556 気が抜けてこぼれた言葉を聞き届けろ。
多分だけど、俺もケイリィさんも仕事で疲れていたのだろう。
連日連夜に続く激務、いくら魔紋で身体強化されていると言っても疲れるものは疲れる。
その疲労に気づかないくらいに今の俺たちは気が抜けていたのかと思うくらい会話は進む。
嫁でもなく、恋人でもなく、ただの同僚であり部下である女性のケイリィさんに異性の好みを聞く。
ある意味、浮気と取られてもおかしくはない話だ。
そんな話になっているのにも気づかず、俺たちは短い帰路の時間で好みの異性について話し合う。
「そうねぇ、まずは私よりも強いことかしら?」
「その時点で今回の婚活パーティー参加者はだいぶ絶望的なような気がするんですが」
日本の神秘組織がどれだけの実力を持っているかは知らないが、年月を隔てたダークエルフの戦闘能力は伊達ではない。
ましてやケイリィさんは、エヴィアに魔王軍の中でも優秀と言われるくらいに近接戦のスペシャリスト。
並みの男じゃ逆立ちしたって勝てはしない。
なのでいきなりとんでもないハードルを設けてきたと、思わず即答してしまった。
「ええ?」
「いや、ええじゃないですよ。ケイリィさん自分の実力わかってます?」
「わかってるわよ。でもあなたよりは弱いわよ」
「いや、俺、仮にも将軍ですから」
自分よりも強いという要求はもしかして強い男性に守ってもらいたいと言う本能的な部分が強く出ているのだろうか?
とんでもない速度で成長した自覚がある分、つい将軍職の前に仮と前置きしてしまった。
「ダメ?」
「いや、ダメではないとは思いますが」
「じゃぁいいじゃない、次は……顔はまぁ、別に整ってなくてもいいけど、崩れているのは嫌ね。清潔感を感じさせる顔立ちならいいわね」
「最初のハードルが高すぎた所為で、今回のハードルがえらく低く感じるな」
「うるさいわよ」
次に容姿、特に顔立ちに関しては特に指定はないらしい。
それに関してはちょっと一安心。
要求している内容自体は普通だし、要求ハードルが高いようにも感じられない。
あとでイケメンがいいなんて言い出さないだろうかと不安になるが、俺と彼女の関係で隠す必要はないのだからこれが本音だろ。
歩きながら肘で俺のわき腹をつついてくる。
痛みはない。
加減してくれているのはわかる。
なので黙って受け入れる。
「あ、背は私より高い方がいいわね」
「ケイリィさん、身長どれくらいあったっけ?」
「前に測ったときは、百六十五だったかしら?」
「結構背が高いですよね」
「次郎君の方が高いじゃない」
「うちは身長が高い家系らしいので」
次に出てきた条件も、そこまで難しいものではない。
バスケット選手やバレー選手くらいの身長を求めるなら巨人族で男を探すのが無難と言い返すつもりだったが、それも無駄になった。
「えっと、ケイリィさんよりも強く、顔は清潔感があれば良くて、身長はケイリィさんよりも高ければいい。あとは?」
指折りでどんどん条件が加算されていくが、今のところ戦闘能力以外はそこまで難しいものではない。
「そうねぇ、収入は、まぁ、普通に生活できるだけ稼げていればいいわよ。いざとなったら私が稼げばいいわね。流石に家事をまったくやらない男は嫌よ?専業主夫してくれるならそれもありね」
「家庭的男性も視野に入ると」
さらに指を折って四つ目の条件を加えても、やはり戦闘能力だけが突出しておかしな条件に加算されているような気がする。
ここまで聞いてもなぜケイリィさんに彼氏、あるいは恋人と呼べるような人ができないのかが不思議でならない。
「他は?」
「ええ?パッと思いつくのはそれくらいね」
てっきり他にも何かあるのかと思ったが、これだけというならそれこそより取り見取りのような気もする。
「性格とかは気にしないんですね」
ある意味で重要な部分であり、そして理解しにくく、要求が高くなりがちな性格に全く触れなかったことを不思議に思うと。
「ああ、それがあったわね」
「それがって、割と重要な部分でしょ」
性格の不一致で恋人同士がわかれるなんて話は良く聞く話だ。
それなのにもかかわらず、ケイリィさんは本当に重要だとは思っていないかのように忘れてたと言わんばかりに軽く話を流していた。
「そこら辺は心配してないわよ。人を見る目には自信があるし、多分好きになった人の性格が好きになると思うのよね。一々、こういう好みの性格の人がいいって思うのって面倒くさいから」
「……それで変な男に引っかからないでくださいよ」
「それは、保証しかねるわね。私たちダークエルフってそういう種族だから」
性格に関して触れなかったのは、そこに種族としての特徴があったから。
マジで悲恋の晩婚種族なんて呼び名が代名詞と言われる日が来るかと不安になる時が来るとは思わなかった。
「もしかして、ケイリィさんの言う良い男って、直感的にいい男ってことじゃないですよね?」
「安心して、それはないわ」
一抹の不安を感じて、直感的に聞いた不安は一瞬で蹴り飛ばされ、安心した。
だが、代わりに。
「そうね、初恋の人以上の男がいい男ってところかしら」
ある意味で、ケイリィさんの恋は終っていないと言うことを知らしめてきた。
「初恋の人?」
「そ、私が六歳のころよく遊んでくれたお兄さんみたいな人がいてね、その人が初恋の人」
初恋、それはある意味ダークエルフにとってかなり重要な出来事なのではないだろうか。
「初恋って、それってかなり重要なことじゃないんですか?」
「そうね、私たちにとって初恋っていうのはかなり重要なことよ。人によってはその初恋を貫く人もいるでしょうし、スエラなんてあなたが初恋じゃないかしら」
重要だからこそ、恋することに関して慎重になってしまうのがダークエルフ、それなのにもかかわらず人間のような初恋速度で初恋しているケイリィさん。
「と言っても、私の初恋は少し特殊なの。六歳って若さで初恋を済ませたってことも種族的にも特例だし、異性として好きだって自覚したのはその人が結婚するって私に笑いながら教えてくれたってある意味最悪の状況よ。大好きな人が結婚するって聞いて私、その人の前で大泣きしたの。なんで悲しいのかわからなくて、心の中がぐちゃぐちゃになって、大好きだった人に抱きしめられて親のところに連れていかれるまで延々と泣いてたの」
若かったわと笑いながら話す彼女の表情は昔話を楽しんでいるような話しているようにも見えるが、反面、無理矢理折り合いをつけているようにも見えた。
「ひどかったわよ。言語化できないような意味不明の言葉を羅列していたから親だって私が何を言っているかわからなかったらしくて、その人との会話の流れからなんとなく私が失恋したってことに気づいてくれてね。そこでどうにか私を慰めてくれたって流れよ」
無理矢理納得しないと折り合いがつけられない。
でなければ前に進めないと、自覚するまでどれほどの時間を要したのか。
「こう言っちゃなんですけど、そっちの世界じゃ重婚は当たり前ですよね。六歳っていうのは些か以上に若いですけど、婚約してその人と結婚することも出来たのでは?」
しかし、そこで諦められるのはケイリィさんらしくないと思った。
「そうね、親にはそう言われたわよ。私の体が大きくなって、心も大人になったらその人のお嫁さんにしてもらいなさいって。幸運にもその人の人柄は良かったからね。親から反対はされなかったわ」
「だったら」
「でもね、死人と結婚することは流石にできないのよ」
「っ」
そんな疑問を抱いてしまったがゆえに、踏み込んではいけない部分に踏み込んでしまったと直感的に悟ってしまった。
吐いたつばは飲み込めない。
それと一緒のように、出てしまった言葉は撤回できない。
「魔獣討伐中の殉職ね。本当だったら安全な討伐任務だったそうだけど、異常個体がいたみたいで部隊は全滅。帰還できた人はいなかった。亡骸は見つかったけど、損傷がひどくて私は見ることが叶わなかったわ」
何気ない雑談から始まって、そこからケイリィさんの過去を知ってしまった。
立ち止まった俺に合わせて、彼女も立ち止まり、振り返って見せたその顔に映っていたのはかすれた寂しさをにじませた笑みだった。
「もうなんて顔してるのよ。二百年以上も前の話よ。流石に色々と割り切っているわよ」
そして、そんなあからさまな嘘を信じるのかと聞きたいくらいに、弱さを見せた言葉も付属されてきた。
「……」
だけどそれと同時にその言葉にはこれ以上踏み込まないでと願いを込められているようにも感じた。
事情を話したのだから、これ以上私の過去に触れるなという警告。
ここを踏み込むか否かで今後の彼女との付き合い方も変わってくると理解できる選択肢。
幼いころのトラウマとも取れる彼女の言葉に俺はなんて言葉をかければいいのか。
「スエラは、そのことを知っているのか?」
「言ってないわよ。けど、何かしら気づいている可能性はあるわね」
結局、気の利いたことを言えず、無難なことを聞くしかなかった。
その結果が親友のスエラですら聞いたことのない情報を俺が知ってしまったという事実を確認することとなる。
「……ケイリィさんが強さを求める理由はそこに関係しているんですね」
そして、少し、それこそ一秒にも満たない時間悩んだが、ここで引いてうやむやにするよりはいいと思い。
結局のところ俺はこの話に踏み込むことを決めた。
一度乗りかかった船だ。
最後まで付き合うぞと覚悟を決めた。
「そうかもね」
なにせここで下手に引いて、関係を拗らせたらせっかくの良好な関係に泥を塗る始末になる。
ならば、余計なおせっかいかもしれないが、こっちでサポートできることはサポートするとアピールしておいた方がいい。
「なるほど、ならこの項目は必須と言えるか」
トラウマに関係しているのであれば、そこを除外して考えることはできない。
ハッキリ言えば、異常に死にづらく、頑丈で、戦闘能力があればケイリィさんの好みに合わせること自体は楽だ。
「そんな私のことは気にしないでいいのよ?勝手に男を漁るから」
「それで勇者に惚れたりしたら目も当てられないので」
「それ、馬鹿にしてる?」
「万が一を超えた億が一の可能性を考慮しているんですよ」
しかし、その条件に勇者という存在が該当してしまうのだから非常に危険な条件とも言える。
敵の勇者と恋に落ちる魔王軍兵士、うん、ありきたりな設定で且つよくある話なんだよ。
実際問題でそういったロミジュリ的な展開がありそうで仕方ないのだ。
もし万が一そんなことになってしまったら、最悪スエラとケイリィさんの別離という事態が生じてしまうかもしれない。
そんな展開を避けるためにも。
どうにかせねばと悩むように腕を組む。
「そんなに悩むなら、次郎君が私をもらってよ」
「は?」
「は?って何気に失礼ね」
「いや、一瞬言っている意味が理解できなかったので」
悩む俺を見るケイリィさんから飛んできた言葉に、思わず思考を止めてしまった。
ギョッとした表情でケイリィさんの顔を見ると、いかにも不機嫌ですと言わんばかりの顔で眉間にしわを寄せるケイリィさんがいた。
「あなただったら普通に私の条件に当てはまるでしょ」
「そう言えば、そうだが……」
「それで、下手な組織に横取りされて変なことされる心配があるならいっそのこと私を娶りなさいよ」
そして、呆れ顔で溜息を吐いた後にとんでもないことを言われるのであった。
今日の一言
何気ない言葉こそ注目すべき言葉である。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




