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535 昔取った杵柄というのは中々衰えないものだ

 

 ……さて、いきなり話が変わって申し訳ないが、俺の前職はブラック企業と呼ばれる会社の社員、所謂社畜と呼ばれる存在だった。


 紆余曲折あって今の地位にいるが、それまでの生活はひどいの一言だった。


 日付が変わる深夜残業当たり前、残業代満額など出たためしがない、ボーナスは一応出たが雀の涙。

 有休?なにそれ美味しいの?状態。

 冠婚葬祭のための有給申請すら舌打ちされる始末。


 土曜は勤務日、日曜出勤当たり前、たまの連休は死んだように寝て過ごす。


 正しく上が搾取する側で、下は搾取される側のクソみたいな組織だ。


 ハッキリ言って、何で俺はあんな会社に長年勤めたのだろうと今更な疑問を抱くのだが、ああいったところは一種の洗脳染みた言葉で辞めるに辞めれない心境を作り出してしまうのだ。


 去っていくのは入りたての洗脳が完了していない社員か、プッツンと切れてスパッと辞めていくやつか、最悪の体調不良で入院コースで退職という流れだ。


 そんな過酷な環境を少しでもマシにしようという発想は誰でも思いつく内容だと思う。


 俺もその類の人間だった。


 転職という発想よりも先に環境改善という無駄な努力に走った苦労人というわけだ。


 どこでどのようなことをすれば少しでも仕事が楽になるかと考えれば、色々と思いつくもの。


 まず一つは仕事のマニュアル化。

 え、それって当たり前じゃない?ってそう思っているあなた。


 ブラック企業ではまずこれをやっていない。

 独自のやり方で非効率な仕事の進め方が横行し、結構な時間ロスを生み出している。


 これは単純に教育不足が招いた結果だ。

 統一した内容を教えていないから、独自で勉強してどうにか仕事をしようという意欲で解決して、まぁいっかと放置した結果だ。


 それでどれだけの時間効率ロスが生まれたか、最初にこれに取り掛かったときは唖然とした。

 共通の言葉もなく、共通認識もなく、ただあったのは納品できたという結末だけ。

 連携もくそもない。


 よくこれで組織として運営できたと恐ろしすぎて感心したくらいだ。


 次にやったのが、報連相の徹底。

 はい、これも当たり前だっていうあなた、ブラック企業じゃ、失敗を隠蔽するのは当たり前、隠蔽がバレてヤバい状況になったときにはすでに担当者はドロン。


 後任という名の責任を押し付けられていた奴が後始末をするというテンプレが成り立つのがブラック企業なんだよ。


 もうそれで何度胃に穴をあけかけたことか。

 大丈夫という言葉を決して信じてはいけない。


 何度も何度も念を押して確認しても、蓋を開けてみれば大丈夫ではない現実。


 学生の夏休みの宿題が夏休み終わり前日に白紙であったとしても、もう少し救いがあったぞ。


 故に問題の早期発見はブラック企業での生命線と言ってよかった。


 一日の猶予があるとないとでは、はっきり言って雲泥の差があるからな。


 そして次、ある意味で最も力を入れていたのが人材育成というものだ。


 これが一番大変だった。


 なにせ自分の仕事を片付けながら部下に仕事を教える。実質二倍の仕事をしないといけないけど、後々戦力が二倍になると考えて、目の下に隈を作りながら必死にこなした成果が海堂だと言って良い。


 まぁ、このどれも結果的に失敗に終わった。

 自分の振られた仕事を定時で終わらせられるように効率化したとしても、じゃあまだ仕事ができるなと振るのがブラック企業。


 こっちもさらに効率を上げるとさらに増える仕事、正しく鼠算。


 雪だるま方式とも言い換えていいほどの悪循環、仕事をすればするほど増える仕事。

 仕事ができる奴が摩耗し、仕事ができない奴が得をする。

 そして削られる精神はまともに思考ができなくなっていく。


 こうやって社畜は生まれてくるのだ。


 さて、長々と俺の経歴を語ったところで、本題だ。


 なぜ、俺がノーディス家に来て義両親とも挨拶を交わし、ノルド君の面倒を見るという話になったかというと。


「うおーーーーーーー!俺はハーレムの主になるんだぁ!!」


 今まさに熱血と言って良いほど燃え上がっているノルド君を、その社畜方式で、せんの……ゲフン。

 教育していこうという腹積もりだから。


 蛇の道は蛇。

 こう言った輩は、いい社畜になると俺の中の経験が囁いているのだ。


 もちろん使い潰す気は全くない。

 しっかりと仕事ができるように、教育する。


 そして少しでも俺の仕事の負担を減らすのだ。


「大丈夫なのか?あいつのなまけ癖は筋金入りだぞ」

「確かに、心配よねぇ」

「うむ、大丈夫なのかね次郎君」


 ハーレムの主になる方法があると語っただけでここまで有頂天になれるのはある意味才能ではないだろうか。

 気楽だなぁと、他人事のようにノルド君の姿を見つついそいそと脱いだ服を着なおし、そして身だしなみをエヴィアにチェックしてもらっている最中に安請け合いはするなと釘を刺された。


 俺が想像しているよりもノルド君のなまけ癖はひどいらしく、エヴィアでも匙を投げかけているとこの話の流れでわかる。


 それに同意するのがイブさんとカデンさんだ。

 神妙に頷く二人を見て、そこまでなのかぁと心の中でつぶやきつつ。


 それは前の会社でもいた。

 どんな有名な大学の卒業生だとしても、その卒業生という名誉に胡坐をかいている輩は一定数存在する。


 T大卒だから自分は仕事ができると思い込んで雑用を拒み、そして大きな仕事は難しくて理解できず、怠ける方法だけ磨かれていく。

 上司におべっかを使って、気に入られて、責任はすべて他人に。


 そんな輩を粛正し、会社の歯車に落とし込むことを俺は何度も行ってきた。


「まぁ、今は喜ばせておきましょう」


 俺から見れば、ノルド君はまだマシな部類、荒いやすりで削って、段々と細かいやすりに切り替えていけばきちんと光り輝く要素はある。


 なので俺はそこまで心配していない。


「ほぅ」

「あらあら」

「ふむ」


 喜びというのは活力になりうる。

 喜ぶ内容に些か以上に問題はあるが、まだ、邪なことを考えてサボろうと企てていないだけまだマシ。


 彼についているのは逃げ癖と、サボり癖だけ。


 他人を利用してサボろうという魂胆がないだけ、まだ矯正できる範疇だ。


 それに嬉しさは楽しみという感情に入れ変わり、同じことをしていても苦ではないと思い込ませることができる。


 そして、その感情を食い物にしてきた者もまたブラック企業なのだ。


 仕事は楽しいと思い込ませるのは土台無理な話で、よほどその仕事に思い入れがない限りそう言った洗脳染みたことは中々できないのだが。


 それに似たことは環境さえ整えてしまえば出来てしまえるのだ。


 朱に交われば赤くなるとはよく言ったもので、社畜故に、どうやれば仕事に染められるか。

 そのノウハウをしっかりと俺も身に着けているのだ。


 今はという言葉に含まれたニュアンスに、悪魔っぽく笑うノーディス家。


 ただ一人その笑みに混ざっていない欲望に素直なノルド君。


 さて、そろそろ現実に戻すとしよう。


「喜んでいるところに水を差すのは申し訳ないが、そろそろ君のやるべきことの説明をしたいのだが」

「わかった!俺は何をすればいい?とりあえず、女性の口説き文句なら百を超えて取り揃えているぞ!!」

「それは二十年後辺りまで取っておいてくれ」


 美女との生活という、妄想ワードに心躍らせているノルド君。

 そんな彼に冷や水をかけることはなく、心の中で温めておいてくれ。


「君の異動の手続きはこっちでやるから、まず君にやってもらうことは」

「なんだ!何でも言ってくれ!」


 そしてどんなことでもやって見せるというやる気を出しているノルド君に俺は、では遠慮なくと前置きして。


「まずは健康診断だ。どこかに病気があったり、疾患があったら大変だ。ノーディス家のお抱えの医者に診断してもらった後に、社内にある医務室でも健康診断を受けてもらう」

「なんで二回も?」

「君が健康であることを確認するためだ。エヴィアの弟で、ノーディス家の子息を預かるのだからな健康には気を使わないとな」

「あ、兄貴!」


 俺の言葉に心配してくれてうれしいと感動するノルド君。

 よっぽど、雑な扱いを受けてきたのだろう。


 心配する気遣いが純粋にうれしくて、涙をにじませ俺のことを兄と呼んでくる。

 悪魔なのに純粋なのね君、と俺は苦笑交じりの笑顔を見せつつ、内心は別のことを考えている。


 彼のことを心配している。

 それは事実、だけど別の意味も多分に含まれる。


 何を考えていると、疑心の視線を向けてくるエヴィアにはこっそりとウインクでごまかす。

 まず健康を確認することによって体調不良による逃げ道を潰す。


 所謂仮病による欠勤を潰すのだ。

 持病持ちとかは色々と気を使わないといけない。


 それを理由にされたら、こちらとしても強く言えない。

 立派な戦力にするとなったら、そこら辺はきっちりと把握しておかないといけない。


「後は、研修を受けてもらうか。いきなり現場投入じゃ、ノウハウもあったものじゃないからな」

「け、研修!?まさか訓練所送りか!?」

「まさか、ちゃんと社内にある会議室で仕事のやり方とマニュアルの配布とか、そこら辺だよ。座学がメインだな」

「て、天国か?俺は尻の穴の心配をしなくていいのか!?」

「どんな研修だったんだ?」


 次に仕事関係の知識を詰め込んでもらう。

 ちなみにだが俺は嘘は言っていない。


 仕事のやり方を詰め込む会議室がちょっと特殊なだけなんだ。

 ああ、その会議室内での一日が現実では一時間なだけで、他にも給湯室とか仮眠室とかキッチンに食糧庫、その空間内で生活ができるってだけで、特にそれ以外は変わったものはない。


 研修担当の職員が、ムイルさんが引っ張ってきたアンデッドのリッチであるのは気にしてはいけない。


 彼は見た目こそ色々と怖い側面があるし、教えることに対しても狂気と言えるほどの熱意を持っているが、有能な人材だ。


 教え方も懇切丁寧だし、しっかりとわかるまで付き合ってくれる立派な教師だ。


 アンデッドだからその分時間はしっかりあるし、ノルド君は悪魔だから一年や二年研修につぎ込んでも問題ない。


 現実時間で二週間ほど研修すれば立派な戦力になってくれること請け合いだ。


 そんなことを内心で考えつつ、いかに訓練が辛かったかを語るノルド君の肩を叩き。


「そうか、大変だったな」

「兄貴だけだ。ここまで俺の事心配してくれたのは」


 笑顔で心配する。

 内心思っていることは、完全に教育プラン一色だけだ。


 そしてノルド君、そういう言葉は心の中でとどめておくのが社会を生きるコツだ。

 エヴィアとか、カデンさんとかイブさんの視線が絶対零度になりかけているし、気持ちメイドさんたちの視線も冷たい。


 自分の都合を棚に上げての発言というのは基本的に反感を買ってしまう。


 俺になついてくれるのは良いけど、俺もある意味で君の敵なんだけどな。


 いかに効率よく、社畜にするかを考えているあたりで、少なくとも味方とは言い難い。


 まぁ、これも社会復帰だと思って諦めてくれ。


 だが、安心しろ、君をしっかり仕事のできる存在には仕立て上げる。

 それだけは保証しよう。


 俺としても、ここまでサボっていて美味しいところだけ持って行こうとしている魂胆は少々思う所があったりするからな。


 まぁ、真面目に働いてお金が溜まれば、俺の言っていた悠々自適の生活もできるようになるから。


 まぁストレスで散財してしまったら元も子もないけどな。


 そんなことを思っていると、部屋の扉がノックされ、


「旦那様、お客様が来られましたが」

「客?今日は彼以外に来客の予定はなかったはずだが」

「いえ、旦那様のお客様ではなく、ノルド様のお客様です」


 そして来客を告げられた。


 瞬間。


「俺は旅に出たとその客には伝えてくれ!!」


 と全力でダッシュしようとするノルド君の襟首を咄嗟に掴んでしまったのは仕方ないと思ってくれ。



 今日の一言

 一度得た知識は、なかなか忘れない。







毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

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