表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
533/800

524 思わぬ展開は素直に受け止めろ。

 


「終わったな」

「終わったわね」

「終わったのう」


 この言葉だけ聞けば、俺たちの仕事が失敗してしまったかのように聞こえてしまうかもしれない。

 加えて、俺もケイリィさんもムイルさんも、完全に脱力して魂が抜けだすのではと思うくらいに吐き出すように言葉を紡いだのだから余計にそう思われても仕方ない。


 だが、その脱力は仕事が失敗して無気力になったからではなく。


「あの山のような書類が、すっかりなくなって。ここってこんなに広かったんだな」

「そうね、私も自分の机ってこんなに広かったのね」

「ああ、久方ぶりに机に湯呑が置けるというのは素晴らしいものじゃの」


 自棄になって特級精霊であるヴァルスさんに、仕事を手伝ってもらおうという発想から一週間。


 あまりにも場慣れしすぎているヴァルスさんの行動力に圧倒されながらも、プランを一から練り直した。

 激務に次ぐ激務。

 俺たちは、覚悟を決めて一から練り直したのにもかかわらず、当初の予定の半分以下、なんなら三分の一以下までにスケジュール短縮ができたことをいまだ信じられずにいる。


「うーん!久しぶりにやると結構楽しいわねこれ」


 そのスケジュール短縮をやってのけた精霊様は俺の隣で浮きながら、完成した書類をニコニコしながら高速で確認している。


 俺のダンジョンの全内容が書かれている極秘資料であるが、ヴァルスさんの手の入っていない箇所はないので見られても今更という奴だ。


「俺、人間っていうのがちっぽけな存在だというのが今ほど実感できた日はないと思う」

「同感」

「ワシもじゃ」


 チート通り過ぎて最早バグではないかと言わしめるほどの知識と経験を見せつけたヴァルスさんの仕事のスピードに、激務を予想していた俺たちの危惧をあっさりと蹴り飛ばして見せられてしまえばそんな言葉を吐きだしてしまう。


 ぎいっと椅子の背もたれに寄り掛かり時計を見れば、もうすぐで定時だ。


「うわ、定時で帰れるよ」

「私、今日は思いっきりお酒を飲んで家のベッドで寝るわ」

「ワシは妻に土産でも買って帰るかの」


 もうすでに仕事の割り振りも終わっていて、ここでやれる仕事はない。

 なにせ、ついさっきダンジョンの設計図ができ、後は社長に承認をもらいに行くための確認をすればいいのだから。


 他にもダンジョンに必要な資材の発注見積書、人員構成etcと現段階で出来るもろもろの手続きも終わってしまっている。


 やり切ったと言う感覚はあるけど、どこかずるいなと思う後ろめたさを感じつつ、それでも仕事が終わったのだからいいやと開き直る。


「二人とも今日はもう上がっていいですよ。俺は、最後に資料を確認してから帰ります」

「そうさせてもらうわ。前倒しで仕事を終えられたけど、そこまでの過程でさすがに疲れたわ」

「ワシも老骨には応えたわい」


 そして二人に帰るように言えば、まだやれるとはさすがの二人も言えず、素直に帰り支度を始める。

 俺も苦笑してそんな二人を見送ることにして、この場に残ったのは俺とヴァルスさんだけ。


「契約者さんは帰らなくて良いの?私を顕現させる魔力だってただじゃないのよ?」

「仕事だけやってもらって、はいサヨナラってどこのブラック企業だよ」


 残った理由はさっき二人に言った資料の最終確認というのもあるけど、追い詰められすぎて突飛な発想に付き合ってもらったヴァルスさんに、お礼をせねばと思っていたのもある。


「教官と戦う時といい、今回と言いあなたには世話になっていますからね。何かお礼をしたいんだよ」

「あら、良い心掛けね。そういう律儀なところは私たち精霊と長く契約し続けるために必要なことね」


 少し疲れ気味ではあるが、笑顔を浮かべてお礼がしたいと言えば、にっこりと疲れを欠片も見せない笑顔で頷くヴァルスさん。


「と言っても、精霊が喜ぶような物って俺にはわからないんだが……何がいい?」

「率直ね。あなたの魂が欲しいって言ったらどうするのよ」

「それは死後に持っていってくれと言うしかないな。フシオ教官みたいにアンデッドになるっていうのも悪くはないが、そういう約束なら仕方ないと諦めはつく」


 だが、俺とヴァルスさんの契約はシンプルに顕現のための魔力を提供することによってヴァルスさんの力を借りるという内容。

 言っちゃなんだが、契約上はこんな感じでお礼をしたいという話をしなくても問題はない。


 シンプルに俺の気持ちの問題。

 ヴァルスさんの言う通り、親しき仲の礼儀を守りたいそれだけの話。


 精霊が喜ぶものなんて生憎とわからないが、ヴァルスさんが俺の魂を欲しいと冗談めかして言ってくる。

 流石にそれはないだろうと思いつつも、俺の魂を渡す条件を言えば。


「冗談よ、あなたの魂なんてもらったら輪廻の輪に影響が出ちゃう」

「魂がもらえるってこと自体を否定していないのはツッコミ待ち?」

「想像にお任せするわ」

「怖いわ」


 ヴァルスさんも冗談だとはっきりと言ってくれた。

 ただ、魂をもらうことはできるという末恐ろしい置き土産を残しているが、それはそれでいいかと俺も苦笑する。


「ま、それはそれとして。本当に何か欲しいものはないか?俺よりも強大な力を持っているあなたに聞くのは変なことかもしれないが」

「そうねぇ、せっかくの申し出だし無下にするのはもったいないから一つお願いしちゃおうかしら」

「俺に叶えられる範疇なら何なりと」


 さて特級精霊と呼ばれるヴァルスさんが何を求めるのかと少し楽しみにしていると。


「これが食べたいわ」


 すっとどこからともなく雑誌を取り出し、そしてページを開いて見せてくる。

 そこのページに大きく赤丸が書かれていて何が欲しいかすぐにわかる。


「京都の老舗の羊羹か……?ヴァルスさん、どうやってこの雑誌を?俺、あなたにこの手の雑誌を見せた覚えがないんだが」


 それはいつぞやの特集で、伝統百年を超える老舗の和菓子店で、その店の羊羹を買うには事前に予約が必要なほど人気の物らしい。


 それ自体は良いんだが、そこで俺はあることに気づく。

 なぜ普段は顕現していないはずのヴァルスさんがこの手の雑誌を持っているのかという疑問。


 地球は魔力がないから、精霊であるヴァルスさんが外に出ることは不可能だから、買ってきたと言うことはあり得ない。

 お金に関してはまぁ、俺の財布とかから持っていけば何とかなりそうではあるが……

 そもそも外に出れないのなら物を手に入れることもできない。


「ああ、この雑誌ならそこに座ってたダークエルフさんの私物ね。ちょっと貸してって言ったら貸してくれたわ」

「ムイルさんの私物か。それなら納得」


 そしてその出所は、ムイルさんの私物だった。

 和菓子とかお茶とか、ちょっと渋めのチョイスだから、ケイリィさんの持ち物ではないとは思っていた。


「ただ、これを見ても買えないと悩んでいたわよ彼」

「まぁ、東京から京都まで結構な距離があるからなぁ」


 そしてムイルさんも休憩中にこの雑誌を読んでいたのだろう。

 欲しいものに所々チェックが入っている。


 けれど、この雑誌に書いてある店はほとんどが現地でしか買えない品々ばかり、社外に出る方法は一応あるけど、プライベートで使うには時期が悪い。


 熾天使の襲撃以来、外に出るときにも警戒が必要になってしまった現状おいそれと魔力を持って外出することはできないのだ。


 となると、その雑誌に載っている物を手に入れるのは、事実上困難という結論に至るのだが。


「まぁ、手に入らないこともないか」


 幸か不幸か。

 俺の親戚、お袋の妹である霧江さんは京都に住んでいるので頼めば送ってもらえると思う。


 国交の交流のためにとでも言えば、その雑誌に書かれている物以外の、高級老舗店の和菓子も一緒に送ってきそうな気もするが……


「これで良いのか?何と言うか労働の対価と見合っていないと思うんだが」


 普通に考えて国家プロジェクト単位の仕事を手伝ってもらったお礼が、老舗高級店とはいえお菓子一つ。


 そんなもので良いのかと聞けば。


「あら、契約者さんにとっては安い買い物かもしれないけど、私たち精霊にとっては異世界のお菓子を食べれる機会なんてそうそうないのよ?ここの建物で働いている子と契約している子は時々食べているようだけど、本来だったら世界の壁を一つ越えた先にある世界のお菓子というのは、とてつもない労力を割いて得られる物なの」


 価値観の相違だとヴァルスさんは言って、雑誌の中にある菓子の価値を教えてくれる。

 たまにスエラやケイリィさんが普通に精霊にお菓子を与えていたから、てっきり普通なのだと思っていた。

 だが、ヴァルスさんに言われれば確かにと言える。


 世界を超えた先にある菓子。

 もし仮に、ダンジョンと言う世界を超える方法がなければ手に入ることがない一品。


 運送コスト的に考えれば、とんでもない額のお菓子が爆誕すると言われても納得だ。


「そんなものを他の精霊たちの前で自慢しながら食べる。これほど楽しいことはないわよ」

「そっちが本命か」

「あら、味が楽しみっていうのもあるわよ。私と契約できた人はあなたが初めて、当然異世界の食べ物なんて口にしたことがないんだから」


 ヴァルスさん的には、他の精霊に自慢したいという行為の楽しみも加算されているようだが、まぁ、他の精霊の分も用意すればいいかと納得し。

 そっと、雑誌を指さす。


「他にないのか?さすがに羊羹一つっていうのは割に合っていないような気がするんだが」


 幸いにして俺の財布には余裕がある。

 あの蛇が満足できる肉を用意しろと言われたら、流石に困る。


 あれだけの巨体の蛇、牛何頭分必要なのかわからないからだ。

 だが、ヴァルスさん相手なら羊羹をダース単位で買っても問題はない。


 いざとなれば霧江さんに頼んで経費で落としてもらおうと企みつつ。


「どうせ、ヴァルスさんの力で時間を止めて保存できるんだろ?この際だから多めに買っておけばいいじゃないか」

「それもそうね、じゃぁお言葉に甘えさせてもらおうじゃない」


 今は、この功労者を労おう。


 ルンルンと鼻歌を歌いながら雑誌のページをめくり始めるヴァルスさん。

 彼女が本気で吟味しても、力を使えば一瞬で吟味が終わるというのに、そこを指摘したら風情がないと否定されるだろうとわかっているから、時間潰しで俺は完成したダンジョンの設計図を見る。


 あれが良いかこれが良いか、悩むヴァルスさんの声をBGMに手元の資料を見る。


 詳細に決められた各種の使用術式。


 全体設計図は書かれているデータが膨大故にパソコン内のデータに収まっている。

 そのため、今手元にある資料には目次としての役割程度しかない。

 それでも膨大な内容が書かれているのだから、これをたった三人と一人の精霊で完成させたとは思えない出来栄えに思わず感心する。


 これならと手ごたえも感じているのだから、相応の結果が出てほしいと願う。

 そして同時にこれを提出したら、いよいよダンジョンの建設が始まる。


 どんな物が出来上がるか、そしてどんな結果を出せるか。


 この資料はいわばサイコロだ。


 俺はそのサイコロを手にし、今振り出そうとしている。

 振ったら最後、どんな出目が出るかは神のみぞ知る。


 本当だったら不安だろうし、緊張するだろうこの状況を俺は楽しみだと思っている。


 勝負師の勘というわけではないが、これから起こることが悪い結果にはならないと思える。


 当然、そんなものは勘でしかない。


 いいことも悪いこともひっくるめて未来。

 何が起きるかわからない。


 けれど、あえて言えるのなら。


「楽しみだな」


 と心内を吐露するのであった。



 今日の一言

 いいことなら素直に受け止めるべし。








毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。


現在、もう1作品

パンドラ・パンデミック・パニック パンドラの箱は再び開かれたけど秘密基地とかでいろいろやって対抗してます!!

を連載中です!!そちらの方も是非ともよろしくお願いいたします!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 甘いものが好きな精霊・・・悪魔くん・・・メフィストフェレス・・・うっ、頭がw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ