536 都合がいいと思った時は是非とも使うべき。
「は、放してくれ兄貴!!後生だ!後生だから俺を行かせてくれ!!」
さっきまでハーレムを作るんだと豪語していた同一人物とは思えないほどの動揺っぷり。
テンプレートにしたいくらいの慌てぶりだ。
興奮し、血気盛んだった顔色は一転、一気に青ざめ、その顔には生命力という部分を欠片も感じさせなかった。
あるのは怯えただ一つ。
急な様変わりに、一体全体何事何だ?とエヴィアを見てみたが、彼女も首を傾げた。
「誰が来たのだ?」
「はい、ムーラ家のムラ様です」
……そいつのフルネームを繋げたら十八禁にならないよな。
常に発情してそうな名前に聞こえるのは、俺が穿った見方をしているからなのか。
異世界だから変わった名前を良く聞くが、今までにないくらいの名前。
これが普通なのか?と一瞬受け入れそうになる。
いや、絶対この名前を聞けば誰だって同じ反応をするに決まっている。
ちょっと噴き出しそうになったのを堪えて、真面目な顔を維持する。
その間もノルド君はジタバタと暴れるけど、申し訳ないが身体能力の差がありすぎる。
俺からすればノルド君の力は子供が暴れているよりも小さい感覚。
手加減しても余裕で抑え込むことができてしまう。
そんな名前の奴がいるのかと異世界ヤバいな、と関係ないことを思っていても逃がすことはない。
そして誰が来たかが確定した時に俺の手元で悲鳴が上がって、そっちを見ればさらに顔面を真っ青にしているノルド君がいた。
「奴が、奴が来た!?」
そして暴れるのをやめて、今度は頭を抱えてガタガタと尋常ではないほどの怯えっぷりを見せるノルド君。
いや、どんだけ怖いんだよ、件のムーラ氏は……
「あ」
そしてここまでの怯えっぷりを見ていて、俺はふと思い当たることを思い出した。
もしかして、そのムーラ何某がノルド君のバックを狙っているという青年なのだろうか。
一度通信越しに、半泣きなってそんなことを言っていた気がする。
その時にご両親にも挨拶をしに来たと言っていた記憶がよみがえる。
「ああ、そういうことか」
「知っているのか?」
そしてそれはエヴィアも一緒のようで、誰が来たかというのを知って、納得したように頷いた。
もしかしたら、ノルド君の話をカデンさんたちから聞いているのかと思ったのだが。
「ムーラ家はある意味で有名な家系でな」
どうやら違うようだ。
含みのある言い方で、さてどうするかと悩むエヴィア。
「どういう意味だ?」
ノルド君の怯えようで大体の事情を察しつつある俺だが、それでも予想と確認は別物。
憶測だけで完結していては仕事はできない。
認識の確認という名目で、興味半分話題を振る。
悩む仕草を解き、エヴィアは苦笑しながら、ムーラ家の実情をどこから話すか少し整理し、間を置いてから語り始めた。
「……彼の家はこの大陸では珍しく、血縁による相続を基本的に認めていない。完全実力主義、当主候補のほとんどが養子なのだ」
まずはムーラ家の特徴を説明する。
「へぇ、ずいぶんと変わった家だな」
血縁というのはある意味で信頼しやすい存在だ。
血を分けたからこそ得られる信頼、だからこそ子孫に何かを残すために引き継がせる。
血統主義なんて言葉があるくらいに、血は重要視される。
貴族という存在は家柄の血統というのを重要視しているように俺は認識していたが、変わり種というのはどこにでも存在しているということか。
血縁者による相続ではなく、実力による相続。
ある意味で魔王軍らしさが垣間見える家だなと第一印象はそこで落ち着いた。
「その甲斐あって、彼の家の能力はかなり高い。実力者揃いなうえに魔王様への忠誠心も高く、評判もいい。領地経営に関しても王道で手堅く、爆発的な利益こそ出さないが安定して徐々に向上させていくという手腕もある」
そして実力主義は伊達じゃなく、しっかりと家としての実力も高いと来た。
家の維持の方法が合っていたのか、それともそうなるように調整したのか。
どちらにしろ並々ならぬ努力はあったに違いない。
「へぇ、それはまた有名な大家ということか。地位的にも高いのか?」
そんな大家なら、当然有名にもなる。
だけど、話の流れ的にただ優秀な家というわけではないだろうなとは何となく理解できる。
「ノーディス家の家格には劣るが、それでも上から数えた方が早い位置ではあるな」
「なるほど」
それでいて、さらに家格的にも問題がないと来たら、さらに確信めいた直感がささやく、何かがあるぞと。
家格が高いということは歴史があるということ、その歴史に何かが潜んでいると予想できる。
新参者の成り上がりというわけではないということが、さらにその予想を裏付けてくれる。
「それで?」
「それでとは?」
「誤魔化すなよ。エヴィアの話を聞く限り家柄的には問題ないように聞こえるが、それだとノルド君の怯えように説明がつかない。俺の知らない部分で問題があるんだろ?」
エヴィアが褒めるほどの家、ということは実力的には申し分がないということだ。
不正などにも手を染めていないと思われる行動で一見して欠点がないように思われる大家。
「ムーラ家の特徴というよりは、唯一の欠点と言えばいいのだろうか」
だけど、現在進行形でノルド君が怯えているのは、そのムーラ家の人間だ。
何かしでかしたのならノルド君の責任だけど、そう言った雰囲気でもない。
もし仮にノルド君が何かをしでかしていたのなら、こんな丁寧に来訪はしたりしない。
もっと苛烈に糾弾するように来るはずだ。
それがなく、対応するための時間が割かれているのなら、それ相応の理由があるはず。
それが正解だというようにエヴィアは苦笑し、ノルド君が怯える理由を語り始める。
「まぁ、有名な話ではあるな」
「ええ、まぁ、むしろそれで家を存続させていること自体がすごいよね」
俺の質問に何とも言えない表情を浮かべるノーディス家一行。
これさえなければ完璧なのにと言わんばかりの困り顔。
言うか言わないか、大いに悩んだ後に、大きなため息を吐いて。
「彼の家は男色家系なのだ」
「なんと?」
嫌々と言った形でエヴィアが口にした言葉に俺はつい聞き返してしまった。
貴族社会では、性癖にゆがみが出るということも珍しくはない。
だけど、実際にその話を聞くとさすがに驚きはする。
ムイルさんから色々と貴族について話を聞く機会は多いけど、ムーラ家のことはあまり聞いたことがない。
立地的にノーディス領から距離が離れているということもあるし、派閥的にも俺とは敵対はしていないが、味方でもないという立ち位置なので、接触は後回しにしていたのだ。
そんな家が男色家系……
「当主がということか?」
しかも男色という単語で表現するのではなく、家系。
人は同性では子孫を残すことはできない。
「いいや、ムーラ家全員が男色だ。言っただろ。男色家系だと」
そしてだからこその養子なのかと思った。
根っからの男色。
だからこそ、家を続けるための養子。
「……根っからの男色を集めた家ということか」
「そう言うことになる。市民にも認知されている。あの領内では、夜に男性一人で歩くことはほぼない」
「そこまでか」
「そこまでだよ。あの家は一度惚れ込んだ相手を口説き落とすために努力は惜しまない。まさかうちの愚弟がここまで惚れ込まれているとは思いもしなかったが……」
厄介なことになったとつぶやくエヴィア。
「困ったな」
「ええ、困ったわ」
そしてノーディス家を悩ませるムーラ家。
「いや、普通に考えて断れるんじゃ」
常識的な話、とこの場で言うのはなんかおかしい気もするが、普通に考えて同性婚を認めないと言えば済む話ではないのだろうか?
ノルド君も全力でブンブンと音が鳴るほどの速度で首を縦に振っている。
「いや、断る断らないの話ではない」
「というと?」
「愚弟を差し出したことによって得られる利益と、家族の情を天秤にかけている」
「ああ、そっちか」
まさかの別の問題で悩んでいるとは思わなかった。
エヴィアが悩んでいるのは俗にいう政略結婚問題。
「貴族にとって政略結婚は当たり前であるからな。同性婚ということで私も少し悩んでいるが、後の次郎君のことを考えるのならここでムーラ家と縁を結んでおくのも悪くはない」
「そうねぇ、跡継ぎの問題はエヴィアちゃんが次郎君と頑張るか、私が頑張れば済む話だし」
「問題大ありだよ!!息子の将来が薔薇に染まっていいのかよ!!いいのか!?俺だって政略結婚は仕方ないって思うけど、流石にこの政略結婚は認められないぞ!!認めてなるものかぁ!それだったら俺は田舎に引きこもって農家ライフを送ったほうがマシじゃぁ!!」
「ムーラ家からノーディス家の後ろ盾無しに逃げ切れると思っているのか?」
「無理だよぉ!!無理なんだよぉ!!ちくしょー!!!!」
家同士の繋がりを得ることによって、より一層家を発展させようとする貴族なら当たり前の発想だ。
ただ、やろうとしている内容が同性婚で、当人の気持ちを完全に無視していることだ。
エヴィアもガチで損得勘定だけでノルド君を差し出すようなことはしない。
「あの家は同性愛者という点を除けばかなり有能で優良な貴族なのだ。民を大事にするし、治安も良好だ。実際領民からも愛されている領主として有名だ。私とて普通の男色の貴族であれば断る。だが、優秀なのだ。性癖さえ目を瞑れば人格者なのだ。だからこそ悩むのだ」
エヴィアがここまで絶賛するほどの人格者なのか。
「私も何度かムーラ殿にはあったことがある。彼は養子に迎えた男児をこよなく愛し、等しく平等に接する。そこに公私とも人格者であると感じさせる所作。民を愛する施政者としての姿勢。尊敬できると思える人物だ。ただ、彼の側で育てられた息子たちは皆が皆男色でな。ノルドもそこに婿に行けば幸せにしてくれるのではと思うのだが、息子が男色になるのは流石に忍びない」
そして利益と関係性的に問題ないとカデンさんは言う。
条件的には申し分のない相手なんだけど、一点だけの問題が完全に足を引っ張っているんですね。
それだけ、この部分だけどうにかできればいいんだという条件なのだ。
「私もムーラ家の夜会に参加したことがあるけど、みんないい子だったわね。男色だけど、女性にも紳士的で、別に女性嫌いってわけじゃないみたいなのよね。本当に男性が好きってだけで、それさえなければノルド君をお婿さんに出してもいいのに……」
男色、この一点だけでここまで悩ませる家とは、そして人物とは……
ちょっと興味がわいてきたな。
「あの、ご当主様。お客様をいつまでもお待たせするのは……」
そこまでして悩むノーディス家一行。
そしてまるで出荷される前の牛のように悲しい表情を見せるノルド君。
俺はこのまま売られるのかと項垂れているノルド君を助けるというわけじゃないが、執事がどうするかと指示を仰いできた。
「わかっている……」
だが、どう対応すればいいか歴戦の貴族であるカデンさんでもわからないと来た。
「ちなみに、アポイントはあるんですか?」
こういう貴族間のやり取りだったら事前に前触れを出すのがマナーである。
どこかの少年みたいに、いきなり来て野球しようぜと誘うことは常識外れとされる。
「それが、ノルド様に連絡を出しているが返事がないので直接来たと申しておりまして」
「……愚弟」
「はい!?」
「手紙の返事はどうした?」
なのでもし仮に、いきなり来たのならその点をついて今回は帰ってもらうことができると思ったのだが……
「書いて、ません」
どうやらそういうこともできないようだ。
今日の一言
都合がいいものを見逃すな。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




