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555 時間は有限だ。

 

 婚活パーティーが今のところ俺の仕事のメイン業務になっているかと聞かれれば、それは違う。

 目立っているが、それはあくまでサブ業務。


 俺のメイン業務は自分の管理するダンジョンの運営だ。


「こっちの資材の再確認と、発注を頼む。あと、このポーション技師とのアポイントを、可能ならこっちの薬草農家の方ともコンタクトを取ってくれ」


 刻一刻とダンジョン起動の日取りが迫ってくる最中は中々仕事が多くて、休んでいる暇も少ない。


 コーヒーを飲んで一服、なんて優雅な一時はここ最近体験していないな。


 今も書類片手に現状を把握して、部下に指示を出しつつ、もう片方の手でメールチェックに書類チェックとマルチタスクを基本としなければ全然仕事が進まない現状。


「人王様、こちらの書類に決裁を」

「わかった」

「人王様、西側貴族からアポイントの要請が」

「スケジュールを調整し可能なら会う。無理そうなら後日という形にしてくれ」


 俺の周囲には常に仕事が付きまとう。

 いやではないし、やりがいがあるし、肉体的に強化されているから疲労的問題もない。


 ワーカーホリックにならないようにだけ注意しながら淡々と書類を処理していく。


「次郎君、こっちの書類にも決裁お願い」

「わかりましたって、だいぶ費用がかさんでますね」

「仕方ないじゃない。婚活パーティーの参加希望者が増える一方でその選定だけじゃなくて合格者の撮影費用に衣装代に、プロフィール作成にってお金っていくらあっても足りないわね」


 そんな折に、すっと慣れた感じで差し出された書類に目を通して思わず眉間にしわが寄る。

 数字の羅列。


 ただそれだけだと言うのにもかかわらず、俺の脳内に痛みを走らすほどの驚異的な威力を持っていた。


 予算、そう、予算だ。


 ガリガリと俺が管理している予算が目減りしていく。

 支出と収入がまだ収入側が勝っているから余裕を保っていられるが、このままのペースで行くと収入を上回る支出が出るのではという不安もある。


 悪びれもせずとまではいかないが、必要経費だと言い切るケイリィさんに、あの時の寂しさは見受けられない。


 一抹の不安、なんとなく感じた嫌な予感。

 そのどちらも根拠はない。


 ただそのまま放置するのはいけない…と漠然とした直感。


 それを感じつつ、書類の精査を行い。


「はい、これで良し」


 問題はなさそうだったので決裁印を押し込む。


「ありがと、あとこっちの仕事も目途がつきそうよ。流石は機王様直属の暗部組織ね。情報操作が早い早い。あっちこっちで確認作業に追われている子をよく見るようになったわよ」

「こっちとしては選定作業の手間が減ってくれて助かるの一言だな」

「違いないわね」


 それを全く感じさせず日常に戻っているケイリィさん。

 不安を感じ、心配すること自体が間違っているのだと突きつけるように、何ともないと語っていそうなケイリィさん。


 何気ないこのやり取り、日常的なやり取り。

 何らおかしなことのない、平常運転。


「契約書の方は出来てるの?」

「草案を作って、すり合わせ中だ。まぁ、よほど俺がへましない限りこの話はまとまるだろうけどな」

「気を付けなさいよ。そのへまを望んでいる奴は掃いて捨てるほどいるんだから」

「夜道には気を付けてるよ」

「よろしい」


 書類を精査しながらの雑談。


 ある意味でここ最近当たり前になっているやり取りだ。

 苦笑の後に笑いがあり、苦労の後に労わりが来る。


「はぁ、もう、仕事ってなんでこう終わりが見えないのかしら」

「終わりが見えないんじゃなくて、次から次へと仕事がやってくるだけなんだけどな」

「それ、言っている意味変わらなくない?」


 俺がダンジョンを起動させれば少しは仕事も楽になるかねと楽観的な思考が混じりつつ、仕事を進める日々。


「忙しい部下に労わりの気持ちはないの~?」

「わかった。わかりました。近いうちに酒の席でも用意しますよ」

「やった。言ってみるものね。ムイルさんのところのムラ君も誘って今度歓迎会しましょう」

「ああ、それならノルド君の教育が一段落した時の方がいいか」


 会話をしながらも俺は手を止めず、ケイリィさんもさりげなく、決裁の終わった書類や、他部署に送る書類を仕分けしてくれている。


 なんだかんだ阿吽の呼吸といった感じでこんなやり取りをできるようになった。


「大丈夫なのノルド君?長寿な私たちでさえ超次元的な空間に閉じ込められて教育を施されるなんて、発狂モノなんだけど」


 現状、徐々に戦力を拡大している我が陣営であるが、その中で特別扱いを受けながらもまったくもって羨ましがられていないノルド君。


 私なら絶対に御免被ると嫌な顔を隠そうともせず、手に持っていた書類をひらひらと振るケイリィさん。


「ヴァルスさん曰く順調に矯正できているようだよ。体感時間で今は十二万飛んで二時間ほど経過しているようだけど」

「悪夢ね」

「同意するよ、逆にそこまで時間をかけないと矯正できないノルド君もある意味で才能だな」

「特級精霊、それも教育に特化した精霊様でもそんなに時間がかかるのね」


 経過報告を聞くと余計にその表情を歪め、呆れたと言わんばかりに溜息を吐いて見せるケイリィさん。


 俺は苦笑を漏らす他なく、彼が戦力になる日が近くなればいいなと祈るほかない。


 さてそろそろ本腰を入れて仕事の方に戻らないとまた子供たちの寝顔しか見れない時間帯に帰宅してしまう。


「魔力を滾らせているところ申し訳ないけど、そんな力込めたらパソコンが壊れるわよ」

「おっと」


 ついつい気合を入れすぎてしまった事に釘を刺されつつ、通常業務に戻ったのはいいのだが……


「結局、この時間になるわけか」


 仕事の量という物理的な問題は解決せず、会社内に家があるから終電帰宅という概念も生まれないわけだ。


 幸いにして終電帰宅というには些か以上に早い時間帯で仕事は一段落したのはいいけど。


「うげ、こんな時間じゃ居酒屋くらいしかやってないじゃない。はぁ、帰っても何も食材ないんだけど」


 生憎と夕食を逃したと言えるくらいには遅くなった時間に俺たちの仕事は終った。

 他にも部下はいたが、俺とケイリィさんでしか処理できない内容の仕事だったので先に帰宅させてこの場にいるのは俺と彼女だけ。


「酒飲む気分じゃないんですか?」

「明日仕事がなければ飲むわよ。だけど、明日も朝早いし。はぁ、この時間から料理するのも面倒なのよね。コンビニご飯も飽きたし」


 俺は帰ればヒミクが夕食を作ってくれているから問題ないが、一人暮らしをしているケイリィさんは帰っても夕食が用意されているようなことはない。


「良ければうちに来て夕食を食べます?」


 だからだろうか、自然とこんな誘いをかけていた。

 普段世話になっているし、困っているなら助けることに迷いはない。


「え、良いの?」

「はい」

「助かる!本当に持つべきは出来た上司ね!!」

「それ、敬ってます?」

「敬っている敬っている!さぁ!行こう私の夕食が待ってるわよ!!」

「現金な人だなぁ。ちょっと待ってください先に連絡入れるんで」


 何と言うか、頼りになるんだけど放っておけない部分が見え隠れする人なんだよなぁ。

 スマホを取り出し、家に電話。

 電話口にヒミクが出てくれたので、そのまま夕食をもう一人前追加してもらう。


「ケイリィさんって食べれないモノとかあります?」

「虫とかは苦手よ」

「いや、そんなモノ普通食卓に並びませんよ」

「竜族は結構食べるみたいよ?獣人の中でも好んで食べる種族とかいるわね」

「いるんですか、まぁ、普通の食事なら問題ないようで」


 とりあえずアレルギーとかはないようなので、そのまま準備してもらって俺たちも帰路につく。


 と言っても、転移陣まで移動するので出勤が徒歩五分なら帰宅も同じ時間なわけだ。


 ゆっくりとスーツ姿のまま歩いて帰宅。

 俺、これでも組織内では偉い立場のはずなんだがなと、暗くなった社内の廊下を歩く。


「本当にスエラはいい男を捕まえたわよね。出世頭だし、地位も手に入れたし、社長のお気に入りだし、帰ったら晩御飯出てくるし」

「最後のは違うような」

「一人暮らしの辛さがわからないの?」

「いや、俺も一人暮らししてたから炊事洗濯の面倒くささは知ってるけど……」


 そしていきなり、ケイリィさんに絡まれる。

 と言っても、仕事のスイッチが切れた時のケイリィさんはこんな感じだ。


 何と言うか自由奔放と言えばいいのか。

 悪口は言わないけど、うらやむ気持ちとかはあっさりと口にすることが多い。


「ならわかるでしょ、こう仕事で疲れた時に暖かいご飯が出てくるありがたさが」

「わかるが、それは俺と結婚することのメリットではないだろう?俺が料理を作ってるわけでもないんだし」


 軽口をたたき合えると言う心地よさを感じつつ進む帰路。


「わかってないわね。文句も愚痴もなく、笑顔で料理を作って待ってくれている環境を作れる時点でメリットなのよ。まったく、テスターの中で大当たりがあなただったなんてあの時の私じゃ予想できなかったわね。まったく、何でここまで甲斐性持ちになってしまったのやら」


 女友達というのは周りに少なかったが、こんな感じなのだろうかと何となく思いつつ。

 目の前にニヤリと悪戯を見つけたように笑うケイリィさんにそんなことを言われても困ると言わんばかりに肩をすくめて見せる。


「まぁ、恵まれた環境であることは認めるよ」

「そうでしょう、そうでしょう。あなたはもっと自分の境遇が恵まれていることに気づきなさい」


 何でこの人が自慢気に語るのだろうかと疑問を抱きつつ。


「はぁ、私も早くスエラみたいな家庭を築きたいわよ。その時は素直に寿退社を認めなさいよ」

「予定がおありで?」

「無いわよ」


 正直、しばらくは独身のままでいてほしいと思ってしまうのが現状。

 なので、今後の仕事を考えるなら正直婚活パーティーで良縁に恵まれてほしくないと思う部分もなくはない。


 だけど、本音としては幸せになりたいと願っている彼女の幸福を祈っている。


「無いけど、そのうち見つけるわよ」

「その時は突然仕事を放りだすことは止めてくださいよ」

「そんなことするわけないじゃない」


 彼女の恋愛事情に関して、首を突っ込むことはしないが、興味がないわけではない。


「そこら辺は信用してますけど、一応、上司としてね」

「はいはい、しっかり引継ぎしてから辞めてあげるわよ」

「そうしてください」


 だからだろうか、ちょっと魔が差したのだろう。


「ちなみに、ケイリィさんの好みの男ってどんな感じなんですかね?」

「何?私を口説こうって?」

「嫁四人いますんで間に合ってます」

「だったら聞く必要ないんじゃない?」

「いや、結構な頻度で良い男がいないって愚痴られている身としては聞く権利があると思うんですがね」


 仕事の後の解放感も手伝って、ついそんなことを聞いてしまった。


「う、それを言われると弱いわね」

「無理にとは言いませんが、教えてくれればそれっぽい男がいた時紹介しますよ?」

「……背に腹は代えられないか」

「いや、どんだけ切羽詰まってるんですか」


 てっきり断られるものと思っていたのだけど、一瞬考えた後に、渋々と言った感じに話始めるケイリィさん。


 そんな彼女の異性の好みという話を、この時ばかりは素面でするものではないと後々後悔するのであった。


 今日の一言

 どんなに時間を持て余しても、時間というモノは有限である。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


今週は2万件ブックマーク記念もありますので、次回の本編の更新は日曜日になりますのでよろしくお願いします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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[一言] アレか、もう『特定の誰か』レベルで細かいのか・初恋の思い出補正が物凄いタイプなのかのどっちかかな…?(´・ω・`)
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