕事を前倒しで片付けて、少し呆け気味だった海堂を拉致って、久しぶりに地下街の個室があるタイプの居酒屋に来ていた。
普段はスエラやメモリアにヒミク、エヴィアと女性と一緒に食事を取る機会が多かったから、こうやって野郎だけで飲むのは久しぶりだったりする。
教官とも最近はご無沙汰だし、何ならこの場に呼ぼうかと思ったが、多忙のため断られてしまったのだ。
「う、うっす。ありがとうございます」
「予想はしていたが、やっぱり動揺してるな」
駆けつけ一杯と乾杯して俺らの体にとって、すでに水と大差ないアルコール度数の中ジョッキの生ビールを飲み干し、次の酒を頼む。
テーブルの上には、焼き鳥、フライドポテト、枝豆、海藻サラダと、居酒屋の定番がずらりと並び、ヒミクの料理と比べたら味は劣るが、これはこれで楽しめるので、酒を飲みながら摘まむ。
そんな席で、アミリさんとの間に子供ができたことを祝福したら、動揺しながら返事をする海堂を見ることができた。
「なんだ?子供ができたこと嬉しくないのか?」
「嬉しいっすよ、それは間違いないっす」
少し警戒して、子供ができたことに対して喜んでいないのではと思ったのだが、そうではなさそうだ。
まぁ、海堂自身、サラリーマンの平均年収なんて軽く超えるどころか、下手な高収入職業よりも稼いでいるから子育て資金で困ることはないだろう。
海堂自身も子供嫌いというわけでもないだろうし、てっきり、アミリさんとの間に子供ができてデレッデレと緩んだ顔が見れると思ったら、不安が隠せないとい言った顔を俺に見せて来るではないか。
これは一体どういうことだと、新しく来た中ジョッキを飲みつつ観察してみる。
「何が不安なんだ?」
「いや、子供っすよ?言っちゃなんっすけど、俺、しっかり子育てできるか不安で、アミリちゃんやシィクちゃんにミィクちゃんに任せっきりになっちゃったりしないか……」
「……」
と言っても、じっと見つめていても何もわからないのでここは直球勝負。
俺たちの関係の最初は報連相。
わからないなら聞けがデフォルトなのだ。
酒が入ってはいるが、酔っているわけではない。
互いに酒を飲んでいるから口が軽くなると言う認識のもと、言いやすい環境を整えたに過ぎない。
「ほら、俺って、前の会社に入るまで好き勝手に生きてたじゃないっすか。それでみんなに置いていかれて、慌てて社会に出たらブラック企業で、正直先輩に助けられていなかったらここにはいなかった」
そして、海堂の口から吐き出されるのは、子供ができたことに対する喜びと、同時に父親になることに対しての不安を吐き出していた。
「そんな、俺が父親っすよ?ダンジョンの中に入って剣ぶん回して、モンスターを倒すとはわけが違う。正真正銘、子供の命を育てる責任。アミリさんに子供ができたって言われて、最初は喜んだっすけど、段々時間が経つにつれて、俺、ちゃんと父親出来るかなって不安で」
それはある意味で俺も通った道のりだ。
スエラが俺の子供を身ごもってくれて、それに喜んで、このままじゃいけないと思って読んだことのない育児書や、妊娠中の女性に対しての対処方法とか、産婦人科の付き添い方とか、とりあえず調べつくし、空回りしまくった。
「うわっぷ、ナンスか先輩!?」
俺の通った道に、後輩も来たんだなと思うと、つい乱暴に手を伸ばし、ごつごつとした掌で海堂の頭を撫でまわした。
いや、撫でまわすと言うよりは、わしゃわしゃと雑に撫でたと言えばいいのだろうか。
髪型が崩れるほど乱雑に撫でられた海堂は、髪型をセットしなおしている。
「んなこと、一々考えて行動するタイプじゃねぇだろお前は」
そんな海堂に向けて、一応子育て経験者の先駆者として、男親になるということをアドバイスする。
「子供が生まれたから父親になるんじゃねぇよ。子供が生まれて一緒に成長して父親になるんだよ。最初からしっかりとした父親になんて俺でも無理だった、スエラが妊娠して、おしめの替え方勉強しようと躍起になったら、ケイリィさんに先にスエラのサポートの仕方を覚えろと蹴り飛ばされたわ」
「あ」
主にするのは失敗談。
成すべきことをこなそうとしても、順序が狂ってしまえば元も子もない。
そんな男の失敗話。
酒の肴にはちょうどいい。
今ここにいるのは、将軍としてではなく、人生の先輩としての田中次郎。
「慌てんな、目の前に失敗しながらも父親になろうとしている男がいる。周りからすればすでに俺は二児の父親だが、まだまだ半人前の父親だよ」
そのことに気づいた海堂は、少し呆けた後に。
いつもの気楽そうな笑顔を見せて。
「そうっすね!でも、先輩で半人前だったら俺は何なんっすか?」
「駆け出しの父親ってところじゃないか?」
ようやく後輩の肩の力が抜けた。
そのことにとりあえず一安心。
「男の俺たちができることなんて、命を生み出す女性の大業からしたら大したものではないかもしれない。だけど、それでもやらないと言う選択肢はないんだ。アミリさんのお腹の中にいるのは間違いなく、お前の子供、だったら、精一杯アミリさんとその子供に愛情を注いでやればいい」
「先輩」
酒の席でなければ絶対に口にしないような内容を言いつつ、そっとテーブルの上にある枝豆に手を伸ばし。
「なんか台詞がクサイっすね。ひょっとして酔ってるっすか?」
「テイ」
「いてぇ!?枝豆の火力じゃないっすよ!?うおおおおおお、頭が割れる」
「枝豆程度で頭が割れるか」
からかってくる海堂めがけて、魔力で強化した枝豆を飛ばす。
音速は超えていないが、それでも枝豆としては出していい速度ではないし、俺の魔力で強化されているから強度面でも枝豆が保有する硬度ではない。
いい音を鳴らして、海堂の頭をのけぞらせた枝豆をキャッチし、一応布巾で拭いてから、口の中に放り込む。
「いや、先輩なら枝豆で壁に穴くらい開けられるっすよね」
「出来なくはないとだけ言っておく」
程よい塩味が口の中に広がるから、枝豆はビールとよく合う。
モシャモシャと、一つ二つと手を伸ばし、そして空腹感を埋めるために焼き鳥にも手を伸ばす。
「そこはできないって言う所っすよ。本当にどんどん出鱈目になっていくっすね先輩。いつか、指で鉄とか切れるようになるんじゃないっすか?」
「それは既にできる」
「出来るんっすか!?」
「出来なきゃ、将軍なんて名乗ってられんよ」
「ここに南ちゃんがいたら、チート乙とか言いそうっすね」
「あいつは今、恋愛脳真っ盛りだろ。そっちの方のツッコミは休業中だ。どっちかと言えば北宮の方のサポートもしないといけないと言う愚痴を聞かされそうだな」
「ああ、勝君も大変っすねぇ」
酒の席、男二人、気心知れた仲となれば、いつもと違って肩ひじ張って話す必要はない。
どちらかと言えば、砕けた感じになるのは仕方ないだろう。
「ま、俺が抜けている面子だとお前が一番最年長だ。しっかり締めるところは締めておけ、お前ならできるだろうし、将来父親としてカッコいいところ見せたいだろ?」
「うっす」
前の会社で一緒に働いていたからこそ、こういった会話ができるとも言えるのだが……
そこからは本当に何気ない雑談をいくつか繰り返し、そして酒もビールから日本酒やカクテル、焼酎と色々と飲み、少しずつだけど、酔いが回ってきたころ。
「さて、海堂、本題だ」
「ええ?本題?先輩が俺に?」
俺の思考はそこまで鈍っていないが、父親として頑張ると気合を入れた海堂のペースは俺以上に早く、潰れはしないが、だいぶ出来上がっていたりする。
「お前が思いのほか父親になることに対して不安になっていたから遠回りになったんだよ。本当だったらこっちを先に済ませておきたかったんだぞ」
「すみませんでした!!」
なので、少し声量が大きくなっている海堂がガバっと頭を下げている姿を見て、あとで水でも飲ませておくかと、頭の片隅に置きつつ。
俺は俺で、頼んでいた日本酒の冷をちびちびと飲みながら、話を進める。
「それで、先輩の言う本題ってなんっすか?またどこか別の世界に行くから、それに付き合ってくれって感じっすか?」
そして海堂はアミリさんが俺に仲人を頼んだことを聞いていないのか?
ああ、そう言えば、妊娠したことを海堂に報告してからは、スケジュールが詰まっていて、現場の方に戻っていったのであったな。
となると、海堂はこの話を知らないと言うことになる。
なら説明をしておくべきか。
「アミリさんからお前との仲人を頼まれてな、それに関してお前の両親とアミリさんの挨拶の場を近日中に段取りを組むことになった。だから、先にお前の両親に俺と一緒に会いに行くぞ」
そんな感じで説明をする。
簡単であるが要点は抑えておいた。
今の酔っぱらった海堂でも理解できるだろうと、俺も手酌で日本酒を注ごうとすると箸が落ちる音がした。
何事かと、視線をお猪口から音のした方を見る。
当然音の原因は海堂だ。
そして、そこには一気に酔いがさめたと言わんばかりに目を見開く海堂の姿があった。
「わ」
追加で頼んでいた、唐揚げに箸を伸ばしていたとわかるポーズで海堂が固まっていて、テーブルには先ほどの音の原因である箸が転がっている。
そして海堂は、バッと頭を抱えたら。
「忘れてたっす!?」
「お前」
仰天のテンプレートと言わんばかりに、叫ぶ海堂に俺は思わずまさかと思う。
「両親に子供ができたって報告してなかったのか?」
「……はいっす」
子供ができたと言う報告は、海堂の両親にとってもかなりの大ごとのはず。
いや、昨日の今日なら、確かに報告ができていないのも頷けるが、海堂の場合、そもそも親に報告すると言う内容が欠落していた様子だ。
「まぁ、まだ遅いってわけじゃないし。明日にでも報告すればいいんじゃないか?」
このタイミングで気づけて良かったと俺は思い、早めに教えた方がいいのではとアドバイスをする。
なにせ俺は、親に連絡する前に直感で気づかれたからな。
そんな超人的な親でない限り、報告をするべきだ。
「先輩」
「なんだ?」
本題はもう少し後になるかと、俺は俺で少し気楽に事を構えようとしたが、海堂にとって両親に子供ができたことを報告するのは一大決心がいる様子。
酔いを吹き飛ばし、真剣な表情で俺を見つめる海堂は。
「ロリ体型のアミリちゃんに子供を産んでもらうことを両親に納得してもらういい報告の仕方って知らないっすか?」
割と深刻な内容を俺に聞いてきた。
確かにと、俺は心の中で頷く。
アミリさんの姿は下手すれば中学生以下にも見られてもおかしくない、幼い容姿。
実年齢は海堂よりも年上なのだが、傍から見れば中学生を妊娠させた二十代男という犯罪構図が出来上がってしまう。
それを解決するためには……
「そもそも、俺、この会社に入社してからろくに両親と連絡してないっす」
「そこからだな」
まずは海堂の環境を把握してもらうことから始めないといけないことがわかったのであった。
まずは海堂の両親とアポイントを取って、海堂の両親を会社に連れてこないといけないんだなと、俺の増え続けている仕事に、さらなる仕事が追加されることが決定された瞬間だった。
今日の一言
確認して良かったと思うことは度々ある。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




