525 余裕を無駄にしないように気を配れ
ヴァルスさんのおかげで仕事は次の段階に持っていくことができるようになった。
本当にあの精霊には足を向けて眠ることができないくらいに感謝している。
なんなら神棚を作って祀り上げたいくらいには感謝している。
やったら面倒くさいと言わんばかりに顔をしかめられそうだからやんないけど。
そして次の段階というのは、ダンジョンの建設の実行……
「社長、ご多忙の中お時間を作っていただきありがとうございます」
の前に、通すべき筋を通すための承認作業を実施しなければならない。
ダンジョンというのは、国家が運営すべき防衛の要。
俺が将軍という立場であっても、俺の独断で建設できるわけではない。
もろもろの手続きを踏んで、最後に組織の長である魔王であり社長に承認を得なければ話は進まない。
「いや、仕事をしながらでいいのなら構わないさ」
そしてその社長は、件の噂である開戦に関しての対応に追われているらしく、俺が来た事で書類から目を離すも、事前に目を通していた書類のハンコを押す手は止まらない。
ヴァルスさんのおかげで、俺たちが作り上げたダンジョンの制作計画書は無事社長のところに提出することが叶ったものの、社長の仕事を増やしていいのかと一瞬思ったが、ここで躊躇ってもろくなことにはならない。
男は度胸と一歩前に出て、提出用にまとめてきたハードディスクを差し出す。
「社長、ダンジョンの計画書が出来上がりました」
「ふむ、ずいぶんと早いじゃないか」
アポイントをエヴィアに頼んで取ってもらい、俺は今、社長にダンジョンの全データの入ったハードディスクを渡した。
随分と早い提出に、受け取った社長は懐疑的にそのハードディスクを見ている。
「……君は手を抜くような人間でないのは重々承知しているけど、それにしても私の予想よりもだいぶ早いね。急いては事を仕損じるとはこの国の言葉だったと思うけど?」
「時間がないと仰せだったもので」
「そうだね、私の言葉だったね」
だけど、見ないで否定するようなことはせずに、そのハードディスクを自分のパソコンに接続するとその場で確認を始める。
期日を決められてはいなかったが、それでも急いだほうがいいと言われていたので全力で取り組んだ俺たちの成果。
途中でやけっぱちの偶然でとんでもない助っ人が現れたけど、それゆえかなり自信がある出来栄えになったと思う。
本来であれば何日もかけて審査する内容を、じっとディスプレイを見る社長は高速で審査を済ませていく。
自信があるとは言っても不安がないわけではない。
どこかに不備がないか、もっと確認すればよかったと思わなくはないが、そこは表情に出さず待つ。
「……エヴィア」
「はい」
「君はこれの内容を見たかね?」
視線は資料から目を離さず、けれどそれ以外のことはできると言わんばかりに片手は他の仕事を黙々とこなす社長は、エヴィアに俺が持ってきたダンジョンの内容を問う。
「はい、確認しています」
「君の感想は?」
「我々にない着眼点と我々の求めている部分を兼ね備えているダンジョンかと」
俺も俺で、いきなりぶっつけ本番で社長に持っていくわけがない。
何度も俺たちで精査した後に、エヴィアの元に持って行き確認してもらった。
本来であれば、将軍の管理するダンジョンの資料をエヴィアが見るのは場合によっては処罰の対象になるんだけど、俺は彼女と婚約しているし、着工前だからその対象外になるというわけだ。
そしてその対象外であることを利用してエヴィアに意見を求めていたのを推測した社長は、エヴィアに意見を聞いたわけだ。
「うん、ずいぶんと古い術式を使っているけど、最近のダンジョンよりもだいぶスリムに仕上がっていて、開発に余裕を持たせている。これで完成というわけではなく発展の余地を残したタイプのダンジョン。地球と我々の大陸の交流の場としての施設を設置することと防衛としての設備、要点はしっかりと押さえているね」
問題らしい問題はない……はず。
まずは及第点といった反応に内心で安堵する。
だが、本番はここから。
「次郎君、質問なのだが、なぜポーションに着目したのかね?将軍としての役割は戦うことだ。治療薬の必要性は大いにあるが、わざわざ君が主導してやる必要はないと思うのだが?」
そしてこのダンジョンの一番の特徴と言えるポーション研究所。
ダンジョンという無限に湧き出てくる魔力を駆使したポーション工場とも言える設備の設置に関して社長に問われた。
「現状私の配下で戦場に出ることは可能ですが、継戦能力という面では圧倒的に劣ります。であれば、戦場に出ることを想定しつつ自分のできる範囲で魔王軍全体の兵力の損耗を抑えることに着目しました」
「うん、こっちの資料にも書いてあるね」
「はい、詳細に関してはその資料の通りで、次に社長の言われました必要性に関しましてですが。現状の魔王軍の回復手段の独自性を考えればある程度の立場の者がやる必要があると思い私が志願した次第です」
その問いに関しては想定済みだ。
この資料のどこに、この部分にどうして着目したかという理由を書き記してあるかを丸暗記しているから淀みなく答えることができるし、なぜ俺がやるという理由に関しても資料に並行して書いてあるので問題ない。
「うん、建前はわかった。本当のところは?」
と言っても、そんな杓子定規な答えを社長が求めているとは思っていないので、こうやって射貫くような感じで視線が飛んでくるのまで想定できている。
なので。
「過去の資料をあさったところ、これが一番波風立てずに自分の力を溜められると思ったからですね」
あっさりと本来の目的を吐き出すことができる。
ケイリィさんとムイルさんにも一応は伝えてある本来の目的。
軍備や領地、そのどちらも準備するには時間がかかりすぎる。
であれば時間稼ぎが必要だ。
それもただ時間を稼ぐのではなく、国に貢献する形で時間稼ぎが必要なのだ。
それをトップに対して言うのは躊躇ったが、開き直っていた方がいいと思ったのも確か。
当たって砕けろと言わんばかりにはっきりと答えを言った。
「現状、どこの種族、どこの部族でもポーション並びに治癒魔法に関しての研究研鑽は行われていますが、その技術が公表されている部分はおそらく独占している技術に比べて数段劣っていると思われます」
「確かに、その風潮はあるね」
そして隙間産業と言うわけではないが、誰もがやろうとしない分野にこそ俺たちが乗り込める隙がある。
ポーション産業は正にそれなのだ。
ポーションという薬品は存在するが、その能力は意図的に制限をかけているかの如く値段によって能力が変わる。
高ければ高くなるほど良品になっていくのだが、それでもなぜか一定のラインでその能力が止まってしまう。
それは多分技術漏洩の心配をして最高品質のものを出回らせてないからだとエヴィアやメモリアから聞いた。
であれば、その最高品質のポーションが出回るようになったらどうなるかという話になる。
「いきなり市場に出すようなことはできませんが、もし仮に軍内部で支給されているポーションの品質を向上させられれば、軍内部での発言力は上がります。たかがポーションと蔑む声もあるかもしれませんが」
「それ以上の品質のポーションを用意できなければ、上の面目が立たないか。なるほど、君はポーションの技術革新を起こそうとしているのか」
そして、俺がやろうとしていることの意図をくみ取った社長は、なるほどとほくそ笑み、おもしろいと太鼓判を押してくれる。
そう、俺がただポーションの工場を作り、さらにポーションの研究をするだけで終わるはずがない。
狙っているのは各部族が作っている治療方法の収集、そしてブレイクスルーだ。
今後、地球と異世界で交流が始まるとして、着目されるのは何かと聞かれれば、魔法技術分野やポーションと言った薬学分野だろう。
なにせ、骨折などの重傷が一日で治るような技術が日常に転がっているのだ。
それを、日本を含め、世界各国の重鎮が放っておくわけがない。
恐らく何らかの方法でその技術を収集し販売を目論むはず。
そうなる前に情報防衛線を構築しなければならない。
「はい、品質を向上させればそれだけ命の生存に繋がります。他にも安く増産できる薬草から従来クラスのポーションがつくれれば軍費の削減にもつながります。そうすれば、ほかの分野に費用を回せてさらに発展を望める」
その下準備が俺の研究所というわけで、火種になれば御の字。
後は勝手に盛り上がって競争して、その競争に参加すればいいだけである意味お膳立ては済む。
魔法分野に関しては、おそらく数世紀単位で魔王軍が遅れを取ることはないだろうが、薬学という分野になると地球人たちが本気で取り組めばポーションくらいは作って見せそう。
ただ、魔力という分野に関しての知識も必要だからそう簡単にはできない。
封をしたポーションを社外に持ち出したら、大体一日かそこらでただの苦い液体に成り代わってしまうらしいし。
「そこら辺の知識者からしたら情報をばらまく愚者に見えるかもしれませんが、軍上層部からしたらどう見えるでしょうか」
「貢献してくれるだけ、秘匿し出し惜しみする人よりも重宝はするね」
「そこら辺をついてみようかと思った次第」
「なるほど、狸だね」
「まだまだ皮の薄い狸ですが、やり方は色々ありますんで、ついでに地球側の情報規制の要に成れればさらに良しかと」
ついでに、軍の方に顔を売っておけばこっちの地位も安泰。
言ってることと考えていることが反対なのは多少の腹芸はできていた方が良いとエヴィアにアドバイスをもらったからだ。
「なるほど、私からしたら国に貢献してくれそうだし、ゴーサインを出してもいいとは思う」
しかし、社長から出てきた言葉は、いいと思うという歯切れの悪い言葉。
さて、どこでミスをした?
「うん、ここで下手に喜ばなかったのは経験を積んでいる証拠だね。先に言っておこう。君に落ち度はないよ」
ちらっと出した警戒心を読み取られたか、作業を完全に止めてこっちに向き直った社長がニコニコと笑いつつ、俺に悪い点はないと言い放つ。
ではなぜ、決済印がもらえないのか、そこを必死に頭を巡らせるが。
「この話、私にも一つ噛ませてほしいな」
答えを導き出す前に、社長があっさりと答えを俺に教えてくれた。
「噛ませるということは国営事業とするつもりで?」
「いや、魔王としてではなく、私個人がスポンサーになるわけさ。国庫からはお金を出さない。あくまで私のポケットマネーだ」
しかし、その答えが妙だ。
話しに乗っかるというのならば、国として管理したほうが得になるはず。なのに個人として出資したいと言う社長の思惑が読めない。
「だったら、その話ノーディス家の方も噛ませてもらいたい」
「エヴィアも!?」
悩む俺に、さらに横槍を入れる形でエヴィアまで参加を表明してきて増々訳が分からなくなってきた。
俺が見落としている部分が何かあるのか?
いきなり二人からの出資の話に俺は困惑しそうになったが、どうにか冷静を保ってメリットデメリットを考える。
と言っても、そんなすぐに答えが出るわけがないので。
「そんなに利益が出そうな計画に見えますかね?」
「出るね」
「出るな」
と素直に聞けば、二人は断言した。
「恐らくだけど、この話を聞けば他の貴族やあとはルナリア辺りも出資を提言してきそうだね」
「大手の商家も名乗りを上げるだろうな。先に唾をつけておきたくなる計画だ」
ケイリィさんやムイルさんには反対されたけど、この二人には賛同された計画。
見方によって賛否が分かれるというわけか。
とりあえず。
「わかりました。詳細に関しては後で詰めますが、出資してもらうという方向で話を進めたいと思います」
悪い話ではないと思い、申し出を受諾。
結果、笑顔で俺のダンジョン計画書にゴーサインを出すための許可証を発行してくれる社長と個人的な付き合いをすることになったのだった。
今日の一言
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パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!
を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!