545 仕事に区切りはあっても終わりはない
エヴィアの実家という、ちょっと変わった環境で一夜を過ごした翌朝。
何やら微笑ましいと言うか、嬉しがっている使用人たちの視線に囲まれて朝食の席に案内される。
「なんだ?」
「いや、見られているなと」
「ふん、理由など知っているだろう」
何と言うか本当にエヴィアが心配されていたことに、嬉しさ半分、気恥ずかしさ半分でエヴィアの方に視線を流してみたら、彼女も照れ隠しで俺の腕を取ってきた。
それによって、より暖かな視線が増えたような気がしたが、悪意があるわけではないので良かった。
ただ涙を拭うようにハンカチを取り出しているのは流石にやりすぎだとは思う。
昨夜の出来事をどれだけ察せられているのか、ちょっと照れ臭くもあるも歓迎されていると考えれば気恥ずかしくはあるけど、良いかと受け入れられる。
「?なんか騒がしいな」
そして食堂に近づくと、その食堂が何やら騒がしい様子。
「大方ノルドが夜逃げをしようとしたのだろう」
「ああ、納得」
その騒ぎの気配を探ってみれば、騒いでいるのはたった一人、それ以外は静かなもので、暴れているノルド君の気配を察したエヴィアは昨晩の逃亡劇が失敗したのだと言うのを語る。
「これは早々に教育を施すべきか?」
「そうしてくれた方が私としては助かるがな」
「俺にも利益のある話だ。手は抜かないよ」
「お前がそう言うのなら心配はないな」
なのでさして気にすることもなく、食堂に入り込めば。
『んん-!?んんん!?んー!!』
猿轡を噛まされ、しゃべることを許されず、さらには特殊なロープでがんじがらめにされたノルド君が床に転がっていた。
「……貴族の子息としてあの扱いは良いのか?」
「問題ない」
「そうか」
何と言うか、この家に来てからノルド君の扱いがどんどん雑になっているような気がするけど、まぁ、ノーディス家の問題だからいいのか。
「おお!次郎君。昨夜はよく眠れたか?」
「おはようございます。カデンさん。ええ、よく眠れましたよ」
笑顔でノルド君のことをスルーしている当主がいるのだ。
それくらい笑顔で流せと言うことかと、考えて、俺も触れずに挨拶を交わす。
多分執事かメイドあたりに、昨夜の出来事を伝えられているのだろう。
カデンさんからもイブさんからも優しい笑みを向けられている。
「ムラ君もおはよう」
「ええ、おはようございます」
「体の方は大丈夫かい?」
「ええ、手加減してくださったので体に不調は有りません」
そして若干羨ましいと言う感情を織り交ぜられた視線を受けたムラ君とも挨拶を交わして、俺とエヴィアは並んで朝食の席に着く。
ここまでの流れで、完全にノルド君に関しては一貫してスルーの方針。
それも仕方ない。
なにせ、今のノルド君は昨夜のカデンさんとのやり取りで俺の管理するエリアに出荷されることが決まったのだ。
最早、意志など関係ない。
あるのはもう後がないという事実だけ。
今回の俺の指導で、ノルド君が成果をあげられなければ、完全に勘当と言う話になっている。
あとは長い人生で立身出世をと願い放逐されるか、最後のコネである俺の手元で結果を示すかという状態で、こうやってミノムシ状態になっていると言うことは、まだ現状を把握しきれていないと言うこと。
子供だから見捨てられることはないと甘い感情がまだノルド君の中にあると言うことだろう。
「?どうかなさいましたか?」
「いや、少しな」
本当に同性であったとしても、こんなノルド君のどこに惚れ込んだのやら。
ダメ男が好きな女性というのは一定数いるのだが……ムラ君もその手の輩なのだろうか。
昨日の試験の時も一貫して逃げに徹したノルド君。
実力を隠している片鱗すら見つけられなかった。
何と言うか、これで実力を隠していると言うなら将軍以上の実力者ということになる。
流石にそれはないだろうと断言できる。
根拠はある。
隠し事というのは得てして、それ専用の訓練がいるし、隠そうと言う癖が出る。
もし実力を隠そうとするのなら、一定の実力に抑え込もうと言う雰囲気が出るのだ。
この程度かと把握させようと言う雰囲気を醸し出すのだ。
ノルド君にはそれがなかった。
魔力の総量もそうだし、武術としての動きも並の領域を超えない。
この二つを違和感なく偽れると言うのなら、ノルド君にそっちの才能があると言うことなのだが。
モガモガと暴れるノルド君を見てそれはないなと、苦笑する。
才能は凡才、性格は優柔不断の自己保身型。
本当に、どこに惚れ込んだのだ?
ハッキリ言って趣味が悪いのだろうと思うが、恋愛は自由だ。
俺のできることと言えば万が一があった場合、そっと忠告を飛ばすことくらいだろうな。
俺たちが席に着いたことによって、朝食が配膳される。
ノルド君のモノも一応配膳されているけど、どう見ても食べれないよなと思っていれば、執事さんが2人がかりでノルド君を持ち上げてそのまま持ち上げて、椅子に座らせている。
「……」
「気にするな」
「んな、無茶な」
そして猿轡を外したかと思うと、文句を言う前にパンを口の中に突っ込み無理矢理咀嚼させ始めたのだ。
「言葉を許せば、言い訳を述べるだけの口だ。奴の言い分は昨日のうちに聞いた。それにうちの執事は優秀だ。窒息させることなく、舌を噛ませることなく、料理をこぼすようなへまもしない」
「確かに、普通に食べているな……」
新手の拷問かと、思ったが、どうも手馴れているように見える。
味わっているようには見えないが、無茶して食べさせているようにも見えない。
唯一の懸念は人権無視だと言う行為だ。
ムラ君が心配そうに見て、食事の手を止めている。
だけど。
「ああ、気にしないで、あの子が夜逃げしようとしたのが悪いの。逃げたのなら二度と我が家の土地に足を踏み入れさせないって言ったのにねぇ。許されると思ってた甘い心を躾けているの。これも親心よ?」
イブさんが、私、怒ってますと言う雰囲気を醸し出してムラ君に笑顔で語り掛ければムラ君は何も言えない。
であれば俺もこれ以上は言うまい。
「そう言えば、エヴィア、君たちはいつまでの滞在予定だ?」
「夕刻までの予定です」
「そうか、まぁ、お前も次郎君も忙しい身で時間を割いてくれたのだ。長居はしろとは言わんが、その間くらいはゆっくりと過ごせ」
「はい」
今日の予定は朝食の後は、特に決まっていない。
夕方には帰る予定ではあるが。それまでの間は自由なのだ。
ノルド君の出荷と言うか、連行準備は完了している。
やることであった、カデンさんに結婚の報告と今後の協力関係の構築という点においては昨日で完了している。
なので久方ぶりの休養。
がっつりと何も予定のない休み時間が来たわけだ。
「ムラ君はどうする?」
ただここで一つ問題が、客人であるムラ君だ。
彼はもともとアポイントが取れていると思って来客した存在だ。
だけど実際にはアポイントは取れておらず、宙ぶらりんな状態になってしまっている。
当然今日の予定は、変わっていることだろう。
「私は……」
エヴィアとの触れ合いも重要だけど、あくまでそれは私的な話。
将軍として動くなら彼との接触も重要なことになる。
エヴィアもそれに関しては承知してくれていて、黙って成り行きを見守ってくれている。
チラチラとノルド君を見るたびに、彼は頬を赤く染める。
まぁ、ムラ君が頬を赤く染めるたびにノルド君の顔色は青く染まっていくが。
ムラ君がノルド君を見るたびに、ノルド君が俺に助けを求めるように視線を向ける。
何だこの流れと溜息をつきたくなるが、ここでムラ君とノルド君を二人っきりにさせてしまったら、ノルド君の懐柔及び教育に支障が出て、ムーラ家との繋がりにも支障が出るか。
「もし、時間があるなら少し時間をくれないか。昨日の試験で君の実力に興味を持ってね」
なれば、午前中は彼のスカウトに動いて、午後からエヴィアとデートの時間にする。
それを察したエヴィアがとんと、俺の膝付近を叩くと言うことは、同席すると言う合図。
「私を、ですか?ですが、昨日は全くと言って良いほど抗えませんでしたが……」
「これでも現役の将軍なんでね。むしろ、簡単に一矢報いられたら、俺の沽券に問題が出る」
評価するのはあくまで俺だ。
その俺が問題ないと言っているのだ。
出来ればノルド君と一緒に過ごしたい気持ちが強いが、俺のスカウトをないがしろにもできない。
少し迷った様子であるが……
「そういう話でしたら、喜んで」
前向きにとらえてくれて、面接の話になってくれた。
「なに、君にも悪い話にはしないさ」
であれば、時間に余裕はない。
すぐに話をしようと、カデンさんに目配せすれば彼も頷いてくれて同席してくれる話になる。
ノルド君の世話はイブさんがしてくれる。
そこからは当たり障りない時間が少し過ぎていく。
まぁ、一部芋虫のようにうねる人物がいないわけではなかったけど、総出でスルーの方針。
「それじゃぁ、私はこの子と話すことがあるので失礼するわね」
朝食が終わり、食後のお茶も飲み終わり、ニコッと笑顔を見せて、その細身に体のどこに力が隠れているんかと言わんばかりに軽くノルド君を肩に担いで去っていくイブさん。
細身の女性が、成人男性を軽く運んでいく光景に驚かなくなったとしみじみと考えつつ、俺たちはラウンジに移動。
俺、エヴィア、カデンさん、ムラ君と、当初の予定では考えられないメンバーが集まっている。
そのことに、本当に俺は今の会社に入ってから、予定が未定になるものだと実感する。
執事の人に紅茶が再度用意された円卓の席に俺たちが席に座り。
「あの、それで、ご用件は?」
雑談から入るような雰囲気でもない状態で、オズオズといった感じで、ムラ君が話のきっかけを作ってくる。
なにせ話があると呼び出された当人だ。
本題にいきなり入っても問題はない。
「そうだな、時間もあまりないしな。単刀直入に行こう」
用意された紅茶が冷めてしまうのは申し訳ないが、紅茶には手を付けず、そのまま話を進める。
「現状、魔王軍が戦争の準備に入っているのは聞いているかな?」
「はい、実家の方でも戦支度が進められているので、近々大きな戦があるとは」
「相手のことは?」
「……勇者率いるイスアル軍だと」
「OK、そこまでわかっているなら話が早い。現状、魔王軍は将軍が二席ほど欠けていた状況で、ようやく俺という新しい将軍を補充できたと言う、数年前と比べれば万全とは言い難い状況になっている」
話の切り口は、魔王軍の現状と、戦の準備に関して。
単刀直入と言いながら遠回しな話し方になる。
だけど、これでも将軍からしたら単刀直入なのだ。
ムラ君はまだ外様、いきなりうちの軍は人手不足だから配下になってとは言えないのだ。
まぁ、色々と暴露した後でさらに今更と言えばそれまでだ。
「だから、ノルド君を一から鍛えなおすには正直時間が足りない上に、あの試験結果から完全に不合格と言っていい。すなわち、最初に言っていた君と一緒にノルド君を雇うと言う条件が満たせないでいる」
「それは、そうですが」
彼からしたら、ノルド君が在野になった方が都合がいいだろうが、俺の元でノルド君と一緒に働いた方が心情的にはつながりやすいと言うのも承知している。
けれど完全にノルド君が失態を晒している時点で、俺の言葉も理解しているだろう。
「でしたらなぜ、私に話を?」
不合格ならその場で言い渡せばいいのに、ムラ君との話の席を設けている。
その時点でなんとなく、話の流れを察しているムラ君は、じっと俺の眼を見つめる。
「ああ、そこで君に一つ、提案という名のお願いがあってね」
それに応えるように、俺はこの場で一つ彼にお願いを言うのであった。
今日の一言
区切りが見えたのなら、それは次の仕事の始まりだ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




