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ブックマーク2万人記念 IFストーリー もしも主人公が異世界に召喚されていたら(起)

皆さま、改めて二万件という多大なブックマーク数を達成させていただきありがとうございます。


今回は完全に本編とは関係ない、最初期プロットを引っ張りだして書き直した番外作品となります。

設定は既存のモノを使っていますが、色々と人との出会い方が違ったりします。


お楽しみいただければ幸いです。

 

 眠い、唯々眠い。

 今日で一体何連勤だ?


 フラフラと彷徨う俺の体を無理矢理カフェインで起こして、行った仕事の日々もすでにうすぼんやりとしか覚えていない。


 今週の平均睡眠時間は一体どれほどだ。

 受注先の急な仕様変更に答えて、それでどうにかこうにか納品を終えたら、納期の短い受注に答えてと、果てのないデスマーチをやり続けていたら時間間隔なんて無くなってしまう。


 必要最低限すら危うい睡眠時間で、どうにかこうにかこなせてきたのはお袋からもらったこの頑丈な体のおかげ。


 むしろ、その頑丈さが仇となっているような気がする。


 カフェインで頭が冴える感覚なんて最初の数カ月くらいだ。

 ニコチンに頼って精神を落ち着かせようとしたのはいつからだったか。


 同期が一人去り、二人去り、後輩が増えたり減ったりを繰り返すのを何度も見た。


 本当にこんな会社で働く必要があるのかと疑問を抱くが、責任感という呪縛が俺に仕事をさせる。


「ふぅ」


 今日だってそうだ。

 本当は日曜日なのに、なんで俺はスーツを着て、会社に向かっているのだろうか。

 朝の通勤ラッシュがないのはせめてもの救いだが、それでも日曜日なのにもかかわらず、自分だけが出勤していると言う事実が何とも言い難い倦怠感を醸し出していた。


 いつものホームに来て、辺りを見回しても平日と比べてだいぶ少ない。

 まったく、何で俺は身を粉にして働いているのだろうと言う疑問が出てきてしまう。


 溜息を吐くのも無駄だと思ってしまう。


 溜息を吐いても何も変わらない。


「それでさぁ」

「え?マジ?」


 そんな暗くて憂鬱な心境でも、俺の耳に届いてくる明るい声。

 うるさいと言われてもおかしくはないような、明るく元気で、張りのある声。


 一体だれがと隈のできた目元で見てみれば、そこには私服姿の男女四名がいた。


 姿からしたら多分高校生くらいだろう。

 仲良く話すその光景に、俺にもあんな時期があったなと、しみじみと思い出を思い返すくらいに年をくったと言うことか。


 同じく駅のホームで待つと言うことは多分、同じ電車に乗ると言うこと。

 こんな日曜日朝早くから出かけると言うことはどこか遠出すると言うことだろうな。


 時期的に卒業旅行とかそんな感じだろうか。


 なるほど、いい思い出を作ってくればいいと他人の心配よりも、明日、下手すれば今にも倒れるのではと思うくらいに疲労が蓄積しているのなら自分の心配をして病院にでも駆け込めばいい。


 だけど、頭の中では納期を終わらせなければと、社畜が囁き、その選択肢を奪う。


 あのくそ上司を殴り飛ばして、職を失った方がまだマシかと何度考えたことか。

 結局のところ、きっかけが欲しいのだろう。


 今の俺の生活を劇的に変えるような、きっかけを。

 それがなければ、俺はいつまでたってもこのまま社畜を続けていくのだろうな。


 漠然とそんなことを思って、もうすぐ来る電車が来ないでくれたらいいなと願っていたら。


「何これ!?」

「なんかヤバくないか!?」

「透!早く離れないと」

「足が、足が動かないんだ!!」


 さっきまで陽気に話していた集団の方から不穏な空気が漂ってきた。

 異変が起きたのだと、脳が理解するのはもう数秒後。


 その時の俺はただただ、静かに何が起きたんだと、状況を確認しようとそっちを見たら。


「なんだ、あれ」


 さっきまで灰色のコンクリートでできたプラットフォームの床を白く染め上げ、変な模様が円陣に描かれ、回転し、四人組を捉えていた。


 辺りにいた他の乗客たちも、何事かと、そっちに注目しているが、誰も何もしない。

 君子危うきに近寄らずとはこのことか。


 誰もが遠巻きに彼らを見つめ、誰かが行動をとってくれるのを待っている。


 スマホを向けて、動画を撮影しているような人もいるが、基本は我関せずと、異常に近づこうともしない。


 それは俺も一緒だ。

 疲れた体、めまいがする体調、きっと今の俺が全力疾走したら貧血で倒れるのではと思えるくらいのバットコンディション。


 だから、俺はそのまま何もしないつもりだった。


 四人組は慌て、どうにかその白い光から抜け出そうともがいていたが、どうにもうまくいっていないようだ。

 このままいけば何が起きる?


 そんなことを思って注目していたら。


「助けて!!」


 気の強そうな女の子に助けを求められた。

 いや、多分、あれは俺だけに向けられた言葉ではない。


 周囲に助けを求めるのは自然な行動だ。


 なのに、俺はこんなことをしているんだろう。

 俺に向けた言葉じゃない。


 だれかれ構わず、大多数に向けられた声。


 無視しても、きっと俺がちょっとした罪悪感にかられる程度で、誰もそのことを咎めないだろう言葉。


 そんな言葉にも関わらず、俺は自分の体のことなど忘れたかのように全力で駆け出していた。


 少ない人を避けて、今出せる全力疾走。

 革靴なんて走りにくい、その装備で、俺は全力で走り。


「捕まれ!!」


 迷わず、その白い空間に近寄って手を伸ばしていた。


 踏み込むのはマズイ。

 そんな直感から白い空間に踏み込まず、ちょうどあった柱を左手で掴んで、踏み込まないように注意して右手を伸ばした。


「お、おう!」


 そんな俺の手を最初に掴んだのは四人組の一人の男だった。


 女の子を押しのけて、自分だけは助かろうと言う魂胆。

 その行動が見え透いている動きに非難される時間はない。


 とりあえず助けることが優先だ。


「引くぞ!!」


 どこにこんな力が残っていたのか、疲労が蓄積している俺の体は思いのほか力を残していたくれたようで、返答を聞く前に俺は全力で手を引いていた。


 一瞬の抵抗、けれど、すぐさま彼の足は地を離れてまるで演技だったかのように地面から離れて、白い床から離れて俺の手に引かれた勢いでそのままプラットフォームの床に転がった。


 助けられる、そんな実績に俺はもう一度手を伸ばす。


 だが。


「なに!?」


 腕を差し出そうとした瞬間に、俺の体を引き寄せる引力みたいな力が俺を引っ張った。

 差し出した手の先を掴んでいる者はいない。


 まるで俺をその白い空間に引き寄せようという力が作用しているかの如く、一気に俺は引きずり込まれ。


 掴んでいた柱から体が放り出され、白い陣に踏み込んだ瞬間。


「っ!?」

「きゃぁ!?」

「いやぁああ!?」

「香恋!美樹!」


 その白い陣は強烈な発光をしたと思えば。

 俺の意識はそこで途切れた。




 そして気づけばゆっくりと瞼を開けている自分がいた。


「ん、あ」


 なんだろう、久方ぶりにゆっくりと寝た気がする。

 俺、いつの間に寝たんだろうか。


 気づけば俺は横になり、天井を見上げている。


 見覚えのない天井。

 病院にしては、かなり質素な感じの天井。


 石造りの壁に、よくわからない敷物、掃除は行き届いているようで清潔感はある。


「ここ、どこだ?」


 カーテンが閉められていないから、外からの日差しがまっすぐに窓から差し込んでくるけど、少し曇っているガラスは、正確に外を見せてくれない。


 何だここはと見知らぬ空間を見渡すが、寝ぼけ眼で寝ぼけた頭はイマイチ働いてくれないようで、状況をイマイチ飲み込めない。


 ベッドから上半身だけ起こして、周囲を見る。


「……」


 何と言うか。


「変な場所だな」


 現代の日本では考えられないような家具が並べられていて、相も変わらずの寝ぼけた頭には状況が一向に入りこんでこない。


 俺の寝ているベッドもそうだ。

 スプリングが全然効いていない所為か、何やら違和感を感じる。

 棚や机にいたって、手作りと言えばいいのだろうか、量産品を毎日使っている身としては統一感のない品々に違和感を感じる。


 その違和感が何なのか。


 ガリガリと、強めに頭を掻き、カフェインを求める脳を無理矢理起こそうと思うが……


「ダメだ。全然わからん」


 コーヒー、いや煙草が欲しいとあたりを見回すが、目的の物が一向に見つからない。


「はぁ、クソ」


 イライラする頭を深呼吸で落ち着けて、どうにかこうに思考を回す。


「確か、いつも通り駅に向かって、そこで……」


 自分がだれで、どういった人物かは思い出せるし、最後、眠る前に何が起きたかも覚えているが。


 しかしその後どうなったかが皆目見当もつかない。


 そんな折コンコンと扉をノックする音が聞こえる。


「はい?」


 その返事は条件反射だった。

 とりあえずノックが聞こえたら返事を返すそれだけの反応。


 だけど、その反応のおかげで。


「失礼します。お目覚めになられたのですね」

「……」


 俺は非現実的な光景を目の当たりにして。


「なるほど、夢か」


 その事実に頷き。

 早く目覚めて仕事に戻るために、そっと少し硬めの布団を被ろうとした。


「ちょっと!?」


 しかし、慌てて駆け寄りその眠りへの道のりが邪魔される。


「起きてらっしゃいますね」

「いえ、寝てます」

「そんなハッキリと返事をされている時点で嘘ですよね!?」


 ゆさゆさと俺の体をゆすり、俺の眠りを妨げる振動を作り出す女性の声。

 その恰好はシスター服と言えばいいのだろうか、濃紺の生地を使って、露出を極限まで削った格好。

 頭にも帽子をかぶり、肌が露出しているのは顔と手だけ。


 そんな格好はハロウィンの渋谷のスクランブル交差点で仮装している人たちだけだと思っていたが……


 生憎と俺が出勤しようとした時期は冬真っ盛り、ハロウィンには程遠い時期だ。

 そんな時期にこんな格好をした女性が出迎えるなんて、おかしい話。


 現実に目の当たりにしてしまうと、俺は疲れすぎてリアルな夢を見ているのだと思ってしまった。


 チラリと俺を必死に起こそうとしている女性を見る。


 整った西洋顔にちょっと見える金髪に碧眼。

 流ちょうに日本語を話しているようにも聞こえるけど、どことなく違和感を感じるのは、口の動きと聞こえている言語の言葉が一致しないからだとすぐに気づく。


「夢じゃ、ないのか」


 その段階になって俺はようやく、今目の前で起きている光景を現実だと受け入れた。


「ええ、夢じゃないです」


 布団から出てきて、顔を合わせたことにホッと安堵する女性。

 そんな彼女に向けて。


「それでカメラはどこですか?」


 まだまだ現実を受け入れきれてない俺はドッキリの可能性を考慮してそう問いを投げかけたのだが。


「かめら?それはどなたかのお名前ですか?すみません。一緒に召喚された方々の中にそのような名前の方はいらっしゃいませんでした」


 しかし、俺が求めた白々しい答えとは程遠い、本当に知らないと言わんばかりに首をかしげる女性がそこにいた。


 現代人であるなら、よほど科学分野からほど遠い生活を送っていない限りカメラと言う物体を人の名前と間違えるはずがない。


 そしてこの女性は今さっき何と言った?


 召喚と口にしなかったか。


 あの光、あの不思議な現象。

 それが召喚というモノであると結びつけるには、俺のオタク知識をもってすればそこまでの時間は必要なかった。


「マジか」

「まじ?また別の方の?」

「いや、どちらかというと、現実を直視できていない故の言葉なのでお気になさらず」


 起きたことに関して言えば、まだ確証がないから信じることはできないが、少なくともここは俺の知っているような場所ではないのは確か。


 そういう風に見せかけているセットにしても、些か以上に手が込みすぎている。

 しがない社畜の俺をハメて楽しむような悪趣味なテレビ局や動画投稿者がいるかもしれないが、ここで右往左往するのはそいつらを楽しませることになりかねないので冷静に行く。


 半分以上、もしかしてと嫌な予感が頭を締めているが、ほんのわずかな可能性に賭けて。


「えっと、混乱しているからそれを解決するために質問しても?」

「はい、何なりとお聞きしてください勇者様。私にお応えできることなら」


 質問をしようと思った矢先、頭の中でジーザスと言い放って予想が濃厚であることが強くなり頭を抱え込みたくなる気持ちが湧き出てきた。

 勇者って何よ。


 今年で二十五歳、四捨五入すれば三十路を視野に収めた段階で、勇者と呼ばれる筋合いはないのだが……

 それはひとまず置いておこう。


「えっと、ここはどこかな?」


 今は現状把握が先だ。


「はい、ここはイスアルの中でも有数の国、神権国家トライスが首都イースリアの大聖堂でございます」


 うん、初手からぶっこんできたなおい。

 知らねぇよ。

 イスアルってどこ、どこの大陸?

 ユーラシア?南米?俺、それなりに地理に詳しいはずなんだけど、まったく聞き覚えのない国名が出て来たよ。


 そもそも神権国家なんて頭文字がついている国が現代にあるわけないだろ。


 中二病患者なら、それはそれで安心できない妄想が現実と混在している拉致集団と化すのだが、そんな雰囲気はない。


 年頃的に高校生か、あるいはそれ以下か。

 少なくとも俺よりは年下だろうと思える女性の口から出てきた言葉に頭痛がしてくる。


「次に、さっき君は俺のことを勇者と呼んだけど……どういうこと?」

「それは神が我らに与えられた奇跡により、蘇る魔王を打つ者として異界より呼び出されたからです!」


 わーお、手垢ツキまくりのテンプレート展開かよ畜生。

 俺、そんな展開に喜べるほどピュアな気持ちは残ってませんよ。


「OK、わかった。俺の側に他にいたと思うんだけどその人たちはどうしてる?」


 正直、状況を理解すればするほど、マジで勘弁してくれという気持ちが沸きあがって来ていて、いかにしてこの状況を打破すべきかという方向に思考が傾きつつあるが即座に行動するのは無謀という冷静な部分が思考を回しているからまだ大丈夫。


「あなた様以外に三人ほどいらっしゃった方々ですね。他の皆さまは目覚めて別々に説明を受けておりますよ。あなた様は疲労がひどいようでしたので別室に運び込み休養を取っていただきました」

「そこまで心配されるほど俺疲れてた?」

「はい、治療を担当した者から歴戦の戦士でもここまで疲れないと言っておりましたが」

「ちなみに、俺、どれくらい寝てました?」

「丸一日ほど」

「なるほど、通りですっきりしているはずだ」


 OK、話の展開的にはベターな感じの召還のようだ。

 状況的に、俺を監禁とか洗脳とかしていない様子から、そこまで待遇が悪いと言うわけでもない。


 健康面に気を使ってくれているところから多少の親切心は期待できそう。


 ただ、神権国家ということは宗教色の強い国ということ。


 無神論者の俺からしたら、不信感しか感じない国家体系なのだけど、下手に反発すれば俺の明日はないと考えた方がよさそうだ。


 とりあえず、異世界にいると言うことを前提に考えた方がよさそうだ。


 現状は状況証拠だけで、まだ宝くじの一等を当てられるくらいの可能性でドッキリの可能性も残っているのだから、全てを信じ切るわけにもいかない。


 けれども覚悟は決めておいた方がよさそうだ。


 服もいつの間にか着替えさせられて、手荷物は辺りには見当たらない。

 着の身着のままの状態で俺にできることは少ない。


 下手に敵対はしない方が吉か。


 久方ぶりの十分な睡眠のおかげか、あるいはこれが召喚特典によるものか、頭の回転がいい。


 それ以外に特別なものを感じ取れないのだが、それでいいのかと疑問を抱きつつ。


「その説明ってのは、俺も受けられるのかな?」

「はい!お目覚めになられましたら連れてくるように大司教様から仰せつかっております」

「了解、とりあえず着替えた方がいいんだろうか?」


 今はこの流れに身を任せる他ない。

 とりあえず寝間着と思われる格好から、着替えた方がいいと思いベッドから立ち上がる。


「はい、こちらが着替えになります」


 手渡された服は、何と言うか、黒髪黒目の俺には似合わなさそうなファンタジー系統の服。

 こっちの世界では一般的なのだろうかと思いはするが、コスプレ感が拭えないなと苦笑しながらそれを受け取り。


「どうかした?」


 いっこうに部屋を出ようとしない女性に向けて、俺は声をかける。

 流石に年頃の女性の前で着替えるのには抵抗がある。


「いえ、その、勇者様のお名前を伺っておりませんでしたので」


 ああ、そういうこと。

 確かに寝て起きて、俺は一度も名前を名乗っていない。


「失礼、自己紹介がまだだったな」


 名刺も何も取り上げられてしまっているから、口で言うしかない。

 異世界の服を胸に抱きつつ。


「俺の名前は田中次郎、こっちだとどう名乗っているかは知らないが、苗字、えっと家名が田中で、名前が次郎。しがないサラリーマンだ」


 そんな適当な自己紹介をすると、ブツブツと小さな口で、俺の名前を目の前の女性がつぶやくと。


「ジロウ様ですね。私はエシュリーと申します。これから勇者様の身の回りのお世話をさせていただくのでよろしくお願いいたします」


 少し発音に違和感はあるものの、名前を呼ばれて丁寧に頭を下げられる。

 身の回りのお世話とは、何だと聞きたい気分だけど。


「よろしく」


 とりあえず、良好な関係を作るのが社会人としての最初の行動。


「では、ジロウ様。お着替えをお手伝いしますね」

「いえ結構」


 だけど、文化の違いで受け入れられないものはある。

 ニッコリと笑い、着替えを手伝うと言うエシュリーさんに向けて、営業スマイルで俺は断るのであった。


 その後は手伝う手伝わないのやり取りでひと悶着あったものの、どうにか部屋から出てってもらい、一人で慣れない服に着替えることに成功。


 エシュリーさんに連れられて、長い廊下を進み。

 鎧姿の兵士や、エシュリーさんと同じ格好のシスターに神父服の人、コスプレ会場にしては偏りのある構成に、もうすでに現実逃避も難しくなる光景を見せつけられて、俺の精神は半ばあきらめの境地に至っていた。


 道中でこれだといよいよ現実逃避も難しくなるというモノ。


「こちらになります」


 終いには、兵士に守られた重厚な扉の前に案内されたのなら、いい加減ここが日本の文明とは異なる場所だと言うのはいい加減把握できた。


 そしてエシュリーさんの言葉にうなずいた俺は、兵士によって開け放たれた部屋に入り込み、この大聖堂の中でも偉いと呼ばれるくらいの立場の人に会ったはいいのだが。


『うわ、すっげぇ胡散臭ぇ』


 その大司教と呼ばれる、ふくよかで温和そうな笑みを浮かべる男性を見て、俺の中の経験が警鐘を鳴らした。

 第一印象からして、こいつは信じてはいけないと思うのはどうかと思うが、俺の直感はブラック企業で鍛えられている。


 嫌な相手を見た時の選別眼は鍛えられていると言っても過言ではない。


「大司教様、勇者様をお連れしました」

「うむ、ご苦労巫女エシュリーよ。下がってよろしい」

「はい」


 このやり取りだけで、上下の立場が分かるのだろうが、言葉の雰囲気、目線、さらには立ち振る舞いに置いても胡散臭さがにじみ出ている。


 神に仕える大司教様が胸尻と順番に視線を送っている様をみて絶対にこいつはダメなやつだと頭に刻み込んだ。


 一見すれば人のよさそうな人に見えなくはないんだけど、どうも、笑顔で無茶振りしてくる仕事先の担当のように見えてしまう。


 唯一の味方と言えばいいだろうか、ここまで案内してくれたエシュリーさんを引きはがすのも心象的にはマイナス。


 孤立無援のこの状況で、さらに孤独感を植え付けて来るのか。


「初めまして、異界の勇者よ。私はここで大司教の地位を預かるグロッタという者だ」


 それとも最初から俺のことを道具として見ているのか。


「初めまして、大司教グロッタ。私の名は田中次郎。田中は家名で名を次郎と言います」


 そんな雰囲気がにじみ出ている相手には営業スマイルで対応するほかない。

 数年という短い期間を、何度も煮だしたコーヒーのごとき濃さと思うくらいのブラック企業を生き抜いてきた俺にこの程度の腹芸は造作もない。


「ふむ、やはり異界の名前の響きは不思議なものですな」

「ええ、日本人の名前は異国では言いづらいとよく耳にしますね」


 俺の前にいたと思われる他の召還者たちの名前も聞いているのだから、当然のように俺の名前にも違和感を覚えるか。


 にこやかに会話を始められたのは良いことだが、このまま進められるかと聞かれれば少し不安は残る。


「して、ジロウ殿はどこまで話を聞いておるかな?」

「さわり程度の話しだけですね。魔王を討伐するために奇跡を駆使し異世界から召喚してと言うことのみ。どのような情勢で、どのような理由があって、なぜ異世界から召喚されたとか、もろもろ詳細に関しては聞いていませんね」


 こういった類の人種は腹芸が得意なのはお約束。

 感情の赴くままに、色々と話せばあっという間に丸め込まれて相手の都合のいい状況に持って行かれる。


「ふむ、ずいぶんと冷静ですな。他の方はこう言っては何ですが、いきなりの出来事で慌てていたご様子でしたが」

「彼らとは歳も違いますし、経験の差でしょう。私の方が幾分か大人なので、状況を冷静に見極めた方がいいと言う経験は場数を踏むことでしか学べませんので」

「なるほど、真理ですね」


 そんな危機感から慎重に物事を進めようとしたが、ちょっと怪しまれていないか?

 俺の言葉で納得したように見えるけど、絶対納得していないだろこれ。


 敵対の意思はないし、さらに俺も一応はそっちの召喚で呼ばれた口だ。

 信用はしているだろう。


「では、私が話せる限りのことはご説明しましょう」

「よろしくお願いします」


 席つくわけでもなく、立ち話な上、周囲を兵士に囲まれての対談。

 なるほど、向こうもこちらに対して警戒心を抱いているわけか……


 そして大司教グロッタの話を聞けば聞くほど、俺のやるべきことが浮き彫りになり憂鬱になっていく。


「簡潔にまとめあげれば、人類よりも強靭な肉体を持つ魔王と呼ばれる個体を倒すことが私に与えられた使命ということですか?」


 情勢的に、この国神権国家トライスに味方する国はエクレール王国という同盟国があり、他の小国もいくつか同盟関係にある。


 対等なのはエクレール王国だけで、他は属国扱い。


 敵対している国家でハンジバル帝国という国がある。


 同盟国とは良好な関係で、敵対国とは魔王復活の予兆があるため停戦状態である。


 そのため今のところは魔王との戦いに集中できるとのこと。


 ここまでは良い。

 魔王を倒さないといけないのに、他の国と戦争中とかだったら馬鹿だろとダメ出しをしたくなったに違いない。


 問題なのはこの先だ。


 魔王と呼ばれる存在には将軍と呼ばれる魔族の配下がいて、それがめっぽう強く、並の兵士では当て馬にならないほどの力を持っていて、その将軍をまとめられるほど強靭な力を持っているのが魔王。


 それを倒すために、特別な力を与えられる召喚の儀によって呼び出されたのが俺で、この大司教曰く俺にもその特別な力が与えられているらしい。


 詳しい能力は後々調べるらしいのだけど……


 ちょっと待てこの狸じじい。

 感情に訴えかけるように、魔王の非道を大々的に俺に話しかけているが、要は俺に危険な橋を渡ってくれと言っているようなもんじゃないか。


 何が悲しくて異世界の住人である俺が他所の世界のピンチの尻ぬぐいをしないといけないんだ。


 正義心なんてものは俺にもあるにはあるが、命の危険があるような出来事相手にそんなモノ出てくるはずがない。


 本当だったら、即座に嫌だと、断りたい案件なのだが……


「ええ、そういうことです。もちろん、勇者様が活躍できるように我々も十全にサポートさせていただきます」

「なるほど」


 ここで断れば、この狸何をするかわからない。

 いうことを聞かない輩が、過去にもいないと言うわけがない。


 こういった輩は、そういう類の人種を口八丁で丸め込むことができなければ闇に葬ると言うこともしてくるだろう。


 これはイエスかはいの二択を押し付けてきている上司と同じか。

 どう答えても、結局のころと俺の命を握られている段階で、答えられるものは一つだけ。


「あなた方の苦労は理解しました。この召喚であなた方と知り合ったのも何かの縁。微力ではありますが協力させていただきましょう」


 笑顔を張り付けて、従順な振りをして、今は出来るだけ力を身に着ける方針だ。

 恐らくこの態度の裏も読まれていると前提にした方がいい。


「おお!さすがは勇者様ですな。その勇気、我らは万の軍勢を得たに等しいです。是非ともその力で魔王を討ち取ってほしいです!」


 この笑み、この態度、きっと思春期の子供なら大いに受けるのだろうな。


 ゆっくりと歩み寄り、差し出された手を握り返し。


「ええ、精一杯努力しましょう」


 そんな白々しい言葉を俺は紡ぐ。

 やらされることは、どうあがいても生物の殺害。


 綺麗ごとで彩られている出来事ではあるが、結局のところ殺生とは切っても話せない関係だ。


 さてさて諸君。

 そんなことで俺はひょんなことから、この仕事を請け負ってしまったが、ここで一つ断言をしておこう。


 この勇者稼業、まず間違いなく、下手なブラック企業よりも労働環境が劣悪だと言える。


 なにせ、主な仕事が戦争への参加なのだからお察しだろう。


 人助けのために脅威を倒す?


 そんな綺麗事を他者に任せているあたり、お察しの危険度なのだろうさ。


 自分は安全なところで優雅に過ごし、危険は他人任せ、そしてきっと最後は美味しいところを持って行くのだろう。


 搾取の構造は出来上がっている。

 そんな構造の歯車の一つに組み込まれることを、今は受け入れるしかないのだろう。


『ああ、人生が変わるきっかけは欲しかったけど。こんなブラック企業への斡旋は勘弁してほしかったよ』


 営業スマイルを張り付けて、俺はそんなことを思うのであった。



 今日の一言

 変わると言っても、いい方向に変わるとは限らない。









毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


今週は2万件ブックマーク記念もありますので、次回の本編の更新は日曜日になりますのでよろしくお願いします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 出張編の元ネタとなった最初期プロットの番外編かあ。 これはこれでいいけれど、長編にはならなかっただろうなあ。
[一言] うっかり巻き込まれ召喚されて、あんな魔王社長やあんな教官達やあんな将軍達を相手に戦うルート?? ムリゲーですわwwww
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