546 休暇の後は仕事、そして
さてさて、義父母への挨拶というのはあんな感じで良かったのかと、疑問を抱きつつ、それを受け入れらた。
ある意味普通じゃないことに慣れてしまっているなと再認識をして、結婚のあいさつに対する疑問はさておき。
無事、エヴィアの両親には挨拶は出来たと言うことにして、今日は休み明けの出勤日。
休み中にもろもろの追加で仕事は抱え込んでしまったような気はするが。
「問題ないな」
ある意味で普通に休める方が少ないのがこの会社の特徴だ。
いつものことだと、深々と頷いたら、急に俺の視界が真っ暗になった。
「な、に、が、問題ないのかしら?将軍になってから視力が落ちたのかしら?ええ?現実見えてない?具体的には、私が怒っている姿を!」
視界を遮った正体は、どう見ても怒髪天を突く勢いで、怒ってらっしゃるケイリィさん。
今日は出勤日、当然彼女も出勤しているわけ。
休んだ分はしっかりとエネルギーは蓄えてきたようだ。
仕事漬けだった日常で疲れ切っていた、休み前の彼女と比べたら元気ハツラツな出勤の挨拶は、全力のアイアンクローだった。
「ハハハハハハハハ!生憎と今、アイアンクローを受けているからな。見たくても見えないのさ!!」
プルプルと腕が震えているところから察するにかなりの全力で、この手は握りこまれているのがわかる。
「っち!流石将軍。伊達に頑丈じゃないわね。私が全力で魔力を込めてもびくともしないわ。なんていう魔力強度と頭蓋骨強度よ」
「伊達に教官に殴られていないよ。死にかけた場数なら、ケイリィさんにも負けてはいない。いや、ちょっと待って、その言葉から察するにまったくもって手加減していないと言うことだよな?一応念のため魔力防御したけど、それしていなかったら下手したら俺の頭ザクロのように飛び散ってたってこと?」
並みの攻撃じゃびくともしない俺の肉体。
おまけに、魔力で身体強化していれば、キオ教官の拳を受け止められるくらいには頑丈になる。
気づいたらケイリィさんの攻撃を無効化できるくらいには頑丈になっていたんだなと、思いつつ。
部下に殺されかけていた事実にツッコミを入れる。
まぁ、物理特化のダークエルフなケイリィさんだけどそれでも補助魔道具なしに、武器無し、術式無し、素の握力オンリーなら魔力強化されても耐えられる自信はあった。
だけど、下手したら頭蓋骨程度握りつぶせるような攻撃にさらされていた事実に、思わず冷静にツッコまずにはいられない。
俺、君の上司なんだけど、と苦言を呈せば。
「当然の行動でしょ!!こっちは久しぶりの休暇を寝て過ごして、気力と体力をようやく回復させて、気分重いままに仕事に挑もうと無理矢理やる気だして出勤してきたら。あ、の!ムーラ家から直接連絡来てたのよ!!驚いたし、怒りで我を忘れなかった私を褒めてほしいわよ!!さぁ!あんたが何かやらかしたに決まってるのは明白!!答えなさい!!さぁ!怒ってあげるから、キリキリと吐きなさい!!」
「普通怒らないからって言わないか?」
何とも理不尽な言い方。
怒られるのがわかってて口を開くのは、そう言った叱責に快感を感じる輩だけだろうに。
俺はまだその境地には届いていないので、冷静に言葉を返してみるも。
「無理よ、ヴァルス様のおかげで仕事が大幅に減ったと言っても、忙しいことには変わりないんだから!!あんただけ結婚準備を順調に進めてきて、私たちの仕事を増やすなんて、独身女を全員敵に回している所業、天が許してもこの私が許さないわ!!」
「うわ、完全に私怨入ってますよ」
半分以上私怨のような気がするケイリィさん相手では、いかに優秀なネゴシエーシエーターの言葉でも届かないだろうな。
仕方ないので、こっちは物理的に視界の確保に動く。
ステータスに物を言わし、怪我をさせないようにゆっくりとケイリィさんのアイアンクローを解いていく。
「ちっ」
「いや、俺、上司なんだけど」
ギリギリとドンドン力を籠めようとも覆せないステータスの差。
伊達にあの世を見かけてはいないぜ。
結局あっさりとはいかずとも、スムーズに解除されたアイアンクローに舌打ちをかますケイリィさんに、一応立場を提示してみるも。
「理不尽に仕事を増やす人を、私は上司だと思わないわ」
ある意味、昔の俺が言いそうな言葉と共に否定されてしまった。
正論と思いつつも、流石にその言葉をそのまま受け入れるわけにはいかないので。
「そうか、せっかく休暇のスケジュール調整をしようと思ってたんだけどな…」
こちらの手で、一番有効な手札を切ってみる。
「あらやだ、人王様。今すぐお茶を淹れますね」
すっと、カレンダーを出すのがミソだ。
見えるように、赤いマーカーペンも見せればなお良しとしつつ、ここで一つケイリィさんにやる気を出させるためのプチ交渉。
「お手本にできそうな手のひら返しありがとう。夏季休暇は三日くらい増やせばいいかな?」
媚びを売るときは全力で、瞬く間に俺の目の前に茶が用意され、温くもなく熱くもない適温の緑茶に手を付けた後に、報酬を提示してみる。
「五日で」
もらうものはもらう。
貪欲に行こうという姿勢は買うが、もうすぐ始業。
手早く済ませたい。
「四日、それ以上ごねるなら冬期休暇を減らすよ」
権力をちらつかせて、夏季休暇の増加交渉をストップする。
「前借すべきか……いや、冬は地獄が確定している。その休暇を減らすのは命取り。仕方ないわね。今回の件、話を聞いてあげるわ」
どうにか交渉は成立。
そして追加の仕事の受領を確認したので、俺はわかったと言って、カレンダーに赤印をつけ足しておく。
大きなため息とともに少しにやけた口元を見せつつ、説明してとひらひらと封蝋が施された書簡を俺に渡してくる。
見覚えのある封蝋。
というより、覚えさせられたと言った方がいいだろうか。
赤い封蝋の上にムーラ家の家紋が施された手紙を読むべく、俺は引き出しからペーパーナイフを取り出して、そっとその手紙の封を切る。
「まったく、何がどうなったら速達、その中でも最速の魔導便で手紙が届くのよ。どうあがいても深夜帯に飛竜を飛ばさないと届かない速度よそれ」
手紙は二通あって、もう一通はすでに開封されている。
それはケイリィさんあてというよりは、俺直属宛の手紙とのこと。
内容は、ムーラ家との直接の会談要請。
その日程調整だと、ケイリィさんは語る。
「なに、ちょっとした恋路を応援して出来た縁さ。それと日本側の縁談の件の解決に奔走してたらこうなった」
「こうなったて……ムーラ家を動かせたのよ?どんなコネを使ったの?エヴィア様の実家のノーディス家でもそう簡単にはいかないはずよ」
「それがうまくいってしまったんだからなぁ。まぁ、日本の文化万歳って言った感じ」
あの日、ムラ君にはとあるお使いを頼んで、一旦家に帰ってもらった。
行きは馬車できたらしく、おつきの人もいたけど、急ぎの要件だったから、俺の権力とエヴィアの権力を合わせて、転移陣を使って超特急で帰宅してもらった。
その時にお使いとして持たせたものが効果絶大だったと言うわけ。
素直に行動してくれたムラ君には感謝しかない。
「恋とは偉大だな」
「だから、本当に何があったの?」
「聞きたい?」
「聞かないと後が大変そうなのよ。わかるでしょ」
ムラ君を帰す際に渡した物は大きく分けて二つ。
一つは今後の縁を繋ぐための手紙。
色々と季節の挨拶とか貴族用語を用いた、絶対に友人同士では出てこないような言葉でつづった物。
そして、手土産と言うわけではないがお近付きの印ということで、ちょっとした裏技を使って南に【とあるもの】を用意してもらい、一緒にもっていってもらった。
ある意味、手紙よりそっちの方が本命。
手紙にはその贈り物の詳細に関しても書いてある。
そしてその結果がこの返事の手紙に書かれている。
ここまで速達で送り返してきたと言うことは悪い結果にはなっていないだろうと言うのはわかるが、やはり読むまでは緊張するなと苦笑する。
「まぁ、話は長くなるけど」
俺はその手紙を読み進めながら、ノーディス家であったノルド君とムラ君の顛末を話した。
世にも奇妙な恋物語のような気もするが、ムラ君にとっては純愛で、俺から見ても少し風変わりな恋であると言う印象を抱いた。
「さすが、ムーラ家。行動力がとんでもないわね」
「ああ、見習わないとな」
「あなたは少し自重しなさい」
目は文字を追いかけ、耳と口はケイリィさんに向ける。
呆れ半分、納得半分といった風でケイリィさんは俺の話で納得したようだ。
マルチタスクは社畜の基本スキルだ。
おまけに右手は、書類にハンコを押しているのだから、偉くなっても社畜根性は抜けないのだ。
「それで?」
「それでとは?」
「とぼけないで、ムラ君だったかしら、彼がうちに働きに来るからその親が手紙を送ってくるのは理解できるけど、それだとこの速度で連絡を飛ばしてくる理由にはならないわ。他にもあるんでしょ?ムーラ家が積極的に私たちに近づきたいわけが」
「ああ、そっちの方の理由はこれさ」
そしてしっかりと手紙の内容を読み進めた瞬間に、俺はムラ君に持たせた撒き餌に見事獲物が喰いついてくれたのがわかり、ニヤリと笑みを浮かべてケイリィさんに手紙を見せた。
良いのか?と一度目線で確認してきたので、俺は頷くと彼女は迷いなく手紙を受け取って、読み進めること数秒。
「アハハハハハハハハハ!なによそれ!こんな手であの大家を動かしたと言うの!?」
「ああ、盲点と言えば盲点。だけど、クリティカルヒットすればかなりの交渉材料になるよ。恥を忍んで南に頼んだ甲斐があったわけだ。俺の一時の恥と誤解で、とんでもない家を動かして交渉の席に呼び寄せたのだから」
腹を抱えて笑う、という言葉の手本になるような大笑いを見せるケイリィさん。
手紙をそっと差し出してくると言うことはもういいのだろう。
「日本の文化は色々見てきたし、機王様もアニメや特撮と言った映像媒体に大変興味を持っているとは聞いていたけど、まさか、まさか、あのムーラ家の当主が、っく」
そして手紙を読んでいたケイリィさんは俺が仕掛けた撒き餌の内容を見て、大いにツボに入り込んでしまったようで、思い出し笑いをしてしまったようだ。
俺もつられるように笑いつつ。
「世界にも響く日本の漫画文化が異世界にも通じたと言うわけだ」
大家を動かした存在が、日本の漫画家が時間と労力を費やして創り上げた一つの作品だということに誇らしく思いつつ。
「でも、このジャンルって。私の知り合いにも読んでる子はいるけど……」
「まぁ、予想通りのジャンルではあるが……南の選眼はかなりピンポイントに狙い撃ちしたってことだろうなぁ」
ムーラ家に送ったジャンルは俗にいう男性同士の恋愛模様が描かれている女性向けの作品が大多数を占めた。
それもファンタジー色の強めの、様々な種族が入り組んだ感じの作品。
我ながら無茶振りをしたが、よく短期間でここまでの作品を集めてくれた。
頼んだ時は。
『え、リーダー疲れてそっち系に転職でござるか?』
と南にしては珍しい真顔で聞かれてしまった。
即座に否定と、事情を説明して納得してもらった。
「おかげで、こっちとしてはかなり良い後ろ盾を手に入れられそうだから、チャンスと言っても過言ではない」
「交渉はこれからだけどね」
「ああ、だけどこの山場を超えれば、一気に仕事は動かしやすくなるぞ」
日本の魔法的組織との交渉と、大陸の大貴族とのやり取り。
二方面作戦になってしまったが、それを踏まえてやれるべき選択肢が増えたことに俺は一旦喜ぶのであった。
今日の一言
手広く広げ過ぎないことに注意を挟みつつ、選択肢の確保を。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!
 




