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553 慣れとは恐ろしいものである

 

「……大丈夫?」

「開口一番に心配かけて申し訳ないです。顔色は若干悪いですが体調は問題ないです」

「そう、ならいい」


 あれから色々と雑務をこなし、貴族連中への対応に胃を痛めそうになったのは一旦保留という後回しで対応した。


 徹夜明けに、情報漏洩への対応、さらに貴族連中への対応と三重苦に見舞われた俺の顔色。


 待ち合わせの時間に一秒単位でぴったりと合わせて来たアミリさんが、俺の顔を見た途端の台詞に俺は苦笑一つで答える。


「魔力によどみがない。なら問題はない」

「そこまでわかるので?」

「肯定、その程度できなければ将軍の位は名乗れない」


 俺より小柄で、幼く見える容姿のアミリさんであるが、この魔王軍の中で十指に入る実力者。

 純粋な戦闘能力であるのなら俺の方が上回るらしいが、軍事力という方面で戦わせると社長ですら倒すのに時間が必要だと豪語する人だ。


 会議室に用意した席に誘えば彼女は警戒する様子もなく素直に俺の指定した席に座った。


「飲み物は?」

「ココア、ミルクを使った甘めの奴」

「わかりました」


 海堂からアミリさんはの趣向は聞いていたから、あらかじめ用意はしていたのだ。

 一緒に来たケイリィさんに目配せして用意するように頼むと彼女は頷き、そのまま会議室の脇にある給湯室に入って行った。


「時間が惜しい、話を進めて」

「わかりました。では単刀直入に」


 アミリさんの性格的に世間話を好む傾向にはない。

 プライベートであれば、そういうモノを楽しむことはあるが、仕事としてこの場にいるのなら世間話をするくらいなら率直に話を進める方が好ましい。


 ただでさえイスアル方面で忙しいのにもかかわらず、海堂経由の頼みとは言え時間を作って来てくれたのだ。

 その希望には沿いたい。


「私が地球の組織との交渉を受け持っていることは知っていると思います」

「肯定、魔王様から情報は逐一もらっている。軍としても注目度が高いことは認識済み」

「はい、その交渉の際にさらに交流を深めたいと、日本の組織から縁談の話が来まして、つきましてはその縁談の準備に関してアミリさんの力を借りたいと思っています」

「そこまでは忠からの説明で把握している。私としては条件次第では力を貸すこと自体は問題ない」


 そしてあらかじめ海堂に資料を送り、概要だけでも説明してもらっているおかげでかなりスムーズに話は進む。


 本当に、何と言うか、利益だけを追求するような輩にアミリさんの爪の垢を煎じて飲ませたいくらいに話が進む進む。


 アミリさんに頼みたいのは後顧の憂いを断つこと。

 言っちゃなんだけど、俺の将軍としての歴は浅い。


 地盤を固めるためにノーディス家とムーラ家とのつながりを得たが、それでも十全かと言われればまだまだ足りないと言わざるを得ない。


 地球はある意味で宝の山。

 資源云々ではなく、技術的、人材的に宝庫なのだ。


 そこの交渉の責任者として俺が抜擢されているのでいかにして俺に取り入り、利益を確保しようという輩が後を絶たない。


 むしろ今回の婚活パーティーで自分の娘を潜り込ませて独自の開拓ルートを確保しようとしている輩もいるのだから始末に負えない。


 俺たちでも対処しているが、若輩である人間の将軍を舐めている輩は残念ながら多い。

 歴史が深い家程、その風潮が強く、反発されている。


 そこでその防波堤としての役割をアミリさんに依頼した。


 今回はその交渉というわけだ。


「その条件とは?」


 機王、アミリ・マザクラフト。

 その戦力は軍内部に置いて、今亡き蟲王と双璧を成していた軍事力を誇る存在。


 そんな彼女から出される条件に俺は身構えつつも、真摯な態度で聞く。


「そこまで身構えなくてもいい。人王なら容易な依頼」


 戦闘かくやというくらいの気迫を出す俺に、いつの間にか戻ってきたケイリィさんが差し出してきたココアを受け取り、そっと一口飲んだアミリさんは珍しく表情を崩した。


「私自身地球への利権に興味はあるが、今回の件を盾にしてそれを要求するつもりはない。これは個人的な意思ではなく、機王としての言葉と捉えていい」


 人王として最も価値があるモノと言えば地球への干渉権と言えるだろう。

 全面的に魔王軍の窓口としての立場を得られている俺に口出しをできる権利は、誰がどう見ても喉から手が出るほど欲しがるものだ。


 それを彼女はいらないと口にする。

 政治的な話なら、まず間違いなく欲しがる物にトップにランクインする代物。


 それにも関わらず、機王としていらないと公言した。


「不満?」

「不満というよりは、怪訝と言うべきでしょうね。正直、共同経営も視野に入れていた身としては肩透かしを食らって、逆に心配になって来たくらいですよ」

「無用な心配。今は戦争真っ最中、利権を追う余裕は私にはない。あなたが後方の地盤を固めて私の援護をしてくれると言う話は聞いている。その地盤を崩すような愚かな判断はしない」


 ココアを一通り味わった彼女は静かにカップを置き。

 俺の将軍としてのスタンスを把握しているがゆえの言葉だと明言されれば多少警戒心は緩まる。


「前に進む事だけを視野に入れている私たち将軍の中で、私たちのサポートに回ると公言している将軍はあなただけ。それはある意味不安ではある。だが、その反面もし実現するのならとてつもない効果を発揮する。忠からあなたの人となりは聞いている。故にあなたを信じることに対して憂いはない。鬼王もおそらく同じ判断をし、あなたの援助を受け入れると推定される」


 しかし、ここまで自分のやろうとしていることを褒められると照れる。

 周囲からは情けないやら、及び腰の将軍という呼び名もある俺であるが、必要性を理解してもらえているのは非常に嬉しいのだ。


「過分な評価痛み入ります」

「正当な評価。あなたは公然の場で鬼王を倒した。実力を疑ってはいない」


 謙遜するつもりはないが、それでもつい出てしまった言葉にピシャリと鋭い言葉で返され、少し目を見開いてしまった。


「注意、あなたはたまに自分を過小評価する傾向にある。今は気を張っている所為で目立たず問題のない癖とも取れる発言であるが、それでも改善を要する。あなたのその小さな発言はあなた自身の評価を下げるにとどまらず、周囲の評価を下げることに繋がる。もちろんそれをあえてやっているという意図があるなら別であるが、基本的に我が軍ではあまりいい結果を呼び込まない。なので可能であるのならそれは避けるべき行為である」


 さらに親切心で始まる説教。

 なぜここまでと、思うが、目を合わせた瞬間。

 それがアミリ・マザクラフトなのだとすぐにわかった。


「以後気を付けます」

「肯定、そうするべき」


 なんの得にもならない言葉に満足したアミリさんは再びココアに手を伸ばして飲み始める。

 コクコクと小さな口でちょっとずつ飲むココアは実はかなり高級な代物だと思われないのかもしれない。


 使っている牛乳もかなり品質にこだわっているのならなおのことだ。


 それを言わずに後で海堂に美味しそうに飲んでいたと教えたらどんな顔をするか。


 そんな悪戯心を持ちつつ、アドバイスには真剣な感謝を、頭を下げることはできないが、こうして言葉にすることはできる。


「話が逸れた。では、条件を言う」


 そんな雑談とも取れる時間を使ってくれるくらいに俺を信用してくれているアミリさんが出す条件。


「一つ、人王が作るポーション工場のラインの優先権を一つ要求する」

「それは軍で使うものですよね。アミリさんの軍だとポーションはあまり必要ないのでは?」

「否定、我が軍は確かにゴーレムが主力ではあるがそれを操るのは機人。怪我もすれば病を患うこともある。彼ら彼女らが健在であればゴーレムはいくらでも直し稼働することができる。健康面、生存面共に考えて品質が優秀なポーションが安定供給されるのは我が軍にとって最重要項目とも言える。もちろん、無料で提供しろとは言わない。あくまで要求するのは生産ラインの優先的使用権であり、生産ラインによって生み出されるポーションの安定供給が目的。対価は支払う」

「なるほど……確かにその通りですね。わかりました。その話であれば可能です。後に細かい部分で話し合いの場は設けますが、前向きに検討させていただきます」


 アミリさんの要求はある意味予想通りだ。

 戦争が進めば進むほど物資の確保が難しくなっていく。


 戦争というのは金食い虫だ。

 生産性は皆無で、消費だけが進むだけの行為。

 そんな環境で、安定して生産しようとしている俺のダンジョンはかなり魅力的な存在なようで、日本への干渉権へ口を出すのではなくそっち方面に関心があったようだ。


 実際に言われてみれば納得のいく話。

 ダンジョンが設立した暁にはという前提条件が付くが、この条件は飲んでいいと思った俺は迷うことなく頷く。


「感謝、二つ目。我が陣営と人王の陣営の条約の締結」


 条件次第と言っていたからには、いくつか条件を言われると思っていた。

 そして条約の締結というのは俺の中でも想定していた話だ。


 同じ将軍と言えど立場も違い、収めている土地も違う。


 故に、こういう感じで後々問題にならないようにあらかじめ話し合っておくこともある。


 フシオ教官とキオ教官もやっていると聞いたことがある。

 あの二人の場合は不可侵条約よりもちょっと踏み込んだ感じの条約で、いざという時に支援することを約束している。


 だからこそフシオ教官のいない今、キオ教官がフシオ教官の領地に目を光らせて、フシオ教官の奥さんを助けているといつの日かの酒の席で聞いた記憶がある。


 アミリさんの言う条約もその類だろう。


「内容は?」

「基本的な不可侵条約及び、相互軍事協力条約、詳細は部下を交えて正式な交渉の場を設ける」

「……即答はできませんが、そちらも前向きに検討します。しかし、前者はともかく後者は約束し難い」

「把握、私としては不可侵条約を締結できるだけでも重要」

「わかりました」


 予想の範疇の内容で慌てずに対応できているが、こういうことがこれからも増えていくのだろうかと思うと些か以上に気が重くなる。

 そんなことを表面には出さず、今のところ可能な範囲で収まってくれている。


 このままいってくれればと思い。


「最後」


 ついに条件の最後の話が飛んできた。


 ポーションの安定供給、条約の締結と来て、今度はどんな重要な案件が来るのかと身構える。


「これが最重要」


 しかもアミリさんが最重要と明言するのだ。

 側に控え、会議録を作っていたケイリィさんもこっちに注目している。


 ゴクリと生唾を飲み込み。


「聞きましょう」


 俺も一言一句逃さないとアミリさんの言葉を待つ。


「忠との子供ができた。それに従って彼の親と挨拶をしたい。人王に仲人の依頼をする」

「……」


 そして俺は聞き間違いをしていないか、言われた言葉を脳内でリピートし。


「……おめでとうございます」


 叫ばなかった自分を褒めてあげたくなるほど、心を押さえつけてその言葉を捻りだした。

 実際は頭の中で稲妻が走るくらいに驚愕した。


 え、海堂お前、いつの間に子供こさえてたのとオロオロと驚く俺がいるのを表に出さないのに必死だ。


 聞いてないよそんなこと!?


「感謝」

「海堂はこのことを知っているので?」

「肯定、ついさっき伝えてきた」

「ついさっき?」

「体調不良を確認したため、午前中に検査した結果、妊娠が発覚した。気づいたら忠に報告していた」


 その流れでここに来たのか!?


 何と言う勢い任せとこの時ばかりは驚くばかりであった。




 今日の一言

 慣れていて驚きが減ることがあるが、それでも驚くことはある。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 海堂君はアミリさんトコに移籍とかあるのかな? [一言] それはそうとしてもげろでござるッ
[良い点] やることはやっている海堂さん。 それはそうとして現役将軍が妊娠で、蟲王様を除けば前代未聞じゃないか? おめでとうございます!
[一言] まぁ、色々と殺伐としつつあるが…海堂くんとアミリさん、おめでとう!!w
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