547 報告を聞いた先で、動く物はある。
Another side
「ほう、彼はムーラ家を動かしたわけか」
「はい」
次郎がケイリィにアイアンクローを喰らっている最中、魔王は執務室でエヴィアから一連の報告を聞いていた。
最初に結婚の挨拶は無事終了し、両親とも良好な関係を築けたことから、後々の結婚への段取り、そして弟の今後の方針と、ムーラ家の動きと色々な話を聞けた魔王は満足気に頷いた。
「私が時間がないと発破をかけた所為かもしれないが、彼なりに最善を尽くしているようだ。先ずは地盤固めからという彼らしさが出ているね」
「重要なことかと、足場を固めない奴に未来はありません」
「そうだね。しかし、まさか選んだのはムーラ家か。私としては、少し予想外だったね」
「あそこは、大陸でも異端です。距離を保っている家でもありますから、繋がりを作りにくいと言う事実もあります」
「だが、実力は確かだ。でなければ、魔王五代に渡って家を維持し歴史を持つことなんてできないさ」
次郎の取った行動は、魔王にとっては良い意味で予想を裏切る形の結果となった。
行き当たりばったり、ノルドというイレギュラーが生み出した結末だからこそ、こんな形に収まったのかもしれない。
流石の魔王も引きこもりの行動まで予測してるほど暇ではない。
ノルドの引き起こした話が結果的に次郎の助けになったことを、クツクツと口元を抑えながら笑う魔王に対して、身内の恥を晒す事となったエヴィアは些か不機嫌気味な表情を取る。
「しかし、日本側への対応は遅れそうだね。大丈夫なのかい?縁談の話が、ある意味で白紙に戻ったと言うことになるが」
「そちらに関しても手はあると次郎が言っていました。私の方で用意しようかとも考えましたが、話を聞く限り次郎の手段もありかと思いましたのでそちらの意見を採用しました」
「ほう、君が手を引くほどの案か。面白そうだね」
そんな和やかに会話をしているようにも見えるが、彼らも忙しい身、魔法を駆使していたるところに書類を展開し、決裁を済ませていく魔王。
その書類を手早くまとめ転移させ、各部署に送るエヴィア。
魔法を仕事に使うとこんなこともできるぞという、魔法を極めた者達の使い方に、見る人が見れば感動と苦笑を同時にもたらすことだろう。
「大したことではありませんよ?」
「またまた、君の基準が高く設定されているのは長い付き合いだからわかる。大したものではないと言いつつ、面白いことに間違いはないんだよ」
そんな二人が無駄話に花を咲かせるほどの内容なのかという疑問を挟めるような輩はこの場にはいない。
「はぁ…いるではないですか。次郎の側に独身で婚期を気にしている奴が」
「ああー、なるほど、なるほど。確かに今では人王の右腕、実力的にも問題はない。人格的にも保証ができる。うん、よくよく考えてみれば彼女ほど適任な女性もいないね。変な話、彼女の家柄は大したものではないから変な貴族がでしゃばるよりも穏便に済むし、話を広げるにしても次郎君や君の目と耳が届く範囲で済む」
少しでも癒しを求めてのデバガメなのはわかっていつつも、隠してもこの御仁ならあっさりと情報を得るだろうなと、興味を持たれた段階で隠すのは無意味だと悟ったエヴィアは、ノルドの代わりに誰を出すのかを遠回しに伝えるも、名前を出さない程度で誰であるかわからないと言うほど魔王は甘くない。
幾多の仕事を処理しながらでも、その脳は素早く答えを導き出して、確かに適任だと言うのがわかった。
「しかし、彼女は自分よりも強い男を好むと公言していたと記憶しているが、相手方にそんな男性を用意することはできるのかな?」
「正確には、奴を中心とした次郎に協力的な未婚の女性を用意し、見合いの席という一対一の形式にせず婚活パーティーのような形に落ち着かせるようです」
趣味趣向は人それぞれ、どこの誰かまではいわないが女性の願望を表向きは叶えようとしているのがわかる。
その努力に微笑む魔王は。
「なるほど、将来的には日本とこちら側の交渉担当として出世できると言う餌か」
「そういう側面もあります」
「そういう側面がメインだろう?」
社内でも派閥はある。
恐らくだが…次郎は自身の右腕に、どこの派閥にも深入りしていない女性達を自身の派閥に引き込ませる算段なのだろう。
そういった輩は地味に多い。
地盤を固めつつ、人員を確保、さらに右腕の負担を減らそうとしている。
なるほどと魔王の脳裏に次郎の動きが思い描かれ、納得すると同時に。
「随分と考えるようになったね。昔のかわいらしい彼はどこに行ったのやら」
「ライドウあたりに吹き飛ばされたんでしょうね」
「なるほど、彼の拳の前では仕方ない話だ」
入社当初の可愛げのあった次郎はもうどこにもいないのだなと残念に思いつつ、さっと決裁印を押し込む。
「となるとだ、これだけうまい話だ。甘い蜜を頂戴するために、他の派閥がその話に横槍を入れてくるのではないかい?そこら辺の対処は?」
「ムイルをうまく使うとは思いますが、どうやら次郎は機王を巻き込むようです」
「彼女をか…まぁ、確かに彼女は次郎君の部下と良い仲だ。うまく交渉すれば力を貸してはくれるだろうね」
しかし、その決裁印を押す手を止めるほどの内容を出してきたエヴィアに、魔王は視線を向ける。
けれどその視線は、手を止めるなという視線をすぐさま返され、苦笑と共に、再び高速での決裁作業に戻る羽目になるのだが。
「彼女とて将軍だ。私情には流されない。さて、何を代価にするのだろうか?」
強大な権力を持つ協力関係という意味では、次郎の最たる人物はエヴィアとなり、次点で鬼王ライドウだ。
前者はすでに協力をしているので省くが、ライドウ自身も条件次第では謀に対しても協力してくれるケースはある。
可能性としてはかなりのモノ、それくらいの信頼関係を次郎は築いている。
しかし、そんな信頼を置いているライドウではなく。
縁としては濃くもなく薄くもない機王、アミリ・マザクラフトを選んだのはなぜか。
「単純に女性であるからというのが一点。こういう場合、異性よりも同性の方が立ち回りやすいので」
雰囲気にすら滲ませていない魔王の疑問をエヴィアは的確に察して、先んじて答えるのは熟練の技。
魔王も驚きはせず、むしろありがとうと感謝するくらいにこのやり取りは当たり前だ。
「もう一つはアミリの方が地球への造詣が深い。きっかけはアミリの趣味から始まったモノでしょうが、そこから地球の常識・文化・慣習と色々と学んでおります」
「なるほど、地球人と触れ合うなら彼女は適任というわけか。そして、新人の人王だけではなく、機王の二枚看板、いや、君を入れて三枚看板か。うん、まともな権力者なら手を出すのは躊躇うね」
鬼王ライドウはどう見ても、初手で友好的だと思わせるような風貌はしていない。
婚活という場面で協力して貰うには些か不向き。
単純な牽制という意味ではこれ以上のない存在であるけど、今回は女性スタッフの恋の場を整えると言うこと。
得手、不得手で区別するならこの手の話はライドウは不得手の部類に入る。
アミリなら、よほどのことがない限りスケジュールを完璧に管理するだろうと言う信頼もある。
「まともな、ところならね」
「不安要素はどこにでもあるのが常です」
そんな信頼でも不安要素と言うのは得てして出てくるものだ。
魔王だからこそ、しでかしそうな家に心当たりが出てくる。
それも一つや二つではない。
下手をすればリストを作成できるのではと、国内の不和を思い浮かべて思わずため息を吐きそうになる。
エヴィアも心当たりがあっさりと出るのだが、顔には出さない。
「国をまとめると言うのは、大変だね」
「そうですね」
だが、気苦労は互いに知っている。
しみじみと、つぶやく彼らの背に哀愁が漂いそうになっている。
「ま、トラブルの対処も含めて経験ということにしておこうか」
「奴も馬鹿ではありませんし、お人好しでもありません。私の忠告に、どうにか利用できないかとつぶやいていましたから」
「ハハハハ!増々可愛げが無くなってきたね。そっちの策略は君の入れ知恵かな?いや、ノーライフと言う可能性もあるな」
「もともと奴には謀の才能はあったようで、人を貶めることには興味を抱かないようですが、謀を仕掛けてくる相手には容赦はしないようです」
「因果応報、こっちの世界の言葉だったね。怖い怖い。彼なら私が思いつかない方法で私の首を取りに来そうだよ」
「事実、次郎なら魔王様に傷をつけられますから、可能性はあるかと」
「うん、自分で言っておいてなんだけど笑えない話だね。私を傷つけられるって相当なことなんだけどな」
結局のところ、次郎の行動は止めず、益も損もすべて自己責任と見守ることに決めた社長は、エヴィアが用意した決裁書類に印を押す。
それは将軍が行動する際に必要な書類で、どこの貴族とどこの貴族が繋がっているかと勢力図を把握するために用いられる書類で、その中でも最高ランクの様式で申請されている代物。
次郎の勢力図に、彼の地盤勢力以外にノーディス家が主家として名を連ねていたが、そのノーディス家に比肩しうる大家ムーラ家が繋がろうとし、さらには日本という異世界との懸け橋にもなろうとしている。
「ま、その攻撃力が味方に付いているのは心強いのだけどね」
それがある意味でタイミングが良いと言うのなら、魔王としても歓迎すべきなのだろう。
「思ったよりも、相手もやるものだね」
そしてその歓迎の理由が穏やかなものではないのはこの場では言うまでもない。
「情報の入りが悪くなっています。おそらく、こちらの密偵狩りをしている様子かと」
「そうだね、国の中枢に入り込んでいる手勢もいくつか音信不通。闇ギルドもいくつか潰された。まったく、密偵を育てるのにいくらかかると思ってるんだか。疑わしければ即異端審問。連中の十八番だと普段なら言えるんだけど、今回は違うんだよね。民への被害が少なすぎる」
「看破する精度が、過去に見ないほど高くなっているようです。危険を感じて、身を隠した組織もいくつか」
「そうなるよね、対処法ができるまで情報の精度は下がるか……」
戦争の空気を感じ取っているこの二人からしたら、戦力拡大は歓迎すべきムードだ。
おまけに何十年、何百年とコツコツと積み上げてきたイスアルへの影響力が削られている状況であるならなおのことだ。
良いことと悪いこと、その両方を選ぶなら当然前者だけであってほしいと願う。
だけど現実はそんな都合のいい話ばかりでは済まない。
「はぁ、まったくノーライフがいないのがこんなに手痛いとは思わなかったよ」
「奴は死者の思念を辿ることができましたからね。その情報収集ができなくなったのは痛手です」
「後悔しても仕方ない。今はできることを精一杯ってやつだ。次郎君が一日でも早くダンジョンを軌道に乗せることを祈っておこう」
「そうですね。そして、追加の仕事です。本日中にこちらにも目を通してください」
「エヴィア?私の目がおかしくなったかな?これと同じ量を、今こなしている最中なんだけど」
「ええ、どこかの魔王様が先日行方不明になりましたのでそのつけが今に来ただけです」
悪いことを解決するのもまた仕事。
その後始末に奔走する魔王の目の前に積み上げられる紙の束。
ペーパーレス化が進む昨今でも、大陸ではパソコンがないのでこういった書類が後を絶たない魔王軍。
さぁ決裁をと、ずいっと書類の山を用意したエヴィアを見て魔王は一言。
「悪魔かい君は?」
「何を今更、悪魔ですが何か?」
先の戦争よりも、過労死が先かなと一瞬魔王の脳裏によぎるのであった。
Another side End
今日の一言
報連相の内容次第で、今後の動きは変わってくる。
今回のお話で今章は終了です。
次話より新章です。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!
 




