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537 聞いていた人物像と、会ってみた時の人物像は違うものだ。

 

 不測の事態というのは社畜にとっては日常であり、驚くに値しない。


 なにせ、起きることが当たり前になっているんだから。


 この場合、ノルド君が断りの手紙を送らなったことに当たる。


 普通なら、返信が来なかったことに対して不審に思い、確認するのが送り主の動きだ。


「ノルド君、それはマズイ。果てしなくマズイ」


 かく言う俺も前の会社でそれを経験したことがある。

 それは俺が送り主にメールで返信し忘れたとかそういうのではなく、前任者が発注書を受け取っておいて、それに全く手を付けていなかったという大惨事一歩手前の内容であったが。


 まぁ、とりあえず、それはいい。


 過ぎたことだし、今は目の前のことに集中すべきだ。


「はぁ、とりあえず、ノルド君の処遇は後回しにして、今は客人の対応に回った方がよろしいかと」

「すまんな。本来であれば君たちを歓待しないといけないのだが、ノルド、この件に関しては後でしっかりと詰問させてもらうぞ」


 流石に有名大家のご子息が来ているのに何も対応しないのはマズイ。

 身内である俺ならある程度許容できるけど、相手は身内ではない。


 先ほどまで笑みを浮かべていたカデンさんは、当主にふさわしい鋭い眼光でノルド君を睨んだ後、そっと踵を返す。


 きっと応接間に通しているムーラ氏に会いに行ったのだろう。


 残ったのは、困り顔のイブさんに、頭痛を堪えるエヴィア、そして怯えるノルド君だ。


 まぁ、この流れなら雑談でも始めて親交を深めるというのも有りなのだが……


「エヴィア」

「なんだ?」

「来客のムーラ殿に会うことってできないかな」

「正気か!?がは!?」


 どうも噂に聞くムーラ家の子息のことが気になる。

 いや、エヴィア、俺はいたってノーマルだ。

 男色なわけでもなく両刀使いってわけでもないぞ。


 恋愛観で言うならしっかりと異性が好きだ。

 同性は対象外だと断言しておく。


 俺の発言で、俺の正気を疑ったノルド君は宙を舞い、舞わせたエヴィアは俺の考えを見通そうと俺の目を見てくるが。


「いや、聞いた感じ性癖を除けば、有能で善良な貴族なんだろ?ここで一つつながりを持っておくのは悪いことではないだろうって思ってな」

「まぁ、悪くはないが……」


 将軍になりたての俺は少しでも影響力というのを広げておかなければならない。


「何より、ノルド君の更生に役立つような気がする。勘だが」

「そうか、なら手配しよう」

「即決!?待て!待つんだ姉上!!あいつに会ってはいけない、いけないんだ!!兄貴もそんな血迷った行動する必要はない!!」

「そう言われると俄然会いたくなってくるな」


 何より、ここまで危機意識を抱いている相手を使えばノルド君の更生に役立つのではと思ったのだ。

 本来であれば苦手意識を持った相手を同じ職場に置くことは職場環境的にはよろしくない。


 だが、逆に一緒の職場にしないという条件を付ければ自然と今の職場に居座るという方面で努力させることができる。


 簡単に言えば牧羊犬に羊を追わせるようなものだ。


 吼える犬が後ろにいるから安全な場所に羊は逃げようとする。

 それを仕事場の環境で作るというわけだ。


 ムーラ氏を職場に寄りつかせない代わりに仕事をしろというわけだ。


 頬を抑え、慌てるノルド君とは裏腹に、俺に何か考えがあるのではというのを感じ取ったエヴィアは、近くにいた執事を呼び寄せ、二、三言つぶやく。


「かしこまりました」

「頼むぞ」


 そして頭を下げ、執事は去っていく。


「しばらくすれば会えるはずだ」

「助かる」

「なに、これくらいは手間ではないさ」

「二人は仲良しなのね」

「姉上と仲良くできる男がいると安心したいけど、この後のことを考えると素直に喜べない」


 そんな些細なやり取りに仲の良さを感じ取ったイブさんは朗らかに笑って喜んでいるが、反対にノルド君は、ノルド君に求婚しようとしている男性に俺がこれから会おうとしているのだ。


 気が気でないのであろう。


「悪いようにはしないさ」

「本当に?」

「新参者だが、将軍が君の障害の防壁になると考えればいいさ」

「!頼みますぜ兄貴!!」

「現金だな」

「本当に、どこで育て方を間違ったかしら」


 これから会う人物次第だが、そこまで変なことにはならないと踏んでいる。

 半分以上勘だけど、その勘はバカにできないのは俺自身が一番知っている。


「お嬢様、ご当主様が呼んでおられます」

「そうか、次郎」

「ああ」

「俺は、部屋にでも」

「ダメよ、あなたもしっかり行くの。逃げたら勘当よ」

「はい」


 とりあえず、逃げ出そうとするノルド君をイブさんが捕まえて、俺たちは執事さんに案内されて応接間に向かう。


 俺の隣をエヴィアが腕を組みながら歩き、そしてその後ろをノルド君がびくびくしながら進む。


「こちらになります」


 そして一つの部屋につくと、執事さんがノックをして。


『入れ』


 中からカデンさんの声がする。


 その声に合わせて、執事さんが扉を開けて俺たちを招き入れてくれる。

 俺が一歩進むとエヴィアが合わせて、一歩進んでくれる。


 後ろの気配でノルド君が躊躇うのがわかるが、早く入れと執事さんに急かされて仕方なく入ってくるのがわかる。


 ここまで来たのなら潔く覚悟を決めればいいのにと、心の中で苦笑しつつ、部屋の中を見る。


 カデンさんの衣装とは裏腹に、落ち着いた調度品でまとめられた品のいい応接室。


 上座に当たる席に腰を下ろすカデンさんと向かい合う形で座る一人の人物が目に入る。


 ん?


 だが、俺はその顔を見てふと首を傾げそうになった。

 エヴィア曰く、ムーラ家には男色の男性しかいないはず。


 それなのに、俺の前にいるのは誰が見ても美人という他ない金髪の〝女性〟が座っている。


 どういうことだ。


「あ!ノルド様!」

「ひぃいい!?」


 こらノルド君、いくら相手が怖くたっていきなり悲鳴はどうかと思うぞ。

 俺たちが入ってきたことにより、こちらを向いた仮定ムーラ家の客人。


 正面から見ても胸が残念以外は立派な女性に見える存在の満面の笑みを前にして悲鳴をあげるノルド君。


 はて?どういうことだと首を傾げそうになる。


「ああ、紹介しよう次郎君。〝彼〟はムラ・ムーラ殿だ。ムーラ家の〝次男〟であり、軍内部でもこの若さで中隊長を担えるほどの逸材だ」


 男であることを強調するカデンさん。

 見れば見るほど、女性にしか見えないのだが……


 来ている服もドレス。

 蒼系統でまとめ、金色の髪が映えるようにしっかりと色のバランスもとっている。

 清楚という言葉が似合いそうな美女。


 だが、男であるらしい。


「いやですわ。この国始まって以来の人間で将軍に上り詰めた方を前にしては、私の地位など大したものではありませんわ」


 少々ハスキートーンではあるが、仕草も声もまるっきり女性のそれ。

 初対面で性別を聞かれたら俺でも女性だと勘違いする。


「お初にお目にかかります人王様。ムーラ家が次男、ムラでございます。本日は偶然のお目通りが叶ったこと、まこと光栄の至りです」

「ああ、人王、田中次郎だ。今回は婚約の挨拶に伺っただけだったが、カデン殿からムーラ家の者は優秀と聞いてな、是非とも会いたいと思ったんだ」

「それは光栄です」


 礼儀作法も女性らしさを全面的に感じさせる。

 気を抜けば彼を彼女だと勘違いしそうになる。


 だが、よくよく見るとその仕草が計算で行われているのもわかるようになる。


 男だからこそ、男に好感が持たれるような動き。


 下品にならない程度の誘惑の線引きが絶妙にうまいと言えばいいのだろうか。


 男性の視線を研究していると思わせないことも計算に入れた動き。


 なるほど、確かに彼は男だ。


「なるほどな」

「何がなるほどなのでしょうか?」


 そのことに納得しついつぶやいてしまった。

 いきなり目の前でなるほどと納得されてしまえば、気になるのも仕方ない。


「いや、君が相当な努力家というのがわかっただけだ。深い意味はない」

「そうですか?」


 動きを限りなく女性に寄せているのは、恐らくだが男性から好意を持たれたいという願望の表れ。

 同性愛者故の苦悩とも取れる。


 素直に男の格好をして、それで同性愛者だと語っては近寄ってくる男性の方も少ないだろ。


「ちなみに聞くが、その恰好は?」

「趣味です」


 と考えていたが、どうやら深読みしすぎていたようだ。

 男であるなら男の格好をすべき、なんてことは言わないが、それでも女装している意味があるのかと聞いてみたらあっさりと趣味だと断言した。


 ムラ君の言葉に、俺は目を見開いた後に。


「なるほど、趣味か」


 クツクツと笑いがこみ上げてきた。

 こうも堂々と言い切られてしまえば、逆に清々しいと思ってしまう。


「ええ、趣味です。私、見ての通り美人ですので色々と着飾っていたらこういう形に落ち着きまして。このような恰好で過ごしていたら大勢の殿方が話しかけてくださいますの」

「だろうな。俺も最初見た時は君を男性だとは思わなかった」

「将軍様にも通用するなんて、嬉しい限りですわ」


 実際、整った容姿も相まって、その姿は様になっている。

 嫌々やっているならどこかしらの羞恥心が出てくるのだろうが、彼にはそれが一切ない。


 俺の言葉を聞いて、自分の容姿を褒められているのだと解釈し、喜ぶ姿は演技にも見えない。


 何より。


「ああ、大したものだ。自分の能力を把握して俺を警戒して間合いをキープする動きもな」

「……」


 彼は俺の間合いに入ってこなかった。


 言葉と容姿で俺の動きを牽制し、自分の得意な攻撃の間合いを俺に強いてきた。


 魔王様直属の将軍位の俺に対してそんな行動を取れば、ただでは済まないのわかっているはず。


 だからこそ、笑顔と容姿で不敬にならないように対処したのだろう。


「ただ、一歩いや、半歩ほど右足を引いたのはいただけなかったな。武器は鞭か、あるいはフレイルか、ミドルレンジの武器を使う感じか」


 まぁ、将軍がいきなり会いたいと言ってくれば警戒の一つくらいはするよなと心の中で苦笑していると。


「流石は将軍位に上り詰める方ですわ、私の武器もお見通しですね」


 そして、苦笑気味の笑みを見せたということは、俺の推察は正解ということか。


「ちなみに決定打は、ノルド君が俺の背に隠れたことによる嫉妬の感情を隠せなかったことだな」

「私としたことが、はしたない」


 まぁ、単純に悲鳴をあげたノルド君が咄嗟に俺の背中に隠れた時に、鋭い眼光を放ったのが一瞬だけど見えてしまったというのもある。


 恥ずかし気に頬に手を添えて、自分の行いを悔いているムラ君。

 マジで女性にしか見えない彼の動き。


「ノルド君、君、彼と出会った時口説いたでしょ?」

「何故分かった!?」

「軍隊の訓練中に可憐な仕草をする女性っぽい存在。条件は揃っているよなぁ」


 そしてどうしてムラ君がノルド君にご執心なのかが、ノルド君とムラ君の容姿で糸が繋がったようになんとなく出会い方を察した。


「はい!男性しか参加できない訓練で、それはもうノルド様は私のことを美しいとか可憐だと褒めてくださって!もう、あの日の思い出は今でも覚えています!」


 きっと何かの間違いでムラ君を女性だと勘違いして口説いたんだろうなと思いつつ。

 その勘違いで、ムラ君は、ノルド君が男の自分を受け入れてくれる男性だと思ってしまったのだろう。


 何というか。


「ノルド君」


 ガクガクと震える、若干重いと言わざるを得ない性格であるムラ君を口説いたノルド君に対して。


「ギルティ」


 と有罪判決を言い渡すのであった。



 今日の一言

 悪い子ではないと思えれば十分である。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、これはギルティだ。 この流れから行くと、ムーラ君の婚約者の女性も婚約者というよりも、姉妹、女友達に近い関係だったのかも。 そう考えたら最初のころ出てた婚約者云々も見え方が変わってくる…
[一言] あぁ、コレは10:0でノルド君の全面的な過失ですねぇ…(遠い目)
[一言] これはギルティですわぁ~~!
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