554 何かできることを模索し続ける
海堂の奴、やりやがったな。
口元が引きつらなかったのは鍛錬の成果か。
それとも予想通りの結末だからか。
「えっと、体調は大丈夫なので?」
「問題ない。医師に激しい運動は控えるように言われたが、基本的に私は指示を出すことが多い。運動する機会は減らすことは可能」
「そ、そうですか。となると自分の方の支援も難しいのでは?」
「問題ない。むしろ忠の両親との挨拶ができない方が問題。人王の支援に関しては万全を期す。心配は無用」
「……」
何と言うか、海堂を引き込んでおいて心底良かったと思う面もあるが、身重の女性の願いを出汁に交渉を進めていいのかと良心の呵責が訴えてくる。
しかし。
「気にする必要はない。この話は私の方から持ち出したこと。そして、忠だけで両親に面会するリスクよりも、両世界に理解のある人王に仲人を頼んだ方が良き方向に向かう可能性が高いと言う私の計算。これは立派な交渉」
「顔には出していないはずですが」
「表情はとりつくろえている、魔力の動きも平常。しかし、まったく変化がないのは不自然。次回はその点を注意すると良い」
「経験の差はなかなか埋まりませんね」
「戦闘能力を短期間で埋めてきて、そちらの方まで埋められてしまっては私たちの立つ瀬がない」
そんな心境などお見通しだと言わんばかりに、ココアに再度口をつけて上目遣いで気遣い無用と言い切るアミリさん。
何もかもとまではいかないが、それ相応の認識は抜かれているなと考え直し、大きく肩をすくめる。
「わかりました。こちらとしてもその程度の話で良いのなら美味しい話です。相手方に出来るだけ好印象を抱いていただけるように場は整えますよ」
「感謝する。人によっては、この見た目だけで嫌悪の対象になってしまう。忠は受け入れてくれたが、不安要素は減らしたい」
それはどっちの意味だと一瞬迷う。
アミリさんの容姿は、少女よりも幼い見た目に機械的なパーツが肉体に埋め込まれたというファンタジー世界でも珍しいタイプの容姿だ。
表情は変化しずらく、わかりにくいが、海堂曰く、表情豊からしい。
マジかとその時は疑ったがこうやって対面すると、確かに感情豊かではある。
喜怒哀楽がはっきりとわかるくらいには変化する。
そんな彼女は、ぶっちゃけて言えばロリと呼ばれるジャンルに入るだろう。
見た目は間違いなく美少女と言える。
だけど起伏の乏しい体に、俺の腹付近しかない身長。
海堂とアミリさんが日中一緒に手を繋いで街を歩いたら、良くて兄妹、悪ければ即通報だろう。
アミリさんの心配は多分、機械が埋め込まれた肉体のことを言っているのだろうが、俺の中では容姿的な心配もある。
そんな心境を表に出さず、俺はニコリと笑い。
不安そうにそっと機械の部分を撫でるアミリさんを励ますために言葉を選ぶ。
「心配しすぎかもしれませんよ。あの海堂の両親ですよ。あっさりと受け入れてくれるかもしれません」
機械の部分はと心の内で言いつつ、ロリの方は少し不安だなぁと言わないようにしながらアミリさんのリアクションを待つ。
手つかずのコーヒーは冷めきり、新しくしてもらおうかなとも思ったが、今はこっちが優先。
にこやかに笑いつつ、仲人なんてやったことねぇよと内心で焦る。
「感謝、この子のために是が非でも両親とは仲良くしたい」
もう後には引けない。
「いえ、こちらとしても対価はきっちりともらいますので」
「妥当、こちらとしても旨味は多い。協力は惜しまない」
「まぁ、子持ちの俺としてはお体は大事にと、先に言わせてもらいます」
「理解、けど心配はいらず。私の体は勇者の攻撃に耐えるほど頑丈。お腹の子も守って見せる」
「笑えそうで、笑えないギャグを言わないでください」
「残念」
実際勇者と戦っているところを見ている俺としては、この小さな体が想像よりも硬いことを知っている。
だからと言って勇者の攻撃に耐えるから、イコール子供も安心というのは感心しない。
些か以上に興奮気味なのだろうなと、思いつつ、いずれスエラに会わせて子育てのアドバイスをした方がいいのかもなと思った。
「時間はまだ大丈夫ですか?」
ここまで話すのにそれなりの時間は使った。
アミリさんはその立場故にかなり細かいスケジュールが組まれているはず。
時間に余裕がないのなら、後日改めてアポイントを取ろうかなと思っていたが。
「問題ない。今日は人王との会談でスケジュールを埋めてある。詳細に関してこのまま話を詰めよう」
「ありがとうございます。こちらとしてもそうしてくださると助かります」
その心配は無用で、ここからが会談の本番というわけか。
「では最初に」
俺は用意していた資料を取り出して、相互利益のための話し合いを始める。
まぁ、相互利益と言っても、俺がアミリさんに求めるのは俺にない人脈という部分なんだけどな。
正直、今婚活パーティーに横槍を入れられるのが一番面倒なんだ。
日本との交渉の席としてかなり重要な場であって、複数の交流ルートを開拓できるかもしれない正念場。
正直、ここで変なところから参入されると後々面倒を通り越して厄介なことになるので後顧の憂いは断っておきたいのだ。
それを踏まえて俺の望むものは、そんな横槍を防いでくれる盾、あるいは狩ってくれる狩人と言ったところか。
「……話を聞く限りの内容だけであれば可能。戦力を再配分して捻出。対応用の部隊を形成すればいい」
「その言い方だと懸念事項がある様ですね」
その願いを口にし、資料を見せ、一通りの説明が終わった後に出た言葉を聞き、不足があるといったニュアンスが出てくれば聞かざるを得ない。
「万全を期しても、抜け穴を作ってくるのがこの手の輩に多い。であれば、その手の輩が入ってこれないようにするだけではなく、間違った道に誘導する必要もある」
「情報戦ということですか」
唯々防ぐ手立てを考えるのではなく、逆に攻め込むための刃も必要だとアミリさんは言う。
確かに言われる通り、防ぐだけだと後手に回ってしまう。
であるなら攻め込むための方法は必要。
アミリさんの言葉から、物理的な攻め手ではなく、搦め手の情報戦こそ必要だと言われて俺は頷く。
「正解、この手の輩はそういった勝負を多用する。質、数、ともに良質」
「そういう相手を騙せるからこそ効果が見込めると言うわけですか」
「肯定、幸いにして人王にはあの英雄ムイル・ヘンデルバーグがいて、情報戦の重要性を理解している」
「……あと必要な物はその情報を流布するための基盤ということですか」
「肯定、そして私たち機人は情報戦という分野なら他には負けない自信がある。それに独自の情報網も持っている」
俺の勢力は手勢という面では他の将軍に後れを取っているが、とある分野、情報という分野を取り扱う部署に関してはかなり力を入れているからそれ相応の実力はある。
それでもやはり、今回の件のように漏洩してしまうミスがある。
仕方ないと割り切るには致命的なミス。
そこを考慮するとまだまだ情弱と言えてしまう。
とても多方面を相手に情報戦を展開できる余力はなく、防衛で手一杯だ。
今後の課題は多いなと思われる。
その点長い時間将軍の地位にいるアミリさんだとその方面の地力も違うと言うことだろう。
こっちとしては対価を支払っているのだからそっち方面で頼ることは迷いはない。
「追加報酬次第では、そちらへの教導も視野に入れる」
「詳しい話を聞こう」
足りない部分は全力で補う。
信頼に足る人物が相手なら、頼ることに迷いなどないのだ。
結局のところ、アミリさんには情報かく乱や、貴族連中相手に牽制してもらう以外にも色々と頼む結果になった。
「では、人王期待している」
「精一杯やらせてもらおう」
その結果、海堂との結婚式のウエディングプランまで請け負ってしまった。
自分の結婚式もまだなのにな。
「安請け合いしたとは思わないわ。むしろお得すぎてどんな魔法を使ったのかしらと聞きたいわね」
「一から十まで全て聞いてただろ?」
「聞いててもわからないのが不思議ね」
アミリさんとの交渉はこっちが肩透かしを食らうくらいに終始落ち着いた話で進んだ。
強いて波乱があったところをあげるのなら、アミリさんが妊娠したという部分だけ。
それ以外の部分は、どちらかと言えばアミリさんが損はしていないが、得も少ないと言った感じで、俺たちの方が得をするという形で落ち着いた。
「借りになるかねこれ」
「なるでしょうね。機王様的には本命はそっちじゃない?貸しを作って、今後取り立てるって感じ」
その話の全容を聞いていたケイリィさんは、パソコンで取っていた議事録を再確認しながら、その内容を保存していく。
短期的に見て俺たちは得した。
だけど長期的に見て、アミリさんに借りた物を返す時間を考慮するとどっこいと言ったところか。
「先行投資だと思われたと言うことか?」
「そんな感じかしらね。良かったじゃない成長の見込みがあると思われているわよ」
「中々重い期待だ」
結局のところ、今回の交渉は結果的に借金したということだ。
「まぁ、人生はまだまだ長い。ゆっくりと返すさ」
無理な利息を強いられていないだけマシだと思い、交渉で疲れたコリをほぐすように肩を回す。
「ケイリィさん的にはこれで婚活パーティーに専念できるんじゃないか?」
「そうね、機王様がバックについてくれたからね。ここから私も本腰を入れられるっていうやつよ」
パソコンから目を放さず、真剣なまなざしで議事録をまとめ、それを契約書に発展させていくケイリィさんの仕事振りを眺めつつ。
「なぁ、ケイリィさん一つ聞いていいか?」
「そうやって前置きを置くってことは仕事とは関係ない話ね。まぁ、いいけど。何?」
「いや、ここまで真剣にやるってことは、この前見たお見合い写真に好みの男がいたってことか?」
ここまで仕事に力を入れている理由を確認しようと思った俺は素朴な疑問をぶつけることにした。
その質問のおかげで、ピタッとタイピングが止まってこっち見て。
「なに?お姉さんが別の男に取られて嫉妬しちゃう?ごめんなさい、私浮気はちょっと、親友の男を好きになるのは流石に」
「ガチで引くな。いや、シンプルに気になっただけで深い意味はない」
チェシャ猫が笑うような笑みを浮かべたと思うと、真剣に俺をフッてきた。
いや、俺もケイリィさんを口説いているつもりはない。
付き合いは長いが、そういった対象に見たことはない。
「深い意味は、ね。じゃぁ浅い意味はあるんだ?」
「含みがあるように言いましたけど、好奇心以上の感情はないですよ」
「その好奇心を満たすためだけに私のプライベートに踏み込んだと」
「言い方が悪すぎますよ。言いたくないなら言わなくていいですよ」
仕事モードからプライベートモードに移行したケイリィさんはニヤニヤと俺を揶揄うような笑みを浮かべて、のらりくらりと言葉を躱そうとしているのがわかる。
こりゃ、言う気がないなと思い立ったらすぐに撤退を決めてこの話は終わりだと切ろうとしたが。
「私も、別に深い意味があって気合を入れているわけじゃないわよ。ただね、昔好きだった人に似た男がいただけ」
「……そうですか」
ダークエルフは一途。
その一途な恋が全て成就し、幸せになるとは言えない。
「聞かないのね」
「女性の過去を詮索して痛い目にはあいたくないので」
「何よそれ」
そんな寂しそうな顔をしたケイリィさんを初めて見て、少し空気を入れ替えるためにおどけた俺に付き合うケイリィさんの笑顔はいつも通りだった。
今日の一言
出来ることは結構多いのだ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
今週は2万件ブックマーク記念もありますので、次回の本編の更新は日曜日になりますのでよろしくお願いします。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!
 




