543 予定はあくまで予定、変わることは多々ある。
戦闘試験は無事終了、いや無事終了したのか?
まあいいかと、結果に納得しつつ、俺は俺でほこりにまみれた服から着替えて、今はカデンさんと一対一で向き合っている。
「それで、どう判断したかね?」
軒先の庭で、先ほど行った試験の結果を告げるためだ。
仮にも他人の家での大立ち回り。
俺の判断を告げないのは不義理に当たる。
「見ての通りとしか言えませんね」
エヴィアは伸びたノルド君や、その看病をしようとしているムラ君の付き添いで別室にいる。
なので、ここには俺とカデンさんと世話係の老執事のみ。
苦笑一つこぼす俺に笑みを浮かべるカデンさん。
あの戦闘試験の結果はおおよそ、予想通りとしか言いようがなかった。
「騎士団の方は、いい経験になったとエヴィアが言っていた。私としても就任したてとはいえ、現役の将軍と手合わせできたのは得難い経験だ。若い者たちにとってもこれを機により一層の奮起が見込めるだろう」
「若い者と言っても、俺よりはずっと年上でしょうが」
「ははははは!確かに、元人間である君より年下の者はいないと言っても過言ではないがね」
元人間…事実、今では人の姿をしている何かと形容するしかない存在に俺はなっている。
別に意識そのものを塗り替えられるような何かを背負っているわけではないので、気にすることはない。
もっとも、いずれ仲間を見送る側になるという点においては気にするべきところなんだろうなとは思うが、今は置いておこう。
「それで、ノルドとムラ君に関してだが」
本題は、二人を預かるための条件。
元々、二人を俺の手元で預かるならと出した条件に適うかどうかの判断をするための実地試験だ。
あの戦いで、二人が俺の部下として耐えられるかどうかを見極めたのだが……
「ムラ君は問題ありませんが、ノルド君は残念ながら……」
「そうか……」
ノルド君には可能性を見い出せなかった。
ムラ君が離脱した後も、俺は執拗にノルド君を追い詰め、最後の方までダメージというダメージを一切合切与えずに精神的に追い詰めまくった。
鎧の方は傷だらけになり、一部露出している部分も見られたが、生身には吹き飛ばされた際に転んでできた擦り傷程度のモノしかない。
そして最後に、
「殺気をぶつけて、腕を切る幻視をさせたんですが、そこで意識を失ってしまったので」
「まったく、あいつは。貴族として情けない」
「一般人なら、あの反応で間違ってはいないんですが」
「守られる側の市民ならという話だ。あいつは、守られる側ではなく守る側だ。市民を守り、生活に平穏をもたらし、民に富をもたらす。それが貴族。それができているからこそ特権階級と呼ばれるのだ。アイツはその自覚がまるでない」
「立派な心掛けです」
「私が立派であっても、息子があれではな……」
本気の本気で殺気を叩きつけて追い詰めたが、それでもノルド君は最後まで尻尾を撒いて逃げていた。
逃げ切れず、追い詰められたあげく気絶しては、どうしようもない。
呆れて肩をすくめるどころか、どうするかと困惑してしまったくらいだ。
「最悪、勘当処分にするしかないのか」
見込み無し。
俺の言葉でノルド君に対しての期待は地の底につき、大きな溜息とともに貴族としての処分を検討し始めるカデンさん。
「いえ、そうするのでしたら一つ、ご検討していただきたい内容が」
「検討?何かね?」
そこに待ったをかける。
ハッキリ言って、ここからノルド君を再起をさせるのはかなり難しい。
というより、よほどの意識改革を進めない限りは無理だと言ってもいい。
「実は、ムラ君を自分の部下に欲しいと思いまして」
「ムラ君をかね?確かに、見る限りかなり有能な子だと思うし、君が欲しがる理由もわかる。だが、彼はあくまでムーラ家の子息だ。私にどうにかすることはできんぞ」
「わかっています。なのでからめ手と言うわけではないのですが、ノルド君の教育を自分の方で承ります」
「……ノルドを餌にするというわけか。だが、それでムーラ家の当主が納得するか。当人の意思があっても派閥をまたいで無理矢理となるといい印象は与えられないぞ?」
だが、その意識改革をするにあたって方法を問わないというのなら再起の可能性はあるし、何より、ノルド君に付属してくるムラ君が有能だ。
ここで一つ、勢力拡大をしておきたいことも踏まえれば逃すのはもったいない。
「そこは交渉次第です。ノーディス家の後ろ盾だけでは不満というわけではないですが、ノーディス家を孤立させるというのも美味しくはない」
「……確かに、エヴィアを君に嫁がせたことで先見の明があるともてはやされてはいるが、内容の半分以上は嫉妬だな。利権を少しでも得ようとすり寄ってくる貴族も多い。我が派閥だけで独占するには、君が生みだす利益はあまりにも大きすぎる」
「なにせ、異世界との交流を魔王様直々に任されるわけですからね。主導は魔王様になるわけですが、管理するのは俺です。そこで、身内に融通を利かせられるとなれば……まぁ、妬みの一つや二つ生まれてこない方がおかしい」
こちとら、ただでさえ成り上がり者ということで敵が多いんだ。この上、さらに敵を増やしたくはない。
幸いにして同僚の将軍たちは半分以上俺の味方になってくれている。
そのおかげで孤立しないで済んでいる。
目下厄介なのは、地盤固めのためにすり寄ってくる貴族たちと、不穏な空気を漂わせているイスアルの情勢。
早急に支援体制を整えないといけない俺としては、有力貴族で都合のいい存在のムーラ家とはぜひとも協力関係を築きたいと考える。
「……君の方にムーラ家の縁談が来るという可能性もあるがね?」
「血のつながりという要素を気にしない家系ならその可能性も十分にあるかと。そして、それを断れば良好な関係を築けないという可能性があるのも承知済みです」
「受け入れると?」
「いえ、そのためのノルド君です」
ネックになるのは関係性。
ノーディス家と俺との関係は、養子とはいえ、ノーディス家の娘であるエヴィアと婚約しているという政略結婚みたいなことで築かれている。
政略結婚と言っても今は仲が良好で、スエラたちとの関係も良好だ。
政略という部分は最早建前になっている。
となれば、同格ではないにしても、それに近い家格を持っているムーラ家も同等の対応を求めてくるはず。
となれば、その手段は、養子を取って俺に女性をあてがうか、あるいは俺に嫁ぎたいという息子をあてがうかの二択が有力。
まぁ、俺にその気があるならそれも有りなのだが、生憎とそれはないし、スエラたちを囲っている段階でその手の噂は立たない環境が生まれている。
なので、カデンさんの心配も可能性は低いと考えている。
「ノルドが盾になると思うか?一見すればムーラ家と君とを繋ぐ良物件に見えるかもしれないが、実際はそこまでの要素を兼ね備えていない。すぐに見破られて、ぞんざいに扱われていると思われても仕方ない。あまりうちの息子を当てにするのは危険すぎるのでは?」
俺の提案から、ノルド君を直属の部下にして、さらにムラ君と繋げることによって間接的に俺との関係を作るという算段をカデンさんは推測し、それに難色を示す。
カデンさんの言う通り、一見すれば、ムラ君とノルド君が繋がることによりノーディス家とムーラ家に関係が生まれる。
さらに、ノルド君を俺の部下に迎えれば、新規勢力の将軍とのつながりもできると、かなりいい条件に聞こえるが、その条件を繋げるノルド君があれではぼろが出て、不幸になる運命しか見えない。
期待のし過ぎだと言われればその通りだ。
「指導します……と言っても不安は残りますでしょう」
「そうだな。言っては何だが、あの息子だからこそ良くない意味で信用がある。貴族としても父親としても、あれを他人に任せるというのは不安があるというのが今回の件でわかった。ここまで来れば、本当に離縁し、民として暮らすのがノルドのためと思えてならん。君が考えているような大役を成せる器ではないのだ、アイツは」
そして俺はまだ若い。
ノルド君と呼んではいるが、俺は彼よりもはるかに年下。
エヴィアと婚約しているから、義弟として関係を築いている。
そんな状況では、俺が指導してもノルド君が簡単に役に立てるような存在になれないという不安が残るのは仕方ない。
カデンさんも、ここまで追い詰められても自己保身に走っている段階で貴族として終わりだろうと諦めかけている。
このままいけば、待っているのは領地内の辺境で一市民として過ごす軟禁生活。
血を残すことも許されず、適当な生活を送るだけのスローライフだろう。
まぁ、貴族の世界なら、事故死や病死という対外的な理由をつけて始末するケースもあるから、それに比べればまだマシな未来だ。
勘当と口にしているが、管理外に置くことはない。
これが、親としての最後の情けと言うわけだ。
これ以上厄介なことをしたら、いよいよ自裁も視野に入ってしまう。
まったく、面倒な状況というわけだ。
ここからは俺の交渉次第というわけか。
ムーラ家との交渉を、最悪、俺のブランドだけで行うことも可能だが、そうなると先ほどカデンさんに言われた縁談という形に落ち着く可能性が高い。
相手は大貴族。
ノーディス家と同等の扱いを求めれるほどの権力と家格を持っている。
いくら俺が将軍だとしても、いや、将軍だからこそ俺を取り込もうと画策してくるだろう。
そこで、こちらの都合よく物事を進めるためには、ムラ君とノルド君の関係は非常に美味しいのだ。
しかし、ノルド君は、今現在は仮にもノーディス家の名を背負った長男。
もし仮に、ここで俺の部下として出向してしまうと、何か失敗があればノーディス家にも影響が出る。
感情で判断するには、危険が大きすぎるとカデンさんは思っているのだろう。
気持ちは理解できるし、リスクも大きいと思われる。
だけど、俺は一つ策があった。
「カデンさん、一つだけお聞きしたいのですが、時間があれば教育できると思いますか?」
それは、俺が契約している精霊ヴァルス。
特級精霊であり、時空を司る彼女なら、魔力さえ用意出来ればいくらでも教育を施せる上に、悪魔である彼なら多少寿命が縮まることにも目を瞑れる。
「……時間、百年、いや二百年ほど指導できる時間があるならそれも可能だと思うが……そんなことができる……!」
「ええ、出来るんですよ。俺なら」
いかに無能と思われる存在でも、スパルタで長時間しごけば多少使えるようになる。
そして、精霊には多種多様な種族がいて、中にはマナーの精霊がいるとも言われている。
ネックになるのが時間だというのなら、その時間を俺は解決できるし、教材面でも用意できる。
「すぐに挑戦するわけじゃありません。とりあえず指導結果を見てからという段取りでどうでしょう?それと、お耳を少し」
「なに?」
さらに、精霊以外の指導役も俺には心当たりがある。
ここから先は少々人に聞かせ辛い内容なので、コソコソと小声で話していくと、どんどんカデンさんの目が見開いていき、
「それは!?」
「どうでしょう?」
「いや、確かにそれなら可能か、いや、しかし」
「彼の場合、ここまでのことをしなければ改善の芽が出てこないと考えるのですが」
「……荒療治としか言えない力任せのやり方だが、必要だと思えるな」
「でしたら」
「止むを得んか。一か月程度なら私の方でノルドの行方を誤魔化すこともできる」
「そこまでいりませんよ、一週間あれば十分です」
「わかった。であれば早急に用意しよう」
俺との交渉に合意してくれるのであった。
今日の一言
予定は、常に切り替わる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




