550 思えばこれがきっかけだと思うような出来事が確かにある。
うちの会社は外部からの荷物は、基本的に一旦それを検査する専門部署に送られて、魔法によって安全の有無やどういった物が入っているかの確認が入る。
それは将軍である俺も例外ではない。
いや、むしろ俺の立場上危険を排除するためにより念入りに検査が入る。
その証拠のように検査印が七つも押された小包が手元にある。
要は七回も検査されたことを示した代物。
そして送り主は霧江さんになっている。
住所は京都の某所。
多分だけど本拠地の住所は書いていないだろう。
調べてみたら何やら事務所のような場所が表示された。
協会の支所か、あるいは関係部署と言ったところだろう。
「確認は済んだかしら?」
「ああ、はいはい。待たせてすみませんね」
とりあえず、開けるかという段階でまだ離れていなかったケイリィさんも覗き込んでくる。
彼女にも仕事があるのだろうが、これも彼女の仕事と関りのある物だ。
見ておいて損はないだろう。
机の上に梱包された包みの表を剥ぐと。
「へぇ、いい木を使ってるわね」
「高そうだな」
綺麗な漆塗りの木箱が姿を現す。
その表面をそっと撫でるケイリィさん。上等な木を使っているのがわかるのはダークエルフならではの特技なのか。
感心して頷いている脇で、俺は金箔で意匠が施されている箱が決して安いものではないと言うのを痛感している。
武器とか、鎧とか、とんでもない額を使っている身ではあるが庶民根性は抜けきらず。
これはこれで高価な品だと言う理解をして思わずそんな言葉が口から漏れ出していた。
「何今更なこと言ってるのよ。ほら、さっさと開ける」
「はいはい」
その木箱を結び、開けられないように封をしている紐もまた高そうだなと思いつつ、そっと結びを解きそのまま慎重に蓋を開けて中を見ると。
「ガチなやつだな」
「そりゃそうでしょう」
見合い写真の入っている台紙もまた豪華に仕立てられているのがわかり、それ一部だけでどれだけの諭吉が殉職したのだろうかと思わせる。
慎重な手つきでとりあえず一部取り出して、そっとそれを開く。
ほんのりといい香りがするのは、この見合い写真にお香か何かで香り付けされているからだろうか。
上品な香りは俺たちを不快にさせず、むしろ高価さをさらに醸し出すものに仕上がっている。
そしてゆっくりと開いた先の写真は。
「おお。イケメン」
男の俺でも素直に賞賛できるほどの美丈夫が写っていた。
黒髪を丁寧に七分三分けにし、タキシードで身を包んだ男。
「へぇ、協会の幹部のご子息と」
「……」
和装じゃないんだと、プロフィールを軽く流し読みしながら読み進めていると、そっと細い手が木箱の方に伸びたのがわかる。
誰の手か、なんて考えるまでもない。
このお見合い写真を見ているのは俺とケイリィさんだけ、ならば当然手を伸ばしたのはケイリィさんということになる。
「ケイリィさん?」
そんなに興味があるのかと聞こうと隣を見たが、俺は隣を見たことを後悔する。
血走った目で、お見合い写真を凝視するケイリィさんは黙々と、一つ写真を見ては閉じ、更に見ては閉じるを繰り返す。
十人程度のお見合い写真はあっという間に目が通されて、静かに箱の中に戻される。
「……次郎君」
ただならぬものを発するケイリィさん。
さっきまでの朗らかな雰囲気は消え去り、そこには戦に向かうかの如く覇気を纏った一人のダークエルフがそこにいた。
「な、なんですか?」
教官相手でも、真正面から挑める肝を持つはずの俺が気圧されている?
恐怖しているのかと、冷静に自分の心情を分析しつつ、冷静に彼女の言葉に答える。
上ずってしまい、一瞬噛んでしまったが、そのおかげで逆に冷静になれた。
けど、体は逆に警戒心を呼び。
すっといつでも対応できるように体を構えさせる。
「この情報、最重要機密庫に収納していいかしら?」
最重要機密庫。
それは俺が保持する中で、重要度が最高の物を保管するための金庫のような物だ。
そこの保管庫を開けるには俺の認証が必要になり、さらにいくつもの鍵を解除しなければ解錠されることのない場所。
教官やエヴィア相手でも、開けるのには一週間はかかると言う保証付きの代物だ。
そんな場所に入れる代物は、当然俺たちの派閥内でも重要だと認められた代物の中でもさらに重要度の高いものに限られる。
こう言っちゃなんだが、組織交流のためとはいえお見合い写真程度の物に、その保管庫を解錠するわけには。
「いいわね?」
「わかった、わかったからその目は止めてくれ」
有無を言わせぬ迫力に、俺は諸手をあげて降参を示す。
戦闘能力上では俺は彼女に勝てる。
だけど、この場で彼女の機嫌を損ねるのは良くないと思った俺は、素直に保管庫を解錠する。
「まったく、これ、開けるの疲れるんだけど」
「文句言ってる暇があったらさっさと開けて」
「はい」
これじゃどっちが上司かわからないなと、心の中で愚痴をこぼしつつ。
俺は術式を展開させる。
最重要機密庫は、ヴァルスさんと契約したことにより作り出した次元の狭間にわずかな空間を作り出して、時間停止による完全保管を行った空間庫のことを指す。
座標は俺しか知らず、今もヴァルスさん直伝の空間操作でいくつかの関門を突破し。
「っと、解錠」
かちりと空間から音が響き、その保管庫が開く。
空間魔法の中でも、特殊なジャンルに入る魔法を使って、朝から魔力消費が激しいなと愚痴を言ってみるが、慎重な手つきで木箱を持ったケイリィさんはそっと保管庫の中に入れると。
「閉めて」
「人使いが荒い」
周囲を素早く見回して、そのまま手早く閉めるように言うので、俺は術式を展開して鍵を再びかけていく。
次元の狭間に沈めこむようなイメージで操作されたそれは瞬く間に扉を閉めて、さっきまであった姿をかき消す。
「ちょっと出て来るわ。その間しっかり仕事してて」
「ちょっと」
そしてしっかりと収納したのを確認したケイリィさんは足早にオフィスを立ち去ってしまった。
上司の俺の制止の声も聞かずに出て行くとは、そんなにあのお見合い写真に何かあったのか?
「知り合いでもいたか……いや、それはないか。だったらなんだ?」
あまりにも変わってしまった雰囲気。
その真相にたどり着けず、俺は首をかしげるだけで答えは出てこない。
「っと、こんなことに時間をかけている場合じゃなかったな。早く移動しないと」
ケイリィさんの様子に、少し唖然としてしまったが、俺自身もこの後用事がある。
しっかりと業務を終わらせて、今日こそユキエラとサチエラの起きている姿を見るのだと気合を入れて仕事に入る。
そして、そのまま何も問題なく。
一瞬、嵐の前の静けさと言う言葉が脳裏によぎるほど何事もなく仕事が終わった俺は。
「っく、今日も間に合わなかった」
「お疲れ様です」
夜の九時に家の玄関を潜り抜けることができたが、その時間は子供にとってはもう眠りの時間。
小精霊に見守られ、ぐっすりと眠る姿を見せてくれる我が子は可愛いが、無念と静かに握りこぶしを震わせることになった。
そんな俺を見て、苦笑するスエラは、そっと俺のスーツの上着を受け取り、ハンガーにかけてくれる。
子供を起こさないように、そっと寝室からリビングに戻ると鼻孔をくすぐるいい香りが漂ってくる。
夕食の時間はとうに過ぎているが、空腹の俺のことを考えてくれていたヒミクの料理の香りだ。
そんな匂いを嗅いでしまえばグーっと俺の腹は空腹を訴える。
「まずは、夕食にしましょうか」
「ああ、そうさせてもらおうか」
仕事を終わらせて、風呂も考えたがどう考えてもヒミクの料理の方が先に出来上がりそうだ。
スエラを伴って食事用のテーブルに行けば。
「寝てましたか?」
「ああ、残念ながら」
「そうですか」
「メモリアは元気そうだな」
「これからが、私としては本調子の時間ですから」
晩酌をしているメモリアの姿があった。
吸血鬼にワイン。
ある意味で鉄板の組み合わせ、赤ワインをグラスでちびちびと飲み、つまみはヒミクの用意してくれたものではなく、自前で用意した乾物だろうか。
なかなか美味しそうだなと思いつつ、あとで分けてもらおうと心に誓う。
「出来たぞ、ジーロ」
そして俺が子供たちの寝顔を堪能している間に食事の準備が出来たのか。
いい香りのする湯気を漂わせる料理が乗ったお盆を持つヒミクが現れる。
「二人前?」
しかし、そのお盆には一人分ではなく、二人分の料理が乗っていた。
ということは。
「戻った」
「うむ、いいタイミングだ」
エヴィアも戻ってくると言うこと。
計らずして、俺の婚約者が揃うと言うことが起きた。
俺が定位置に座り、左隣にスエラ、右にはエヴィア、スエラの前にメモリアが座っていて、俺の前にヒミクが配膳を終えて座る。
「飲みますか?」
「いや、食事を取りに戻っただけだ。今夜は遠慮する」
「忙しそうだな」
「どこかの馬鹿が、厄介なことをしでかしてくれているおかげでな。休んでいる暇がない」
メモリアがワインを差し出すが、普段ならもらうエヴィアも頭を振ってそれを断った。
どこかの馬鹿。
雰囲気的に身内じゃない。
となると、イスアルの方か。
「お前の方も忙しそうではないか。検閲所から協会から荷物が送られてきたと聞いたぞ」
そのことに関して聞こうと思ったが、先手を打ってエヴィアが話を振ってきた。
ということは、深く話せるほど情報が集まっていないか、機密が絡んでいると言うこと。
ならばこれ以上は聞くまいと、エヴィアの話に乗る。
「と言っても、お見合い写真が届いたくらいだけどな。後は、会場に関する資料だな。あとは……」
ヒミクが用意してくれたのは簡単なパスタとサラダにスープだ。
量もそこまで多くはない。
夜もそこそこ遅いから、消化に良いものという感じの献立だ。
それを食べながらエヴィアの気にしている情報を提示しつつ、忙しさのあまり忘れていたことを思い出し。
「そう言えば、ケイリィさんの様子がおかしかったな」
パスタを食べている手を止めて、写真を見てから雰囲気が変わったケイリィさんのことを思い出す。
「ケイリィが?」
「ああ、何か見合い写真を見てからやたら迫力のある雰囲気を纏っていたな」
ケイリィさんの話題となれば、友人として付き合いの長いスエラが、真っ先に喰いつく。
何か友人の身に起きたのかと。
「良ければ、その写真を見せてくれませんか?」
「写真を?まぁ、良いか」
部外秘扱いとなっているが、エヴィアも見せろと視線で語っているので俺は本日二度目、保管庫を開けることとなる。
そして豪華な木箱を出し、中身を御開帳。
朝見た物と変わりのないお見合い写真が入っているだけの箱だ。
ただ、自分の婚約者たちがお見合い写真を手に取っていると言う光景に、面白いものを感じるわけもなく、微妙な表情をしてパスタを食べる羽目に。
しかし、そんな俺の心境を察してか。
「ふん」
エヴィアは一瞥しただけで、次々と写真に目を通し、最速で見終えて食事に戻る。
「この素材はどのようにできているのでしょうか?」
メモリアは写真よりも、写真を飾っている台紙の方に興味が行き。
「お代わりはいるか?」
ヒミクはそもそも写真に興味を抱かず、俺が黙々と食べていた所為で空になった器を見ておかわりをよそってくれる。
「なるほど、そういうことでしたか」
そして最後に、スエラがゆっくりと見合い写真を箱の中に戻すと。
「ケイリィ、気合を入れたと言うことですね」
何か納得した様子で、頷くのであった。
その顔はケイリィさんが覇気を纏った理由を察した様子で、俺の心配が杞憂であったことを示すように笑うと。
「明日から大変かもしれませんね」
そんな忠告を俺にしてくるのであった。
今日の一言
きっかけは、絶対にある。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!