549 始まりの時は、いつも緊張している
思い出すのは一月と一週間ほど前まで遡るだろう出来事か。
「ええ、これから一緒に働くことになるノルド・ノーディス君とムラ・ムーラ君だ」
「「よろしくお願いします!」」
あれはエヴィアの両親と挨拶をして、結構な日付が経った時にこの二人がやってきたときのことだからよく覚えている。
この会社だから、すでに常識と言うか違和感はないけど、ごく当たり前にスーツを着こなすノルド君とムラ君。
共に悪魔で、人に近い姿だからこそピシッとスーツを着こなしているけど、やはり若干、初々しさは残っているのか。
背筋がピンと伸び、まるで新入社員のように肩に力が入っているのが見える。
「へぇ、かわいらしい子ね」
「そうじゃの、聞く限りかなり優秀と聞く。即戦力は正直助かるわい」
「そんな子を引っ張って来るなんてやるじゃない」
「その代わり、俺は常に後ろを警戒する羽目になったがな」
「仕方あるまい、あそこは特殊な環境じゃからの」
そしてそんな感じで並ぶ二人で、当然注目されるのは有能な人物を多く輩出しているムーラ家のムラ君。
恋愛に対する趣向は周知されているが、それを忌避するような輩はここにはいない。
能力、性格ともに良いと言う前評判があることながら、それを裏切らない礼儀正しさがそうさせた。
「ほらほら、お前は拗ねるな。こっから見返せるくらいにしっかり育ててやるから心配すんな」
こうもあからさまにムラ君に期待されると、放っておかれるノルド君はいい気分はしない。
ケイリィさんは過去の特別審査の時に人物を見ていることから、ムイルさんはその独自の情報網から人となりを知っているからこそ。
二人とも。
「そうね、あなたはこれからが大変なんだから精一杯生きなさい」
「そうじゃな。これから色々と苦労することになるが、諦めるのではないぞ」
これからノルド君に待ち受ける未来を知っているがゆえに憐憫の籠った目で彼を見る。
能力が低いなら補填しないといけない。
時間がないなら超特急で仕上げなければならない。
であれば優しさという一番不要なものを真っ先に打ち消し、その対価で精密にまで仕上げられたスケジュールで、厳しく教え込む。
「え?」
てっきり期待されていないかと思っていたノルド君は急に優しく肩を叩く二人に思わず困惑する。
未来を知る二人は、頑張れと応援することしかできない。
「ま、続きは先生のいる場所でしてくれ」
その困惑が危機感に変わる前に俺はさっさと研修場に向けて移動させる。
下手に時間をかければ、また逃げ出してうやむやにするかもしれないからだ。
「ヴァルスさんよろしく」
「ええ、任せられたわ。遅くとも一週間くらいで返してあげるから」
「頼みます」
人となりを知っている俺は、逃げる暇を与えないために、あらかじめ召喚していたヴァルスさんを呼び。
「え?」
混乱が抜けきる前にノルド君は別空間に転移されていった。
「これで、戦力を一人確保っと」
「鬼ね」
「鬼じゃな」
「生憎と、鬼の血は入っていないんだなこれが。人間はほとんど辞めてるけどな」
最早、俺の鉄板ネタにまで昇格した人外ネタ。
鬼、悪魔と非難されようが、そこら辺の血はまだ入っていない。
いずれ機会があれば入りそうな予感はしているけど、まだ入っていない。
俺は半竜半人の、人外だ。
「それに、俺の行動を止めなかった二人も同罪です」
それに鬼と言われようとも、戦力をしっかりと確保しないといけないのだから文句を言われる筋合いはない。
問答無用の強制転移に対して罪悪感を抱くどころか、むしろ達成感を感じているくらいだ。
送り先はヴァルスさんが管理する空間。
そこにとあることを条件に教育を受けてくれた特級精霊が待ち受けている。
ヴァルスさん曰く、どんなクズでも真っ当に高性能な人物に育てあげて見せるらしい。
その手腕によって、帰ってくる頃にはノルド君はスーパーノルド君くらいにはなっているだろうなと期待しつつ。
「あの、大丈夫なのでしょうか?」
不安気にこっちを見ているムラ君に対して俺とケイリィさんそしてムイルさんは顔を見合わせた後に。
「「「大丈夫、いつものことだから」」」
この程度のことで慌てるなと、安心させるようにムラ君に微笑みかけるのであった。
「あれ?引いてる?」
「まぁ、そうよね。普通だったら人1人消え去ったら驚くわよね」
「ワシらはどういうことになっているか把握しているから冷静でいられるが、知らぬムーラ殿は驚くのも無理はないわな」
だけど、現場慣れしていないムラ君にとってはそれについて来れないようで口元が引きつっていて、現実に追いつけていないよう。
「それもそうか、スマンスマン。いつものノリでやっちまったな」
他の人たちはとりあえず紹介が終わったから既に業務に戻っているが、慣れていないムラ君だけが取り残された。
やっちまったなと、頭を掻きながら謝罪しつつ。
「あの、ノルド様は?」
「とある知り合いの特級精霊の元で勉強中、多分だけど、この会話している間に1週間くらいは時間が経過しているんじゃないかな。何せ時間がヤバいくらいこっちと差があるし」
「え?」
「ああ、また混乱しちゃって、あなたの話は情報過多なのよ。ちなみにだけどこんな出鱈目な研修方法ができるのはこの人だけだからね。他の将軍だってこんなマネできないわよ」
「そうじゃなぁ、特級精霊と契約するだけならともかく、そのつながりで協力を繋ぐなんて大それたことできること自体が異常じゃ。万人に一人否、億人に一人出てくればいい程度の確率じゃ」
ムラ君の質問に素直に答えておく。
蛇足を付け加えた所為で、混乱がさらに増してしまったようで、ケイリィさんやムイルさんも捕捉で説明するけど、それでも理解しきれているようには見えない。
冷静になるのに時間がかかりそうだ。
「とりあえずノルド君研修先で頑張っているから、ムラ君も仕事を頑張ってみようか」
なのでとりあえず仕事をしてもらって冷静になるまでの時間を有効に使ってもらうとして。
「ムイルさんお願いします」
ムラ君が担当する分野はムイルさんが把握している。
適性と、彼の動きを見てからの正式稼働になるが、それでもムーラ家との交渉はコツコツと進めているから問題はないはず。
「承った。人手が不足しておったから助かるわい」
表向きは歓迎しているが、まだ警戒は解いていない。
情報を統括するムイルさんだからな、当然だ。
「ほれ、行こうかムーラ殿」
「は、はい。よろしくお願いします」
見た目は好々爺なのに、腹の中では一体いくつの企みを持っていることやら。
願わくば、良い師弟になることを祈りつつ二人を見送る。
「羨ましいな次郎君、私のところに補充要員はないの?」
「後で魔改造したノルド君を送り届けますよ。それまでは例の話で釣った補充要員でカバーしてください」
「ちぇ、了解」
最初の混乱は無理矢理流し。
俺は俺で、自分の業務に移る。
ムイルさんに連れられて仕事を教えてもらっているムラ君の姿を脇目に、自分の仕事を進める。
最近、ユキエラとサチエラの寝顔しか見れてない。
父親として忘れられないように、気合を入れて業務に取り掛かり、今日こそ起きている顔を見るのだ。
「はいこれ、今日の予定。ムーラ家の使者と午前中に会談。続いてトリス商会の番頭との会議、昼食はノーディス家の使者との話し合いの場、その後は書類処理して、夕方には日本側の使者と食事会。残業は確定ね」
「きっつきつだが、やるしかないな」
その覚悟をあざ笑うかのような、激務スケジュールが手渡される。
正直、人と会う仕事が一番時間がかかるのだ。
書類作業とかなら一気に加速して終わらせられるんだけど、こうやって人との繋がりを確保しないといけない仕事だとその時間短縮ができない。
下手に焦りを見せるとそこに付け込まれるから、慎重に且つ自然に対応しなければならないのだ。
会う相手が味方と言えるノーディス家、ムーラ家、トリス商会だからまだマシだけど、まだ旗振り先を決めていない貴族相手だとどこで情報を抜かれるかわからないので言質を取られないように気を配る必要がある。
パソコン内のメールを確認しつつ、人と会う約束を確認して。
「そっちの調子はどう?」
「ぼちぼちって感じかな。人の集まりはそこまで悪くはないわよ。何事もなければ予定には間に合うはず」
「そうか、それならいいんだけど、念のためもう一つ保険を掛けておいた方がいいかね」
ケイリィさんに頼んでいたことの進捗状況を確認してみると、問題はないとの返事が返ってくる。
「そうね、これが国交の懸け橋になるのは目に見えているんだから保険はかけておいた方がいいわね」
「婚活パーティーが国交の懸け橋、なかなかのパワーワードだな」
かと言って、一つのことに集中していればいいと言うわけではないのが将軍という立場なのだ。
マジでやることが多い。
ノルド君がダメになったから、一対一のお見合い形式は辞めて、婚活パーティー形式に切り替えて、主導をケイリィさんに任せている。
そっちの方の大まかな管理だけで済んでいるからまだのんびりしているけど、細かな段取りまでやっていたら絶対に目の下に隈ができてたと思う。
「とりあえず参加者は十人くらい集まったって感じか?」
「私含めて、知り合いの子を集めてそんな感じね。次郎君がいい感じの仕事のポストを用意するって保証してくれたから結構簡単に集まったわよ」
「外交官って感じになるからある程度の教養はいるが、この会社で働けているって段階でそこまで心配はしなくていいのが助かるな」
なんだかんだ言って、この会社に務めている魔王軍の職員は大半がエリートだ。
でなければ異世界で拠点を構えて、異世界人を迎え入れようなんて話を実行できないからな。
「見合い写真に関しては目を通したかしら?」
「ああ、内容も見た目もかなり気合の入ったあれな。ケイリィさん、綺麗でしたよ?」
そんなエリート揃いだから見目麗しい女性も多いわけで、目の前でドヤってるケイリィさんもモデルになれるくらいの容姿は整っている。
そんな彼女がダークエルフの民族衣装に身を包み、ガチで化粧していると普段以上の美人になるのだから驚きだ。
「当然よ!化粧は女の戦支度ってね」
胸を張り、堂々としている彼女に同意するように頷く。
「そうですね。他の人たちも綺麗に映っててこれなら先方も目移りしちゃんうんじゃないかなぁ」
実際、日本人の単一種族で統一している向こう側と違い、こっちは多種多様の種族で構成している。
趣味趣向はあれど、様々な美人が並ぶのだから普通に悩みそう。
俺が仮にその見合い写真を受け取る側だったら、一時間以上は悩むこと請け合いだ。
「なにせ、経費で化粧ができるって話だったからね!もう、全力でやってやったわよ」
「本当に、全力でしたよね。領収書見た時、金額を見て愕然としました」
「それを、仕方ないの一言で認める次郎君も大概よ。私、正直自腹切る覚悟してたもの」
「使ってた自覚があったんですか!?まったく、次は手加減してくださいよ。うちの部署だって無限にお金があるわけじゃないんですから。メモリアに頼んで、安くしてもらってなかったらどうなってたことやら」
それくらいこちら側の見合い写真には気合が入っていた。
後は向こう側の連絡待ちというわけだが。
「人王様!!お届け物です」
噂をすれば、影。
外からの小包が届くのであった。
今日の一言
始まりのきっかけは中々気づきにくい。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




