538 話を聞いて話が違うと思うことはよくある
自分から口説いておいて、逃げ出すとは……
「救いようがない」
「そうだな」
端的に言ってクソだった。
俺とエヴィアは揃って溜息を吐き頭を抱えることになった。
「ああ、ちなみに彼が男だといつ頃認識した?」
「……1カ月くらい?」
「馬鹿だろ」
そしてさらに救いようがないことを顔を逸らしながら言うノルド君に対して、つい本音がポロリとこぼれた。
「だってこの容姿だぞ!ふつう気づくか!?」
そんな俺に対してムラ君を指さしながら、その容姿に関して言及する。
確かに彼の言う通り、一発で彼が男であることを見抜くのは難しい。
艶やかな髪に、整った顔立ち、胸部こそ膨らんではいないが、そう言った女性もしっかりといる。
綺麗というよりはかわいいと思わせ、庇護欲を掻き立てる雰囲気も彼を女性だと認識させる。
だが、それはこうやって普通の場で会ったからだ。
もし仮に男しかいない場所に混じっていたとしたら話は別。
普通は警戒するし、そもそも訓練中にそんな邪なことを考えるわけがない。
「気づく気づかない以前の問題だ。訓練期間中に口説くとか、正気か?」
もし仮に俺がそんなことをやったとすると、怖くて想像もしたくない。
今ほど戦闘能力がないあの時の状態で、あの教官二人を前にして女を口説く。
何だそのバッドエンドまっしぐらな選択肢。
『女にうつつを抜かせる余裕があるなら、ちょっとは本気でやってもいいよな?』
『カカカカカ、然り然り。ワシも少し本気を出すとしようかの』
あっさりと二人が何を言うか、そしてどんな表情をするかを想像できる辺り、あの二人から恐怖心を植え付けられていると言ってもいい。
物理的な死が身近にありすぎた故の妄想なのかもしれないが、その妄想を現実にしてしまうような鉄拳や魔法が飛び交っていた事実もある。
「いっそそのまま添い遂げた方がいいのかもしれないな」
「そんな!?」
「私もそう思えてきたぞ、貴様もこんな奴でいいのか?言っては何だが、毒にも薬にもならないようなやつだが、有体に言えばクズだぞ?」
見た目は美女、実際は男という存在であるが、ここはミマモリ様からの依頼である見合いの件は別の人を用立てて、ノルド君には彼と添い遂げてもらった方がいいような気がしてきた。
「あんな熱烈に私を口説いてくれた殿方はいませんでしたので」
エヴィアも、ノルド君の行動には呆れてこれ以上何かをするという気力がわかないようで、少し疲れたような感じでムラ君に問いを投げかけるが、その答えこそ求めていたと言わんばかりに頬を赤く染め、蠱惑的に微笑むムラ君。
並の女性よりも女らしく。
色香を兼ね備えた彼。
そして先ほどから感じている独特な魔力
一見、人間の女性に見える姿だが。
「君はもしかして悪魔か?いやこの場合淫魔と言った方がいいか?」
その種族は悪魔の中でも珍しい種族の淫魔、サキュバスやインキュバスと言った方がわかりやすいか。
人の世に溶け込み、人の精を収集する悪魔。
「わかります?」
ただ、その種族は魔王軍の中でも珍しい存在だ。
俺も会社内で何人か知り合いがいるが……それも社内で必要な人材だからという理由で集めているから会う機会があるだけだ。
にこりと笑って否定をしないムラ君。
淫魔という種族は、種族柄命を狙われるケースも多いらしい。
なので、その歴史ゆえに戦闘訓練を積むようになったそうだ。
種族固有的能力ではなく、普遍的な努力によって戦闘能力を得る。
よって表立って行動している淫魔は戦闘能力が高いことを示す。
種族がバレたからと言って動揺することなく、むしろ気づいたことを称賛するくらい彼には余裕がある。
「何人か会ったことはある。魔力の波長が独特だから印象に残りやすいんだよ」
そしてその戦闘能力をひけらかすわけではないだろうが、余裕をもって対応しているメンタルを見て俺は興味が沸く。
「私、これでも淫魔の魔力は隠しているつもりなんですけどね」
その特徴的な能力は相手を魅了する事。
ただ、それは相手に好印象を与える程度の作用で、魔力抵抗が強い相手にはさほど効果は出ない。
魔力抵抗の低い相手でも、いい人と思わせる程度の能力しかない。
どこかの薄い本の漫画みたいに、相手を発情させたりするような能力はなかったりする。
故に彼らや彼女たちは、戦闘能力という点では一歩劣るが、諜報員としてはかなり優秀な種族だったりする。
正しく、俺が興味を持ったのはその点だ。
「相手の魔力を感じれるように訓練しているからな。なりたてとは言え将軍だからな、これくらいの芸当ができないと枕を高くして眠れないんだよ」
「大変ですね」
「ああ、だが、やりがいはある」
会話して、そこまで嫌な感じもしない。
淫魔だからそう言った印象に落ち着くのかもしれないが、それはそれで能力が高いと評価することはできる。
「おっと、話が逸れてすまない。君はノルド君に求婚するためにこの場に来たっていう事情で間違っていないか?」
「間違っています。私と彼は、あの日結婚の約束をしているので、正確には結婚の許しをもらいに来たのです」
「ノルド君?」
どこかの派閥に所属していないのなら、ぜひとも欲しい人材だなと思いつつ、組織の長としての考えはひとまず置いておき、とりあえずは状況を確認せねばと話の軌道修正を行ったが……
話しが進めば進むほど、ノルド君が墓穴を掘っているような気がしてならない。
ああ、このパターン。
どこかで聞き覚えがある。
これはあれだ。
向こうに責任があると言い訳して都合のいいことばかり言って、実は原因がこちらにあったと発覚した時の対応そっくり。
だからだろう。
「ひぃ!?」
つい、ノルド君のことを虫けらを見るような目で見てしまった。
お前にわかるか。知りもしないところで大惨事を引き起こされて、その後始末をする者の辛さが。
勝手に他人の責任を自分の責任にされる辛さが。
この怒りは完全に八つ当たりなんだが…それでも言っていることの整合性が取れない話を聞くと、怒りを抱かずにはいられない。
「はぁ、愚かだとは知っていたが、ここまでだったとは」
ノルド君の迂闊な発言が出てくる出てくる。
ハッキリ言って、もっとしっかりと確認しなければヤバいものが出てきそうだ。
「これは、見合いの話の件は別の奴に任せた方がよさそうだな」
「ああ、正直、ここまで来ると彼に任せるのが不安になってくる」
「私もここまで見込みが違っていたとは、迂闊だった」
本当だったら調教まがいの教育を施すことでノルド君をミマモリ様が行う予定のお見合いの席に送り込む計画だったのだが、あまりにも行動が杜撰すぎて、さらには迂闊な言動が多すぎる。
ここまで来るとさすがの俺もフォローの仕様がない。
「え?見合いってどういうこと!?俺に!?どこの美人さん!?」
そして結婚の話が来ていると聞いて、怯えが欲望を上回って元気ハツラツな表情を浮かべるノルド君。
なんとなくエヴィアが毎度折檻をしている理由がわかった気がする。
海堂も調子がいい性格だけど、ここまで向こう見ずな性格ではない。
ここまで見事に空気が読めないというか、自分にとって都合のいい部分しか聞こえていないのは最早末期と言っていい。
「そんな!?私というものがいるのに、ノルド様!?」
そしてノルド君に見合いの話が来ていると聞いてショックを受けるムラ君。
涙を潤まし、そして悲し気にショックを受けたような仕草を見せる。
本心なのだろう。
そしてなんとも乙女チックな仕草だ。
並の男ならその仕草に罪悪感を抱くことだろう。
「そう言うことみたいだ!いやぁ!家からの縁談なら個人の約束は守れないなぁ!!」
だが、ノルド君はその一般的な男の感性は持っていない。
俺たちがノルド君に縁談を持ってきたと言うことがよほどうれしいのか、ニッコニコでムラ君を振りにかかっている。
通常、貴族間の交際あるいは結婚は、家同士で行うのが一般的だ。
血のつながりによる家同士の協力関係を構築し、将来に備えるためだ。
なので、高笑いが出てきそうなほどノルド君が上機嫌になるのは理由があったりする。
そう、家同士の結婚、所謂政略結婚は基本的に結婚する当人同士の意思が介在しない。
それが上位貴族になればなるほど、そういう風潮が出てくる。
そしてノーディス家は、上位貴族の中でもさらに上位に食い込めるほどの有力貴族だ。
社長、現魔王からの信頼が厚く、莫大な領地を与えられている段階でそれは察せられる。
そしてそんな有力貴族の子息だからこそ、政略結婚が当たり前。
ただ、彼の普段の行いが祟ってどんなに有力貴族だろうと、将来没落するのが目に見えていると言われるほどの出涸らし子息に嫁ぎたがる令嬢はいない。
いたとしてもノーディス家を乗っ取る気満々な野心にあふれた令嬢だ。
そんな女性を身内に抱え込むようなことをするわけがない。
いや、そもそもエヴィアが目を光らせている段階で、そんな令嬢は現れるわけがない。
それほどまでに魔王の右腕と呼ばれるエヴィアは有能で恐れられている。
では、そのエヴィアが持ってきた見合いの話ということは、ダメダメなノルド君を許容でき、さらに野心もない理想的な女性と解釈できる。
さらに家同士の決めた結婚なら、いかに当人同士が交わした結婚の約束だろうと破談にする効力がある。
それが貴族という存在。
だからこそノルド君は、同性愛を掲げるムラ君の求婚を躱すことができ、政略結婚でも女性と結婚できることに歓喜した。
「たわけ、今のお前に見合いの席など用意できるわけがないだろ」
だが、それは通常の貴族の話だ。
言っちゃなんだが、ここまで性格的に問題があると俺でも庇いきれないし、教育を施すにしても時間がかかるだろうな。
そしてミマモリ様からの要望はできるだけ早く叶えた方がいいだろう。
すなわち、エヴィアが予定の変更を切り出すのも自然な流れだ。
「はぁ!?なんで!?」
そして、冷たい視線に向けて嘘だろと驚くことができるノルド君の神経の太さに俺も溜息を吐きたくなってきた。
どうしてそこで何でと疑問を挟めることができるのだろうか。
胸に手を置いてゆっくりと考えれば、自分の日頃の行動がよみがえって思い当たることが一つや二つや三つ、四つ……十個くらい思いつくはずだ。
「むしろ、俺からしたらいっそのことムーラ家に婿入りして、その性格を矯正してもらった方がいいような気がするんだけど」
「確かに、ここまで熱心にお前を思ってくる存在が今後出てくるとは限らんな。私もそれならそういうことを前提とした方が今後は動きやすいか」
そして言っちゃなんだけど、ここまでやって棚から落ちてくる牡丹餅を求めるノルド君は、一度人生の辛さを味わった方がいいのではと心底思う。
ついさっきまで教育でどうにか戦力にしようと考えてたけど、彼の行動と態度をみて考えを改めた。
いや、完全に見限ったわけではない。
「い、嫌だぁ!?姉上そんなことを言わないでください!嘘だと言ってください!ほら!?ちょっとしたお茶目だと言ってくれー!!」
エヴィアがそんな嘘を言うわけないのは彼が一番承知しているはずなのに、ゼロである可能性を一パーセントに引き上げるために、絶望を拭い去る努力をする。
全力でエヴィアの足に縋りつこうとしたが、流石に義弟とはいえエヴィアの体に触られるのは許せない。
「はいストップ」
「ぐほ!?」
跳びつくように跳んでくるノルド君の襟首を空中でキャッチ。
その所為で首が締まって変な声が出ているが、それは気にしない方向。
さて、ここからが問題だよなぁ。
涙目で訴えてくるムラ君、そして涙目で俺を見上げるノルド君。
この後のかじ取りが重要になる状況だよなこれ。
今日の一言
言ってることとやっていることが違うと信用を失う。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




