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ブックマーク2万人記念 IFストーリー もしも主人公が異世界に召喚されていたら(承)

二万件ブックマーク記念二話目です。


今話は完全に本編とは関係ない、最初期プロットを引っ張りだして書き直した番外作品となります。

設定は既存のモノを使っていますが、色々と人との出会い方が違ったりします。


お楽しみいただければ幸いです。

 


 現実って言うのは想像以上に厳しいものがあると最近よく思う。

 仕事は理想通りに行くことなんて滅多にないし、プライベートだって求める水準で埋まることなんてほとんどない。


 そういった努力をしても、努力が積み重なるだけで報われるのはいつのことかという話になる。


 そんな日本での現実で、厳しさを目の当たりをしていた俺にとって。


「ファンタジーでも、そこまで現実って変わらないものなんだなぁ」


 こうであってほしい、こんなことができたらいいなと願望は乾くことのない泉のごとく湧き出てくるけど、その願望が叶うのは両掌で掬った水よりも少ないかもしれないと言う現実をあっさりと受け入れられたのであった。


「異世界って言っても、こんなにも自由がなければ満喫できないものだねぇ」


 グロッタ大司教と話したことによって俺はその大司教様に警戒心を抱かれてしまったらしい。


 タバコが吸えないと言う苛立ちは、日ごろの訓練のおかげで強制的に禁煙状態に追い込まれているので、最近では慣れてきている。


 まぁ、皮肉なことに、会社で働いたときよりも睡眠はとれるし、栄養バランスのとれた食事もとれるし、休憩も取れるし、適度な運動もできる。


 かなり健康になったと自覚はある。


 どうやっても取れなかった隈が改善されているあたりお察しという所。


 これで魔王討伐という命がけの仕事じゃなければホワイト認定する職場なんだけどな。


 そんなことを考えながら。


 夜の来ない異世界に来たという現実を目の当たりにして、今だ外出をさせて貰えず、大聖堂の敷地内で過ごす日々を続けている俺にとって、こうやって窓を開けて見慣れた外の庭を眺めるのが日課になりつつある。


 一緒に召喚されたはずの少年たちと引き離されて、日々騎士たちと訓練を積む作業をこなして、今日もお湯で体を洗い、自分の家の小さな風呂を恋しく思う日々を過ごしていた。


「毎日毎日、同じことの繰り返し、本当に、嫌になる」


 しかし、軟禁に近い環境下は最初は我慢していたけど、そろそろ嫌気がさすのも仕方ない。


 訓練自体は最初は新鮮味があった。

 実物の諸刃の剣を握ったときは感動もした。

 魔法の勉強も今は普通に楽しめている。


 召喚された際に、魔法を使えるようになると言われて本当に使えた時は本気で驚いたものだ。


 けれど。


「こうも監視の目があっちゃ気が休まらないってものだ」


 こっちの世界に来てから妙に体の感覚が鋭くなったような気がする。

 他者の視線、とりわけ、感情の籠った視線はよくわかるようになった。


 元から相手の感情に敏感でなければ仕事が進まないブラック企業で働いていたがゆえに、そこら辺を察するコツは身に着けていたが、ここに来てさらに磨きがかかったかに思える。


「窓の外に三人、屋根の上に二人、扉の前に一人、ちょっと気配が読みづらいのが何人か」


 その感覚のおかげで、俺に与えられた部屋でも気が休まらない。

 勉強の教え方は丁寧だし、訓練の時は甘やかさず厳しく鍛えてくれているが、無駄に叱ったりはしない。


 理不尽と言えるような態度は表向き取られていない。


 しかし、この見張るような感覚はいまだなれない。


「……信用されてないってことかね」


 普通に考えれば当然か、なにせ異世界から来たと言う常識外の人間なのだから警戒してるのだろう。


 勇者という立場上、きちんと接待しないといけないだろうが、イコール信用し切ると言うことにはならない。


 その結果がこの状況下。


 変なことをされないようにあまり世間に触れさせず。


 代わりに私生活に不便がないように配慮され三食しっかりついて、さらに掃除洗濯は他人がやってくれる。


 贅沢言うなと言われそうな、衣食住の保証だけど、娯楽が少ないこの環境じゃ部屋に戻っても暇を持て余すだけ。


「というか、一日中明るい環境にまだ慣れないなぁ」


 今日も朝早くから訓練し、そして昼からは魔法の訓練と座学と隔て、汗を流し、今は夕食が来るのを待っている。


 本当なら食堂があるらしいのだが、俺に万全な訓練が施されるまで人との接触を最小限に抑えるべきだという指針に従って、俺と接触している人は少ない。


 この夜のない世界が唯一暗くなる、曇天の曇り空を見上げながら、ずいぶんと寂しい異世界生活を過ごしているなと溜息を吐きたくなる。


「ジロウ様、お食事をお持ちしました」

「ああ、ありがとう」


 そんな寂しい異世界生活で唯一と言って良い楽しみは、異世界の食事だ。

 日本みたいに、洗練された食事こそ出てこないが、こっちはこっちである意味楽しめる食材が多い。


 扉越しにエシュリーさんの声が聞こえ、俺が扉を開けると、トレイの上に暖かな湯気を揺らす食事を乗せたエシュリーさんが立っていて、俺はそのまま部屋に招き入れる。


 後ろに続くのはエシュリーさんの同僚らしい。

 名前は知らない。


 なにせ口元まで布で隠し、見えるのは目元だけ、なんとなく同じ人が来たなというのがわかるが、相手からも会話をする様子もなく、こっちから話しかけても一言二言返事が返ってくればいい方だ。


 あからさまに会話を拒否されているとわかればさすがの俺も話す気にはならない。


 そんな彼女たちに食事を用意され、テーブルの上に二人前の夕食が並ぶ。


 これは、俺とエシュリーさんの分であって俺が二人分食べるわけじゃない。


 最初は俺の分だけが運び込まれてきて、エシュリーさんが給仕をしてくれていたのだが、一人飯というのは中々にして寂しい。


 せめて、夕食だけでも一緒に食べてくれないかと願ったが、最初は俺が勇者だから身分違いで恐れ多いとか、いろいろ理由を言って来て断られた。


 そこまで頑なに断ると言うことは、俺は思いのほか嫌われているのだろうかと思って、つい苦笑しながらそのことをこぼしたら、そうではないと慌てて頭を振って否定された。


 それがきっかけでどうにか一緒に食事を取ってくれるようになったわけだが……


「これは……魚か?」

「はい、川の方で新鮮な魚が取れたようで、料理人が腕によりをかけて調理しました」

「こっちの世界は魚に足があるんだな……」

「魚と言えど、魔獣ですからね。その分魔力が豊富に含まれていてとても美味しいですよ」

「まぁ、見た目が見慣れないものであるだけで、こっちに来てから飯は美味いよな」


 食卓に並ぶ食材が、なかなかインパクトの強い見た目ゆえに、夕食時になると毎度驚かされる。

 そんな俺のリアクションを楽し気に見ながら、足の部分をナイフで切り取り、口に運んでいる様は中々シュールだ。


 そこをいきなり食べるのかと戦々恐々しながら、すっとナイフを入れて俺も食べてみる。


「……納得はできないが、美味いんだよなぁ。見た目がすごいが」

「私たちからすれば、ご馳走なのですよ」

「やっぱり、俺が特別ということか?」

「はい、勇者様にはしっかりと栄養をつけて体を鍛えてもらいたいですからね。この魚だってある程度裕福な市民でも食べるには収穫祭か、年の始まりの始原祭のどちらかでしか食べれないのですよ」

「贅沢品を毎日食べているのか俺は」


 そんな、奇怪な見た目であっても、元の世界で例えるならA5ランクの和牛クラスに庶民には手の出しにくいレベルの食材らしい。


 独特の触感だが、美味いと言える味わい。

 これが魔力による洗練された食材の味なのかと、戦慄する。


「私としては、一緒の物を食べていることは恐れ多いのですが」

「そこに関しては反省も後悔もしていない。一人飯をじっと見つめられるって拷問かよ」

「異世界の人は変わってますね」

「生憎と俺は元は庶民だからな。世界が違えば俺は普通の部類に入る」


 高級食材を使った夕食が毎日出る生活にエシュリーさんも苦笑い。

 本当だったら彼女も食べることは中々できない代物であるが、俺と一緒に食べることによりそれが実現してしまっている。


 嬉しいような、恐れ多いような。

 庶民根性が染みついている俺としては、似た感覚を感じているエシュリーさんには親近感を感じる部分もあれば、こうやって奉仕されることを拒む俺を奇異の目で見て相いれない部分もあるのだなと思うこともある。


「……来週、だそうですね」

「あ、話聞いた?」

「はい、ですが」

「早すぎるって?」


 そんな感じで、なんとなく雑談を交わしていたが、そっとナイフを止めて、何やら深刻そうに真剣な表情となったエシュリーさんは俺の目をじっと見つめ、その話題を繰り出してきた。


 エシュリーさんが言っているのは、俺の実戦の話だろう。


 ここに来て数週間。

 一ヵ月にも満たない訓練期間を隔て、俺は実戦投入となるらしい。


 しかし、もう片方の召喚者たちは、まだまだ時間がかかると言うことで、幾人かの護衛とともに実戦に参加するのは俺だけ。


「まぁ、仕方ないよな。俺はあいつらよりも年がいってる。全盛期の肉体は過ぎて、あとは老いるだけの俺は誰よりも早く、実戦を経験しないといけない」


 二十代中ごろと十代中ごろ。


 この差はでかい。

 まだまだ成長の余地がある、名も知らぬ同郷の人たちと比べ、俺に成長の余地があるのかと疑問を浮かべてしまう。


 こっちに来てから特殊な力に目覚めて、今ならオリンピックに出場しても優勝できる自信があるくらいには体を動かすことはできるようになった。


 しかし、それでも不十分だ。

 それぐらいのことは騎士たちでも当たり前にできる。


 成長は早いが、もっと強くならねば魔王は倒せない。


 そして魔王は待ってくれないと口々に言われ、俺の実戦投入が決まったわけだ。


 もう片方の勇者様がどれほど出来るかは知らないが、実戦は早めに経験しておいた方がいい。


 どうもここの人たちは、俺はあくまでおまけであって、向こうの本命のために俺で色々と実験をしたいらしい。


 手厚くはないが支援をして、まともに育ててますよとアピールしつつ実績を作っているが、どうも向こうの方が厚遇されているように感じる。


 差別化を図っていると言う証拠はないが、エシュリーさんの表情や態度や人員の投入具合から察して、俺への育成はかなり駆け足に進んでいると見るべきか。


「そんなに心配しなくても大丈夫だって、エシュリーさんだって一緒に来るんだろうし、戦闘経験豊富な騎士様も護衛についてくれるんだろ?」

「そう、ですが」


 それともこれが普通と見るべきか。

 いや、普通ではないか、さっきまで楽し気に食事を進めていた彼女が沈痛な面持ちでこれからのことを心配している。


 多分だけど、俺は他の勇者たちの当て馬にされているのだろうな。

 俺ができているのだから、君たちもできる的な。

 あるいは俺が勇者育成の試金石にされているか。


「いやぁ、ゴブリン退治なんて自分達の世界じゃ、初心者がやる戦いの代名詞だよ。ベテランに囲まれて、やる実戦なら余裕でこなさないと失望されるだろうしな」


 おかげで俺への期待という方面はかなり薄い。

 俺が強い勇者になれば儲けもの、ならないならならないで多少役立てばいい程度の発想だろう。


 俺がもう少し初動で単純な行動をとってればもう少しマシな対応をされていただろうが、それはそれで色々と利用されそうだから、どっちもどっちか。


 実際俺にどこまでの才能があるかはわからない。

 剣道をやっていた経験なんてどこまで役立つかはわからない。


 であれば監視程度で収まっている今の現状の方が好ましいと言えるかもしれない。

 最悪都合が悪くなったら暗殺される可能性を考慮して、必要最低限、それこそここから逃亡して一人で生きていける程度の戦闘能力を得るまでは大人しくしているべきだ。


 転職先を見つける前に会社を辞めるような行いは避けるべき。


 まぁ、前途多難ではあるが。


 そもそも生き物を殺したことのない俺は、こうやって楽観的に振舞って彼女の心配を和らげる行動くらいしかとれないのだ。


 まずは目の前の問題を片づけることから。

 魔物と呼ばれる生物を殺せるかどうか、そこにかかっている。


「そう、ですね。ジロウ様は騎士様からも褒められるほどの努力をなさってますもの」

「あれで褒めているのか?」

「はい、筋がいいと言っておりました」

「だったらもう少し素直に褒めてくれるように言ってくれない?指導に当たっている騎士たち、みんな笑顔で、まだできる。もっとできる、お前の筋肉はそんなものかぁ!!って俺をムキムキマッチョの道へ引きずり込もうとしてくるんだけど」


 年上の見栄っ張りなのか、それともこっちの世界で知り合った女性を前にして男として情けない姿を見せたくないのか。


 とりあえず見栄を張って見ると、笑顔で俺の日々を褒めてくれるエシュリーさん。

 しかし、俺としては褒められた記憶がない。


 苦笑しながら、日々の訓練で筋肉を苛め抜くことが大好きそうな騎士たちの話題を振って、ようやくエシュリーさんの顔に笑顔がよみがえる。


 内容がボディビルダーのトレーニングなんだよなぁ。

 何だよ腹筋が嘆いているとか、上腕二頭筋が喜んでるとか……俺、剣術習っているんだよな?って疑問に覚えるくらい訓練の掛け声はおかしかった。


「私が言っても変わらないと思いますが」

「だよな。むしろ言って変わるようなら元からあんなことは言わないか」


 ボディビルに命を賭けているのかと思うくらいに、気づけば鎧を脱ぎ捨てて、その肉体美を見せつけようとしてくる騎士たち。


 気が良く、体育会系に所属していた身としては付き合いやすい部類の集団ではあるのだが、俺を敬いつつ、神への信仰を植え付けようとする合間に、筋肉の良さを語るのはどうにかしてほしい。


 態度がころころと変わるからこっちとしても、どう対処すればいいか時折わからなくなる。


「とりあえずは、今はしっかりと飯食って明日に備えないとな」

「はい、そうですね」


 そんな筋肉集団と明日も訓練がある。

 余裕と口にしたからには、俺も俺でしっかりと準備をしないといけない。

 そのためには体を作らないといけない。

 体を作るには栄養をしっかりと補充せねばと、食事を取るのであった。


 そして。


「ふぅ」


 何事もなく、いや、何事も起こさせないように振舞ってエシュリーさんたちが部屋を出て行ったのを見送ることができた。


「ったく、ハニートラップって思ったよりもきついなぁ」


 そして、エシュリーさんの立ち位置が見えてきた俺としては、中々複雑な心境でさっきの夕食の一時を振り返っていた。


 なんとなく彼女の距離感が最初から近いことには気づいていた。

 いっちゃなんだが、俺はそこまでモテるわけではない。


 男女交際の経験はあるが、アイドルや俳優のように女性にモテるわけではない。


 それなのにも関わらず最初から好意的で、距離感が近い女性をあてがわれると言う状況に浮かれるほど現実を楽観していない。


 何かあるのではと、念のため警戒しておいて正解だった。


 エシュリーさん以外の女性に顔を隠させ、そして仲良くできる女性を限定させ、エシュリーさんを特別な女性として仕立て上げる組織的な動き。


 彼女自身そう言った意図があるかどうかはわからないが、少なくとも周囲にそういう意図があるのはわかった。

 エシュリーさんを特別な存在にすることによって、俺を縛る枷とする。


 まったく、異世界召喚の物語のご都合主義をこうやって人為的にやられるとなかなか冷める。

 だけど、まったく効果がないわけじゃないのが悔しくもある。


 もし仮に、ここで俺がエシュリーさんを拒んだらきっと俺の世話役はすぐに変わる。

 そうなってしまったら、また一から人間関係を構築しなおさないといけない。


 それが面倒だと感じるよりも先に、人事異動させられるエシュリーさんに対して同情してしまう程度の情を彼女に対して抱いてしまっている。


「はぁ、俺がだれかれ構わず手を出せるようなクソ野郎だったらそこまで悩まなかったんだろうなぁ」


 小さく、誰にも聞かれないようにつぶやいた言葉は、俺の本音。

 下手に常識を捨てきれないと、こういう所で苦労するのだ。


 見た目は美味しそうな肉が目の前に置かれているが、その肉の中から釣り針が見えているとなると、いかにその肉が美味しそうでも食べるのは戸惑う。


 だけど、その肉が下げられないように必死に食べようとする素振りを見せないといけないのだ。

 中々面倒だ。


「異世界召喚って、ハードモードかイージーモードの二択なんだけど、これってどっちなんだろうなぁ」


 ハードモードのような、イージーモードのような。

 どっちつかずな異世界召喚に悩ませられる。


「……勉強してストレッチして、寝よ」


 そんな悩み事を延々と考えるのは時間の無駄だと思い。

 魔道具のランプを借りて、魔導書を開き少しでも魔法を覚えようと食後の勉強をすることにした。


 来週の実戦に備えて。





 その日の実戦は思ったよりも早く来たなと思った。


「お似合いですよ」

「そうかな?」

「はい!」


 人間、一定の仕事に慣れると時間経過が早く感じると良く聞くが、実剣を持つことにも慣れ始めると本当に時間が流れるのは早く感じた。


 気づけば今日、初めての実戦の日になっていた。


「勇者様。目的地は、首都から馬車で三日ほど行ったところの山岳地になります。そこにゴブリン共の巣があると報告されていますので、そこの討伐が今回の目的です」


 俺は訓練でも着るようになった騎士団が使っている軽鎧に身を包み、兜の位置を直しながら装備を確認しているとエシュリーさんから褒められ悪い気はしないと、少し照れていると、俺の装備と違い全身フルプレートに身を包んだ訓練でも俺を鍛えてくれている部隊長が脇に兜を抱えながら話しかけてきた。


「はい」

「初の実戦で緊張されているかもしれませんが、我々もいますし何よりここまで培ってきた訓練により築き上げた筋肉は裏切りません。自信をもって今回の討伐に挑んでくれれば大丈夫です!」

「は、はぁ」


 丸坊主の隊長さんは、日に焼けた黒い肌を見せつけ、ニッコリとサムズアップしてくる。

 俺はいまだこのテンションにはどう対応すればいいのかわからない。


 俺もサムズアップすればいいのかと迷ってしまう。


 とりあえず無難に頷くだけして、周りを見回す。

 部隊としてはそこそこ多い人数。


 物資運搬の人数を含めて総勢百名ほどの部隊。

 実際戦うのは八十人ほど。


 馬車もそれなりの台数になる。


「道中にも魔物が出る可能性があります。もしそうなりましたら率先して勇者様も戦ってください。しかし、指示はこちらが出しますので、闇雲に突出するのだけは避けるように」

「わかりました」


 これだけの戦力を出してくれる。

 それ自体は安心していいと思うことにする。


「と言ってもこれだけの大人数で動くのですからね。盗賊だって襲って来やしませんよ!!」


 実際、こんな大人数で討伐に行く機会は早々ないらしい。

 この国からしても、俺のことはそれなりに重く保護してくれていると言うことか。


 実戦と聞くとさすがに俺も緊張しているのか、肩に力が入っていて、それを察した部隊長がちょっと力強く俺の肩を叩く。


 ビクリと背筋が反応して、さらに笑みが強くなる部隊長。

 白い歯がきらりと輝く。


「ハハハハ!勇者と言えど人のようですね!緊張するのは結構ですな!!」


 その人らしい態度が気に入ったのか、笑顔で俺の背筋を叩くと、籠手と鎧の金属同士が甲高く響く。


「まぁ、生き物を殺すなんて経験ないですからね」


 出来ればしたくなかった経験、されどしなければいけない経験。

 世界が変わり、帰るための手段が全く見当のつかない現状、あるいは管理されてしまっている現状。


 躊躇って役立たずになり下がる可能性を考慮して、遅延行為を検討し、救助が来るのを待つなんて賭けに出ることはできない。


 それならば精神的価値観を変革させることによって、生存を優先したほうがまだマシだと、割り切っている。


 諦め半分、覚悟半分といった感じで笑みを浮かべて自分の未経験の部分をさらけ出す。


「騎士団の新人でもそう言った輩はいますからな。そういった新人たちにも勇気をもたらすために筋肉を鍛えるわけです!!勇者様もきっと鍛えた筋肉に感謝し、そして神へ感謝するでしょうな!!」


 だから何で神の信仰と筋肉の信仰がイコールになるくらい同じなんだろうなと疑問に思いつつ。


「そうなるといいですね」


 否定する要素がないので、そのまま頷くのであった。


「では、私は部隊編成の確認をしてまいりますので、もうしばらくお待ちを」


 そんな言葉を言い残して、部隊長は去っていく。

 その背を見送って俺はどうするかと手持ち無沙汰になり、そっと隣で控えてくれているエシュリーさんに声をかけることにした。


「俺も何か手伝った方がいいのかな?」


 正直仕事をしないと落ち着かないと言うのは末期のような気がするけど、落ち着かない気持ちのまま待ち続ける方が嫌なのだ。


「いえ、勇者であるジロウ様のお手を煩わせるわけにはいきませんので馬車の方でお待ちになってください」


 だけど、そんな気持ちをバッサリと切り捨てるエシュリーさんの笑顔のおかげで俺は結局何もできず俺が乗り込む予定の馬車近辺に移動するだけで収まるのであった。


「……わかった」


 人が仕事をしているのに、俺だけ唯々待つ。

 これが何とも言い難い落ち着きのなさを醸し出す。


「はい、準備の方は我々にお任せください」


 エシュリーさんの方が落ち着いているなと、俺も落ち着かなければと考えてしまう三十分を過ごす。


「では出発するぞ!!」


 かなり長く感じた三十分を過ごし、ようやく部隊長の指示で馬車が出発するのであった。


「……馬車ってこんなに揺れるんだな」

「これでもかなり快適な部類なんですよ」

「マジか」


 しかし、石畳を進んでいるときはまだ耐えられるレベルの揺れであったが、舗装がされていない道に出た途端、その揺れはひどくなる。


 駆け足にも満たない、人が歩くよりも早い程度の速度で進む馬車でガタゴトと揺れる馬車の中はひどいの一言。


 国が用意してくれた馬車は箱型で、内装にも気を配り、さらに座席の方はクッション性も悪くないが、サスペンションと道路状況は日本と比べると雲泥の差を醸し出す。


 慣れない揺れ。

 それで体調悪化を心配しそうなほどだ。


 おまけに表向き、まだ周知されていない俺を知られないためにカーテンが閉め切られているため外を見ることも叶わない。


 車酔いならぬ馬車酔い待ったなしな状況に、俺は出発したてなのにも関わらず絶望しそうになる。


「エシュリーさんは平気なんですね」

「はい、私も修行で色々と遠征することがありますのでそれで馬車に乗る機会は」


 経験の差か、平気な顔をして進行方向に背を向けゆったりと座るエシュリーさん。

 広い空間なのにもかかわらず、俺とエシュリーさんしか乗っていないのはどういう意図か。


 周囲に護衛の騎馬を配置しているけど、中の音はきっと聞こえないだろう。


 美女と美少女の中間である、年頃のエシュリーさんと密室で二人きりの旅。


 逆にこっちの方が緊張してしまうのではと、苦笑してしまう。


 耐えろ俺の理性と口ずさみそうになってしまう。


「そうなると、馬車の乗り心地の差は結構感じるのでは?」

「そうですね。やはり貴族が乗る馬車と私たちのような身分の人が乗る馬車ではかなり違いますね」


 無難、そう、無難な話題で乗り切れ。

 ここで手を出したら、絶対に詰む。


 権力者の前で色恋をすると言うことは俺の人生を握られるものだと知れと言い聞かせて、俺の実戦への道中は進む。


 そして、そうやって無難な旅を過ごし、何事もなく二日目の旅路の夜。


 曇天が覆う、薄暗い昼間のような、俺にとって夜とも言えない空を夜と呼ぶ世界で。


「ジロウ様、馬車での移動に慣れてきましたね」

「そうだなぁ。人間の適応能力に感心している」

「なんですかそれは?」


 尻の痛さと馬車の揺れに適応している自分に苦笑しつつ、馬車から唯一降りられる野営の時間。


 そこで準備されたテントの中でようやく背を伸ばすことができた。


「でも、やっぱり体の節々が痛い」


 この旅、というよりは討伐の道中はかなり平和そのもの。

 そもそも、大人数で移動しているから盗賊はもちろん魔物だって襲うのには相応以上のリスクがいる。


 その割にはリターンと呼べる代物がほぼない。

 故に魔物たちも盗賊たちも息をひそめて、俺たちの通過を待つのだから、自然と俺たちの移動も平和になる。


「そうですね。ずっと座っていると体も凝ってしまいますから」

「寝る前にストレッチしないとなぁ」


 だからだろうか、今の俺には大聖堂を出発した時ほどの緊張感はなかった。


 今にして思えばそれは油断と言える行為だったのだろう。


 周囲を屈強な騎士たちに囲まれ、煮炊きが始まり。

 聖堂では食べる食事よりは劣るものの、アウトドア感にあふれる食事を楽しみにし、ワクワクし、ちょっとしたキャンプ感覚になっていた。


 実際、エシュリーさんと話をしながらとった夕食はそんな感じだったし、旅の疲れも相まってか、目的地まで安心だと言う感覚が生まれてしまっていた。


 これが平和ボケしていた日本人という存在が、街の外は常時危険だと言う常識を持った異世界との差なのだと思い知らせられる結果となった。


 馬車の座席を動かし、簡易的な寝床にし翌日に備えて眠りに入り、時間的に深夜を少し過ぎ、護衛の騎士たちの緊張が一瞬解けたときに、それは起きた。


 突如として空を切り、飛来する複数の火の球。


 それが野営地に降り注ぎ爆発を引き起こすのであった。



 今日の一言

 常識にとらわれてはいけない。








毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


今週は2万件ブックマーク記念もありますので、次回の本編の更新は日曜日になりますのでよろしくお願いします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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[一言] 「こっちの世界は魚に足があるんだな……」 え、タンノくん?
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