532 相手を心配するときの態度は人それぞれ
遅れて部屋にやってきたカデンさんとイヴさんを交えて話し合う。
「あれは、やりすぎじゃないか?」
何と言うか、ここまで圧倒的に追い込むほどの態度を見せるエヴィアの容赦のなさに、つい苦笑が漏れてしまう。
ただその態度が、自分のためではなくノルド君のためなのだから仕方ないかと思い、
ガクガクと震えて怯えている、ノルド君の前に立つエヴィアの肩を叩く。
「これでも足りないくらいだ。この愚弟、自分の状況をわきまえていない」
俺の手が乗って張っていた気を解いたエヴィアは、大きくため息を吐きつつ、嘆く。
「自分の状況?」
俺はまだノーディス家の近況を全て把握しているわけではない。
表向きわかっているのは、領地経営は順調で、領主夫妻も健康だということ。
悪魔族だから寿命も長い。
この段階だけなら特段問題らしい問題はないということだ。
強いて挙げれば、養子のエヴィアではなく実子のノルド君に若干問題があることで……
「そこまで問題なのか?」
「ノーディス家としては問題はないが、ノルド自身の問題は深刻だ」
その若干の問題がエヴィアにとってはかなり深刻なことらしい。
「次郎、ノーディス家は大家だ」
「ああ」
「ではなぜ、こいつが引きこもるという行動をとるほど追い詰められている?本来であればノーディス家にたてつくなんて思いもしないはずだ」
「それは……確かにおかしいな」
その理由を考えて、一瞬エヴィアがそんな環境に放り込んだからだと思ったが、権力者の子息というのは得てしてそう言った状況でも危険にさらされることは少ない。
場合によっては、その害悪に率先して狙われるケースもあるが、それは力のある者同士の戦いに巻き込まれるからだ。
言っては何だが、同性愛のしつこいストーカーに狙われるなんてレアケース中のレアだ。
本来であれば、ノーディス家という権力の盾で守られているノルド君からの報復を恐れ、下手なことをしないように気遣うはずだ。
例え、表向き矯正のために無理矢理放り込まれ権力を封じ込まれたように思われてもだ。
ノルド君自身が権力を使えなくとも、ノーディス家の嫡男であるのは変わりない。
もし万が一、彼に何か起きれば間違いなくノーディス家が動くからだ。
それを知っていて動く輩がいるということは、
「舐められているということか……」
「ああ、父も母も存命だが、将来の跡取りがノルドだからな……それを見越してノルドを抑え込んでしまえばどうとでもなると思う輩がいる」
「ふむ」
その権力に怯えていない、あるいはその権力を見据えても超えていきたいと思う輩だ。
ある一定の確率で何も考えていない馬鹿という線もある。
この三者で一番怖いのは実は最後の馬鹿なのだが、今はノルド君の周囲環境の状況を考えた方がいいだろう。
ノルド君がしっかりと自立出来て、かつ次期当主として何とかすればいいということだろうが……
「先に言っておくが、私はノーディス家の当主にはなれん」
「それは……養子だからか?」
一番手っ取り早いのはエヴィアがノーディス家の後継者になることだと思ったのだが、そこは先にエヴィアに否定されてしまった。
なぜ?と首をかしげて聞いてみれば、
「それもあるが、それだけではない。私は魔王軍の幹部であり、さらにはお前と結婚するからな。その際に魔王様から新しい家を興せと仰せつかっている。田中家と言うと迫力に欠けるから、魔王様から新たな家名を賜ることになるな」
どうやら俺との結婚が、エヴィアにノーディス家を引き継がせてはだめな理由になるらしい。
「もしかして、社長の影響力の拡大?」
「そう言うことだ。ノーディス家は魔王様の派閥の中でも有力貴族だ。だが、反魔王様の派閥はまだ無数に存在する。お前という戦闘能力においては魔王軍のなかでも上位者を既存の勢力に組み込むよりも、盤石な勢力から支援して新しい勢力を作り傘下に収めた方がいいと判断した」
「なるほど、ノーディス家とのつながりは持ちつつノーディス家とは別の家になるということか」
国家運営にも色々な事情があるんだなと感心しつつ、そういうことならと納得する。
そうなるといよいよ、この家の趨勢の鍵を握っているのはノルド君ということになるが……
「まぁ、最悪、私の子供にこの家を継がせるという手もあるのだが」
「悪魔は子供ができにくいからな」
「そうね、一生で一人生まれるかどうか、多くても二人くらいなの」と、イヴさんが補足する。
他に方法がないわけではない。
一例がノーディス家の養子であるエヴィアに子供ができた場合だ。
その子供をノーディス家の方の養子に回して跡取りにするというパターンだ。
「こんなことをお聞きするのは失礼かもしれませんが、血の繋がりとかは気にしなくていいんですか?こう、外聞的に」と、イヴさんに聞いてみる。
ただそれにも問題はある。
一つは、エヴィアがノーディス家の実子でないこと。
血縁を気にする貴族なら、そこの不安が付きまとうのではと単純に心配になり聞く。
「なに、そんなモノ言わせたい奴に言わせておけばいい。実力で黙らせる」
そんな俺の心配は、獰猛とも取れる笑みでエヴィアが封殺する。
まるで俺とエヴィアの子供なら問題ないと言わんばかりの台詞に、思わずカッコいいと思ってしまった。
「はははは!大丈夫だぞ次郎君!エヴィアは私たちの大事な娘だ。その娘の子供であるなら、喜んで跡取りに推挙させてもらうぞ。ただな、先ほども言った通り、悪魔族は子宝に恵まれん。エヴィアの子供をこちらに貰ってしまっては、君たちの家の後継者が居なくなってしまう」
そして二つ目が、悪魔族という体質の問題だ。
悪魔族にも性欲というのはしっかりと存在し、そういう行為は普通に行える。
別にとある期間でしか妊娠しないとか特殊な条件はない。
ただ単純に妊娠しにくいのだ。
これは長命種であり、力が強い悪魔だからこその問題で、イブさんが言った通り一生涯で子供ができないという悪魔も存在するくらいだ。
もし仮にエヴィアの子供をノーディス家の養子に回してしまうと、今度は俺たちの家の跡継ぎの問題になってしまうということ。
「まぁ、そこまで心配はしていない」
だけど、その不安はエヴィアにはないようだ。
「次郎はどこぞの愚弟と違い他にも妻がいるし、子供も二人いる。私の家はそちらの方に継がせてもいいのだが……」
ニヤリと口の端を上げて、
「悪魔族と同じ、妊娠しづらいダークエルフの女を孕ませたのだ。お前なら存外子供も二、三人産ませてくれそうな予感がする」
俺なら大丈夫だと笑いかけてきた。
「ははははは!それなら安泰か?羨ましい限りだ!」
その話にカデンさんは大いに喜び笑う。
俺は何とも気恥ずかしくなり頬を掻いているが、これで問題が解決したわけではない。
「そうなると、だ」
話しの流れ的に、ノルド君が跡取りじゃなくても問題ないと言っているようなもので。
「お前が跡取りじゃなくてもいいという話になるが、その辺どう思う?ノルド」
カデンさんが、笑みを引っ込め厳かな雰囲気で自分の息子に語り掛ける。
自分の息子に問題があるのは承知していた。
だが、立ち直ることを期待して今まで静観していた。
それでも解決せず、むしろ悪化したのなら、重い腰を上げるにいたる理由になるのだ。
「どうって」
「私としては今でもお前にはこの家を継いでほしいと思っている」
ゆっくりと振り返り、そしてしゃがみ込み、ガクガクと震え怯えていたノルド君に視線を合わせる。
それは貴族としてのカデン・ノーディスではなく、ノルド君の父、カデンとして接しているように見える。
「たしかにお前には戦いの才はないが、領主というのは戦うだけが能ではない。この土地の臣民をまとめ上げ、生活させるだけの才能があれば十分。栄えさせなくていい。衰退さえしなければいい。今ある生活をよりよいものにできれば臣民は喜ぶが、変わらぬ日常があるだけで臣民は満足できる」
その言葉は領主という地位を、長年務めてきたからこそできる言葉だ。
経験に基づいたその言葉を、ノルド君は否定できない。
ただただ聞くに徹することしかできない。
「だが、その変わらぬ日常を維持することも、並大抵の努力ではすまされぬ。常に世界情勢は変化し、その波にさらわれぬように周囲を意識し、対処しなければならぬ。お前の今の姿を見て、今のお前ではその波にさらわれる姿しか想像できん」
そして現実を突きつけた姉と一緒で、父親としてさらなる現実を知らせないといけない。
「領主というのは、臣民の命と財産を預かる身だ。それを守る責務がある。それを全うできない者は貴族ではない」
基本的な教えであるが、その基本こそが重要なのだと教え込むようにカデンさんはノルド君に伝える。
父親としての愛。
それが、今こそ分岐路だと言わしめている。
「さっきエヴィアがお前に厳しいことを言ったが、それはお前のためを思ってのことだ。お前がこれから領主として努力するというのなら、それほどまでに過酷な道のりを進まなければならないということだ。少なくとも、これから後継者になると決意したならお前はもう逃げることは許されない。逃げてもいいと言われる瞬間は存在しなくなる」
権力には責任が付きまとう。
それを漠然と理解しても、深くまで理解するのは難しい。
「そして、逃げるなら最後まで逃げ切れ。この家のしがらみも、その関係もすべて断ち切る勢いで逃げろ。それがお前のためだ」
「俺の、ため?」
「ああ、魔王軍からも離れ、どこかの田舎でただのノルドとして生きろ。でなければ、お前は権力抗争の渦中に巻き込まれる。我が家はそれほどの立場なのだ。今は私やエヴィアがお前を守っているが、いつまでもそのままではだめだと私も反省した」
ただ守られているだけでは、一生独り立ちできない。
「……」
しかし、いきなりこんなことを言われて、一生を左右するかもしれない選択肢をあっさりと決めることなどできないのは、俺もなんとなく察することはできる。
ふむ、と俺もこの問題を考える。
エヴィアとカデンさんの意見としては、このままずるずると家族に甘え続けることを良しとせず、ノルド君のためにもノーディス家として生きるか、ただのノルドとして生きるか選んでほしいという雰囲気がありありと浮かんでいる。
エヴィアは完全にどちらの道を選んでも応援する気でいるのだが、カデンさんはできるだけ家を継いでほしいと願っているように見える。
その気持ちを理解しているが、自分にはどちらの道も選ぶことができないと、ノルド君は悩んでいるように見える……
ぬるま湯につかりすぎて、楽することを覚えすぎ、助けられることが当たり前になった。
ヘタレ根性が身に沁み込みすぎたということか。
となると、だ。
「ちょっといいですか?」
「む」
「なんだい?」
そうなると彼との距離が近いエヴィアやカデンさんは、ある意味で都合が悪いということになる。
言ってはなんだが、ノルド君の親族ということで、甘えられるのではという観測的希望が足かせになっていると言ってもいい。
だったら。
「ノルド君を、俺に預けてみません?」
ここで一番距離の遠い俺が骨を折るべきだろう。
「彼にとって一番必要なのは、距離を取ることだと俺は思いました。だけど、彼は選べるだけの実力を持っていません」
ある意味で都合のいい第三者のポジションに俺が収まっている。
「幸いにして俺、将軍なので。その将軍の元で働いたという実績は、彼の将来に役立つかと」
なのでここで一つ、留まるでも、逃げるでもない第三の選択肢を差し伸べてみる。
それが吉となるか凶となるかは定かではないが。
無駄ではないと信じて。
今日の一言
心配されているのはわかるが、受け入れるかどうかは当人次第。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
現在、もう1作品
パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!




