53 トラブル対処は丁寧に、後のことを考えないなら雑でも良し
難産でした、もしかしたら差し替えるかもしれません。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「失礼しました、私は行商人のメリーです。彼はジーロ、私の護衛です。この山へはスプライトベリーを採取に来ました」
「行商人自らですか?」
「はい、私自身が動けば経費はかかりませんし、この時期のスプライトベリーは高値で取引されますので。彼とは婚約の関係でもあり資金集めを手伝ってもらっています」
戦闘終了後、フォレストベアという巨体が横たわる傍らで礼儀正しく頭を下げるメモリアの姿は堂々としている。
軽く一礼した後によどみなく答えるメモリアは、目的を言い終え向こうの反応を待ち、俺は俺で動けるようにはしておく。
鉱樹は収めず、だらりと脱力した状態で彼女の傍らに待機する。
対する向こうの巫女、確か、エシュリーと名乗った少女は、フードを取り払いその顔を晒した。
俺たちの世界であったら中学生か高校生といった年頃のハニーブラウンの髪を首元で切りそろえた少女だった。
しかし、その表情からは子供という印象は受けず、逆に大人びた雰囲気を感じさせる。
「では、何故さきほど木の上に? スプライトベリーは清流の近くに群生するものです」
「彼ほどの実力でも、私を守りながらではいずれ魔獣の前に倒れてしまうでしょう。余計なリスクを避けるのは商人として当然のこと。彼には近くに何かが寄ってきたら安全な箇所に避難するように指示を出しておりましたので」
「なら、私たちに助勢をしなかったのは? 我々が追い込まれていたのはあなたがたも見えていたと思いますが」
向こうも向こうで、不審に思った箇所を咎める手を緩めない。
わずかでも違和感があれば、さらに押してくるという気概が見える。
小柄な割に気もしっかりしているようだ。
嘘は見逃さない、聖職者としての矜持だろうか。
視線をずらして、他の騎士たちにも気を配る。
全員が全員、こっちの動向に注意を向けていつでも動ける態勢だ。
俺が戦っている間に負傷した騎士も治療を終わらせている。
ちゃっかりしているなと、視線だけで確認し事の成り行きに身を任せる。
「身内をかばうようで申し訳ありませんが、彼は私の身を案じて戦闘への介入を諌めていました。見ての通り山歩き等にはなれていますが、魔獣と戦うには不十分ですので」
メモリアの態度は安心して見ていられる。
そもそも俺の心配など不要であろうが、その詰問をのらりくらりと受け答えするメモリアに焦りはない。
このまましばし問答が続くかと思えたが、雲が厚くなり既に周囲は薄暗い。
状況から見てこんなことをしている場合かと疑問を浮かべ、あまり時間はかけない方がいいかと思うが口は出せない。
ここで焦りを見せるのはあまり良くはない。慎重に心を落ち着けながら周囲を警戒し、そのままメモリアとエシュリーの問答を見守る。
幸い、問答はあまり長くは続かなかった。
「……疑いをかけたことを先に謝罪します、最近この近辺で魔獣の活発化が起きていると街で聞きまして、その原因を探っていました」
「巡業巫女はそこまでのことを、大変でしょうに」
カチリとメガネの位置を直しながら同情するような雰囲気を醸し出すメモリアは、今回の演出と加えて女優の才能があるのでは?
もしくは、こっち側では商売を営んでいる輩はこれがデフォルトなのだろうか。
普段の感情の起伏が少ない彼女の姿はなく、嘘と真実を織り交ぜ会話をする彼女はまるで別人のようだ。
その話を聞く限り、さっきまでの質問は俺たちが魔獣に関係していないかという確認か。
「困る民を放ってはおけません。それであなたがたは、何か心当たりはありませんか?」
「いえ、私としても魔獣との戦闘は避けていましたのでこれといって……強いて言えば、魔獣と出会うまでの時間が短かったような気がしますが」
「そうですか、情報に感謝します。我々はこれから拠点に戻りますが、よければあなたがたも一緒にどうですか?」
「いえ、ご厚意はありがたいですが、私たちも予定がございますので」
「そうですか」
残念そうな雰囲気を出すが、それに乗るのはこちらとしても都合が悪い。
話はこれで終わりだ。彼女もフードを被り直し移動の準備に入っている。
俺たちに至っては、荷物さえ回収してしまえばこのまま旅立てる。
ようやく休める場所に向えると心中だけで安堵する。
「では、またご縁があれば」
「……はい、あなた方に神の御加護がありますように」
そして別れの挨拶を済ませ、互いに別の方向に進路を取りその場をあとにする。
あとは、縁があれば再会するだろうというテロップが流れるだけだ。
しかし
「「……」」
「何か?」
「いえ、なぜ私たちの後についてくるのでしょうか?」
「私たちも方向が同じですので」
「そうですか」
顔を見合わせ、俺とメモリアはどういうことだろうと疑問に思う。
会話は終わりこのまま別れるはずが、ぞろぞろとまるでカルガモの親子よろしく俺たちの後を行進するかのごとく付いてくる。
その行動は不自然だというしかない。
今度は隠さず疑惑の視線を向ければ、さっきまでの使命に燃える毅然とした態度が消えたことに殊更不自然に思える。
今も止まった俺たちを追い越していくわけでもなく、俺たちの質問に応えるためかのように立ち止まっているだけにしか見えない。
何かあるかと思ってしまうのは当然のことだ。
「ちなみに、先ほど言った拠点とはどちらに?」
「サカルです。そちらから参りましたから」
「そうですか。私たちはもう少し山でスプライトベリーを探しますのでこちらではないですよ?」
「「……」」
おそらくカマかけだろうメモリアの言葉がクリティカルヒットした。
無言の沈黙が痛い。
さっきまでシリアスなやり取りをしているのに、なんだこの空気の変わりようは。
メモリアはなんとなく察したような雰囲気で、向こうさんはそろって気まずそうにしている。
まるで仕事をやらかした時に感じる言いにくそうな雰囲気、懐かしくも心地よいとは言えない場に、体を動かしたあとではあるが、思わずそれとは別の汗が流れる。
「メリー、ちょっといいか?」
「ええ、すみません少しお待ちを、なんでしょうか?」
「この状況、お前はどう見る?」
「どうと言われましても……」
さすがにこのまま立ち去れる雰囲気ではなく、とりあえず空気を入れ換えるためにエシュリーが頷くのを見てから時間を稼ぐために少し距離を空ける。
向こうは先頭のエシュリーが見事な笑顔でスタンバイを維持している。
会話は聞かれても問題ないためこのままメモリアと会話を続ける。
「現状から考えますと、彼女たちは迷子では?」
グサリ
容赦がない一言に、何かが突き刺さったかのように、エシュリーも含めた全員がわずかに動いていたが、そんなことは露知らずとばかりに俺たちは考察を述べ合う。
「そうなのか? 偶然って可能性もあるだろう」
「ですが、彼女たちの行動と態度から察するとそうである可能性が高いのですが」
「いや、仮にもここまで来たんだろ? よほどの方向音痴でもない限りこんな奥に入らないだろ」
「その可能性を言いますと、彼女たちは偶然迷子になったのではなく、天然で迷子になったと捉えるべきなのですが」
俺が言った方向音痴という言葉と、そちらのほうがより致命傷ではというメモリアの言葉に、再び何かが刺さる音とともに呻き声が漏れた気がする。
しかし、俺の頭の中には騎士イコールプロという図式が成り立っており、プロが山に入るに至って迷子という初歩的なミスを犯すとは思えないという思い込みがある。
巡業といえば世界各地を回る職業、山の中くらいならお手の物だろう。
「私は、彼女の言葉が合理性に欠けていたのでそこから憶測してしまいましたが、何か気になる点でも?」
「ああ、最初の堂々とした協力要請が気になる。迷子の状況でああいう風に要請できるものか?」
俺が仮に森の中で迷子になり、自分では勝てないような魔獣に襲われた時に、たまたま誰かが来たら一緒に戦おうと言えるか?
状況次第と言うしかないが、まず最初に求めるのは協力よりも救助要請だろう。
「……確かに、そのような状況になって最初のような発言ができるとは思えません。森の中を彷徨ってきたとすれば、なおさらまずは助けを求めるはず」
「ああ、彼女たちの行動も不自然といえば不自然と言える。だが、急な魔獣の襲来に、方向を間違えて迷子になり、気まずくなったという可能性も出てくる」
「その可能性もありましたか。確かに窮地に陥れば気の動転でそのようなことも……最初の発言と先ほどの発言を合わせれば偶然という可能性の方が高いかもしれません。でなければ、後のトラブルにつながり足元を見られることになります。そのような愚はさすがに犯さないでしょう」
またグサリと何かが刺さるような音が聞こえ、地面に崩れ落ちる音が複数聞こえる。
「どっちにしろ、彼女たちの行動を確認してからのほうがいいかもしれないな」
「はい、では……どうかしましたか?」
「いえ、謝罪はいたしますから、どうか私たちの話を聞いていただけませんか。どうか、何卒、お慈悲を」
まずは確認のため再度話し合おうとあちらへ視線を戻した先には、膝をつき崩れ落ちる彼女たちの姿があった。
そこで気づく。彼らなら彼女たちならそんなことないだろうという、上方に修正された評価の矢が雨あられとなり彼女たちの心を突き刺していたことを。
馬鹿にしているわけでもなく、むしろこちらの非を認めて訂正しようという会話が、時には相手を傷つけてしまうようだ。
それゆえ、俺たちの中での予想の天秤は、紛うことなく一方に傾いた。
「謝罪ですか?」
だとしたら、さっきの俺たちの会話はある意味でまずいものと化す。
これがファンタジーのお約束の展開だったら、馬鹿にしているのかとか、侮辱は許さないと逆ギレして襲いかかってくるパターンだ。
だれが、騎士が森の中で迷子になっていると真っ先に考えることができるのか。
仮にも、巫女という立場の人物がいる集団。その集団が、実は迷子だと察することができるのか。
少なくとも俺はできないから、俺たちの意思統一を測るためにさっきの会話を繰り広げた。
一応は聞こえないというより、わざと聞かせていると取られないように少しボリュームは抑えたが、どうやら逆にそれが効果的になってしまった。
「……はい」
吐いた唾は戻らない。
出た言葉は戻らない。
結果、言葉の矢は刺さり、彼女たちの迷子になったと自覚した心を覆い隠す防波堤を、上からゴリゴリと金ヤスリで削ぎ落とし、迷子であることを暴露させてしまった。
その結果、いっそ一思いにと、か細くちょっとした突風でも吹けば聞き取れないような小さな声でエシュリーは語り始めた。
そして、その語りに合わせるように騎士たちもどんよりとした雰囲気を漂わせた。
「どうしましょう?」
「どうするって……どうするかね」
今日で何度目かわからない判断を迫られる。
語るも涙聞くも涙な話というわけではない。
聞いた内容はいたってシンプル。
上司から無茶振りされてここまで調査に来た。
上司の経験という、過去のあやふやな記憶の下に手渡された装備一式でだ。
おまけに
「お前たち、いや正確に言えばお前の部下は」
「はい、全員騎士ではなく、騎士見習いです」
その彼女たちは、新設された部隊どころの話ではなく、上司の仕事を押し付けられた研修生ということだ。
本職ですらなく、まだまだ見習いのペーペーがこんなところにいる。
シュンと、間違いを告白するように肩をすくめながら答えを返す姿は年相応だった。
頭痛案件に待ったなしだ。
本来であれば、指示通りに街道を巡回して帰ってくるだけの簡単な巡業だったらしいのだが…… この五人組は学校でも首席の編成チームでありながら、しかも出自は平民ときた。
あとはお察し、権力という名の嫉妬の炎が燃え盛ったに違いない。
巫女と役職を持っている彼女ですら、一年前に就任し、ようやく独り立ちを始めたというくらいだ。
そのメンバーがノウハウのない状態で挑んでも結果は見えている。
予想ではなく物理的に結果を見ている俺としては微妙な気持ちだ。
これで、あっそ、と切り捨てられる性格だったら、もっと違う対応も取れただろうが……
「迷子になるわけだよ」
「誠に申し訳ありません」
そして、調査をできませんでしたと報告すれば叱責だけですまず、日本企業よりも厳しい沙汰が下る環境に加え、その上司に他人には騎士として振舞えと指示されていたらしく、出会った時は混乱しながらもその指示に従って態度を示していたらしい。
今回失敗したら役職の剥奪で済めばいいほうらしいと聞いた時は、異世界社会の闇を垣間見た気がした。
騙し騙しにどうにか任務を達成しようとしてきたが、食料は底を尽き、もはや明日には体力も尽きるであろうというタイミングであの襲撃だ。
泣きっ面に蜂とはこのことか。
加えれば、暗い未来がちらつく中で、俺たちのさっきの会話が、どうにか保っていた心の防波堤の罅をこじ開けてしまって、心を折ってしまったようだ。
采配ミス、私利私欲、無謀、考える限りに前提条件が狂っている仕事内容。
異世界でも存在していた上司の無茶振りに、思わず俺の心の中は同情の念で埋め尽くされてしまった。
嘘か真かは、せめて部下をお助けくださいと土下座しているエシュリーの姿を見れば、日本人として甘い部分が出てくるのは自明の理だ。
下手に正義感は出すなと監督官から釘を出されているのにこの始末だ。
なんともタイミングの悪い時に出会ってしまったのか、やってしまった感が半端ない。
頭をガリガリと掻きながら考える。
ここで取れる行動は
「メリー」
「はぁ……仕方ありません。緊急時ということにしておきましょう」
「いいのか?」
「ええ、ここで見捨てて、後々問題になるリスクの方がまずいでしょう」
吸血鬼であるメモリアからすれば、彼女たちは見捨てる対象になる。
人間である俺と婚約はしているが、価値観とはそう簡単には変わるものではないはず。
それなのに、メモリアはすんなりと彼女たちの同道を許した。
俺としては、故意ではないにしても彼女たちの心をへし折った罪悪感があるから、この選択は助かる。
「神よ、この巡りあわせに感謝を!」
それが救われる側からすればなおさらだ。
裏事情など知る由もない彼女たちは、一斉に喜びを素直に表す。
何とも言えない気持ちになるが、仕方ないと割り切るしかない。
「問題は食料だが……」
「ええ、幸いなことに目の前に新鮮な食料が手に入ったことですし」
人生何が幸いするかわからないな。
もともと二人分を想定していた食料ではこの人数を賄えない。
このタイミングでフォレストベアを仕留められたのは幸いだろう。
「片足の一本でもあれば十分でしょう。血抜きを済ませて野営地を探しましょう」
「そうするか」
足一本でもかなりの量はある。
全部を持ち運ぶには、それこそご都合主義が必要だろうな。
そんなものがない俺たちにすれば、荷物は必然的に最小限になる。
時間が惜しい。
手早く済ますために早速脚を切り落とし、血抜きをはじめる。
出張に出てからこんなトラブル続き、仕方ないとは思うが幸先が悪いにも程がある。
本当ならば、もっとのんびりと異世界を満喫して異世界文化にふれあい、感性を刺激される予定であったのにもかかわらず、俺がやっているのは異世界のクマの解体だ。
せめて、肉として美味いことを祈りながら、出張前に習った技術を披露する。
拙いかもしれないが、基本は押さえてある。
生臭い肉など食えたものではないと聞いていたので真面目に取り組む。
それを眺めるギャラリー。
メモリアとエシュリーはいいとして、おい、騎士見習いども、お前らはせめて警戒しろ。
旅は道連れ世は情けとは誰の言葉だったか。せめてこの貸しが回ってきて今後のためになることを祈っておこう。
「うし、終わった。あとは野営地でやればいいだろう」
時間にして三十分ほど。日は完全に雲に隠れ、もともと薄暗い森の中は夕暮れ時よりも少し暗い程度の明るさまでになっている。
現在の俺からすればまだ先が見える程度の明るさ、吸血鬼のメモリアは言わずもがな。
問題は、ほかのメンバーだ。
「大丈夫か?」
「すみませんジーロさん、あまりこのような状況は慣れていなくて」
「そうか。メリー、目的地はここから近いのか?」
「ええ、さほど離れていませんが時間も時間です。少し急ぎましょう」
エシュリーを筆頭に、暗闇に慣れていないとソワソワしている連中の姿に、海堂たちの研修時を思い出し、これ以上の厄介ごとは勘弁してもらいたいと信じもしない神様に祈り、メモリアの誘導で今度こそその場をあとにした。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
トラブルとは起こすだけではなく巻き込まれる時もある。
これからも本作をよろしくお願いします。




