544 決定事項を覆すことは並大抵のことではない
今の時刻は、あの試験から少し経った夕食後くらいだ。
もともとこの世界は夜闇に包まれているから、夕方の概念も希薄どころか絶無。
なので今のタイミングの食事を夕食と言って良いのかわからないけど、とりあえず、ボロボロになったノルド君と客人として改めて向かえ入れたムラ君も一緒にノーディス家総出で夕食を取った後の時間だ。
豪勢な食事で歓迎され、いい具合に腹が満たされた後、これまた大きな風呂でゆったりとしたら眠気がやってくるものだが、流石に何も話さず眠ると言うことはない。
「……と言うことになった」
俺は、夕食前にカデンさんとしたやり取りを、与えられた客室でエヴィアに報告していた。
「ふむ、ノルドを足掛かりにするか。まぁ、父上の懸念もわからなくはないが」
「俺としては現実的に可能だと思うんだが」
「だろうな、お前があの存在とコネクションを作っているからこそ可能な話であるのだが」
その時に、俺の切り札とも言えるノルド君の教育係のことを説明したら、エヴィアに目を見開き呆れられた。
「いやぁ、ヴァルスさんと接していたらちょっとね」
「何がちょっとだ。本当であれば常人がその姿を見ることさえ困難極まる存在なんだぞ」
「…神よりは、会いやすいと思うぞ?」
「戯け、比較対象がおかしいのだ」
客室にあるソファで隣り合わせになるように座り、テーブルの上に用意されている食後のワインを楽しんでいたエヴィアは、困ったような笑みを浮かべ会社から持参してきたコンビニスイーツを一口摘まんだ。
そして、俺の交友関係がおかしいと苦笑する。
この時間帯に食べたら太るぞと言う、女性への禁忌とも言える言葉は彼女には関係ない。
その抜群のプロポーションを維持するための運動に事欠かない彼女は、カロリー管理などお手の物。
摂取した分は消費すればいいと言う理論で、割と何でも食べる。
そんな状況で指摘される俺の交友関係。
まぁ、魔王に始まり、悪魔や鬼、ダークエルフに吸血鬼、幽霊に巨人に竜、はたまた神や精霊と随分とファンタジー色に染まった感じはある。
「特級精霊と知り合う機会など、長命種の我々でも普通なら早々ない。会えたとしてもそれは一柱が限度だ。二柱だとしても、まだ奇跡の範疇に収まる。だが、貴様が知り合った特級精霊は」
「五柱だなぁ」
「戯け、何しみじみと他人事のように言っている。お前のその感性はおかしいのだと言う自覚を持て。それだけで一軍を一方的に壊滅できる戦力なんだぞ」
「失敬な、俺だって知らなかったんだ」
頭痛がすると言わんばかりに額に手を添えているエヴィア。
心労が溜まるのは申し訳ない。
それほどまでのモノを俺が提示したと言う自覚はある。
だが、言い訳をさせてもらえるなら、知り合えたのはあくまで偶然の産物なんだよ。
事のきっかけは、ヴァルスさんにダンジョン設営の手伝いを自棄っぱちで願った時の話に戻る。
あれやこれやと、懐かしさも相まって色々とダンジョンの設計に乗り気になってしまったヴァルスさん。
だけど、ただ乗り気になっただけなら良かった。
事もあろうにヴァルスさんは、懐かしさも相まって、とんでもないことをしでかしてくれた。
それは、集中しているヴァルスさんを邪魔するのも悪いと思い、俺たちが少し席を外し別の仕事をしていた時のこと。
ヴァルスさんがダンジョンの設計を請け負ってくれたからと言って、全ての仕事が無くなったわけじゃない。
やれることはやらないとと思って、魔力が吸われているのも気にせず仕事をして、一段落してから戻ってきたら、
「気づいたら増えてたんだ」
「普通は増えん」
何やら執務室が騒がしくなっていて、一体何事かと思って見れば、車座になってワイワイ騒ぐヴァルスさん〝たち〟の姿があった。
そう、〝たち〟なのだ。
最初は一人でせっせと資料を見て色々と作業をしていたのに、ほんの少し目を放していたら一気に増えていたんだ。
それも、上級精霊とかではなく、同格の特級精霊が五柱も。
「お前もお前で、魔力消費で気づかなかったのか?」
「いや、何か作業しているのかなって」
「強化されすぎて、消費している魔力量が誤差だと思い込んだのか」
「いや、戦闘状態よりは魔力消費は少なかったよ?」
「戦闘時の魔力消費に匹敵している時点で異変だと気づけ、戯け」
ちょっと目を放しているうちに増えてしまった精霊たち。
戯け戯けと、エヴィアに説教されつつ、あの時のことを思い出す。
時空を司る精霊だとは聞いていたけど、他の特級精霊の住む空間と直通で連絡が取れて呼び出せるとは思いもしなかった。
ムイルさんとケイリィさんと一緒に愕然と立ち尽くし、そしてそのまま紹介された出来事は今でも明確に覚えている。
ヴァルスさん曰く、ダンジョンを作ったときに一緒に働いた仲間だとのこと。
『いやね、つい懐かしくて呼んじゃったわ』
『『『『『こんにちわー!!』』』』』
出会いが衝撃的過ぎて、俺もケイリィさんもムイルさんも夢幻かと思ったくらいだ。
「あのムイルさんが幻覚かって目をこすっていたなぁ」
疲れが重なっていて、俺も一瞬そうかと考えたが、さにあらず、生憎と現実だったのだ。
「私でも、特級精霊が増えていたら目を疑う。四属性の特級ならともかく、お前のところに来た精霊たちは原初属性の精霊ではないのだろ?」
しかも、現れた精霊たちは有名どころの属性ではなく、マイナーで存在を疑われたり、伝説上で語られたりするくらいの属性なのだ。
「そうそう、なんか珍しい精霊らしいな」
俺からすれば、ガチャでSSRが出たような感覚なんだけど。
「珍しいと言う言葉で一括りにできる存在でもないんだが」
エヴィアからしたら、知られざる歴史の真実を明かされたくらいの衝撃らしい。
実際、この話を社長に報告した時には、腹を抱えて大笑いされるほど受けた。
隣でこの話を聞いていたエヴィアが、胃に手を添えているのを見た時は、本当に申し訳ないと思って、疲れた体にムチ打って限定のケーキを買いに走ったほどだ。
「まぁ、ヴァルスさんが契約したって言うのを珍しがってきたっていうのもあるみたいだし、同窓会みたいなものだって言ってたよ」
「伝説クラスの精霊が集う同窓会か」
「危うく、キノコタケノコ戦争がはじまりそうだったけど」
「私のダンジョンをそんな下らない理由で壊されてたまるか」
精霊をもてなす方法がイマイチわからなかったから、とりあえずありあわせで申し訳ないがお茶と菓子類を用意した。
喜んで食べてくれたからよかったけど、その際に起きた出来事を話したら、下手したらダンジョンが崩壊の危機に瀕していたと、眉間にしわを寄せたエヴィアにジト目で見られた。
特級というのは、大なり小なり、その分野に置いて最高位を治める精霊のことを指す。
戦闘に不向きな属性の精霊であっても、その長い年月を隔てる間に蓄積した経験は万に通じる。
「過去の文献には、家事精霊の特級クラスが暴れて当時の魔王が討伐されたと言う事例があるくらいだ。六柱の特級が暴れるなど、悪夢以外の何物でもない」
実際昔語りで、エヴィアの言うようなそう言った事例もあったりするのだから、精霊との接触は慎重にしないといけない。
「だが、それほどまでの実力を持った精霊に愚弟が指導されると言うのは千載一遇のチャンスとも言えるか」
扱いを間違えれば、かなりの被害を及ぼす精霊。
だけど、しっかりと礼儀をもってして接すれば相応の対応を返してくれるのもまた精霊だ。
大きくため息を吐き、非難の眼を向けていたエヴィアであったが、俺が用意したノルド君の教育係が特級精霊と聞けば、今までのトラブルに対しても割り切ってくれる。
ワインを転がすように舌で味わい。
これから起きるだろう苦労に向けて苦笑している姿。
昔のエヴィアだったら決して見せない、弱気な態度。
部屋の中には俺と彼女しかいないから、俺に対してだけ見せてくれている姿だ。
男冥利に尽きると思いつつ、空になったエヴィアのグラスにそっとワインの注ぎ口を向ける。
「しかし、愚弟の教師が〝教導〟の特級精霊か……運命というのはどう転がるか本当にわからないな」
「俺としてはまだ判然としないんだけど……俺の異世界知識の中でもそんな特異な精霊聞いたことはないぞ」
「人の歴史と一緒だ。学んだことを教え後世に伝え導く。その過程があるのなら概念が生まれ、その概念を糧にして精霊は生まれる。知恵というものを生物が得た段階で、その精霊が生まれる下地ができる。特級という階位にいるのも頷けるほどの古参の精霊だ」
俺の酌を受けるようにグラスの口をこっちに向けてくる。
この際なので俺は、ワインを注ぎながら、属性という概念に関して疑問をぶつけることにした。
なにせ、この話題の渦中である知り合った特級精霊たちは全員、俺の中の精霊という概念を大きく逸脱するような属性だったのだ。
「それにしたっておかしいだろ。教導を司る精霊トリス、記録を司る精霊テンダ、表現を司る精霊ビリオリ、家屋を司る精霊ジャッケーそして」
属性というよりは概念というものを司っている精霊たち。
言ったもの勝ちのような属性を司る精霊。
地水火風を司る精霊たちを、なんとなく平凡だと感じさせてしまうほどの個性を見せる特級精霊。
指折りで四柱の名前をあげて、最後の名前をあげようとしたら。
「そして、循環を司る精霊、マイルか」
エヴィアの少し艶やかな声が、俺が知り合った特級精霊の最後の名を告げた。
「ヴァルスさん曰く、ダンジョン生成には欠かせない精霊らしいけどな」
「間違ってはいないだろうな。今でこそダンジョンを作り出すためのシステム構築の基礎は出来上がっているが、昔はダンジョンの基礎というのは神の手で作り出されたと言われていた。だが、それでは説明がつかない部分も多々ある」
「ヴァルスさんは、私たちが作ったって言ってるけど?」
「システムや概念の方は間違いなく精霊が作った代物だろうさ。お前の話をまとめ推測するのなら、神が与えたのは器だけ、その器の中身を精霊たちが作った。そう考えれば色々と説明がつく話でもある」
なるほど、要は神がダンジョンのハードを作って、ヴァルスさんたち精霊はOSとかのプログラムを作ったと言うことか。
「なるほどなぁ」
俺としては、ダンジョンの構造自体は最近勉強し始めた分野だから、その知識は新鮮で楽しめるものとなっている。
エヴィアからしたら常識的な話なのかもしれない。まぁ、男女でする話にしては色気の欠片もないが。
エヴィアにとっては、ノルド君を教育してくれるのが教導を司る精霊だと言う事実が満足するものとなっている。
この手の話も、片手間にするだけの雑談感覚なのだろう。
知識をひけらかす様子もなければ、知識を教えていると言う様子もない。
あくまでごく自然に、俺に合わせて会話していると言う感覚。
教え導くことに関しては最高位の存在と言っても過言ではない特級精霊。
教えるための空間も、時間無制限と言えるヴァルスさんの時空間を使う予定だし、ある意味で最高の教育環境とも言える。
それでだめならどうするかと一瞬、聞いてみたいと思ったが、
すっと目を細められ、いつまでこんな色気のない話をするつもりだと視線で諫められてしまえば致し方なし。
「ま、あとはノルド君次第かな」
この話はここまで、最高の環境を生かすも殺すもノルド君の努力次第。
今はまず、ちょっと不機嫌になりつつあるエヴィアの機嫌を回復させることに専念するとしようか。
今日の一言
知らぬ間に決まったことでも、決定事項と言える。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




