552 頑丈な体に生んでくれた母親に感謝だ。
「……どうしたの次郎君。目の下に隈なんか作って。いや何となく察しはつくけど」
「ハハハハ、愛の深さを再確認してたら朝になっただけだ。体調に関しては問題ない。魔力で身体強化をしているからな」
「そうね、そうやって惚気ている余裕があるなら問題ないわね」
翌朝、というより、すでに翌日。
本当に寝ずに出勤しているために目の下に隈が出来上がっているが、この体の頑丈さは教官の拳に耐えきれるほどの折り紙付き。
一日や二日の徹夜なんて何のその。
メモリアから始まり、ヒミク、そしてエヴィアと連戦し、さらにポーションを飲んで復活したメモリアとヒミクに体力が持続していたエヴィアという、男からしたら夢のような空間で戦い抜いた結果。
艶やかな肌を見せる彼女たちと、少し瘦せた俺という姿をスエラに見せるのであった。
かなりの激戦を潜り抜けたと言うのに悲鳴の一つも上げず、気だるさすら感じさせない肉体に感謝しつつ、ヒミクが昨夜用意してくれた朝食を食べて、弁当片手に出勤したらすでに仕事をしていたケイリィさんに出迎えられたというわけだ。
「今日の予定は?」
いつもの席について、電源の入っているパソコンにパスワードを打ち込んで起動させつつ、側に寄ってきたケイリィさんに俺の予定を聞く。
「いくつか会談がある事以外は書類整理ね。はいこれリスト」
「助かる。午後一に第一会議場押さえておいてくれ」
「何かあるの?」
「アミリさんと会う約束があるんだ。会談の時間までには済ませるから調整頼む」
「了解、押さえておくわ」
リズムよく話が進んで行くのは気持ちがいいが。
「何?まだほかに変更があるの?」
「いや、いつもよりも真剣だなと思っただけだ」
朝に会ってから、いつもと違う雰囲気のケイリィさん。
スエラに言われて気合が入っているのは知っていたが、ここまで雰囲気が変わるものかと思いつつ一応気にかけておこうと思って声をかけてみたが。
「次郎君」
スッと目が細められ、殺気に似たピリッとした空気をぶつけられる。
「戦はね、準備がモノを言うのよ。無様な準備で戦に挑むなんて命知らずがやることよ」
「ガチだな」
「ガチよ」
どれだけ婚活パーティーに気合入れているのかがわかるくらいの気迫。
これ以上俺が踏み込んだら藪から蛇を出す程度の話しじゃすまない。
竜の尾を踏むどころか逆鱗に触れかねない話題故に慎重に言葉を選ぶ。
「そうか、まぁ。仕事が順調ならいいんだが」
「順調じゃないわ」
「え?」
ケイリィさんがここまで気合を入れているのだから、てっきり仕事の方は順調だと思っていたのに、真面目な顔で順調じゃないと断言された。
思わずパソコンの画面でやっていたメールチェックを止めて、彼女の顔を見てしまった。
「抜かったわ。検閲部の方に敵がいるとは思わなかったわ。婚活の話が漏れてるわ」
そして苦虫を嚙み潰したような顔で、スッとチェックボードに挟まれた紙を差し出してきた。
そこには氏名、年齢、生年月日、さらに所属部署が書かれたリスト。
「これは、もしや」
「ええ、婚活パーティーに参加したいと言う希望者リストよ」
「ええ、多くないか?」
「次郎君、年がら年中ってわけではないけど、私たちは戦争をしているのよ。良い男っていうのは早死にしちゃうの。生き残ったいい男はとっくの昔に既婚者になってるの。わかる?」
ずらりと書かれた人数を軽く数えるだけで、紙四枚分。
一枚に三十人程度書かれていて、合計すれば百人ほど。
「ちなみに、それ一部ね。そこで現在進行形で印刷中よ」
「おう、ちょっと待って。なんでこんなに出会いに飢えているんだうちの会社は」
「出会いがないからよ」
「あるだろ!!こう言っちゃなんだが、うちの会社結婚適齢期の若い男とか、イケメンとかいるだろ!!エリート揃いだから収入も申し分ないし、将来有望だろ?」
おかしい、流石におかしいぞ。
これがエヴィアのい言っていた、他派閥からの妨害だと言うのなら納得ができるが、そんな派閥を組み込むようなことをケイリィさんが許すはずがない。
となるとこのリストは純粋に出会いに飢えた女性リストということになる。
「いい?次郎君。確かにあなたの言う通り、この会社にも結婚適齢期の顔が良くて高収入の社員は多くいるわ」
流石にこれは冗談だろと、ツッコミを入れてみたが、ハッと鼻で笑われ。
すっと目から感情が抜け落ち、泥のような色合いの瞳で笑いながらケイリィさんは現実を言う。
「けどね、そういう奴らってねプライドが高いの。それはもう、偉く高いの。自分にふさわしい女以外は女と認めず、同僚としては最高なんだけど結婚相手となれば論外と言わんばかりにプライドが高いの。私たちだってそれなりに地位があるの、プライドがあるの、何が悲しくてそのキャリアを捨てて従うなら養ってあげていいと言う上から目線の男と付き合わないといけないのよ!!」
ああ、これは経験談だなと苦笑気味に俺は察し、爆発したケイリィさんを慰める。
合コンとか社内でやった後だなこれと、内心で地雷を踏み抜いてしまった事に焦りつつ、改めてリストを見る。
「だからここの男どもはモテないのよ!!あれか!?自分は選ばれた者だから特別だと思ってんのかコンチクショウ!!だったら私たちだって選ばれた者だっての!舐めんじゃないわよ!!チクショーーーー!!何でいい男はすぐに売れるのよ!!」
「良い男だからでは?」
「わかってるわよそんなこと!!」
この秘めたる感情も相俟って婚活パーティーへの気合がすごいのかと思いつつ、至極当然の意見を言えば、半泣きで追加よと魔法でコピー機で印刷していたリストを取り寄せた紙束を俺に渡してくる。
手元にある紙に加えて、さらに増えること三枚。
合計すれば二百人くらいの人数に登る。
「一晩でこれ?」
「女の情報網甘く見ないでよ。はぁ、こうならないように昨日のうちに口止めしに行ったのに、とんだ無駄足よ。まったくどこの誰が漏らしたのよ」
「多分だが、ちょっとした気のゆるみで漏らした言葉をきっかけに情報を集めたんだろうなぁ。ここの社員って優秀だしって、この子受付嬢じゃないか。ええ、この子めっちゃモテそうなのに」
仮にも将軍宛の荷物の情報を漏洩されるのはかなりまずいのではと思うが、生憎とここ最近俺らの周りはそういった輩が多いため慌てることはない。
それに今回の責任は俺の管轄ではなく、どちらかと言えばエヴィアの管轄問題だ。
責任はケイリィさんにはない。
多分だけど、優秀過ぎるわが社の社員たちが断片的な情報をかき集めてこの話を突き止めたのだと予想できる。
「ちっ、無駄に優秀なのよね。ちなみにその子前一緒に飲んだけど大ジョッキ一気飲みしてたわよ」
「お淑やかそうに見えたんだけどなぁ。意外に酒豪なのかそれともストレスか……どっちにしろ人は見かけによらんってことか。はぁこうならないようにアミリさんを味方に引き入れようとしていたのに、その前になかなかの大騒ぎになったな」
ペラリペラリとリストを眺めつつ、意外な人物が名乗りを上げているのに驚きつつどうするかと悩む。
「何とかしなさい」
「俺にどうしろと?」
「枠、増やしなさい」
「んな無茶な」
「でないと暴動が起きるわよ。もしくは暗殺騒ぎ」
「……嘘だろと言えない自分の常識が悲しすぎる」
「安心しなさい、正常よ」
「そんな正常いやだよ」
俺が何とかしなければならないのはわかるが、いきなりの無茶振り。
出来る出来ないの話なら多分可能だと思うけど。
「はぁ、とりあえずどれくらいまで増やせるかという話になるな。現状よりも増やすのは前提として、全員は無理だぞ」
「選抜はするわよ」
物騒なことが確実に起きないように餌をつるす作業がこれから待っているとなると面倒だと思ってしまう。
うちの会社の女性たちは何でこうもアグレッシブになれるのだろうなと苦笑しつつ。
ポンとリストを机の上に放り投げて、メール作成を始める。
「とりあえずエヴィアが先だな。これ以上の情報漏洩は勘弁だ」
「それもそうね、私はムイル様の方にメール入れておくわ」
「頼む」
流石に検閲部の方で情報が漏れたとなると大問題だ。
ほんの些細な情報であってもここまでの騒ぎになっていては無視するわけにはいかない。
簡単な経緯と事情を書き連ねたメールを緊急用のメッセージでエヴィアに送る。
「これでひとまずは今後のことは大丈夫だろうけど、問題はここからだよな」
「そうね、どう選抜するかね」
「とりあえず初期メンバーは固定だ。ここで彼女たちを変えたらそれこそ大問題だ」
「そうね、彼女たちは特別枠として納得してもらうわ。念のためあなたの名前使わせてもらうわよ?」
「仕方ないか。だが、ほどほどにな」
「わかってるわよ」
婚活パーティーに対してガチすぎるなと思いつつ。
ふと嫌な予感を感じ取った。
こういう時の直感というのはバカにできない。
「……ケイリィさん。ここにあるリストの女性たちに一斉メールを送ってくれ」
「良いけど、なんて送るのよ?」
「賄賂と受け取れる贈呈品を送り付けた場合、即刻除名すると」
「……そうね、早急に対応するわ」
「頼む」
背筋に走るゾワゾワとした予感。
まず間違いなく、何かが起きると言う予感。
それを感じて真剣にケイリィさんに言えば、彼女もあり得ると思って高速タイピングとマウス操作であっという間にメールを作成し送信していた。
俺はその間に霧江さんあてにメールを送る。
その内容をどうするか一瞬悩んだけど、結局のところ希望者が増えたので対応可能かと聞くほかない。
相手側に断られれば、こっち側も納得してくれるだろうと踏んでの行動だ。
「とりあえず人数を制限できればいいな。全員受け入れるとか、ミマモリ様ならいいそうだけどな」
だけど今回の発起人?発起神?は結構無理無茶無謀を押し通すような神だ。
何が起きても対応できるようにしておかねば。
「送ったわよー、これで変な贈り物が送られてくることはないと思うわよ」
「了解、こっちも婚活パーティーに参加できる人数を増やせるか聞いておいた。ケイリィさんはそのまま選抜の草案を考えておいて」
「わかったわよ」
「俺はこのまま書類仕事して、午後からアミリさんに会いに行くから」
とりあえずこの話はここで良いとして、あとは仕事をしようと机に向かう。
そしてキーボードを操作しようとした瞬間始業のチャイムが鳴り、ここからが本番だなと思い始めた時。
「あのぉ、人王様、ケイリィ主任に書状が届いたのですが」
オズオズと気まずそうに事務を担当している人が、箱に入った書状の束を持ってきた。
「書状?それ全部?」
「はい、一応検閲部の方は通っているのですが、いかがしましょう?」
このタイミングでこの量の書状、しかも書状にしては些か以上に大きい代物。
「「まさか」」
いやな予感が俺とケイリィさんの間に走り、事務員の人にそこにおいてくれと指示し彼女が立ち去った後に。
「次郎君」
「ケイリィさん」
「「見なかったことにできない(かしら)だろうか」」
その書状の封蝋の家紋を見て、嫌な予感はこっちだったかと俺たちは大きなため息を吐くのであった。
「男爵、子爵、伯爵、こっちは部族の長、ああ、こっちは騎士爵だけどかなり武功をあげている名家ね」
家紋を見ただけで、どこの家から来たかわかるケイリィさんの声を聞きつつ。
「どこから漏れた」
と、書状の返信という作業まで追加された俺は天井を仰ぎ見るのであった。
今日の一言
いかな仕事も体が資本である。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




