534 最初に厳しい現実をそして次に可能な現実を
「……さてと、長々と厳しい現実を語ったが。ノルド君、今の君の立場が分かってもらえたかな?」
「あ、ああ。わかりたくはなかったが、わかった」
「よろしい」
有力貴族の息子というのは、得てして責任が伴うものだ。
権力には責任をというわけだ。
そしてその責任を理解はしているが、逃げ出そうとしていたのがノルド君というわけだ。
そんなノルド君をどうにかしようとしていたのがエヴィアとカデンさんたちというわけで、今回は俺が来たことによってエヴィアの堪忍袋の緒が切れて、徹底的にしごくか、それとも責任をすべて放り投げて一般市民になるかの二択を与えたというわけだ。
そこで第三の選択肢を差し出したのが俺。
まぁ、と言ってもエヴィアの提案とさして変わりはないが。
うなだれるように頭を下げているノルド君は、現状を突き尽けられ非常に元気がなくなっている。
責任って言う言葉は、元来好まれるものではない。
必要だから、仕方ないから、義務だから、やらねばならないことだから。
そこに好悪は存在するが、結局のところやるかやらないの二択でしかない。
生まれ持った立場の尺度によってその責任の重さは変わる。
そして生を歩むことによって、その重さの質が変わる。
大貴族の跡取りという立場の責任は〝今〟のノルド君には重すぎる。
将軍という立場になりあがった俺だからこそ共感できる。
俺の場合はやらなければ家族を養えないし、家族を危険にさらす。
この責任を放棄して逃げ出すくらいなら死んだほうがマシと言う感覚から、この地位をより押し上げ、責任を背負う覚悟がある。
それすなわち、家族というリターンがあるからこそ責任を背負えるとも言える。
もし仮に何もない、本当にまっさらな状態だったら。
スエラ、メモリアやヒミクやエヴィア、ユキエラやサチエラといった家族。
海堂、南、北宮、勝、アメリア、ケイリィさん、ムイルさんといった仕事仲間。
フシオ教官にキオ教官。
他にも俺を支えてくれていた存在が一切合切存在しない状態で、己一人のために将軍の地位につけたとして果たしてこの責任を背負えただろうか。
多分、背負えなかっただろうな。
維持することはできなっただろうな。
逃げ出しただろうな。
家族とは錨である。
仲間とは枷である。
師とは壁である。
そのどれもが自分を阻害しているよう見えるが、そんなことはない。
錨があるからこそ、俺は逃避という思考に吹き飛ばされずに済み居場所を再確認できる。
枷があるから、俺は自身を踏みとどまらせて見つめなおすことができ、自制することができる。
壁があるからこそ、自分の実力の限界を超える目標を見ることができ、その壁を超えようという意欲を育むことができる。
錨、枷、壁、この三つがあってこその支えだと思っている。
そして、支えがあるからこそ俺は責任という難敵に挑み続けることができる。
彼にはそれがないのだ。
エヴィアやカデンさんたちにも似たようなものがあった。
だけど彼はそれを手に入れる機会を逸し、そのまま成長してしまったわけだ。
それを認識しているかどうかだけでも今後の展開は大きく変わる。
沈痛な面持ちで視線を落とすノルド君の意識をこっちに向けるために、俺はぱちんと大きく拍手して注目を集める。
「ということで、厳しい現実の話はここまで。ここからは少し気楽な話をしような」
「気楽な話って……なんだよ」
エヴィアは俺が何かをしようとするのを察しているので静観、そのエヴィアが静観していることによってカデンさんたちも静観の構え。
悪いようにはしないが、ここまで信頼されるのもなんだか面映ゆいな。
圧を消し去ってニッと笑って見せると、ノルド君は警戒しながらも俺の話を聞いてくれる。
笑みが威嚇だというのを本能的に理解しているからだいぶ腰が引けてるけど、それは仕方ない。
「なに、進路相談とでも思ってくれればいいさ。ここまでは俺たちが君にしてほしいことを押し付けてきたからな。ここからは、まず君の希望を聞こうってわけさ」
「言ったって、俺の希望が叶うわけじゃないだろ」
「言うと言わないじゃ、大きく違う。どうせだめなら時間の無駄ってよく言うが、君たち悪魔は人間の何倍もの寿命があるんだ。高々数時間程度の無駄、今更だろ」
ダメで元々って言葉もある。
言わなきゃ始まらないしな。
「そうだけど」
ぐずぐずしてるからエヴィアが鬱陶しいと一喝しそうになるが、視線でもうしばらくの静観を望むと仕方ないとため息とともに了承してくれる。
「まぁ、夢を話せとか、将来どうなりたいとかそういう漠然とした話じゃない。どちらかというとここからは現実的に君がどうなりたいかっていう話だ」
「俺がどうなりたい?」
「そう、まず第一に君が引きこもりのニート生活を送りたいっていう願望をかなえる方法から説明しようか」
「できるのか!?」
「限定的になるができなくはない」
まずは、怖気づいて何もかも諦めきっているノルド君の気を引くことから始める。
もしかしたら希望通り引きこもれるかもしれないという話に飛びつくのには欲望に忠実なのか、それともそうならないといけないという原因があるのか。
その理由は後で確認することにして。
「まず、引きこもりに文句を言われない環境を作る」
「環境って」
「世間体とか、収入とか、生活面での活動に関してだな」
とりあえずは、彼の希望を叶える方法を伝授するとしよう。
何を言うつもりなんだと疑わしい視線を四方八方から感じつつ、さっきよりも希望に目を輝かせているノルド君に説明の続きをする。
「まず引きこもることで一番の問題となるのは、収入面。働かないのだから当然お金は入ってこない」
「うんうん」
「お金がないと生活は維持できない。まぁ、山の奥に畑を耕してそこで自給自足するっていう手もなくはないが、君が言う引きこもりはそうではなく、ぐうたら食っちゃ寝るを繰り返すような自堕落な生活を指しているのだろ?」
「そうそう!!」
クズが…と蔑む視線に気づいていないノルド君。
どんどん墓穴を掘って、周囲からの評判を下げているのに気づいていないのだろうが、それはそれとして話を進める。
「では、その自堕落な悠々自適な生活をする方法その一」
俺としては、ここからがプレゼンの見せ所というわけだ。
「養ってくれる女性を見つけることだな」
「おお!」
「世の中にはダメ男、生活能力がない男に入れ込む女性というのが存在する。その女性に尽くすことで金銭面を保障してもらって生活する方法だな」
「尽くすって、具体的には?」
「ホストみたいなことをする。毎日毎日口説いて、惚れ込ませて、君を養う女性のやる気を維持して、お金を快く出させて、働かず食っていく。まぁ、女性の機嫌を取ることがある意味仕事と言えば仕事だが、接する相手がその女性だけだからある意味で開き直れば楽な部類だ。まぁ、やってることはクズの所業だが」
「……」
「必死に考えているところ悪いがな、このやり方にはデメリットもあるからな?いやむしろデメリットしかない」
「デメリットって何だよ、美人に養われるならいいじゃないか」
「そこだ。そもそも美人に養ってもらうっていう環境で、向こうにあるメリットがゼロ円スマイルって諸刃の刃しかない。愛してるとか、好きだよって言葉も言い過ぎはかえって軽薄に感じさせる。一度捨てられたら、無一文の財産無しで放り出されればまだマシ、自分の日頃の行動がダメなら下手すれば結婚詐欺とかで訴えられて監獄行だろうな。そこまでして女を口説ける自信があるか?」
「そんなことができれば、家に帰ってこねぇよ」
「だろうな。ということでこの第一案は、可能だがデメリットがでかすぎると言うわけ」
そもそもの話、寄生する先がノーディス家からその養ってもらう女性に変わるだけだ。
一つ目は完全にダメだと認識させるための伏線。
俺としては、この路線への行動を潰すための説明だ。
「次の案だが、まぁ引きこもりとは少し違うが、勉強すればある意味で安定して働かず収入を得られる不労所得だな」
「不労所得?」
「財産投資とも言うな。土地や建物、主に賃貸経営や投資といった多額の金を動かすことで金融を操作しお金を得て生活する方法だ。」
日本で言うならマンション経営という奴だ。
家賃を得て、その得た家賃で設備管理をして余ったお金を収入にするという方法。
収入は少なくなるけど、全てを外部委託することができるから、基盤さえ作ってしまえばあとは勝手にお金が入ってくるシステムを作ることはできる。
「デメリットは、この方法は初期費用が桁違いにかかる。ちなみに貯金はいくらくらいある?」
だけど、それは初期投資できるお金があればの話。
現実的に考えて一般人が手を出せる領分ではない。
まぁ中には、普段の生活で節制しまくって貯金してそういう生活に辿り着く部類の人もいるが。
「……ない」
ノルド君がその手の者ではないのは目に見えてわかる。
「じゃぁ、この案も無理だな。だがまぁ、この後に必要なことだから頭の中には入れといてくれ」
領地経営というのはある意味で不労所得を得る方法と似ている。
まぁ、書類の量とか、働く量はけた違いに多いだろうけど、似通っている部分はあるだろう。
「で、俺としてはこれが本命」
さて、いよいよ本題の話だ。
「さっきの不労所得を得るために、お金を稼いで生活基盤を作り出す方法だ」
「どういうことだ?働かなくていいって言ったじゃないか」
「働かなくていい環境を作るための方法だからな。ようは準備するための方法ってこと」
話が違うと非難するノルド君の言葉はひとまず置いておく。
「この方法を説明する前に先に聞くけど、君の場合、目的意識もなくただ闇雲に現実から逃げているように見えた。所謂、ただ何となく生きているけど辛いことは嫌だと言っているように見える。違うか?」
「……違くはない」
そして重要なのは、ノルド君の意識問題として明確な目標があれば動くのではという感想を俺が彼と接して感じたことだ。
彼は損得勘定で動く類の人種、いやこの場合は悪魔種か?
どっちでもいいが、彼はメリットがデメリットを大きく上回ればメリットのために動くタイプだ。
こっちの世界では商人のような類のタイプと言えばいいだろう。
正直に言えば貴族向きの性格ではない。
正確に言えば商人向きの性格でもないが……
何もかも嫌だと言っているのではなく、利益をちらつかせてきちんと報酬を支払えば動くタイプ。
ここまでの引きこもり生活の方法を提示したのは、その意識に目的を植え込むためだ。
引きこもるために働く。
何とも矛盾しているような話だが、目的なんてそれだけで十分というわけだ。
「まぁ、君にメリットのある話だ。最後まで聞いてくれ」
「わかった」
「よろしい。君の最終目的が、働かなくても上げ膳据え膳で生活できる環境を手に入れることなら、質もそれなりに気を配らなくてはな。流石に餌のような食事に、馬小屋のような生活は嫌だろ?」
「当たり前だ」
「よろしい。どうせなら美人に世話されて、美味い食事が出てちやほやされたいだろ?」
「当たり前だ!!」
悪魔だからか欲望に忠実なのかね……
頭が痛いとノルド君の態度を嘆くエヴィアには悪いが、詐欺師に引っかかる前にもう少し教育しておく必要があるだろうなこの子。
「よろしい、だったら君にはとっておきの方法を教えてあげよう」
その教育の前提条件として、どうやって勤労の楽しさを刷り込むとしようかねぇ。
内心でニヤリと笑いつつ、目的のために働く方法をこれから仕込むために考えをめぐらすのであった。
今日の一言
メリットデメリットの話は慎重に聞き分けましょう。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




