52 トラブルは初期段階で対処すべし
皆様のご感想、ご指摘まことに感謝いたします。
未熟な身ですが、努力していきたいと思います。
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「どうするよ?」
「どうしましょう?」
魔獣から逃げの一手を打って数時間後、無事逃げ果せた俺たちは、日暮れも近くなったので川辺で野営する予定で移動していた。
日の暮れないイスアルだと夜という言葉すらないから、段々と日を隠し始めているこの曇空が夜の代わりらしい。
正直、違和感しかない。
しかしそんな違和感に慣れる暇もなく、またもや俺とメモリアはトラブルに見舞われていた。
「襲われているな」
「襲われていますね」
「ちなみに、あれは知り合いだったりするのか?」
「初対面です」
魔獣からの逃走中もメモリアはきちんと場所を把握していたので、むしろ距離を稼げた状況だった。
となれば、今回の逃走劇は苦労した甲斐もあり労力的にプラスに働いたと言えるだろう。
おかげで少々疲れたが、当初の目標以上に距離を稼ぎ、余裕を持って今日は休めるはずと俺は思っていた。
その矢先の出来事が今につながる。
『誰か来ますね』と不明の集団をメモリアが探知し、俺たちはいらぬトラブルを避けるために大樹の上に避難した。
そのままやり過ごそうと息を潜めれば、だんだんと近づいてくる気配を感じ、待つこと数分。
今度は魔獣のたぐいではなく、れっきとした人間の五人グループが現れ足元を通り過ぎようとする。
もう少しで休めると思っていた矢先に邪魔が入ったのだ、ついオノレと恨みを込めながら早く立ち去れと念じる。
それがいけなかったのか、それともこういうのをフラグというのか、彼らは通り過ぎることはできなかった。
雄叫びとともに登場したフォレストベアに襲われたからだ。
こっちに来てから次から次へとお約束のように起こるトラブルに、まだ見ぬ未来でも起きるのでは?と胃もたれをおこしそうになりながら、隣に座るメモリアから再度足元へと視線を移し眺める。
「撒けていなかったのか?」
「いえ、先ほどの気配よりも小さいので別の個体のようですね。それにあれはフォレストベア、太陽が出ているうちは動かない魔獣ですので今起きたのでは?」
「気づけなかったのは、眠っていて気配が薄かったからか……」
「そのようですね。タイミングが悪かったと言うしかありません。寝起きで機嫌の悪いフォレストベアの縄張りに踏み込んだのは、魔獣の出てきた方向から考えてあの騎士たちのようですが」
「騎士か、あれがねぇ」
メモリアは身につけている装備から、下の連中の職業に当たりを付ける。
まぁ、装備も立派だしな。
俺から見ても、全身金属鎧は小説でよく聞く騎士とイメージ的には合致する。
一人は軽装だが、職が違うのか?
「ここから街まで五日だったよな?」
「おおよそですね、普通に移動したらの話ですので、短縮する手段はいくらでもあります」
「一日で来ることも可能なわけか。俺たちの魔力に反応して調査に来たのか?」
「可能性はありますが、低いでしょう。隠蔽機能も働いていました。聖女や勇者クラスが近場にでもいない限りはありえないと見たほうが妥当です」
「勇者があの魔獣に苦戦する可能性は?」
「初期戦闘ならあるいはといったところですね」
となると、俺たちを調査しに来た可能性は極端に下がるわけだ。
ひとまずは安心だが、それでも問題となるのはなぜ騎士がこんなところに来たか、そしてどこの所属かということになる。
こういう時は情報を集めたいところだが……
その騎士たちは、俺たちの足元で深い緑色の毛並みを持つ巨腕のフォレストベアと戦っている。
五対一と数的に有利ではあるが、時間が経つにつれて段々と騎士の方が劣勢になっていっているのがわかる。
観察以外に情報を収集する術となれば、助けに入って一緒に戦うくらいだが……
「なら、あとは嵐が過ぎ去るのを待つのみ。俺たちに取れるのは無視の一択だな」
「ええ、私たちの立場的に騎士と接触するのにリスクはあってもメリットはありません」
選ぶのは、沈黙を保ち木の上で待機すること。
メモリアの言う通りで、リスクを負ってでも得る情報の類ではない。
戦えば勝つだろうが、そのあとが手間だ。
ここまでお約束のトラブルが続くと、次は人間関係のトラブルに巻き込まれそうで怖いからな。
「巫女様、お逃げください!!」
「巫女様?」
「あの後方の魔法使いのことでは? となるとあの装備と紋章……」
「雰囲気からしてお偉いさんかねぇ、厄介ごとの匂いしかない」
最後の方は聞き取れなかったが、メモリアの指差す場所を見れば一人だけ白いローブを着込んだ人物がいる。
立ち居振る舞いから回復役兼魔法使いといったところか。
しかし、どう見てもフォレストベア相手には火力不足の様子で、ついに一人の騎士がやられた。
それが呼び水となり、完全に戦いの流れはフォレストベアに持っていかれた。
やられた騎士も死んでいるわけではないが、戦線に復帰するには時間がかかりそうだ。
あとは時間の問題というやつだろう。
見殺しにするのは後味が悪くなりそうだが、首を突っ込んで厄介ごとに絡むのはもっと嫌だ。
このまま息を潜めやり過ごす、その選択に迷いはない。
「? ……! メモリア掴まれ!」
だが、さっきの隊長らしき騎士の叫びは悪手だったらしい。
フォレストベアの動きが少し変わり、さっきまで騎士を相手していたのを一変させ後方に下がろうとした巫女と呼ばれた人物に目掛けて飛びかかった。
獣からすれば、逃げようとした獲物を逃さないための行動だろう。
そして、魔力を纏いあからさまに必殺技だぞと宣言している巨大な腕を避けようとするのは人間として間違ってはいない。
俺でもそうすると、理解はできる。
その進行方向に俺たちが足場にしている大樹がなければ納得もできたのだが。
「マジか!?」
「マジのようで」
「冷静だなぁ!」
どうやらフォレストベアは思ったよりも怪力なご様子、振り切った腕は見事に大樹をえぐりへし折ってみせた。
結果として
「何奴!?」
「避難民だよ!!」
俺たちは重力に従って落下することになった。
せっかく隠れていたのにもかかわらず強制戦闘に突入だ。
メモリアを抱きかかえて、別の木に飛び移ろうと手を伸ばすもわずかに届かず地面まで落とされてしまった。
幸い着地には問題はなかったが、フォレストベアと騎士に挟まれる位置に着地してしまったのはいただけない。
加えて、いきなり上から登場してしまったおかげで、隊長らしき騎士様にも警戒された様子。イベントからは逃げられないってことかね?
とりあえずはメモリアを背に匿い、フォレストベアにも騎士にも対応できるように鉱樹を抜き去り構える。
「冒険者ですね!」
「避難民って言ったよな!?」
「まぁ、このような場所にいて次郎さんみたいな格好をしていれば、間違われるのも無理はないでしょう」
木の上に逃げていたという意味での避難民と名乗ったが、向こうは聞き届けてくれなかったようだ。
ダンジョンに挑んでいる姿格好のままだから、確かにメモリアの言うとおりだ。
ローブのフードの中から聞こえる女性の声に反応して戦闘を回避しようとする俺の試みなど、すでに絶望的な状況で少しでも戦力が欲しい騎士たちからすれば、それが文字通り降ってきたのだから、耳が開店休業になって届きはしないだろうよ。
巻き込まない手はないという雰囲気がヒシヒシと感じられる。
「私は、神権国家トライスに所属する巡業巫女のエシュリー・リア・ミカルドです。どうかこの場はともに力を合わせ、この災難を切り抜けましょう」
おまけに大国の宗教国家の所属とはな。
できれば一番会いたくない手合いのようだ。
確率三分の一であったが、今回の出来事から思うにしばらくはギャンブルに手を出さないのが無難だろう。
「……どうする」
「こうなれば仕方ありません。話は私がまとめます、今は危険の排除を。相手は待てないようなので」
「そのようだ」
会話ができそうな相手はとりあえず後回しだ。
今はしっかりとこちらを標的にして襲いかかりそうな、話が通じない相手の処理をしよう。
「可能であればスキルは見せないように」
「あいよ」
メモリアのオーダーに従って猿叫も斬撃も使わない方針で戦いを組み立てる。
強さから見て相手は三層の階層主程度の実力、油断しなければ
「問題ないな」
「正面からなんて無謀です!!」
俺の判断とは正反対の結論を背に聞きながらも無視し、フォレストベアへと駆け出す。
こっちとしては極力時間をかけたくないのでね。
最初から連携なんて取れるとは思っていない。
なら、余計な手間は省いて最初からソロで行った方がいい。
現状の戦域には、一対二対五という戦力分布ができている。
数という面では二番目の戦力、戦闘という面ではおそらくは俺たちがトップ。
駆け出し、十歩ほどの間合いのうちに一瞬背後を見やるが、戦力五の方々は取り乱しているようにしか見えない。
実力を隠しているという線は見ていてなさそうだったが、さっきのフォレストベアとの戦闘が演技という可能性もある。
警戒は解かない方が無難だろう。
視線をずらしたのは一瞬、立ち向かう方向に戻せば、ようやくウオーミングアップが終わったと思わせるフォレストベアが全力で俺に喰らいつこうと足に力を溜め込んでいた。
俺の鉱樹の間合いまであと二歩、その前にフォレストベアの攻撃が来る。
それに合わせて鉱樹を振るう。
金属同士がぶつかるような音と共に大体の力の関係も俺に伝わってくる。
力自体は俺の方がわずかに勝っている。
しかし、魔力で強化しているのか爪は固く鋭い。それを利用した両腕二本の攻撃を鉱樹一本で対応している分手数では一歩劣る。
だが、打ち負けてはいない。
そのまま数分間打ち合うも、力任せの攻撃に負けるはずもなく、膠着状態というよりジリジリとこっちが押し始めた頃にフォレストベアが距離をとった。
仕切り直しといったところだろうか?
俺を睨みつけ土を踏み鳴らしている姿に諦めの色はない。
間を置かずにさっきよりも早く襲い掛かってきた。
ガァァァァ!
いかにも獣らしい雄叫びを上げ、それで怯ませて次に来るのは走りながら慣性を利用した右前脚の振り下ろし、そして最後に獲物をとらえるための牙、三段戦法とは獣の行動にしては手が込んでいると思わせる。
「獣にしてはな」
対する俺は、雄叫びになぞ怯みもせず、逆にフェイントでこっちも駆け出すように見せて相手のリズムを崩し、フォレストベアの腕が振り下ろされるだろう場よりも手前で左足を踏ん張ることで完全に動きを止める。
それだけであっちの三段戦法の二手を無力化、こっちの労力は一手と最小限に抑えることができた。
「お、砂かけで目隠しか、頭いいな」
そのまま攻撃を加えようとしたが、こっちの動きを本能で感じ取ったのか、出だしをくじこうとフォレストベアの腕の動きが振り下ろしから振り払いに切り替わった。
落ち葉とともに砂も巻き上げられ、このままいけば砂が目に入る。
視界を潰されれば、こっちとしても戦闘能力は下がる。
ここまでの工程を本能で動いてやってみせたフォレストベアは、なるほど難敵だろう。
「ま、目だけに頼っていればそうなるよな」
だが、こっちは容赦という言葉を頭の中から除外した教官に育てられたのだ。
五感の一つを封じようとしても
「お前の空気の流れで間合いはわかっている」
他の感覚で十分にサポートできる。
耳が足音を捉えタイミングを知らせる、肌が砂の感触とともに押し出してくる圧迫感を伝え方向を教えてくる。
鼻が獣臭さを伝え、それが段々濃くなり距離を知らせてくれる。
肩に担いだ鉱樹をそのタイミングに合わせて振り下ろして、フォレストベアが俺の脇を飛んでいくのを感じながら、手先で相手の左腕を斬り落としたのを感じ取る。
「一本目は落とした」
砂かけの影響下を抜けて目を開け、背後の、体勢を崩し地面へ滑る巨体の音を頼りに振り返り追撃をかける。
「そうなるよなぁ」
できればこの一撃で地面に這いつくばって欲しかったが、さすが獣だ。
痛みで悶えていたら死ぬと本能で理解している。
切り飛ばされた腕など見向きもせず、怒りをたぎらせ残った右腕に魔力をまとめこっちに襲い掛かってきた。
バランスは崩れているが、一撃をもらえばこっちもダメージは出る。
致命傷になるには何発か必要だが、いらぬダメージを負う必要性はない。
鉱樹で右腕を切り払おうとするが、予想に反して鉱樹は食い込まず、表皮の毛が一本一本針のように固くなりその上を滑らされた。
「おお~」
隠していたのかと感心している場合ではないが、その能力につい反応してしまう。
だが、口とは別に並行して体が動き、横に流れる力を利用してフォレストベアの鼻頭に回し蹴りを放ち怯ませる。
ダメージは少ないが、俺の体勢を整える時間くらいは稼げる。
「切りがダメなら、突きってな」
着地と同時に時計回りに相手の周りを走る。
相手は全長五メートルを超える巨体、腕を潰せないなら今度は足回りを攻める。
四足歩行ができなくなったフォレストベアは器用に立ち上がり、俺を逃がさないぞと器用に脚を動かして正面に捉えようとしている。
身長と体重の差は歴然で、上からの攻撃は確かに脅威だが、それは支えがあっての話だ。
足元がお留守では話にならない。
それを理解しているのか本能なのか、足の毛もさっきと同じように針のように固くなっている。
だが隙間がないわけではない。
カクンと走る速度をギア一つ分上げる。
外から見れば、いきなり俺が直角に曲がり、地面から一メートルにも満たない低姿勢で鋭利に踏み込み、フォレストベアの膝の関節部の下に鉱樹を突き立てたように見えただろう。
俺の感覚では、ビリヤードのキューを突き出す動作に近いかもしれない。
左手を鉱樹の峰に添えて、それをレールに右手を押し出す。
魔紋によって強化された肉体は、正確にその動きを再現してくれる。
「おっし、左足もらい」
結果、膝から下を切断してみせるという、斬撃に近い、突きと呼べるかはわからない技で王手をかけた。
「終いだ、悪く思うなよ」
左半分の手足を失い、あとは無闇矢鱈に暴れるしかなかったフォレストベアの首を、飛び上がり上段からその自慢の腕ごと切り落とす。
「終わったぞ」
「ご苦労様です。怪我は?」
「砂をかぶった程度だ。そっちの話は着いたのか?」
「いえ、これからですが、その前に場所を移しましょう。このままでは別の魔獣が来てしまうでしょうし」
「これはどうする?」
結果としては、無傷の勝利で助けたという事実があっても横取りには違いない。
なので、一応確認を取る。
「私たちの目的は別です。それにこれは彼らの獲物、おとなしく身を引きましょう」
「了解だ」
目的は別、ね。
嘘は言っていない。
俺たちの目的は街に行くことであって、魔獣を倒すことではない。
では、なぜメモリアがこの山に用があるのかのように言葉を選んだか。
チラリとさっきから蚊帳の外になっている五人を見る。
辻褄合わせだろう。
このままいけば俺たちが何故こんな山奥にいるかという話になる。
俺たちからしてみれば、向こうもそうだという話になるが、とりあえず俺たちは、魔獣が目的ではなく別の代物が目的という体裁を整えておけば言い訳にはなるか。
交渉はメモリアの領分なので、俺は余計なことを言わないように気をつけるとしよう。
「それで、いかがいたしましょう。我々としては目的も達していませんし協力関係も終了いたしましたので、この場で別れるというのは?」
「そうしたいですが、あなた方の目的をお伺いしてもよろしいでしょうか? 見たところ彼は、フォレストベアを単独で倒せるほどの実力者。きっと名もある剣士でしょう。そんな彼を雇っているあなたは何者でしょうか?」
身分を明かせときたか。
あちらは、さっきの戦闘前に名乗っていたが、こちらは名乗っていない。
このまま名乗らず立ち去るというのは不審に思われる。
この山に用があると言ってしまっている手前、邪な謀がない限り目的を言わないのは疑われる火種になる。
さてと、どうなるのかね?
田中次郎 二十八歳 彼女有り
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
傷は浅いうちに直せ、仕事のトラブルは後回しにすると大惨事につながる。
強制的にな!!
これからも本作をよろしくお願いします。




