558 やらねばならぬ時がある
嫌なことというよりは、傍迷惑なことがあったと割り切った昨夜。
それを忘れるために深酒したいところだったが、生憎と次の日も仕事だからそれはできない。
夜遅くに帰って来ても、仕事の疲労はさほどない。
魔力という万能エネルギーによって、活力は十全に残っている俺は、ケイリィさんに揶揄われたフラストレーションを発散するがごとく、ヒミクとメモリア二人相手に熱い夜を過ごし。
「昨晩はオタノシミでしたね」
「ええ、どこかの誰かさんに揶揄われた所為で燃え上がりましたよ」
どこぞの宿屋の店主のようなことを言ってくるジト目のケイリィさんに対して、もうすでに昨日のことは冗談と割り切った俺は淡々と何事もなかったかのように返事をする。
「私が泊っていると知ってたでしょうに」
「離れですし、プライベートスペースは防音対策はばっちりですので迷惑はかからないです」
朝食の席にいるということは昨夜はスエラと一緒に久しぶりに話に花を咲かせたのだろう。
「ケイリィ」
「はいはい、わかってるわよ」
ちょっと疲れ気味のスエラを見る限り、一方的に愚痴をこぼしたと見るべきか。
まぁ、それはそれでいいとして。
「ケイリィさん、婚活パーティーの参加者の選定に関してはアミリさんから情報が入ると思うからそれまで保留でいい。参加希望者に関しての対応はひとまず、受け流す方針で」
「はいはい、それじゃ婚活パーティの会場段取りの方を進めておくわよ」
「ああ、そうしてくれ。ダンジョンの設営資材も着々と集まっている。ペース的には前倒しも可能だと思えるくらいに順調にな」
朝食の場に彼女がいるのなら、少し無粋だけど、ここで仕事の話をしてしまおう。
俺が現状抱え込んでいる大きな仕事は四つ。
一つ、俺の本拠地となるためのダンジョンの建設。
これは進行率で言えば七割程度終わっている。
中核となるダンジョンコアとなる神獣は今は朝食を食べ終えて、窓の側に敷かれた毛布の上で大きなあくびをしている。
この子がこの場にいる段階で半分は完了しているのだ。
場所の選定は終えて、向こう側の許可はすでに秒読み段階。
よほどのことがなければ覆ることはない。
そのよほどのことを起こさないために警戒する必要があるのだけど。
そこはムイルさんが頑張って警戒してくれている。
資材に関してはメモリアの実家であるトリス商会が手を貸してくれているから、当初の予定よりもかなり作業的にも時間的にも短縮できている。
このままいけば予定よりも早く、ダンジョンを誕生させられるという目途が立っているわけだ。
「そっちは順調なのね。それは良いことだわ。研究者の方の確保はどうなの?あと、農家の方も」
「そっちの進捗は、ぼちぼちってところ。実働は可能なくらいには候補者は集まって今は選定中。それ次第で遅くも早くもなるってところ」
二つ目はダンジョン内に建設する薬草農園とポーション製作所の設備人員の確保だ。
ある意味俺のダンジョンの生命線になり得る物なのだから、ここはかなり人選に拘り、防諜対策を念入りにしているため、牛歩のごとくゆっくりだ。
進行状況はざっくりとした判断で三割に届かないくらい。
一通りの人材は揃ったが、人数が足りないと言った感じ。
下手な人材を組み込んで、他所のスパイとかだったらシャレにならないからな。
ここら辺は慎重にやらねばならない。
「ふーん、まぁ、そっちはムイルさんとムラ君の仕事よね」
「もう少しでノルド君の教育も完了するみたいだし、そっちの方に回してみるか」
全体の統括を俺がやり、足場を固める仕事をムイルさんに任せて、ケイリィさんには対外的な仕事をメインにやってもらっている。
最後の三つ目が日本との国交交渉というわけだ。
婚活パーティーはその中で、日本の魔法的組織である神呪術協会とつながりを持つための場である。
日本政府とはまた別に交渉の場を持たなければと思うと胃が痛む思いだが、やらねばならないことである。
幸いにしてこの仕事は防諜という面では、こちら側だけ気にしていれば後はエヴィアが対処してくれるのでまだ楽な部類。
問題はこちら側の貴族やら豪族やらと権力というモノを持っている方々が非常に興味深々と言わんばかりに接触を持とうとしてくるから困りもの。
先日なんてアポなしで突撃して来ようとしてきた輩がいたのだが、たまたま社長が一緒にいた時だったので踵を返して帰ってくれた。
「こっちに回してくれないの?」
「男女の恋愛事情がもろに絡まってくるような見合いの場にノルド君を放り込んだら、ムーラ家が敵になる」
「確かにそうよね。はぁ、スエラぁ。あなた復帰してくれない?子育てならヒミクさんがいれば十分でしょ?」
「流石にそれは俺が許可できない」
「過保護」
「いくらでも」
それでも虎視眈々と、こっちの隙を伺ってくる輩は多いので、少しでも信頼できる人材が欲しい状況。
そこで育休を取っているスエラに目を付けたケイリィさんだけど、スエラの場合、逆に俺の弱点になる可能性を秘めているので、極秘でエヴィアとヒミクに訓練を付けてもらっているのでそれが終わるまで表に出ることはできない。
「残念ですが、今は子育てに専念したいの」
「羨ましい」
「でしたら、次の婚活パーティーでいい人を見つけてください」
「はーい」
そういった事情を表に出さず、けろりとした表情でそんなことを言うスエラ。
おおよその事情は察しているケイリィさんもOKもらえたら儲けもの程度の感覚だったのだろう。
すぐに冗談に切り替えて、そしてヒミクの作った朝食を口に運ぶ作業を再開する。
「それと一つ予定の変更で、今週末外に出たいんだが、段取り組めるか?」
「このタイミングで?」
そして俺はいま直近で一番重要と言える四つ目の仕事のことをケイリィさんに打ち明ける。
将軍という地位につき、国交を任される身となった俺はおいそれと社外、それこそ前みたいにちょっとコンビニに行ってくるという言葉がつかえないくらいに、魔王軍内部では重要な人物になってしまった。
だからこそ、社外に出るときはしっかりと関係各所に申請を出して、護衛を付けて社外に出ないといけない。
その際にはエヴィアが持っていた緊急時用の魔石を装着してと、ある意味で日本国内が危険地帯ではと思わせるような事態。
「ああ、アミリさんの要件を出来るだけ早く終わらせておいた方がいいとも思ってな」
「その話ね。まぁ、ある意味で一番対処は簡単だけど、海堂君も連れて行くの?」
「そうしないと話もできないだろうからな」
「いっそのこと会社に呼び寄せた方が都合がいいと思うんだけど?」
「礼儀的には俺が一度出向いた方がいいと思うんだ。本当だったら俺と海堂だけで向かいたいところなんだが」
「トラブルが起きた時の対処のことを考えたら、ね。わかったわよ。防諜に関して機王様にはお世話になっているからね。護衛の手配くらいはしておくわよ。海堂君の方にはしっかりと話通しておいてね」
「わかった」
なにせ日本政府からも俺のことはかなりマークされている。
公安とかが動いているという情報もあり、下手に一人で社外に出ると何されるかわからない。
魔力が尽きれば、俺は体を鍛えているだけの一般人に成り下がる。
まぁ、竜血が体の中に入っているから、魔力が尽きるまでは人外の領域で動けるのだから何とかなると言えばなるのだろうが。
しかし、危険は最小限、厄介事は避けるべきなのだ。
こうやってあらかじめに説明しておけば、無用な問題は避けられる。
「目立たないように頼む」
「はいはい、わかってるわよ」
海堂のことも国としてはマークしているはず、海堂自身も積極的に社外に出るようなことはしていないし、テスターの何人かは見知らぬ人につけられたという報告も入っている。
社外に家を持つ南と勝、そして北宮も同じような話を報告であげている。
外国人のテスターにいたっては、国に帰還するように命令される文書も送られてきているとも。
どんどん情勢が変わってきている昨今。
日本とアメリカが歩み寄ろうとしてくれているから、まだこの程度で済んでいる。
場合によっては他の大国も動き出す可能性も考慮しないといけない状況でのアミリさんと海堂の仲人役。
失敗ができないという点において言えば、国交交渉とも勝るとも劣らないプレッシャーを感じるわけだ。
いざとなれば切れる手札をいくつか用意しておくかと、物騒な会話が出始める朝食の席。
そんな空気を断ち切るように、スエラが拍手を一回した。
「はい!仕事の話は仕事場でしてください。ユキエラとサチエラが起きましたよ」
空気を変えるタイミングがうまい。
ニッコリと笑って、そして、そっと席を立つスエラ。
そしてそれと同時に元気に朝泣きを響かせる我が子たちの声。
どうやら出勤前に元気な我が子たちを見れそうだ。
「ケイリィさんもどうです?」
「んー、私を見て泣かないかしら」
「すでに泣いているので、あんまり変わらないかと」
「それもそうね」
ケイリィさんも誘ってみると、一瞬迷ったが、元気に泣いていることを察して、開き直って一緒に来るようだ。
「ケイリィさんって、意外と子供好きですよね」
そんな誘いに乗ってきたことや、子供の話をよくすることから、子供のことが好きだと感じる。
その感想を素直に言ってみれば彼女は、ジト目でこちらを見て。
「意外とは何よ意外って」
俺の言葉を不服だと言う。
スエラの背を追い、子供の寝る寝室まで移動する最中のやり取り。
「これでも里では子供に人気だったのよ」
「ほぉ」
自信満々に胸を張り、子供の世話をしていたと語るケイリィさん。
「全て物理で黙らせてガキ大将を名乗っていたとか」
「次郎君、精神的ショックで急病になってほしいなら遠慮なく言って良いのよ?」
「すみません、俺が悪かったです」
「よろしい、よろしい」
「もう、二人とも何やっているんですか」
俺の中の想像で、子供たちに力関係を教え込むケイリィさんの立ち姿が思い浮かばれ、つい言ってしまうと、組織運営に大きな被害を及ぼしかねない事態に発展しかけた。
慌てて謝る俺と、尊大に満足そうにうなずくケイリィさんという構図が出来上がりどっちが上司かわからなくなる。
そんな俺らのやり取りを呆れた目で見るスエラ。
彼女の両腕にはついさっき目覚めて、ぐずっていたユキエラとサチエラの姿があり、二人の近くには小さな精霊が飛んでいる。
「相変わらず可愛いわね、お母さんに似ててよかったわね」
「目元は次郎さんに似てますよ?」
真っ先に反応したケイリィさんが、ニコニコと二割増しの笑顔を見せて、ユキエラとサチエラに顔を寄せる。
俺は少し出遅れてしまい、子供たちと戯れる二人を眺めることしかできない。
「全体的にはスエラに似ているわよねやっぱり」
ニコニコと笑いながら、我が子を観察する。
眠たげな二人の子供たちは、拙い手で、目をこするような感じで手を動かして、ゆっくりと目を開きケイリィさんを見る。
「あ、でも確かに目元は次郎君かも」
「でしょ?」
その瞳を見て、どこか納得するケイリィさんは、そっと優しくユキエラの頭を撫でる。
「可愛いね」
「ええ、自慢の娘です」
親友同士のやり取り。
そこには踏み込んではいけないと思わせる何かを感じさせる。
結局俺が娘たちと触れ合えるようになったのは出勤する五分前と、普段よりも触れ合いの時間が減ったと気づいたときであった。
今日の一言
やるべきことはしっかりと把握するべし。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




