541 仕事中に興が乗って、目的を忘れることもある
さて、いきなりだが諸君、自分の性格、癖と言ったものを十全に把握しているかと聞かれて、全部把握できていると頷けることができるか?
もしかしたら頷ける人もいるのかもしれないけど、少なくとも俺は頷けないと答える。
なにせ、
「はははははははは!!ほらほら逃げろ逃げろ!!」
『おまえ!絶対に楽しんでるだろ!?うお!?今の掠った!?掠ったろ!?ヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!?』
「将軍というのはこれほどの実力者なんですか!?」
今の俺は絶賛戦いとも言えない戦闘行為を楽しんでいるのだから。
昔の俺はなら武器を振るうことに喜びを感じていると聞けば、中二病かと鼻で笑うだろうが、今の俺はそれはもう、敵役に出てくるほど邪悪な笑みを浮かべているに違いない。
木剣を嬉々として振るい、斬撃を飛ばす。
訓練用に舗装されていると言っても、エヴィア曰く、斬ることに関しては軍内部でも五指に入る俺の斬撃を受け止められるほどの強度はない。
斬撃による跡が入り、さらには遅れて発生する衝撃波。
斬撃が音を、振動を置いてきている証拠。
その場から微動だにせず、振るっている斬撃。
本来であれば踏み込みや、腰の捻り、肩の動き、さらには指先の握り込みと言った様々な要素を噛み合わせなければ十全な斬撃は発生しない。
それなのにもかかわらず、俺が振るう斬撃から懸命に逃げる二人のほか、
「前衛防御!!」
「魔力を回せ!!防御以外に考えるな!!」
「三班!魔法準備!!相手を並の存在と思うな!!いや、相手を自然災害だと思え!!」
「五班三名意識が飛びました!!衛生兵!!衛生兵!!」
「いや!傷はない!!気付け薬で目を覚まさせろ!!」
エヴィアが、二人だけではなぶり殺しにされるだけだということで、ノルド君とムラ君がいる方向以外の二方面からノーディス家の警備をしている私兵が俺に襲い掛かってくることになった。
おまけに俺は、木剣を振るう右腕以外の使用を禁止されている。
むぅ、なかなかしんどいぞ。
「せめて、魔法だけでも使えればいいんだけど、エヴィアにそれも禁止されているからなぁ」
斬撃とは元来、その刃が届く範囲が攻撃の距離だ。
そこに踏み込みを加えることによって、その攻撃範囲を広げたりすることができるのだが、移動を封じられたことによって、攻撃範囲を絞られた。
さらに加えて、魔力は身体強化のみ許されていて、俺の十八番の装衣魔法は禁止されている。
まぁ、あれやると切れ味なり効果なりがエグイことになるから、流石に実戦ではない訓練じゃ使わない。
「まぁ、これも訓練訓練」
『訓練で!こんな死ぬ目にあってたまるかぁ!!!教導隊に教えてもらっていた時の方がまだマシだぞ!?』
「お、まだ余裕があるか、回転上げてくぞ」
『ぎゃああああああああああああああ!?』
おかげで〝物理的〟に空気を圧縮させて斬撃を飛ばす行程を踏まないといけないという面倒なことになっている。
ノルド君たちはもちろん、私兵たちにも攻撃を当ててはいけない。
斬撃を全部横すれすれに切り込んで直撃はさせておらず、ただ単に衝撃波で吹っ飛ばしているだけ。
「おおー、中位魔法か」
だけど、相手は全力で俺に勝つ気で攻撃してくる。
上空を見ることなく、感覚で魔力を捉え、上空から絨毯爆撃のごとく降り注ぐ魔法の数々。
「ほいっと」
「なぁああああ!?あれだけの魔法が一瞬で!?」
まぁ、中位程度の攻撃なら物理的に切り飛ばせるから問題はないけど。
さっきから、いっこうに輪郭を見せる暇のない俺の右腕。
一般人から見れば右腕がないように見えて、少し動体視力がいい兵士が見ればぶれているように見え、スエラくらいの実力なら腕が複数本あるように見えるだろうか。
エヴィアや教官、ヒミククラスなら、この速度でも十分に余裕で対応してくるから、俺自身はまだまだギアをあげることはできる。
ノルド君たちの試験だからそっちに手間をかけないといけないのは百も承知。
なので私兵の皆さまたちの相手は少々雑になるのはご了承を。
だけど、しっかりと対応はする。
きちんと中位魔法の一つ一つ斬り飛ばしたんだからいいだろう。
「ほらほら足が止まってるぞ~、ポーション飲む暇がないとすぐに首がチョンパされちゃうぞー」
まぁ、向こうも向こうで、俺の攻撃を生身で味わえる経験は得難いものだったらしくて、ちょっと離れた場所で指揮をする立場の人がエヴィアに指導されながら俺を攻める方法を模索している。
その際に唇を読んで会話の内容を推測したけど、将軍位の存在が襲撃してきたときの想定って……まぁ、間違ってはいないんだけど。
まぁいっか。
今はノルド君とムラ君に集中っと。
元々は、彼らを見極めるために行っている戦闘試験。
なんで戦って相手を見極めようとしているのかって?
面接や面談、はたまた試用期間で見極めればいいじゃないかという話でもあるが、これは教官の受け売りだ。
戦い、窮地に陥った時こそ、人間本性が現れると。
実際俺がそうだったからな、一回死にかけてからの方が魂の輝きが違って、本性が出てきたとフシオ教官も言ってた。
キオ教官的には、拳を交わした方が相手のことを簡単に知れるとかなんとか。
実際どうなんだろうと疑問を挟む余地は一応ある。
足が止まりかかっていたノルド君の側に斬撃を飛ばして、足を止めさせない。
『ヒィイイイイイイ!?死ぬ死んじゃう!?』
「ノルド様!こちらに」
全力で逃げに回っているノルド君をサポートするように、鞭を使って避難させているムラ君。
さっきから同じような光景を何度も見ている。
いやぁ、べた惚れなんだねムラ君。
そこまで惚れ込まれるって、ノルド君、君は一体彼に何をやったのだよ。
「こちらを飲んでください」
『ひぃひぃひぃ、ゴポ』
今も甲斐甲斐しく、鎧の隙間からポーションを流し込んでいるように見えるけど、本当にどうやったらこんな窮地でも一途に支えることができるのだろうか。
とりあえず、ムラ君よりも先にバテているノルド君に体力練成も課題に入れなければと心の中でメモしながら、ノーディス騎士団の相手をしつつ、その二人の様子を見続ける。
「ホレホレ、動け動け、一歩でも俺を動かせたら終わりでいいぞー」
当たれば一刀で首を斬り飛ばせる風刃。
魔力も込めて無い、ただの物理現象。
たったそれだけの現象で、俺はこの場に嵐を造り上げる。
台風の目になり、俺の周りだけ凪。
刃の先は不可視の嵐が吹きすさび、凶刃となり、大地を削り、そして魔法を消し去る。
いやぁ、俺もついに人外になったかぁと今更な感想を胸に、右腕を休ませることなく稼働させ続ける。
肩幅に開いた足を頼りに、生み出した斬撃の嵐。
本当であれば、無理矢理鉱樹と同じ長さに拵えた木剣を振るえば、いかに体幹を強化していてもバランスを崩してたたらを踏んだりするものなんだが、魔力で強化された体はまるで地面に足を縫いつけたのかの如く、不動を貫く。
「これ以上の防御は危険です!!持ちません!」
「持たせろ!!後ろには守るべき主がいるのだぞ!!」
そんな暴風で悲鳴をあげるのはノルド君だけではなく、ノーディス騎士団も悲鳴をあげ始めている。
後ろにいるエヴィアなら俺と互角以上に戦えるから、何とも言えないんだけど……
まぁ、気にしても仕方ない。
まぁ、悲鳴をあげられるってことはもう少しレベルを上げても問題ないということ。
教官も言ってた。
「ぎゃああああ!?」
「前衛が崩れたぞ!!」
「立て直せ!このままでは後衛にも被害が出るぞ!!」
悲鳴が上がらなくなってからが本番だって。
苦情が出るうちはまだ余裕がある。
悲鳴が上がるのならまだ一歩だけ下がれる。
無言になったときが瀬戸際だと。
その理論で行くのなら、ノルド君やムラ君はもちろん、ノーディス騎士団にもまだ余裕はあるということ。
「おっと」
実際、今一瞬の隙をついてムラ君が攻撃を飛ばしてきた。
「おおースリングショットか。貴族なら使わないような武器だと思ってたけど」
それも魔法でも、武器でもなく、そこらに落ちている石礫。
ゴムなどの伸縮素材を使って放つ道具。
所謂、パチンコと呼ばれる道具だが、子供の使う遊び道具と違い、武器としてのスリングショットは普通に頭蓋骨程度なら貫通するし、この魔法世界の武器なら威力も桁違いに高い。
音もせず、弾もそこら辺に落ちている石ころで代用できるから、下級兵士や冒険者が愛用する武器だ。
貴族であるムラ君が持ち出してくるとは、ちょっと予想外。
魔法も度々使っているから魔法を使えないというわけではないんだろう。
手段の一つとして割り切っているのか。
さっきから逃げ回っているノルド君と違って、頑張っているな。
ただ。
「うーん、攻撃を当てないで追い詰めるっていうのは中々難しいなぁ」
仮にも貴族の子息たち、怪我させたらノルド君はともかくとしてムラ君の方は面倒だ。
そう思って攻撃の直撃はしないようにしているけど、ハンデが重すぎて、なかなか追い詰められないでいる。
まぁ、騎士団には加減はしているものの、容赦なく攻撃をしているが……
その差があってか、騎士団の方が先に音をあげそうな現状。
悲鳴をあげる余裕もあれば、ワタワタと動き回ることもできている。
そのノルド君をサポートするムラ君も攻撃が当たらないという余裕からか、必死に反撃してきている。
だがそれも、苦も無く迎撃できる。
「ホレホレ、もう少しで騎士団が壊滅するぞ~。そうなったら君たちに集中攻撃できるぞ~」
ムラ君の余裕は、エヴィアの気遣いによって生まれた偶発的な余裕だ。
このままいけばノルド君たちに集中できる環境が整うのも時間の問題。
必死に騎士団たちも抗っているように見えるが、ベテランが足りず、新人を中心に組んでいる編成なので実力的には優秀であっても、俺相手には不足だ。
『ぎゃー!無理無理無理無理、死ぬぅ!?』
その中で一番騒がしいのは、ミスリル製のフルプレートアーマーに身を包んで、ある意味で一番安全な防具を着ているノルド君なのだが。
スレスレ、それこそ二センチくらいの隙間しかない風刃が顔の横を通り過ぎて行って涙声で悲鳴をあげている。
いやぁ、元気。
「大丈夫ですか!?ノルド様!?」
そして、そんな情けない姿を見て普通は幻滅すると思うんだけど、何でここまで健気にサポートするんだろう。
いっそのこと応援すらしたくなってきたぞ。
『次郎』
二人の行動に少々胸焼けを感じてきたタイミングで、エヴィアからの念話が届く。
ちらっと視線をエヴィアに向けて見る。
『そのままでいい。聞け』
戦闘中に余所見をするのはあまりよろしくない。
それを指摘するエヴィアの言葉通り、騎士団とノルド君たちへの攻め立てに集中する。
『このままだと追い詰めきれん。私の方で医療体制を整えておく』
そしてエヴィアの言っている言葉が少々不穏な空気を醸し出している。
これは、もしかして。
『父上に許可を取った。腕の一本や二本、足の一本や二本は構わん。命があるなら治してやる。切れ』
まさかの親族からのゴーサイン!?
『え、いいのか?』
思わず、念話に返事をしてしまった。
やろうと思えばすぐに切断することはできる。
流石にエヴィアの家族だから遠慮していたのだが、その親族からのゴーサインか。
『ここまでハンデを出して何もしない、あの愚弟が悪い。父上も母上も了承している。ついでだ、魔力も制限を解除する。騎士団の方にも通達しておいてやる。次郎、遠慮はいらん。殺さぬ程度なら何をしてもかまわん』
そしてそこには家族への遠慮がない。
魔王軍の幹部としてのエヴィアがいて、
『やれ』
「了解」
その思いに俺は答えるのであった。
今日の一言
思わずのめり込むというのはあるよな。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




