526 下見は意外と重要
さて、晴れて社長から決裁印をもらえたのなら俺たちがここで止まっている暇などない。
やることはまだまだあるのだ。
物資の発注、工事業者との連携など様々な方面に連絡を取る必要がある。
「お久しぶりですね、次郎君」
「ええ、会談以来ですね霧江さん」
そして当然、日本の側にダンジョンを作るというのなら、この人とも接触をしなければならない。
日本の神秘を統括する組織、日本神呪術協会に属し、俺の叔母でもある相模霧江さん。
全面的に俺たちのバックアップに回ってくれて、日本政府や海外の魔法的な組織との間をとりなしてくれる俺たち魔王軍にとってかなり重要な組織の重鎮。
ここは社内のダンジョンではなく、社外、それも東京湾のとある港。
見るからに高そうなクルーザーが係留されている岸壁で、俺と秘書として連れてきたケイリィさん、そして霧江さんと護衛の黒服数名という構成で向き合っている。
「この船で向かうんですね」
「ええ、これはうちで管理している船ですので、メディアの方に露見しにくくて都合がいいのですよ」
日の出までもう間もなくという早朝だけあって、ここいら近辺には人はいない。
魔力という制限のあるケイリィさんは、さっきから警戒を解かないように無言で俺の側に寄り添っている。
霧江さん側の護衛も、仕事熱心で無言で警戒しているのだが……
「霧江さん」
「聞かないでください」
「いや、それは」
それ以上に注目がいってしまう存在が彼女の肩に乗っている。
傍から見れば手作り感あふれる小さな人形。
だけど、俺の見間違いじゃなければ、その人形がさっきから霧江さんの肩で手を振っているのだ。
そして魔力に近いエネルギーを発しているその存在に俺は心当たりがある。
「えっと、連れてきて大丈夫なんですか?」
「かなりグレーゾーンですが、ギリギリセーフということにしています」
「例外中の例外ということですか」
そもそも神秘の世界において神というのは、かなり重要な存在だったりするのだ。
だからこそ、敬われるとも言えるのだが、さっきから猛烈に俺にアピールする存在。
ミマモリ様、これから海に出るんだけど大丈夫なのかなぁ……
声を発しないところから見て、あくまで見に来ただけという印象を感じつつ、頭痛を堪える霧江さんに内心で同情しながら俺たちは船に乗り込む。
「目的地に着くまでおおよそ一時間から二時間ほどです。術式を使用しておりますので、船もさほど揺れませんからご安心を」
そしてそのまま定刻通り出港してみれば、思った以上に船が揺れないという感想を抱いた。すると、霧江さんが揺れない理由を説明してくれる。
まるで車が舗装された道路を走るかのようにスムーズに進んでいる。
船という乗り物に警戒心を抱いていたケイリィさんもこの揺れなさ具合に驚き、霧江さんに感謝するように一度頭を下げた。
「ここまでのことをするということは、そちらの方からお話があるということで?」
「ええ、そうなります。流石の諜報員でも海の上まで監視できるわけではありませんので」
沖に出ること数分、船はどんどん陸地から離れていっている。
目的地が目的地だから仕方ない。
だが、ここまで人材を絞ってなおかつ組織所有のクルーザーまで出してくるとなると、相手方に何らかの意図があるというのはわかる。
元々、ヴァルスさんのお礼に老舗の和菓子店を紹介してもらおうというのがきっかけであり。
その流れでダンジョンの設置予定の場所を下見するという名目でこの話し合いの場が設けられた。
極秘裏と言うことで互いに人材は最小限、と言っても俺もケイリィさんも一日限りであるが全力戦闘ができるくらいの装備は身に着けているので、万が一でもあった場合は即座に逃げ出せるようにはしてある。
安全面はかなり考慮しないといけない立場になったなぁと感慨深くもなり同時に面倒も増えたなと思いつつ、居住まいを正す霧江さんと向き合う。
「ノーディスさんには色々とお伝えしておりますが、今回は日本政府の伝言役として日本に本籍を持っている田中次郎に話があるのです」
そしてわざわざエヴィアではなく俺に話を持ってくるということは、どういう意味を持つかは大体予想していた。
「……やはり、そうですか」
「ええ、あなたの現状を考えればその手のルートを考えるのも自然でしょう。姉さんはあなたの足かせになりたくないと言ってあれから雲隠れしています。先日、秘境の自然の中に隠れているが無事だと写真を添えた絵葉書が届きましたよ。郵便ルートを探ったらアマゾンの奥地の原住民族の集落だというのがわかりましたが、おそらく人員を派遣したころにはもう別の土地に移っているでしょうね……次は南極あたりから絵葉書が来るかしら」
俺はもともと日本人であり、そして現在も本籍は日本にある。
すなわち、国籍上は日本人という法律的立場がある。
魔王軍で将軍という立場を得たからと言って、公式の立場でそれが適応されるわけではない。
となれば、日本政府側から、日本人として何かを要求されるのではと思っていた。
あの日、日本政府やアメリカ政府の外交官がいる場でエヴィアと共に立ったその日から何らかの接触があるかと踏んでいて、案の定接触しようとしている形跡がいくつかあった。
悉くを回避し、会社側からも援助してもらって対応していた。
あくまで俺としての立場は魔王軍に身を置いているつもりだし、実際にそういう行動をとっている。
前までは日本政府も俺はあくまであの会社の一社員であり、そこそこ重要な立場にいる程度の認識だったのだが、どこから漏れたか、俺が将軍という立場に着いた瞬間にこれだ。
日本政府からもそうだが、外交ルートでアメリカ大使館から連絡が来た時はどういう状況だと困惑したのは記憶に新しい。
そして次々に来る連絡に、いい加減うちの会社の方でも抑え込むのが難しくなってきたタイミングで霧江さんからの接触の話。
まだ親族である霧江さんとの話ならと会社の方もゴーサインを出したわけだ。
救いなのが、俺には兄弟はいなくて親しい親戚もいない。
唯一の弱点とも言える両親は霧江さんが愚痴った通り、国相手に逃げ回れるコネと行動力を誇る破天荒な母親だ。
人質になる心配はないだろう。
まぁ、仮に人質になっても俺の迷惑にならないように自沈しそうなのが心配と言えば心配なんだが、お袋が捕まる光景が思い浮かばない。
場合によってはハリウッド顔負けのアクションシーンを生で見せて逃げそうなイメージすらある。
「あの母親ならあり得そうですね。それで、日本政府は俺に帰化しろと?」
「直球ですね、まぁ間違っておりませんね。もっと言えば、外交官として日本政府の顔になれということを遠回しに私が伝えろと言われました」
「正直に言った段階でその伝言も無意味じゃ」
「仕方ありません。あなた相手にそんな遠回しの言葉など意味ないでしょう。脅迫染みた行動をとっても最悪あなたは異世界に引きこもればいいだけですから」
「まぁ、最悪はその手段を取りますね」
そして日本政府と魔王軍の接触は色々と慎重に行われている。
有体に言って欲と欲のぶつかり合いなのだから、話は平行線になる。
けれどそこに俺というキーカードができてしまったのだから日本政府は慌てたことだろう。
「こちらとしては事を荒立てたくはないんですが、利益を前にして目の色を変える輩が多くて困ります」
「最近その手の輩と接触する機会が多いのでその気持ちは痛いほどわかりますよ」
「ええ、本当にあの手の人たちは自己中心的と言うか、目先の利益を手に入れるために他人に責任をこすりつけるのがうまくて……」
俺をホットラインにして、もっと有利な条件を引き出そうというのが目に見えてわかるから下手に表を歩けないのが面倒だけど、社内だけでも生活できる規模の施設があるのがダンジョンの強みだ。
おかげでそこまでストレスをためなくて済んでいるので感謝しかない。
ただそういったストレス発散のはけ口がない霧江さんは、ちょっとブラックモードに入っている様子。
その気持ちは、貴族を相手にしている経験がある故に共感できる。
だからと言って、じゃあと譲歩することはない。
あくまで俺は魔王軍側の人間として、ダンジョンの建設場所の下見に来ている。
親戚の相模霧江も、日本神呪術教会の幹部としてこの場にいるのだから、それを求めているわけでもない。
「それで、協会としてはどういう立ち位置でこの場に来たか聞かせてもらっても」
「……最初に言った通り、私たちはことを荒げてあなた方の機嫌を損ねることを良しとしません。このまま最初の条件でことを進めるだけで十分な利益が見込めるわけですからね」
「動こうとしているのは、立場が脆い人たちですか?」
「そうとも言えますね。大体この手の話を持ってくる方々は次期与党を狙っている方々ばかりですもの。もし仮に今回の件で大きな繋がりが得られれば、次期総裁を出すことも叶いますので」
それを承知でこの場に来た理由は、おそらく神呪術協会の立場を明確に伝えるためだ。
日本政府としての行動は埒外だと明言することによって、最悪協会とのつながりは保とうとしているのだろう。
エヴィアも、協会との交渉はスムーズにいくが政府相手だといつも時間がかかると愚痴っていた記憶がある。
「政治がらみになると、下手すると建設の話も延期される可能性が?」
「ない、とは断言できません。幸いにして現与党が全面的に協会と同じ路線に進んでおりますので、よほどのことがない限りその心配はないかと。ただ」
「そのよほどのことの動きがあると?」
「ええ、大陸系とつながりのある政治家、アメリカを後ろ盾にしている野党。この言葉だけで胃薬の量が増えそうです」
その苦労は霧江さんも同様のようで、先ほどからため息が多いように思える。
「注意するとしか言いようがないですね。俺との接触権は会社の方が握っていますので、そうやすやすとよほどが起きる心配はないと思いますが」
「そうであることを願います。私たちとしても、異世界の術の入手や油田の確保が水泡に帰すなど悪夢としか言いようがないですから」
「そもそも、俺に何を求めているんですか?便宜を計れと言われても何を求められているかさっぱりです」
「後ろ盾と言うよりは、口利きでしょうね。利権を手に入れ、その利権を傘に好き勝手にしたい…それだけの話でしょうね」
「何と言うか、その手の輩は結局最後は色にうつつを抜かしそうだし、うちの会社のサキュバス辺りを送り付ければ骨抜きにできそうな気が」
「止めてください。本当にできると予想ができるので」
「食い気味に否定するほどダメなんですね」
力や金を持った輩の行きつく先ともいうべき手段で解決策を取ろうとした俺を、真剣な表情で止める霧江さん。
並の女性なら問題ないだろうが、御伽噺で有名なサキュバス相手だと危険だというのは霧江さんでもわかるようで、半眼になって睨みつけて止めてくる。
俺も流石に今はそんなことはしないが、そこまでのことをしないといけないような状況になったらやると思う。
「その手段を取らないことを祈っていますよ」
「かじ取りが面倒な船程、厄介なものはないですよ」
互いに苦笑を浮かべ苦労話に花を咲かせるのもいい。
時間は有限、コツコツと話を進めている間に時間は過ぎて。
「もうすぐで目的地周辺ですね」
海しか見えなくなった頃合いで霧江さんが外を見て、目的地が近づいてきたのを伝えてくれた。
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
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