50 出張と旅行の準備の差とは?
日刊17位!?
週間93位!?
あれぇ!?
何が起こったかと混乱しながら増えていく評価とブックマークに応援され投稿します。
皆様本当にありがとうございます!!
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
「失礼しました」
「いやぁ、タイミング良く次郎君が来てくれてお姉さん助かっちゃったよ」
ご乱心と魔法を行使し惨状を作り出した張本人と、ありがとねとお礼を言いながらサムズアップしてくる迎撃者。
俺たちの冒険はこれからだと打ち切りエンドみたいな決戦を事務所でやらかす前に止められたことは幸いだろうと言う今の現状。
現在は、さっきの乱闘の後始末ということで、テスター課に配属されている数人のメンバー+スエラの契約精霊が魔法を駆使し片付けている。
その手際たるや、主婦の方々にテレフォンショッピングで放送すれば一家に一台と電話が殺到するに違いないほどの速度。まさに巻き戻し映像を見ているかのように手早く元に戻っている。
このペースで行けば、あと数分もすれば元通りになるだろう。
見てわかる通り、乱闘をしていた割に壊れた箇所もなく、
一番の被害といえば……
まぁ、気合防御であの間に飛び込んだ俺が見事に魔法の被害に遭っているわけで、一番の被害者とも言える。
今もスエラの膝枕を受けながら回復魔法を受けている。
「でも、いきなりちょっとまったぁぁぁ!! って飛び込んできたときはどうしようかって思ったわよ。いくら止めるためとは言え無茶しすぎよ」
「そうですよ次郎さん、加減をしていても魔法が直撃した時は血の気が引きましたよ」
「体が咄嗟に動いてしまってな、すまん」
叱るように言うケイリィさんと涙目のスエラ、あたかも俺が義侠心で止めに入ったと思われているようだがその実、俺の行動理由は違う。
魔法が直撃しても平気ではないにしろ我慢できるようになり、我ながら体が頑丈になったなと自分を振り返りながら、本当は苦労して作られたと思われる書類の束が消し飛ばされそうになる惨状にサラリーマン根性が湧き出てきて、やり直してなるものか!! と体が飛び出てしまっただけだ。
まぁ、最初に俺の出張が原因だと理解してしまっていたので、自分が止めるしかないと考えたせいでこうなってしまったとも言える。
口が裂けても言えないが。
「まぁ、いいわよ。私としては冷静になってスエラが仕事すれば文句はないし」
「……」
「スエラ? まさか、まだ仕事を放り出すなんて考えてないわよね?」
「いえ、さすがに私も冷静ではなかったので」
「いきなりだったもんねぇ、エヴィア様が連絡を忘れてたとは思えないし」
「そうなのか?」
「そうよ~。まぁ、私が噂で聞いてうっかり次郎君と三ヶ月も会えないけど大丈夫?って訊いたのが原因だけどね~」
書類の束を落とした時のスエラの表情は面白かったと、ケラケラ笑いながらケイリィさんは言うが……ブルータス、あの惨状の原因はお前か。
しかし、妙だな。あの監督官が人一人の出張、それこそ異世界をまたぐような大事を所属部署に伝え忘れるとは思えない。
もしかしたら、俺の出張はかなり直前に決まったものなのだろうか?
噂が先に来て報告があとに来るとは、あの人にしては珍しいイージーミスだと言えるから、逆に何か意図があるのではと勘ぐってしまう。
しかしまぁ、違和感もあるのも事実だが考えても答えは出ない。
それなら時間の方を優先したほうがいいだろう。
「しかし、どうするかな。てっきりスエラが付き添いで来てくれるものだと思っていたのだがな」
「さすがに無理よ。こっちの仕事もあるし、あっちはあっちで担当部署があるのよ? まぁ、スエラがエヴィア様に勝てれば話は別かもしれないけど」
「古の祠に少し出かけてきます」
「待ちなさい!! あなた何と契約してくるつもりなのよ!!」
「今の使役している精霊では歯が立ちませんが、あの方なら!!」
「とりあえず落ち着けスエラ」
膝から振り落とされそうになるのを回避するために腹筋に力を入れて起き上がり、頭を抱え込むように抱き寄せる。
冷静に考えれば確かにケイリィさんの言うとおりだ。
なんだかんだで、入社してからずっとスエラが俺のサポートをしてきてくれた。
そのまま恋人という関係になり、自然とこのまま一緒に行動するのだろうかと思っていた俺がいた。
しかし、部署違いの仕事を引っ張ってくるのは確かにお門違いだろう。
「となると、今回の出張は、知り合いは無しか」
「そうね~、さすがに情報部とはつながりもあたしはないし、スエラもないわよね?」
「そうなりますね」
「まぁ、なるようにしかならないな」
そう口にするも、事前準備と情報収集もある程度しておく必要があるだろと思う。
「そういえば次郎君、出発はいつなの?」
「来週の週末の予定だが、あれこれ用意しないといけないからな」
「どうしてよ?」
「こっちの代物を持ち込むわけにはいかんだろう?」
「ああ~」
納得するように頷くケイリィさんを脇目に最後にぽんぽんと頭を軽くたたきながらスエラを離し、監督官から渡された準備の要項内容を思い返す。
当然といえば当然だが、向こうに行くにあたって現代機器の持ち込みは厳禁であった。
仮に持っていっても役に立つとは思えないが、方位磁石やサバイバルナイフの類も基本持ち込まないほうがいい。
技術体系の違いというやつだ。
こっちのネジ一本が向こうではオーパーツ扱いになりかねない。
だから
「商店街で装備を整えないといけないんだよ。金は経費で落ちるらしいが、他人に任せず自力で調達しろとお達しだ」
基本的に必要な物は要項に書いてあったが、それ以外で必要なものもあると思われる。
最悪の場合、装備なしで行くしかないにしても、極力不便は強いられたくない。
幸い、地下街の代物なら大半は問題ない。
あとは、地雷さえ避ければ旅を快適に過ごせそうな方法を考えるまでだ。
「スエラ、今週はダンジョンに潜らなくていいことになってるから泊まりに来るか?」
「はい!! では、私は仕事を片付けてきますね」
「君、ダークエルフの接し方わかってるねぇ」
「甲斐性なしって言われたくないからな」
三ヶ月離れるというなら、せめて行く直前までは一緒にいたいという個人的願望もある。
テキパキと仕事を再開するスエラを見送り、それが大事だと言い残しスエラを追うようにケイリィさんも仕事に戻る。
ここにいても邪魔になるだけだし、俺も旅路の準備に取り掛かるとしよう。
そうは言っても
「ここに来ることになるんだがな」
頼る場所というのは、自然と馴染みのある店になるわけだ。
帰ってきたという話は聞いていない。
だが、もしかしたらと思い、いつもの少し古びた木扉の前に立つ。
メモリアの道具屋の看板はもちろんクローズで、カーテンも締め切ってある。
メモリアの用事とはいったいなんなのかと考え、もうすでに三週間は会っていない。
ここまで長期間会っていないと寂しくなる。
二股しているくせに何を言っているのかと思いながら扉に手をかけ引いてみる。
当然扉は…
「開いたぞ? 鍵かけ忘れたのか?」
「忘れていませんよ?」
「うお!?」
開くはずのない扉が開き、返ってこないと思っていた返事が聞こえて、咄嗟に扉を離してしまった。
「久しぶりに会ったにもかかわらずいきなり驚くなんて、恋人の一人としてショックなのですが」
「すまんメモリア、って帰ってたのか?」
「はい、帰っていました。てっきり誰かから聞きつけて会いに来てくれたかと思いましたが、その様子では偶然でしたか。これは、素直に会いに来てくれたことに喜ぶべきでしょうか? それとも予想が外れたことを残念に思えばいいのでしょうか」
このマイペースな口調、間違いない。
ゆっくりと扉が開き中から出てきた少女。
その仕草は、さすが吸血鬼だと思わせる謎の怖さがある。
その仕草にドキッとしながら捉えた姿は、帰りたてなのか、こげ茶のローブを身にまとい旅をしてきたと言えそうな格好だが、色白の肌と、それに合わせた銀色の長髪、そして赤い瞳だ。
「それで、今度は店の掃除でも手伝ってくれますか?」
「ちょうどいいことに、掃除程度なら手伝える余裕はあるぞ」
「助かりますね。終わったらお茶くらいは出します」
「できれば土産話も頼むよ」
「考えておきましょう」
「ああ、それと」
「なんでしょう?」
「お帰り」
「……ただいま戻りました」
言い忘れないいうちに言っておこうと思ったが、正解だったようだ。
わかりにくいが、頬が若干赤くなっているのを俺は見逃さない。
一瞬の間をおいて視線をそらして店内に入っていくメモリアの後をついていく。
さっきまで作業をしていたのか、店内には掃除用具が出されていた。
自然と、その内の一つを手に取り掃除をはじめる。
「今日は、店は休みなのか?」
「休みですが、まだ再開する目処は立ってませんね」
「おいおい、頼むぜ? 俺たちの行きつけなんだからよ」
「仕方ありませんよ。戻ってきたと思えば、魔王様直々に指示がきましたから逆らえません」
「大変だな。指示の内容は聞いてもいいのか?」
多分ダメだろうと思いながらも、またしばらく会えないということで会話を途切らせたくなかった。
すでに何度も通った店だ。
品物の配置はある程度頭に入っているので、ガサゴソとどかし埃を落とし戻しと掃除をしながら雑談を交わす。
魔法を使えば早いのだが、掃除の魔法は広い箇所、体育館などの広大な場所に対しては有効でも、細かい場所には実は向かないという欠点があったりする。
単純に使用回数が増えてしまうというだけなのだが、無駄な魔力を消費するのも馬鹿らしい。
俺は、単純にその魔法が使えないのだが、メモリアに前に聞いたときは
「気分で使い分けます」
と言っていた。
今回もそういった気分なのだろう。
普段のお嬢様のような店員服ではなく、汚れてもいいような頑丈な旅人の衣装に身を包んだ格好のメモリアと俺は、口を回しながらも手は順調に店内を掃除していく。
「ええ、構いませんよ。内容はあなたにも関係することですから、そちらから来てくれたので迎えに行く手間も省けました」
「……」
指示の内容について考えてしまったため、つい沈黙で返してしまった。
この時点でだいたい察しがついてしまった。
このタイミングで俺に関係するとなると、
「メモリアの実家って商店だったりするか?」
「それもやっていますね」
「商隊もあるのか?」
「ありますね。この店の商品もそこから仕入れていますよ」
「あ~」
「ちなみに、一ヶ月ほど留守にしていたのは、商隊の中でトラブルがあったとのことで、本来なら父が解決する予定でしたが、急遽、私が行くことになりまして、本当に困りました」
本当にマイペースな恋人だな。
好きになると宣言している。そう告白して、惚れた弱みといえばそれまでだが、そのマイペースなところも悪くない、むしろ彼女の個性だと納得している俺がいる。
「ですが、今回のような機会が回ってくると言うなら、それも悪くはないでしょう。私の経歴にエヴィア様は目をつけられたようですので」
「となるとやはり、今回の出張の商隊というのは」
「私のところになります」
予想は見事に的中。知り合いがいない中での海外ならぬ異世界出張のつもりだったが、難易度が多少下がったみたいだ。
「商隊と言っても、私とあなただけですが」
前言撤回。難易度はかなり上がったみたいだ。
俺としては、大きなとまではいかなくても十人程度の中小規模の商隊をイメージしていたが、まさかの隊ではなく個だった。
てっきり、さっき話題に上がった商隊が出てくるものだと思っていたが違った。
「それって、行商って言うんじゃないか?」
「そうとも言いますね」
「そうとしか言えないだろう……」
「いえ、商人の私と護衛のあなたで商隊ですね。それに、規模の大きい商隊は目立ちます。少数精鋭ということでしょう」
確かに、人数が増えれば安全度は増すが、それに比例するかのように注目度も上がる。
人数が多ければやれることも多いだろうが、噂が噂を呼び、情報収集しているという情報が漏れる可能性も高くなる。
それなら、露見するリスクの低い少人数で行動したほうがいいということだろう。
俺の出張の目的自体、見聞のようなものだ。そっちのほうが理にかなっている。
「拠点は向こうで用意されています。私たちはそれを順番に移動するだけですので」
「それは気楽でいいな」
「ええ、魔物や盗賊、あとは汚物のような貴族に、何が清いのかわからない聖職者に、欲しかない商人にさえ気をつければ問題ありません」
「危険でいっぱいだな」
「そうですね」
メモリアが一緒なので気楽でいれるのか、向こうの環境の悪さに気楽でいられないのかわからないな。
“さえ”という言葉の使い方に疑問が残るほど、どうやら出張先は治安が悪いらしい。
地球の一番治安の悪い場所と比べたら、どんぐりの背比べになるだろうか?
「移動手段はどうするんだ?」
「馬車と言いたいところですが、最初の街までは徒歩ですので、荷物はそのカバン程度にまとめてください。魔法鞄は目立つため使えませんので」
「本当に必要最低限になりそうだな」
「あと、言い忘れましたが、吸血鬼の能力を隠すために、向こうでは私の戦闘能力は当てにしないでください」
「本当に危険でいっぱいだな」
聴けば聴くほど不安要素がゴロゴロと出てくる。
「メモリアはイスアルには行ったことがあるのか?」
「何度か行商をしたことがありますので、地理は問題ありません」
「なら、荷物として何が必要か教えてくれないか? さすがに今回みたいなことはやったことがなくてな」
こっちみたいに、買い忘れたらコンビニがあるわけではない。
極力どうにかできる部分は、どうにかするしかないのだ。
「水が確保できて火を起こせて動物を捌けて、暖をとる毛布があれば問題ないですね」
「なぁ、俺は出張に行くんだよな? サバイバルしに行くわけじゃないんだよな?」
「冗談ですよ」
頼むから、もう少し冗談なら冗談とわかる表情で言ってくれ。理解しようという努力はするから。
確かに、それがあれば生きていけそうだとは思ってしまったよ。
そんな俺の心境を脇に置いておくように、大体の店内清掃は終わり、次は俺の用事になる。
「少し待っていてください」
掃除用具を壁に立てかけたメモリアは、そのまま奥の倉庫に入っていった。
時間にして一分も経たないくらいだろうか。
片手にメモリアが着ているものと同じ色のフード付きのマントを持ち、もう片方には肩に担ぐようなタイプの革袋を持って戻ってきた。
「どちらも、旅をするときに使う一般的なものです」
「なるほどな」
「合わせて、五万円になります」
「金取るのか!? って当たり前か」
「商売ですから、恋人でもそこの線引きはしっかりしますよ」
淡々とレジを打つその姿にどこか気が抜け、久しぶりにやるやりとりに心地良さを感じる。
「あとでまとめて領収書を頼む」
「分かりました。次は食料ですね。こちらがイスアルの保存食です」
「わかってはいたが……まずそうだな」
「実際にまずいですね。食べる際にはスープにするのが一般的ですよ」
そして次に見せられたのは、岩のような干し肉という名の黒い何か。
正直、これを食べるのなら缶詰を持っていきたいと思うのだが、それもできそうにない。
「調味料はもっていっても大丈夫か?」
「詰め替えれば問題はないですね。私も持っていくつもりですよ」
「よし!」
それを聞いて、俺はついガッツポーズをしてしまう。
海外への出張でもそうだが、総じて心配になるのは食事事情だ。
どんなにまずい飯でも、調味料しだいでどうにかなる。
希望が見えた俺は、そのまま何を持っていくか、メモリアと相談しながら決めていく。
どうにかなるのかと不安があったが、どうにかなるだろうと今は思える。
「合計七万四千五百円になります」
「経費で落ちるかぁ?」
最後の最後の決算で領収書をもらい、その額を見てメモリアと一緒に笑うのであった。
田中次郎 二十八歳 独身
彼女 スエラ・ヘンデルバーグ
メモリア・トリス
職業 ダンジョンテスター(正社員)
魔力適性八(将軍クラス)
役職 戦士
今日の一言
最初はファンタジーの世界に修学旅行感覚で行く心積もりが、気づけばしっかりと仕事感覚に戻っていたぞ!!
今回は以上となります。
次回はイスアルに行く予定です。
皆様のご愛読と応援があり、一気に評価を上げることができたことにありがとうございます。
その期待に応えるために週一の更新を週二に増やしていき、さらに頑張っていきたいと思います。
これからも本作の応援、よろしくお願いいたします!!。