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ブックマーク2万人記念 IFストーリー もしも主人公が異世界に召喚されていたら(結)

二万件ブックマーク記念四話目です。

これで番外編は終了です。

次回からは本編に戻ります


今話は完全に本編とは関係ない、最初期プロットを引っ張りだして書き直した番外作品となります。

設定は既存のモノを使っていますが、色々と人との出会い方が違ったりします。


お楽しみいただければ幸いです。

 

 死に際の願いを自分で言う日が来るとは思いもしなかった。

 てっきり俺は生きることにしがみつき、他人から憐れみを向けれるほど無様な命乞いをするとどこかで思っていた。


 だけど、実際はここまで潔く命を捨てられるとは思わなかった。


「願い、ですか?」


 そして俺の人質に取っているのにも関わらずどこか優しさを感じる女性の声。

 こんなつり橋効果が過剰に発揮してそうな精神状態で何を言っているのだと思われるが、今はそう感じたのだからそれが真実。


 なにせまともな精神状態だったらこんな頼み事するわけがない。


「ああ、心配しないでくれ。俺の命を助けてくれとか、俺だけを逃がしてくれとかそんな感じの願いじゃないから」


 俺が願うことに一瞬警戒心が蘇った女性だったが、俺はその警戒に対して疲れ切った笑みで答える。

 多分、苦笑のテンプレートとして使えるくらいに見事な疲れ笑みだっただろう。


「……聞きましょう」

「勇者殿!!」

「ああ、うるさい!!」


 そんなやり取りを許せない騎士は、もう一人の女性が一括して、すぐに黙らせてくれた。

 何だろう、ここまで来ると敵の立場にいるこの二人の方が頼り甲斐があると思ってしまう。


 不思議な状況だなと思った。


「俺の命はどうなってもいいからよ。そこの女性、ああ、エシュリーさんって言うんだが、彼女には世話になった。彼女のことは助けてくれないか。可能ならこの国から逃がしてやってくれると非常に助かるのだが」

「え?」


 そして俺の言葉に驚いたエシュリーさんが暗い面持ちから一転、驚愕の表情に変えた。


「へぇ、あなたたちそんな関係だったの?」

「んな、大層な関係じゃない」


 からかうような、面白がっているような反応を見せる迫力のある一喝を見せた女性。

 いい加減名前くらいは教えてほしいけど、それを知っても意味ないと悟っているので聞きはしない。


 俺ができるのは力なく頭を横に振るだけ。


「精々、こっちの世界で世話になった程度の人だが、俺にとってはその世話になったって言うのに随分と助けられたからな。恩返しみたいなものだ。多分、このまま俺が殺されれば世話係のエシュリーさんに責任が飛ぶ。多分だけど、こっちの世界じゃ俺を失ったという責任ってかなり重いんじゃないか?」

「そうねぇ、公開処刑で済めばまだ温情がある方じゃない?最悪は、想像もしたくないわね」

「だろうなぁ。俺のイメージもそんな感じなんだよ」


 これから死ぬ、そんな覚悟を決めたら随分と頭は回るようで、次から次へと言葉が出てくる。

 何と言うか、会話の波長も敵さんの方が合っているという皮肉が効いている状況。


「この状況だったらさ、死体の偽装やごまかしだってしやすいだろ?だったら、彼女を死んだことにして、どこか遠くの国、生きにくいかもしれないけど、ハンジバル帝国とかにさ逃がしてくれないかね?」


 この二人だったら聞いてくれるそんな予感もしてくれている状況。

 何だこれはと思いはするが、どうせ最後ならと言えることは言っておこう。


「それを私たちするメリットがないんだけど?ねぇ」

「そうですね」


 相手が話しに乗ってきてくれているのは楽しんでいるのか、それとも交渉の席についてくれているのか。

 判断ができないが、会話ができているうちに話せることは話しておこう。


「俺を殺した手柄で手を打ってくれないか?俺に払えるのはそれくらいしかないからな」


 どうせ交渉もくそもない。

 俺が切れる手札なんてそれくらいしかない。


 ワンチャン、俺がそっちに寝返ることで戦力になると言えるかもしれないが、裏切りという行為は一度でもすると、信用されなくなる。


 例えそれが仕方ない事情であっても、その事情が来れば、再び裏切るかもしれないという可能性が生まれるのだ。


 裏切りに例外は作ってはいけない。

 故に自身を売り込むということはできないと俺は考えた。


「潔いのですね。怖くはないのですか」

「怖いんだろうけど、頭の中が色々とありすぎてね一周回ってマヒしてる状態なんだ。慌てふためく心配は今のところない」


 一考の余地ありと考えさせられれば上等程度の交渉。


「どうせ、そちらさんは勇者が強化されないように聖剣の材料になる俺を殺せとかそんな感じの命令が下っているんだろ?だったら、危険分子を放置することなんてできないだろうさ」


 俺が軟禁されている状況は、周囲と接触を必要最小限にして、なんらかの聖剣を強化するための手段を講じるためと俺をいないものだと認識ための手段だったというのは今だからこそわかる。


 護衛も最小限、知る人間も最小限。

 きっと一緒に召喚されたあの子たちには俺はいないも者だと言われているだろう。

 どうやって俺を聖剣に加工するかは知らないが、あの三人のうちだれかが俺を材料にした聖剣を使うとしたら、同郷の人を材料にした剣など聖剣じゃなくて魔剣と思って嫌悪する可能性がある。


 知らない方が都合がいいというのは社会でもよくある話。

 まぁ、最悪知られたとしても、出来のいいカバーストーリーを作って、美談に終わらせ、彼の思いを無駄にしないでくれと涙を流せば情に深い者なら正義感で動いてくれるだろうさ。


 内容としては、彼らを戦場から遠ざけるために大人の俺が前線に立ち敵と立ち向かった。

 この聖剣は彼の形見だったとでも言えば、概ね受け入れられることだろう。


 どっちにしろ俺が聖剣になればこの国にとって利益になる。

 そんな筋書きが存在しているのは、騎士たちの反応と、俺の環境が物語っている。


 この二人が嘘を言っている可能性もあり、騎士たちの言葉が真実という可能性も無きにしも非ずだが。

 だったらここでエシュリーさんが黙るということはない。


 きっと最初に予定していた討伐が早いと思い心配してくれたのも俺が聖剣になる時間が早まったと思いそれを話せなかった罪悪感を抱いていたからだろうし、距離感を詰めてこようとしたのも、それを憐れみ少しでも慰めようとした彼女なりの誠意だったのかもしれない。


 今となっては真実を知る機会もなければ、その証拠を知る立場でもない。

 であれば、今この場こそが俺の今である。


 故のこの交渉。


 相手の事情とこっちの事情を兼ね合わせて、多分求められるギリギリの水準。

 そう思っての交渉。


 自身の命を天秤にかけての交渉をする日が来るとは思わなかったが、異世界なら起きても仕方ないだろう。


「よくわかってるじゃない。だったらあなたを殺せる状況でそんな手間を踏む必要がないって言うのもわかってるんじゃないの?」

「そこなんだよなぁ、俺が一つわからないところ。だったら何で俺は生きているんだ?あそこで騎士を殺さず、俺を真っ先に殺すこともできたし、もっと言えばあの場所で馬車を壊さず、馬車に入ったところで俺事馬車を壊すこともできたはず」


 ある意味で今の俺は覚醒状態にあるのか言葉がどんどん湧き出てくる。


 頭がどんどん周り、現状を把握する。


 情報が汚い部屋を掃除するように、整理されて、見えない部分も見えてくる。


 けれどそれでも完全に全て見えるわけではない。

 掃除したら金庫が出てきて、その中に隠された相手の意図が完全に見えていない。


 厚い鉄板に遮られた情報。


 相手の方が強くて、今この場で俺が生きているという状況が物語る疑問。

 唯一俺が疑問に思っている部分。


 聖剣計画というのが聖剣を作るための計画だというのはまず間違いない。


 そして、それを作るには通常の金属といった材料だけではなく、何らかの力を持っている人間が必要だということも理解した。


 異世界召喚された俺がそれにカテゴリーされたのは、その力があるということだろう。

 もしくはあらかじめ聖剣の材料を探すために異世界人を召喚したのか。


 はたまた勇者としても使えて使えないなら聖剣としても使えるのかと色々と推測は立つ。


 けど、一つだけ確信して言えるのは召喚してすぐに材料にできないというだ。

 でなければ俺は召喚されて眠っている間に聖剣にされていたはず、そっちの方が誰にも露見せずリスクを背負うことはない。


 でもそれをしなかったということは俺が強くなる必要があったということだ。


 強い聖剣を作るには強い人間が必要。

 感情のある強力な人間よりも感情のない強力な兵器を求めた計画。


 それが聖剣計画の概要で間違いないはず。


 しかし、そうなると彼女たちの行動はこの場にはそぐわないのだ。


 俺が強くなればなるほど強い聖剣が生まれるというのなら、敵対している彼女たちからしたら俺は生き残ること自体がまずい存在となる。


 となれば彼女たちの行動は俺の即抹殺こそが正しい回答になる。


 別に俺は死にたがりというわけではない。

 生き残れるのなら生き残りたいと思っている。


 けれど都合の悪い俺が生き残っているのがよくわからないのだ。


「おおー、スエラこの子すごいわね。こんな土壇場でそこまで考えられるなんて」


 そんな疑問をぶつけてみたらなんと拍手された。

 素直に感心したとこの場にはそぐわないほど明るい拍手。


 なんだそれはと苦笑したいが、真剣な空気がそれを許さない。


 そして、代わりに説明してと拍手をしていた女性が、俺を人質にとる女性、スエラと呼ばれたダークエルフに説明を丸投げした。


「理由を説明する前に一つお聞きします。あなたはこの世界に来て生き物を殺しましたか?」

「……いや、これから殺す予定はあったが今のところ殺したことはない……いや、血を吸う蚊とか羽虫とかなら殺したことはあるが」


 目の前に倒すべき敵がいるから警戒しないといけないという体裁で、面倒な説明を放り投げたという感じを出すもう一人の女性に対してスエラは一度溜息を吐いてから俺に質問を飛ばす。


 どう言う意図かは計りかねたが、元々あってないような命だ。

 隠すことはない。


 生き物とカテゴリーするのなら虫も該当するかと素直に答える。

 これで蚊とかも殺すのダメだと言われたらアウト。


 正直に話し、どういう意味だという意思を込めて目で問い直すと。


「嘘はついているようではないですね」


 彼女のフードの中から、そろりと小動物。

 青いリスのような生き物が出てきて、その生き物に確認を取ったスエラは頷き。


「なら、私たちはあなたを殺しません。魔王様の命により異世界からの召喚者であるあなたを保護します」


 俺の命は助かる方向に傾いた。


「え?」


 いきなりの展開にまたもや置いてきぼりをくらった。

 どういうこと?

 え?


「ケイリィ確認が取れました。そちらの女性を除いて処理を」

「はいはい~さぁ、あなたたちに恨みはないけど、これも戦争だからね。諦めて天に召してねぇ」


 そしてそこからは一方的、電光石火のごとし姿をくらませたケイリィと呼ばれた女性はあっという間に残った騎士を殺してしまった。


 あんな細身の腕で、フルプレートを貫通し、心臓を抉り風穴を作る。


「あなたはどうする?言っとくけど、そこの被害者の彼の言葉に免じて生かしているのよ。抵抗するって言うなら容赦はしないわ」


 戦闘能力は圧倒的。

 杖を構えていたエシュリーさんは、そっと杖を地面に捨てた。


「……投降します。元より、私は彼を犠牲に成り立たせるこの計画には賛同できませんでした」

「ま、あなたの立場には同情するわよ。あそこの国、反逆者には容赦ないわよね。あなただけの被害ならいくらでも反抗したでしょうが、身の回りの人まで被害にあってたら世話ないわよ」


 憑き物が落ちたかのように、ほっとした表情で安堵した彼女は、俺に頭を下げた。


「ジロウ様、謝罪しても許されざる行為をしたこという事実は理解しておりますが、謝罪させてください。本当に申し訳ありませんでした」


 その言葉はこのわずかな期間であっても俺を騙し続けていたという事実を告白するに等しい。

 すなわち、エシュリーさんは俺を人体兵器である聖剣を作るために協力、いや強制されていたことになる。


 同情の余地ではあるかもしれない。

 家族なり、友人なり、その大事な人を人質に取られてしまえば、何ら関係ない俺を騙すことくらいのことは心を痛ませてやるかもしれない。


「……正直、感情的にはよくわからないんだ。怒りもあれば、失望したって言う感情もある。けど、世話になったっていう感謝の気持ちもあるんだ。許す許さないの判断は今の俺にはできない」


 そんな感情を察して、俺はこの話を保留にした。


「だから、それができるまで待ってくれないかね」

「はい。それがジロウ様のお望みなら」


 そうすればこの人は自責の念で自殺するということはないだろうから。

 ずるい方法かもしれない。

 けどそれが今一番重要なんだろうなと思う。


「はいはい、うちの味方がそちら側の援軍を足止めしてくれているからって言って時間は無限にあるわけじゃないのよ。ちゃちゃっと隠蔽工作はしないとね」


 なんか、変な空気になったのを換気するようにパンパンと拍手し、注目を集めたケイリィは、腰につけていた大きめの鞄を漁り始めると。


「念のため、さっきの場所で拾ってきて良かった、わっと」


 明らかにそのかばんの許容範囲を超える質量の物体を取り出して、それが何かと察した俺は口元引きつらせ、咄嗟に口元を覆った。


 それは死体。


 俺以外は、大した反応は見せないということはこっちの世界じゃ、それは当たり前の光景なのだろう。


「ああ、慣れてないとやっぱりそういう反応になるかぁ。スエラ、隠蔽は私の方でやっておくから彼少し遠くにやっておいてくれない?」

「わかりました」

「あなたはとりあえず、その服とか装備とか全部脱いで、この死体に着せるから」

「はい」


 とりあえず気分が悪いというのもあるし、エシュリーさんのこれからやることもあってか。

 杖から刃を消し。


「立てますか?」

「あ、ああ、何とか」


 移動を促してくれるスエラの言葉に従って、この場から少し離れた場所に移動することになった。


 森に入り、周囲から見えない場所、すなわちあそこの場所が見えない場所に移動した。


「これを」

「これは?」


 そして彼女は腰から、さきほどケイリィという女性が使っていた物と同じ鞄から何やら革袋を取り出した。


「水が入っています。少し飲めば多少は気分は和らぐかと」

「あ、ああ。ありがとう」


 彼女の気遣いに感謝し、吐き気を少しでも和らげるために俺はそれを受け取り、一口飲みこむ。

 言われた通り、中身は水で、不思議と温くなく、冷たい。

 これも魔法なのかなと、思いつつ。


 幾分かすっきりした気持ちになる。


「助かった」

「いえ、処理が終わるまで時間があります。少しそこの木に寄り掛かって座って休んでいてください」

「ああ、そうさせてもらう」


 革袋を返すと彼女はそれを鞄に納めて、俺に休憩を促してきた。

 正直、それは助かる。


 お言葉に甘えて、俺は近場の木に寄り掛かるように座り込んだ。

 服が汚れる心配はない。

 元々そういうことをしていいような恰好をしているのだ。


「ふぅ」

「……」


 段々と思考が冷静になり、それと同時に、様々な感情が出てくるが、一度死ぬ覚悟をしたら混乱することはなかった。


 一気にいろいろなことがありすぎて、逆に冷静になったと言い換えてもいいのかもしれない。


 そんな感じで一分ほど沈黙してみたが、それまでの間何も話さないという空気に耐えられるほど落ち着いていなかった俺は。


「えっと、スエラさん?」

「はい、何でしょう」


 この際だから俺は溜まっていた疑問を消化することにした。


「質問しても、良いですかね?」

「答えられる範囲の質問でしたら」

「ああ、それで構いません。そちらにも都合があると思うので」


 正直、召喚されてから怒涛の日々とまではいかなくても、この環境に慣れるのに必死だった。

 そんな日々に加えて、今日の出来事だ。


 沈黙を選べるわけがない。


「なんで、俺を保護してくれるんですか?言っちゃなんですけど、俺、あなたたちからしたら完全に敵の立場で重要な人物だと思うんですけど」

「……」


 そして何より、なぜ自分が助かったという理由がわからなかった。

 殺されてもおかしくはない。


 それなのにも関わらず、俺は生き残った。

 その疑問を解消するための質問を投げかけて、スエラは一瞬考え込むような仕草を見せて。


「理由はいくつかあります。一つはあなたはまだ我々と敵対していないということ、剣を振るう訓練はしているようですが、我々に被害を出していない上に、その行為に対して消極的だということ。さらに、あなたはあの国に対して懐疑心を抱いていました」

「まぁ、いきなり召喚されて、国がピンチだから助けてくれと言われてもやることは生き物同士の殺し合いだからな。どんな名目があっても嫌なものは嫌だ」

「二つ目の理由はそこですね。歴代の魔王様と異なり、今代の魔王様はその点において寛容です。もともとこれはこの世界と我々の戦争です。それと無関係な人物に助力を乞うのではなく、無理矢理呼び出し、さらには後ろ暗い事情を隠し、洗脳染みた行動で無理矢理戦わせることに良い感情は抱いてません。ましてや非協力的な人物を騙して生体兵器に仕立て上げるなんて言語道断です。なので、あなたは敵ではなく被害者として見られていました」

「ああ、言われてみれば確かに、視点を変えると俺ってそう見えるのか」


 どれもこれも、納得のできる理由で、俺は素直に頷くことができた。

 これが建前で、俺を騙そうとしているのであれば大したものだと思うのだけど、まぁ少なくともブラック企業で働いて鍛え上げた警戒網には引っかからないし、あの狸と比べるのもおこがましいほど信用できる雰囲気もある。


「三つ目、これがある意味で一番重要な話しです」

「その言い方だと、ただただ善意だけで助けた。というわけではなさそうだな」


 そして彼女の話し方から本命が控えているという雰囲気を感じ取れた。


「はい、我々は長い時をこの世界との戦争に費やしてきました。目的はこの世界と我々の世界の統合。元ある世界の形にしたいという大望です」

「それは、想像できないくらいすごい願いなんだろうな」

「軍に所属している者は大なり小なり、この願いを抱いています」

「となるとそれに関係する話だったり?」


 俺にその世界統合の手伝いをさせたい、って言う話にしては少し腑に落ちない。

 それを言ったら戦う相手が彼女たちからこの国にと方向が変わるだけでやってることは変わらない。


 もしここでその話をするなら俺は反発するだろう。


 であれば、話はもう少し違うのだろう。


「はい、その願いを叶えるために常に壁となるのが勇者という存在です。そしてその勇者は初代を除き、過去の勇者は全て異界の存在でした」

「異界のってまさか」

「はい、あなたの世界だと歴史の研究でわかりました。誰もがチキュウという世界の出身でした。ローマや、シン、ソビエト、ブリテン、カイの国といった様々な国の人が勇者として召喚されてきました」

「……滅茶苦茶聞き覚えのある国ばかり」


 そして、俺たちの世界でも様々な行方不明事件は起きている。

 その一部が異世界召喚だと言われる証拠を突きつけられた現実を垣間見た。


 彼女の言う国は世界史を学べば一度は聞くだろう国ばかり。

 カイの国ってきっと戦国時代の甲斐の国だろ?


 え、武田の武将の誰かが異世界に旅立っているのか?


「はい、そういうことで我々はその勇者の出身世界とコンタクトを取ろうという計画を立てています」

「と言うことは」


 そしてここまで話を聞いて、なんとなく彼女、いや、彼女の所属する組織が求めていることが見えてきた。


「俺にその橋渡し役をしてほしいと?」

「もしくは、我々がそちらの世界に接触する際に必要な、言語や慣習、常識と言った部分のアドバイザー、教師役という面で活躍してほしいと考えています」

「……なるほど、侵略とは違うのか?」

「我々はこの国と違います。対話を持ってして交流を促し、そして手を取り合えるように努力をします。一緒にしないでください」

「すまん、失言だった」

「いえ、こちらも感情的になりました」


 善意と下心、今まで聞いた三つの話がすべてというわけではないだろうが、それでも納得も理解もできる話で、少なくとも俺的には嫌悪感はない。


 何より。


「それがすべて終わったら元の世界に帰れる可能性もあるわけか」

「はい、機密に当たりますので方法は言えませんが、世界を渡る術だけはすでに確保しているとだけ言っておきます」

「それを断ったら?」

「少なくとも、軟禁はさせていただき、記憶処理をしたのち、元の世界に帰します」

「なるほど、戦力を削れただけでもお釣りは来ていると……」

「そう捉えてもらっても構いません」


 元の世界に帰れる可能性があるのは嬉しい限り。

 一ヵ月も無断欠勤している時点で、多分前の会社に戻ることはできないだろう。


 恐らく俺はクビなっている。


 安心できるのはライフラインとアパートの家賃は自動引き落としになっていて、その引き落とし口座の通帳は部屋の中にある。

 残高も使う暇のない給料をそのまま突っ込んでるから、数年分の家賃は入っている。


 なので住処をいきなり失う心配はない。


 転職活動に気合を入れれば仕事にありつくことはできるだろうし、最悪お袋の伝手で親父の仕事を手伝わせてもらおう。


「まぁ、エシュリーさんを助けてもらった恩もあるし、強制的に戦わせないとの確約をもらえるなら協力するのは前向きに検討できるな」

「元よりそのつもりです」


 なので、一回監視付きで元の世界に戻してもらえるならという条件であれば色々手伝うこともいいだろう。

 幸いにして生き物を殺すような仕事ではないだろうし。


 条件が今までいた国よりも格段に良い。

 下手すれば俺は生体兵器にされていたことを考えるなら、断然こっちの方がいいだろう。


 心は決まった。


 そう思った瞬間に、雲が晴れて明るい日光が差し込んできた。


「朝ですか」


 日本では見ることのできないような日の出に眩しく目を細め。

 その際に少しだけ彼女の被っていたフードがかき上げられた。


「あ」


 そしてさっきまで緊張していてのと薄暗く且つ深くかぶられていたフードの所為で顔の全容まで見えていなかった。


 そんな彼女の素顔をみて、そして日の出という朝光に照らされた彼女に俺は見惚れてしまった。


「何か?」

「い、いや!?何でもない」


 何照れているんだ俺。

 さっきまで頭が混乱していただろうに、シリアスな思考はどこに行った。

 間抜けな声を聞かれたことも相まって、羞恥心が全面的に襲ってくる。


 ああ、恥ずかしい恥ずかしいと、頭を振る仕草を変だと思われているだろう。


「本当に大丈夫ですか?」

「あ、ああ!大丈夫、大丈夫!!」


 いきなりの行動に心配されてしまった。

 俺は努めて冷静になると思ったが。


「っ!」

「顔が赤いようですが」


 フードを完全に取り払い、その銀色とも取れる綺麗な髪が朝日に晒され、俺の好みにぴったりはまった容姿が完全公開されて、さらに心配気な表情に色香が交じり、思春期の高校生かというくらいに恥じらいを持ってしまった。


「いや、これは、その」


 少なくとも俺の頭の中にある言葉は今言う言葉ではない。

 それだけわかる。


 どうにかしてこの表情を誤魔化さねばと良い言葉はないかと模索する。

 多分、過去最高と言えるくらいに頭を回転させたと思う。


「そう!あれだ。ちょっと疲れてな!」


 だけど、語彙力は死んでいた。


「そうですね、あなたにとってはあれは初陣、しかも元は平和な世界で過ごしていたように感じ取れます。疲れもくるでしょうね」


 けれど彼女は納得してくれた。

 気障なやつとかなら、君に見惚れてたなんてことも言えたかもしれない。


 しかし、それを言うことはできなかった。

 こんな綺麗な人なら、きっと恋人くらいいるだろうなぁと卑屈になっている心が臆病風を吹かせたのだ。


「そうそう、そういうことだと思う」

「そう言うことでしたら、もう少し休んでいてください。まだケイリィの処理も終わっていないでしょうし」


 なんとなく、誤魔化せたことに対して良かったと思う反面、何やっているんだと残念に思う気持ちもあった。


 このまま沈黙していいのか、そんな気持ちがどんどん湧き上がって。

 社会人なら今やるべき事じゃないと理性で押さえつけようとするのを取り払い。


 優しく微笑み、見張りに戻ろうとする彼女に向かって。


「あの!」

「はい、何でしょう」


 俺はほんの少し、勇気を振り絞ることにした。


「これから世話になるから、自己紹介したいんだけど、いいかな?」

「そう言えばしてませんでしたね」


 ゆっくりと立ち上がり、俺よりも背の低い彼女の目を見て。

 俺はここ最近感じなかったタイプの緊張に胸を高鳴らせて。


「俺の名前は次郎、田中次郎。地球の日本って国の出身だ」

「私の名前はスエラ、スエラ・ヘンデルバーグ。魔王軍に所属するダークエルフです」


 俺は彼女、スエラの名前を本当の意味で知れて嬉しくなった。


「あなたたちのことは何も知らないが、助けられた分の仕事はしっかりとしていくつもりだ。だからこれからもよろしく頼みます」


 そしてほんの少しだけ、欲が出て、そっと右手の籠手を外し、素肌をさらけ出した右手を差し出した。


「はい、魔王軍はあなたを歓迎します」


 彼女はそんな俺の気持ちを知ってか知らずか、再び優しく微笑み、優しく握り返してくれた。


 俺はこの時知らなった。


 少し近い未来に彼女と恋仲になり、そして、彼女と添い遂げる覚悟をするということを。


 そしてこの時の召喚が出来事で様々な人と出会い、俺の運命は確実に変わった。


 少なくとも、過去の平凡な社畜の俺はここで終わり。

 これからは、平凡とは無縁な俺の物語が始まっていくのであった。




 今日の一言

 劇的な変化は劇的な一歩で始まる。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


今週は2万件ブックマーク記念もありますので、次回の本編の更新は日曜日になりますのでよろしくお願いします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] この番外編を見ると、本編のアメリアって不遇だよね。 次郎の側に女性が多すぎて、入り込む隙間が無かったんだろうなあ。マイクや次郎とのことが思い出になるまでは、男性運がない不遇なままになりそうだ…
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