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557 なんとなく気まずい空気という場に居合わせた経験はあるだろうか?

 

『私を娶りなさいよ』


 そんな言葉を言われて思わず絶句してしまった俺だったが。

 あの後その言葉の返答をどうするかと、悩んで、結局のところ答えを出せずにそのまま家に帰って来て、そのまま気まずい雰囲気になるかと思えば。


「んー!美味しい!!」


 そんなことはなく。

 それを言った張本人はそんな言葉を忘れたと言わんばかりにヒミクの料理に感銘を受けて、かなり遅い夕食を楽しんでいる。


「ヒミクさん!ぜひとも私の嫁にならない?」

「残念だが私はジーロの嫁だ。あなたの所には嫁げないな」

「次郎君!ヒミクさんを私にください!!」

「それ男の台詞。というか、そもそも婚約者に言い放つ言葉ではないですよね」


 さっきの言葉が本気かどうかを確認する前に彼女はたった一言、躊躇った俺に対して考えておいてと言葉を残して歩き出してしまって、話を再開するタイミングを失った。


 そして本来であれば、そんな言葉を言った後なら空気が悪くなるはずなのにケイリィさんはそんなことは気にしないと言わんばかりに堂々と俺の屋敷の玄関を叩いてセハスに向かえ入れられ今は料理に舌鼓を打ち、ニコニコと冗談のように笑いながらヒミクに求婚する始末。


 まるでさっきの会話がなかったかのような態度。

 夕食と一緒に出された日本酒で少し舌を濡らしながら、ジワリとくる酒の味わいを感じつつ様子を伺う。


 常識的に考えるのならばさっきの言葉が冗談の類だと受け取るのが普通。

 だが、あの雰囲気、態度、そして視線は冗談を言っているような類のモノではなかった。


 ケイリィさんのヒミクへの求婚という冗談のような言葉を戯言だと割り切って、斬り返せばちぇっとかわいらしくいじけて料理に向き合い食べ始める。


 全く、いい歳こいた男が女性のたった一言に翻弄されていては世話ないなと、心の中で溜息を吐きつつ、さっきの言葉を冗談だと受け止めようとした。


「ケイリィ何かありましたか?」


 のだが、何か違和感を感じたであろうスエラ。

 夕食を終え、子供も寝かしつけ、小さな精霊たちに子供を見守らせて一緒の食卓に着いている。


 彼女の前にはほうじ茶の入った湯呑が置かれ、そこから湯気が出ている。

 そんな淹れたてのお茶にも手を付けず、不思議そうで且つ心配そうな目で親友の彼女を見つめていた。


「ん~ちょっと、口を滑らせすぎただけよ」


 その言葉に対して、何でもないと言う言葉を選べたと言うのにも関わらず、隠しても無駄だと理解しているケイリィさんは苦笑とともにヒミクの料理を一口食べて、咀嚼という時間稼ぎをした後にその言葉を口から放った。


「仕事、ではないですね」

「さっすが親友、私のことわかってるね」

「ええ、あなたとの付き合いは長いですから」


 言いたくはないと言うわけではないが、言いづらいと言うニュアンスを正確に察して、先ほど何かあったと言うことを察したスエラは俺の方を一回見た後に、何があったかを考え。


「あなたが口を滑らせたということは、聞いてほしいと言うことでしょうからね。次郎さんが微妙な表情を浮かべていると言うことはそういうことでしょう」

「あらら、もう一つの情報網があったか。迂闊だったわね」


 俺もそれなりにポーカーフェイスを維持していたと思うのだが、スエラからしたらわかりやすいと言わんばかりに笑い。


「ええ、好きな人の感情というのは女の私にとって敏感になりやすい情報ですから」

「言うわね」

「はい、私も昔の私のままではないので」


 クスクスとかわいらしい笑みとともに随分と愛されているなと感じさせるニュアンスで出てきた言葉に、頬が赤く染まるのが理解できる。


「妬けるわね。本当に。かわいらしい子供まで作っちゃって……」


 食べると言う行為を止めて、ちらっとリビングの向こう側の扉のある方向に目を向けるケイリィさん。

 何を見ているか、いや、何を見ようとしているのかは一目瞭然。


「母親になった途端落ち着きを持ったわねあなた。前はもう少し隙があったんだけど」

「母親になったと言うこと以外にも色々とありましたからね。弱いままではいられませんよ」


 子供には何度も羨ましがられた記憶があるが、それとは違う。

 なんとなく寂しさを含めた言葉があった。


「……実家から何か言われましたか?」

「んーそっちは何も言ってこなかったわよ。私の方にもう孫の期待していないって感じ?すでに孫もいるしねぇ。むしろ次郎君の部下になったことに対して喜んでそれどころじゃないって感じねぇ。出世してくれたことを我が事のように喜んでくれてるわよ」


 何か俺の知らない事情を知っているであろうスエラはケイリィさんの家のことを聞いてきた。


 俺はケイリィさんの家族構成に関しては資料でしか知らない。

 特段名家というわけではないが、一般家庭の出身というわけでもない。


 確かケイリィさんの家は、とあるダークエルフの里の里長の分家だったはず。


「うるさいのは上と下よ。まったく、私のことは放っておいてくれたらいいのに」


 だからと言って、そこまで威張り散らすような家でもないので、両親との仲は良好だと聞いていた。


 ただ。


「姉妹仲はあまりよろしくないので?」

「よろしくないって言うか……昔から私にマウント取らないと気が済まないって感じ?私はどうでもいいって感じで無視してたのが気に喰わないんでしょうけど」


 分家と言えど里長の血筋。

 ケイリィさんの実家には母親が二人いて、ケイリィさんは第二婦人の娘。

 そして、彼女には異母姉妹が存在するのだが。


 そっちが別の里の令嬢というやつで、非常にプライドが高いとのうわさ。

 いや実際会ったわけじゃないから確定した言葉は使えないけど、そんな感じだと当人から聞いている。


 子は親に似ると良く聞くが、その血筋を引いた異母姉妹はケイリィさんとの仲は不仲とまでは言わずとも良好とは言い難いと言う。


 俺の質問に、ケイリィさんはどう説明したものかと腕を組み悩み始めてしまった。


「ケイリィの姉妹はケイリィが出世していることが気に喰わないんですよ。もともと魔王軍に入ることも実の両親は許可を出しても、異母は難色を示していたようで」

「何で、そっちの母親が口を挟んでくるんだ?」

「まぁ、ダークエルフの中でも古風な考えの人がいますので、その人はそのような考えの人で戦うのは男の仕事で女は家を守るのが仕事という感じです」

「一部を除いて日本ならあり得ないと言われそうな常識だなぁ」


 その悩みが解決するまでにスエラがケイリィさんの家庭事情を説明してくれる。

 だが、そんな家庭環境であってもケイリィさんがあんなことを俺に言い放つ理由になるのかと首をかしげてしまった。


「それで、次郎さんケイリィに何か言われました?」

「うーん、言っていいものか」


 ウンウンと悩み始めてしまったケイリィさんに説明を求めるのも酷な話。

 であれば説明できる俺に聞くのは当然の流れか。


 湯呑を手に取り、そっと一口飲んだ後に流し目で、俺を見たスエラは俺にケイリィさんが言った言葉が気になる様子で問いを投げかけてきた。


 その質問に対して知らないと言うことはなかった。

 言えないと言ってもいいが、それだとスエラたちに不義理を働いてしまうのではという悩みから俺はどうすべきか考えてしまう。


「ああ、ケイリィのことなら気にしなくて大丈夫ですよ。あの悩み方はふりですから。ああやって悩んでいるふりをしている間に話が進むのを待っているだけです」


 仮にも求婚に近い言葉を言われた手前、それを言うべきか言わないべきか悩むのは当然。

 そんな悩みを振り払うかのように、少し呆れ気味の言葉でケイリィさんの常套手段だとスエラは言う。


「本人に言いづらい時はこうやって間接的に伝言を頼むんですよ」

「言いづらいって」

「でなければこんな会話を真横でしていて気づかないわけがないじゃないですか。普通は止めますよ」

「確かに」


 長年の付き合いというのは伊達ではなく、ケイリィさんの意図を素早く察したスエラは、一度目線をケイリィさんの方に向けるも、彼女は何の反応も返さなかった。


 それが証拠だと言う様に言われれば、俺も頷くしかない。


「実は」


 そうなるなら、隠し事をしているほうが俺的にはよろしくない。

 ならば話すべきだろうと、さっきの帰り道の話をした。


 正直、俺は悪くないのだが、悪いことを暴露しているような気分になる。

 浮気がバレた瞬間ってこんな気持ちなのだろうか思いつつ、スエラの反応を伺うと。


「そんなことだろうと思いました」


 大きなため息の後に、ジト目でケイリィさんの方向に視線を向けると、悩むそぶりを見せていたのが一転誤魔化すように口笛を吹いている。


 なるほど、ここまでがケイリィさんの計算のうちだったと言うことか。


「大方、あなたの姉妹の挑発に乗ってしまったと言ったところでしょうね」

「挑発?」

「売り言葉に買い言葉と言い換えてもいいですけど、はぁ、てっきり良い人が見つかったと思ったのですが、見当違いでした」

「仕方ないじゃない、こっちは仕事が忙しいのにグチグチとねちっこく言ってくるんだから、つい」

「ついで、次郎さんを巻き込まないでください。あなたが本気なら私も考えますが、どう見ても都合のいい相手として見ているじゃないですか」

「だって!だって!いい男がいないんだもん!」

「だもんって、はぁ」


 それがわかった途端、俺の肩は大きく落ちて、真剣に考えているのが馬鹿らしくなって日本酒を煽る。


 馬鹿らしくなったのはスエラも一緒のようで、ほうじ茶を飲み始める。


「それで、何を言ったんですか?」


 おおよその見当がついてあるだろう、スエラだったが、それでも確認しておかないといけないと判断してか、ジト目でまだ話していない部分を話せと催促する。


「向こうが、私みたいな筋肉女にいい男なんて寄ってくるわけないって言ったからついカチンと来て、結婚を約束したいい男がいると」

「言っちゃったわけですか。その流れでご両親にも挨拶に来ない男がいい男なわけがないとでも煽られて」

「はい、期日も決められました。婚活パーティーの一週間後です」

「え」

「はぁ、素直に謝る方向でいった方がいいと思うのですが」


 どうやら真剣にあのお見合い写真を見ていたのは裏があったようだが、これは何と言うかケイリィさんの見栄っぱりが原因のような気が……


「ダメよ!ここで謝ったら絶対あいつら私がよぼよぼのおばあさんになるまで揶揄ってくるに違いないわ。ここは何としてもいい男を捕まえなければ」

「では何で次郎さんを巻き込んだの?」

「え、一番身近だし、側室でも全然OKな優良物件なのは間違いないから」

「はぁ」

「なによ!スエラの旦那だからちょっと申し訳ないなって思うから本気で言ったわけじゃないわよ!!」

「わかってます、あなたが本気ならこんな方法で伝えてきませんからね」


 そして女性社会は大変なんだなと、男の俺には理解できない感情のやり取りに、もうどうにでもなれと日本酒とヒミクの料理を味わうことに専念することにする。


 大きくため息を吐き、頭痛を堪えるような仕草を見せるスエラに、ケイリィさんは慌てるけど、自分がしでかしたことは自分で解決してくれ。


 今の俺は不覚にもケイリィさんにときめいてしまった自分に自己嫌悪しているところだ。

 今夜の酒は少し苦いような気がするのは気の所為だろうか。



 今日の一言

 気まずくともやらねばならぬことがある。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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[一言] あらら、これは一本とられました。 結局ケイリィさん本気じゃなかったのか。 残念です! まあ、さすが年季を積んだダークエルフといったところかな。
[一言] スエラさん、流石に親友歴が長いだけあるなw そしてケイリィさんェ…(´・ω・`)
[一言] 全く本気じゃ無かったんか汗 本気半分冗談半分くらいならスエラ達も考えるだろうにな。
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