529 初対面との挨拶は要領を掴めば表面上はとりつくろえる。
あれからあっという間に一週間。
時間とは、色々なことをしている間に過ぎ去ってしまうものなんだなと最近は良く思う。
「ふむ、着慣れてきたな」
どうにかこうにかスエラたちとの時間を確保しつつ、ハンコの押し過ぎで腱鞘炎を引き起こしそうになりかけの腕をポーションで癒し、仕事を前倒しで片付けた俺は、週末にエヴィアと共にノーディス領に出かける準備を整えた。
そして、後は着替えて転移陣に乗り込めばその先はノーディス領。
エヴィアがそこら辺の手続きは済ませてくれているので楽と言えば楽だ。
俺は、将軍職に就いたときに拵えた軍服っぽい制服に袖を通し姿見の前に立っていると、その横から普段のスーツ姿ではなく、令嬢が着るようなドレスに身を包むエヴィアが鏡を覗き込んできた。
「そうか?俺はイマイチわからんが」
この服に袖を通すのは二回目。
本来であれば公ではあるが、式典とかではない場で着る用の軍服なのだが。
紺色を基本色として色々な装飾が施されているが、身動きは取りやすく、戦闘も想定してそれなりの防御力も付加されている一品。
コスプレ感はないが、それでも普段着ない服だから俺からしたら違和感がある。
「ああ、貫禄がついたのだろう」
「それは嬉しいな」
そんな俺の言葉を、普段の彼女からしたら珍しく素直に賞賛することで肯定してくれる。
もしかして、タッテさんの言葉を信じてこの一週間エヴィアを優先して夜を共にしたことが功を奏した?
まぁ、もともと悪魔や天使、吸血鬼と言った種族は妊娠しづらいらしいから、全力で頑張っても結果が伴わないことも多いみたいだが。
なので、酒や装飾品と言った手土産も一応用意してある。
手で持って運ぶのではなく、俺の着付けを手伝ってくれたタッテさんに預けたマジックバッグの中に入っている。
後は、俺たちの目的である見合いの席のセッティングとあいさつがうまくいけばいいかなと思いつつ、
「そろそろ時間か?」
最近、タイムスケジュール通り動く機会が多いためか、体内時計が秒単位で正確になりつつある。
そのため、そろそろかと思って腕時計を見てみると、ちょうど移動する時間だった。
そして、エスコートするためにそっと腕を差し出せば、エヴィアはその腕に自身の腕を絡ませて来る。
俺も貴族の動きに慣れてきたなぁ。
昔だったらこんな動きできなかったし、習いたての頃は意識しないと動けなかった。
それが今では何も考えず、体に染み込ませた動きが自然に出るようになってきた。
「ああ、行こうか」
ゆっくりと歩幅を合わせることなく、最初から歩くスピードが合っているのは付き合いの長さによって互いの呼吸がわかっているからだ。
俺たちの後ろにタッテさんが続き、屋敷の廊下を歩いて、
「セハス、留守の間はよろしく」
「かしこまりました」
玄関に待機していた我が家の執事に、家の管理を頼む。
「それじゃスエラ、メモリア、ヒミク行ってくる」
「お気をつけて」
「良き土産話を期待していますよ」
「体には気を付けてくれ!」
さらに見送りに来てくれたスエラたちにも挨拶をする。
生憎と朝が早いから子供たちはベッドの上、ちょっと寂しいなと思いつつ、
「ああ、わかった。子供たちのことも頼む」
「はい」
「わかりました」
「うむ!任せておけ!」
そのまま屋敷を出る。
玄関を開けてくれたセハスがそのまま誘導し、玄関前に用意していた馬車の扉も空けてくれる。
エヴィアの手を取り乗り込むのを補佐し、その後に俺が乗り込むと最後にタッテさんが乗り込んでくる。
御者はいない。
なにせこの馬車を引いているのは、馬の姿をした中級精霊。
「出してくれ」
『ヒィィーン!!』
俺の言葉を理解し、そのまま目的地に向けて出発してくれる。
さらに風魔法が発動して、そのまま馬車は空に飛び立つ。
そして、屋敷の上空を旋回し始めたころに、
「行くぞ」
エヴィアはそっと魔法を発動させる。
馬車を中心として転移陣を展開したのだ。
ダンジョンの主であるエヴィアだからこそ出来る特殊芸当。
ダンジョン内から異世界への直通転移。
膨大な魔力と、繊細な魔力操作が必要だけど、技術さえ身に付けてしまえばかなり時間が短縮できる技能だ。
転移陣の複数展開。
まずはダンジョンから大陸に繋がっている転移陣にこの転移陣を重ね、そこから直で大陸に行けるという転移陣を繋げるという技だ。
それを簡単にこなしたエヴィア。
涼しい顔して魔力操作を行い、馬車は異界へと渡る。
窓の外が一瞬虹色に光ったかと思うと、今度は夜闇の世界となった。
月が照らす魔族の大陸。
最近よく来るなと思いつつ、そっと窓の外を眺めると、
「あの大きな街が目的地か?」
すでに眼下にかなりの規模の街が映り、そこに馬車が向かっている。
「ああ、ノーディス領の領都。ランデルベルグ。私の父が治める街だ」
段々と高度を下げているから全体像が見えたのはわずかな時間だったが、それでもかなり綺麗な円形をした都市だなと思った。
月の光が水路を照らしていたから、水源もしっかりしている街なんだろうな。
規模が規模。
人も大勢いるのかもしれない。
この歳になっても新しい土地に行くのはちょっとワクワクする。
その気持ちを抑えるように、事前に調べていたランデルベルグの特徴を思い返す。
「確か、交易都市にもなっているんだよな?」
「ああ、山間部に三つの鉱山を抱えているからな。そこからとれる希少金属に鉄や銅、金と言った主金属が主な交易品だ。東側には大穀倉地帯を形成していて食料品も豊富だから商人たちの出入りが多いな」
どんなものが特産なのかは事前に知識として持ってはいたが、実際見るのとではやはり印象が変わる。
「魔王軍の中でも五指に入る領土なんだろ?すごいな、エヴィアのお父さんは」
ゆっくりと高度を下げ、馬車が着地した道はしっかりと舗装され荒れているようには見えない。
整備も行き届いて、交易路というのを大事にしているのがわかる。
「今の魔王様が魔王になれるまで手厚く支援した結果だな。先見の明が有ったとしか言いようがない」
その才覚が垣間見える行いに俺が素直に感心すれば、少し自慢気に笑うエヴィアがいた。
親子仲が良好なのは良いことだなと思いつつ、
俺は一つの懸念事項を確認しておく。
「そう言えば、タッテさんが言ってたんだけど、エヴィアのお父さんってかなりエヴィアのこと溺愛してるらしいけど、大丈夫か?」
俺も俺で、エヴィアの両親に挨拶するということで、そちらのことに関しては調べた。
貴族としての評判は、良好。
領主としての評判も、市民を大事にしているとのことで、良好。
かと言って弱気ではなく、魔族特有の戦強さも持っている。
何と言うか、貴族として完全無欠みたいな情報が次々と出てきたので、ついタッテさんにどんな父親かと訊ねたら、前述の言葉を聞いて余計な不安を抱いてしまったのだ。
「私も成人してだいぶ時が経つ。溺愛されていた自覚はあるが、自立もしている私の結婚を反対するようなことはしない人だ」
「それなら安心だけど、いきなり斬りかかってこないよな?」
「お前は、私の父を何だと思っているんだ」
「いや、念のための確認。俺の経験上、挨拶したら即バトルっていう展開が多いからなぁ」
だけどその不安を払拭してくれるように、安心要素を提示してくれるエヴィアは流石だ。
次に、冗談交じりにもう一つの不安要素を一応確認しておく。
なにせ、ふとした拍子にバトルに突入するのが魔王軍の習わし。
貴族なら、娘は渡さんと言いながら抜剣くらいはしそうだし。
「安心しろ」
そっちの不安は冗談交じりだったけど、それでも否定されることに越したことはない。
ふっと笑みをこぼし、隣に座る俺の瞳を覗き込んだエヴィア。
「その期待には応えられるぞ」
「いや、答えないでくれ。鉱樹も今回は置いてきたんだぞ」
エヴィアの両親への挨拶に武器は持って行くべきかと悩んだ末、最悪ヴァルスさんを召喚して逃げ出すかと考え、相棒は今回はお留守番。
徒手空拳で倒せる相手ならいいけど、そうじゃない相手だと無手は厳しいんだぞ。
「冗談だ」
「……」
「そう睨むな、少し緊張しているお前のためだ」
「もう少し、わかりやすい冗談にしてくれ」
そんな不安で眉間にしわが寄った俺の額にそっとエヴィアの指が優しく乗り、揉み解すような動きをしながら冗談だとネタ晴らしされたが、その冗談のような事実が入社してから続いているから冗談だと思えなかった。
「私の楽しみを奪うつもりか?」
「からかうのは良いけど、ほどほどに頼むって言ってるの」
「クククク、善処しよう。だが私は悪魔だ。あまり期待はするなよ?」
相手を揶揄うのが悪魔の楽しみだと言い切り、俺の態度を見て嬉しそうに笑うエヴィアを見ても不思議と腹が立たない。
別に俺を馬鹿にしているわけではないのはわかっているし、これが惚れた弱みか。
彼女の仕草の一つ一つに気品を感じ、美人の中にも可愛さがあるのだと再確認させられるのだった。
「了解」
「拗ねるな」
「拗ねてはいない。ただ、惚れた弱みは大きいなと思っただけだ」
大きくため息を吐いた所為か、緊張というのはあっさりとなくなってしまった。
その態度が拗ねたと思われたのは心外だ。
今度はからかうのではなく、少し不安が混じった声色だったので、素直に心情を吐露してみると、さっきからいじっていた指がピタッと止まり、
「お前のその素直なところは美点だが、私の心臓に悪いぞ」
「安心しろ、エヴィア達だけにしか言わないからな」
「こいつ」
少し朱の入った頬を誤魔化すように指をそっと外し、窓の外に視線を投げるエヴィアにまっすぐに言葉を投げてやれば、今度は俺の肩にエヴィアが顔を預けてくる。
どうやら、思ったよりも効果があったようで、良かった。
代わりに、嬉しそうに涙をハンカチで拭う仕草をするタッテさんがいたが、いないものとして扱おう。
「……まぁ、インパクトはある父だが性格が悪いわけではない。お前がよほどの粗相をしなければ戦うことにはならん」
そして少しの間沈黙が空間を制したが、しばらくすれば肩に頭を預けたままエヴィアは彼女の父親のことを教えてくれる。
今度はからかうのではなく、本当に安心しろと背中を押すような言葉であったが。
「いや、まぁ、マナーは守るけど……インパクト?」
その話の中に、また不穏な言葉が混じっていたような気がした。
この魔王軍、かなりインパクトのある容姿をした面々が多い。
俺の身近で言えば教官二人組。
鬼ヤクザのキオ教官と、髑髏紳士のフシオ教官。
初めて会った時なんて、地獄に来てしまったかと勘違いしそうになったくらいに初見のインパクトは凄かった。
そんな二人と古い付き合いのあるエヴィアが、インパクトのある父だと言ってのけた。
どんな父親が出てくるんだと想像してしまうのは仕方ない。
「教官たちよりも?」
「ある意味では、な」
「どの意味?俺、そこら辺の意味を具体的に聞きたいんだけど」
そして、念のために比較対象を提示したら、ある方面に置いては教官たち以上にインパクトのある父親らしいとの答えが返ってきた。
「さてな、そこは会ってからの楽しみということにしておこう」
「マジか」
「ああ、何でもかんでも聞いて答えて貰えるとは思っていないだろ?」
そして、その情報は秘匿されてしまった。
楽しんでいるとよくわかるエヴィアの言葉に、仕方ないかと諦めつつ、そっとタッテさんに期待の視線を向けて見たが、彼女も苦笑して何も答えてくれない。
「そうだな、そうだよなぁ」
結局、出たとこ勝負ということか。
今日の一言
新しい人間関係構築は、多少なりとも緊張する。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!